あれからしばらくは少しずつ傾いてきた太陽を感じながら、それぞれが動く様を見ていた。ロッキングチェアが指定席かのようにゆらゆらと揺れていると、暇そうにしていることがバレた。
不機嫌なダリルが青いトラックを持ってこいとナマエに指示する。
しかしそれを、「運転できない」と告げるとびっくりしながらもTドッグが代わりに向かった。
ダリルからは笑われ、Tドッグは「教えるか?」とまるで哀れなものを見るような顔をされた。
日本じゃ運転できなくても生きていけたんだよ。ここは日本じゃねえけど。あとミッション車が多すぎるんだよ、こっちはAT限定なんだぞ。
という悪態は口に出さず、代わりに煙を吐いておいた。
幾分もしないうちに青いトラックは目の前に停車した。
荷台には数日分の食糧、物資。ダリルが載せたボウガンがあった。
「ランダルを連れてくる」
「あぁ」
「おい、寄越せ」
「集るな」
働き者のTドッグが鍵を持って独房にしている倉庫へ向かうのを見つめていると、おもむろにポケットに手を突っ込まれた。タバコ目当ての男だ。
「ダリル、ちゃんと下さいって言わないと」
「うるせえな」
「ほらよ、拾え」
「くそったれ」
文句を言いながらも真面目に拾うダリルが可笑しくて、何本目かわからないけど、もう一本落としてやる。
「ランダルがいない!!」
怒った顔でライターをもぎ取って行ったダリルと顔を見合わせた。
荷台に載せたボウガンを掴んで走っていくのを見送る。
数時間前ににべもなく突っぱねたからだろうか。いやいや、そもそも鍵は?
そこまで考えながら、いつもの太刀や脇差、拾ったグロッグ、弾がいくつポケットに入ってるか確認しながら向かう。
ゆっくりと歩いているのはナマエだけで、他のメンバーが走って追い越していくのを見送る。
先に着いて中を確認していたダリルやアンドレア、リックが外に出てくる。
「手錠をすり抜けている」
「どうして」
「失うものはないしね」
「ドアは施錠されてた」
「いつからいない?」
「わからない」
タバコの残りを見つめながら、ベルトに差したままの二つに触れる。
ここからどうなるのかは知らないけれど。いざってときにはバイクに飛び乗っていくしかないなぁと辺りを見回すメンバーを他所に、タバコを足元に落として踏んだ。
「リック!!!リック!!!」
「何があったの!?」
「銃を奪われた!」
「大丈夫!?」
「背後から襲われ顔を殴られた!」
「ハーシェル!Tドッグ!みんなを家の中へ!
ナマエ!グレン、ダリル!一緒に来い!」
血まみれのシェーンが茂みから現れると事態は加速していく。
ランダルは銃を持って脱走。下手をすれば仲間の元へ戻ってここに来るかもしれない。または何人かを殺して逃げるかも。
始末するにしろ放逐するにしろ、銃を持ったままでうろつかれたらたまったものではない。
そう言ったリックの指示の中に自分が含まれていることに驚いた。青い瞳がぐっと力強く見つめている。何かを伝えたいらしいけれどさすがにわかるはずもない。
「こいつもか?」
「森の中なら俺たちよりダリルとナマエの方が長けているだろう」
「了解」
「……チッ」
血を拭うこともないままのシェーンと目が合う。苛立っている。やけに興奮している。
今にも飛びかかりそうな男を無視して返事をする。代わりに聞こえてくる舌打ちにも無視を決め込む。
「気を失う前に森に入るところは見えた」
「怪我しているし遠くまではいけないだろう」
「銃もある」
「俺たちもだ。足跡はあるか?」
「いやない」
「向こうへ行ったんだ!2組に別れて追おう」
やけ性急だな。
シェーンの言い方に違和感を覚えながらも、確かなことはなにもないせいで口に出すのは憚られた。
彼らのやりとりを聞いていると、シェーンは何をそんなに興奮しているんだろうと小さな疑問が積もっていく。
「あんな小柄なガキにやられたのか」
「言ったろ、岩を武器にされたんだ。なんだよ?」
「やめろ。
グレンとダリルは右。俺とナマエとシェーンで左へ向かう。」
「そいつもか?!」
「さっきも言ったろ。ナマエとダリルが森に長けてる。二人を一緒にしてどうする。」
「チッわかった」
分散して探すことには賛成するのに、ナマエがいることが不満だとありありと表現している舌打ちにやはり変だと思う。リックの眼差しが鋭い。
「敵はランダルだけじゃない。用心しろ」
探しながら何か跡があって歩いているのかと思えば明確に「こっちだ」と告げるシェーンの後ろにリック、そしてナマエ。
だんだん暗くなっていく森の中では二人の話し声はとても響いた。さわさわと風に揺れる木々や葉の音、虫の声を他所に足元を見つめる。
足跡などどこにもない。三人分しか。
怪我をしているらしいランダルの血液も落ちたり飛んだりした様子もない。なんの痕跡もないのは確かに変だ。しかし、それを口にはできなかった。
リックの手がホルスターにずっと触れていることに随分前から気がついていた。おそらくシェーンもだろう。
一触即発の空気の中、シェーンの背中を追うように歩いた。
「シェーン、拭えば」
「…どうも」
適当にポケットに入っていた布切れを投げると器用に掴み、血を拭う。時間が経過したせいか乾いた血は綺麗にはならなかったようだ。
「本当にこっちか?」
「間違いない」
「銃を取られたって?」
「気に入ってたのに。
殺さなかったのを後悔させてやるよ」
「…」
「行こう」
やはり空気は殺伐としている。話している口調は普段と違う。しかし明るくもない。まるで、何か、覚悟を決めた声だった。
「岩でやられた?」
「そうだ」
「小屋で?」
「扉は施錠されてたってTドッグが言ってたけど?」
「見たよ。屋根から出たんだろ」
そこはそれまであった木々がなくなった、ただの草原だった。
風が吹くたびに冷える肌に寒さを感じながら、さわさわと揺れる草の音に混じる不快な空気。
「ここが目的地か」
「格好の場所だ」
「何をするか口に出せるか?」
「お前一人で農場に戻ったら…」
「黙れ」
「お前の戯言を誰が信じると思う」
「筋書きはこうだ。
囚人がお前とナマエを撃った。俺は追いかけ奴の首を折った。ローリとカールは悲しみを乗り越える。前もそうだったからな。前へ進むさ。ソイツに至っては悲しむ奴もいねえ。」
向き合う二人と、リックの後ろに立つ自分。
話の内容は分からなくとも、何かを計画していることはわかっていた。
それはおそらくリックも、初めから。
「なぜだ。なぜ今?解決したはずだろう。」
「殺し合おうとしたろ。今更全て忘れて仲良く夕日を眺めるか?」
「俺を殺せるのか。
妻を寝取り、俺の子供にパパと呼ばせるのか。それが望みか?!価値のない人生だな!お前はーーー耐えられないだろう。」
「お前に何がわかる!?
