黙々と作業を続けながらも、咥えたタバコの火が短くなっているのに気づき、地面に擦り付けて消した。
さっきまで空気に揺れていた紫煙が風にかき消されていく中。背後にある階下へ続く扉がギィ、と嫌な音を立てて開く。
交代で眠りについた朝。降り注ぐ春の日差しにジミーが眩しそうに眉を寄せた。

「……おはよ」
「ん」

結局仲間は見つからないままひと月が経過した。
セーフハウスにしていた家々を回ろうとそこに彼らがいた痕跡はなかった。
初日に見つけた大型バス以上のものはないまま、一切の足取りも掴めなくなってしまった。
数日も経つとジミーすら彼らの話をしなくなった。諦めがついたのかもしれないし、そうでは無いかもしれない。話は最低限になり、必要なことを互いにするだけだった。
そうして野宿に逆戻りしてから3週間。赤い煉瓦造りの店舗を見つけ、中にいたウォーカーを一掃してから1週間目だった。

「どうする?どこか調達でも?」
「今日はいい」
「そう?……それ俺のナイフ?」
「そうだけど」
「研いでくれてたんだ。ありがとう」
「いざってときに使えないと命にかかわるでしょ。武器のメンテは?」
「"毎日する"、ね。ごめんって」

二人きりになってしまってからナマエはジミーには色んなことを教えた。適者生存ーーー、つまり適応していかなきゃ死ぬ。
農場でのほほんとしていた、という自覚を持たせるところから始まり。
きのこ取りに狩猟、サバイバル。ウォーカーの対処はもちろん。人間相手の交渉、話し方。目線や危険度の測り方ーーーそうなった時に殺すと決められるか。
この半年でそれらすべてを叩き込み、毎日武器メンテやトレーニングを日課にさせた。
それを怠っていたことに気がつき、夜半の見張りの間の暇つぶし代わりにナイフを研いでいた。


少しだけ話して、夜の見張りのせいでナマエの瞼が落ちてきたのに気がついたジミーはすかさず休むようにと告げた。
ナマエは研磨によってするどくなったナイフをひらりと投げてジミーに渡す。
「あっぶない」とギリギリで掴んだジミーが少しむくれてナマエを見たもののすでに彼女は階下へと続く扉の中へ消えていた。


▽▲▽



昼過ぎになると本格的に日差しが眩しい。以前から使用していたらしい、日焼けしてくたびれた上に穴が空いているパラソルが落ちているのに気がつき、ジミーはその下にアウトドアチェアを置いて座っていた。日差しを遮られているのかは微妙なところだが、心なしか涼しい気がしてくる。
こういうのは気持ちの問題だと自分を納得させるジミー。

ギィ、錆びて嫌な音を立てる扉の音に双眼鏡を除いていた目線を動かす。咥えタバコのナマエがそこに。どうやらもう起きてきたらしい。眩しそうにトレードマークのマスクで日除けしながら歩いてくる。

「まだ2、3時間しか経ってないけど。もう少し寝ればよかったのに」
「なんか目ぇ覚めた」
「とくに、何もないよ。変わりなし」
「何日か前にあったアラームみたいな音は?」
「ないね」
「…ふうん。本当になんもないといいけど」
「だね。…あ、ねえ」
「何?」
「裏の罠確認してきていい?ほら昨日仕掛けたやつ」
「あーーすっかり忘れてた。いいよ」
「オッケー。じゃあ、何かあったらトランシーバー使って。ダメなら他の音鳴らして。叫び声でもいいよ」
「……ふふ」
「何で笑うの?合ってるでしょ?」
「合ってるよ。教えたことだなって思っただけ」
「そりゃあんなに口酸っぱく言われたらね」

銃にナイフ、腰袋、ホイッスルなど一通り装備を確認したジミーは、「いってきまーす」と軽く言った。
なんだか以前の世界のようなその声にナマエは少しだけ現実を忘れた気分になった。

しばらくはのどかで、何も無い。時折聞こえる鳥の鳴き声や虫の声、ゆるやかな春の風をBGMに以前立ち寄った街にあった書店から拝借した本を読む。さらりとした紙の質感を指先に感じながら、まるで日曜日の午後のようだと胸中でこぼした。微睡の中にいるような空気は、一台の車のエンジン音によって消滅した。



カシャン、

「わあ!」「きゃあ!」

「ふふ、アヒルを捕まえて」

男女。
店舗のシャッターを開けている音がする。落ち着いていて話し声は軽い。
距離が近すぎて屋上から顔を出すとバレてしまう可能性が高い。トランシーバーの音もこののどかな空気じゃ響いてしまう気がする。ジミーに戻るなと伝えたいのに。もどかしく思いながらもナマエは焦ってはいなかった。
幸い裏手の罠の場所まである程度歩かなければならない。すぐに帰ってくるわけでもないからだ。
運が良ければ彼らが消えた頃に戻ってくる。運が、良ければ。

ジミーのことは一旦置いておくとして、下の男女の様子を確認しておきたい、とナマエはギリギリを狙いながらゆっくりと頭を出す。


「!」
「!?」

驚いて勢いよく頭を引っ込める。車の陰に隠れた女性と目が合ってしまったのだ。
下で話している男女は店舗内の物資に夢中でこちらに気がつく様子もなかった。しかし、二人以外にも人がいた。
向こうもナマエも心底驚き、互いに目を見開いていた。女性に向かってシーと指を口元に当てると、彼女も一応頷いてくれたが、マスク越しでもわかるほど怪訝そうな目つきだった

しばらく様子を見ているも、時折苦しげな表情と足を触っているところからどうやら彼女は怪我をしているようだった。
このまま何事もなくやり過ごせると思っていた。




「グレン、マギー?」



「「!ナマエ!?」」


そこにいた男女、とは。
かつて逸れてしまった農場のグループメンバーのマギーとグレンだった。
驚きながらもナマエはその身体能力を遺憾無く発揮し、屋上から壁や軒を伝って重力を感じさせないままに地面へと着地する。

「本当にあなたなの!?」
「元気だったのか!」

突然の邂逅に目を丸くしつつ、三人は顔をほころばせて再会を喜んだ。
マギーのがっちりとしたハグにナマエは呻き声をあげながらハグを返す。
7ヶ月ほど見ないうちに2人は驚くほど精悍な顔つきになっていた。特にグレンは。

「久しぶり。元気そうで安心した」
「あなたもよ!…ダリルとリックが必死で探してたわ。少しでも痕跡が見つかったらナマエかもって」

「…そう。なんか悪いことした気分だ」

「いいんだ、ナマエが元気そうで嬉しい」
「…ありがと。物資調達?」

「うん。あ、そうだ…リックの子が生まれたの。…ローリは…ダメだったんだけど」
「そう……。男の子?女の子?」
「女の子よ!とっても可愛いわ。その子のためにミルクとか必要なものを取りにきたのよ」

明るい声のマギーに暗い話題がなかったかのようだった。ジミーのことを伝えようと口を開きかけたところだった。


「おいおい、まさかな!」

突然、ナマエでもマギーでもグレンでもない。ましてやさっきみた女性でもない。第三者の男の声に、一同には緊張が走る。

しゃがれた声の男だった。見たこともないその男はグレンに向かって話しかけ始める。
どうやら知り合いらしい。

「弟は生きてるか?生きてると言ってくれ」

「生きてる。……ダリルは生きてる」


ダリルの兄?
疑問符が頭を占める中、ナマエは内心で"全然似てない"とつぶやいた。
しかし目の前の男の荒々しさは、確かにダリルに似ていた。

会わせてくれという男はしきりに彼らの住処へ案内させようとしている。少しずつ距離を縮める男を警戒する。

断るグレンに男が痺れを切らした。
何か怒鳴るような声がした途端、1発の銃声。

「彼女を放せ!」「放して!」

「銃を車に置け!置くんだ!」


人質に取られたのはナマエだった。
それはそうだ、一番呆気に取られていたのはナマエなのだから。

マギーとグレンの怒鳴り声に後ろの男は面白そうに笑うだけ。
荒くれ者らしい男は何故か余裕そうに見えた。

「ドライブと行こうぜ。4人でな」


ピィーー!ピィーー!ピィーー!!!!

ホイッスルを咥えて力一杯吹くと、あたりに響き渡る。
ナマエは人質にさせられる直前、咄嗟に服の中に隠していたホイッスルを掴んでいたのだった。
離れたジミーへの危険の知らせだ。


突然の大音量に驚いた男は、「うるせえ!」と叫ぶと同時に銃の底でナマエの側頭部を殴りつけた。意識が遠のいていく中、彼女の体は無理やり車内へと引きずり込まれていった。