どれだけ我慢しているか!俺のことより、お前には何ができる!?銃を持てよ」
「いや持たない」
「善良じゃないと言ったくせに。家族を守るんだろ。
俺はお前より良い父親になる。お前よりローリにもふさわしい。お前と違って彼らのために戦える。お前が全てを壊した!!!
女は傷つき、息子はひ弱だ。修復の仕方もわからない。
銃をもて!」
「丸腰の男を殺してみろよ
落ち着け。早まるなよ。ナマエも、何もするな」
「!」
腰につけたホルダーのボタンを外したところでリックの静止の声。
思わず手を止めると、シェーンと目が合った。たぶん彼は、こちらの動きに気づいていなかった。
「よく聞けよシェーン。今なら戻れる。
何もなかったことに。銃を下ろすんだ。農場に戻ろう、一緒に。
ローリとカールのところへ。
全てを忘れよう。」
「ア"ァ"ッ!!!」
「お前がこうさせた!俺じゃなく!お前のせいだ!!!
俺じゃない!!俺じゃない!!!」
事は、一瞬だった。
銃をシェーンに渡すふりをし、油断したところをナイフで一突き。
「くっ」
衝撃で反射的にシェーンが撃った弾は頬を掠めた。少しでもズレていたら死んでた軌道に、シェーンの狙いが自分自身に向いていたことにナマエは恐怖した。
シェーンとリックの諍いについては何も知らない。ただ、何かがあるとはわかっていた。
少し前にお互いに顔を腫らして帰ってきたところも見ていたし、シェーンの感情の籠った眼差しも何度も見ていた。
時折リックも同じような眼差しをしていた。とても、冷えたものを。
どさりとシェーンの体が草地の上に投げ出され、さっきまで合っていたはずのブラウンの瞳に翳りが差す。ああ、もう彼はいない。
「ナマエ…俺じゃないんだ。俺じゃ…」
「わかってる。どいて、リック」
「う…あぁ……」
「大丈夫、あとで話そう。今は——」
「俺のせいじゃ…俺じゃない…」
処理しなければならないのに。泣き喚くリックが抱きついてきて動けない。
落ち着かせるために背中を叩いてみてもただ私の服にシミを増やしていくだけだった。
自分より背の高いリックが体を震わせて縋ってくると思っていなかった。
しかし考えてみれば彼らは仲の良い友人だったのだ。こんな世界にならなければ明日もお互いに笑顔で過ごせていたはずだ。
数分、その状態が続いた頃。
「パパ?、…ナマエ?」
「カール…ママのところへ戻れ」
肩に埋もれるリックがぴくりと動いたと思えば、背後にはカールが立っていた。
明かりのない景色の中で月明かりに照らされ不安そうにしている少年の瞳が揺れている。
カチャ、
「!」
「よすんだ、銃を下せ」
「カール、おろして」
「勘違いなんだ…」
銃弾は耳元で風を切って背後に着弾した。
それはシェーンだった体を貫いていく。倒れたシェーンの体にリックが目を見開いている。
「…」
「どうして、」
「もしかして、リック。」
「いや…その話は後にしよう」
「噛まれたの?」
「いや」
「シェーンが…」
「あれはシェーンじゃない」
「前はそうだった。…何があったの?襲われた?銃声が聞こえたけど、ウォーカーはいなかった。
なぜシェーンは死んだの?」
カールになんて伝えるべきなのか。
さっきの状態を表す言葉が見つからないままリックと目を合わせる。
とてもさっきまで泣き震えていた人と思えないほどしっかりとしている姿に父親としての自覚とは恐ろしいものだと感じる。
しどろもどろになるリックは、どう言えば息子から非難されないかを考えているのだろう。
しかしそんなことなど、待ってはくれない。
風に乗ってきたその臭いが。
腐臭は風上から風下へ流れ、三人のところに到達した。
辺りを振り返ると大量のウォーカーの姿が闇世の中に紛れ、時折雲間から見える月明かりに照らされその数を露わにした。
ここまで接近されていることに気が付かなかったなんて。動転しているのは自分もだった。
「…なんか…くさく……!リック!カール!」
「!」「…!マズい!」
「逃げるよ、はやく!」
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