どこかの家屋にひとまず逃げ込んだらしい一行。傾れ込むように中に入ると、リック、ダリル、知らない男、ジミーの姿があることに気がついたナマエ。
ダリルにそろりと床に下ろされるとそれぞれに視線をうつす。目が合ったリックは「すまない」と小さく謝罪した。何に対する謝罪なのかもわからないので首を振っておく。

「ジミー、知らせてくれたんだね」
「当たり前だろバカ!」
「…でも来るなって」
「うるさいな、師匠の危機に弟子が動くのは当然だろ!」
「そうか?…そうかな」
「そうだ!バカナマエ」

ジミーはこともなげにそう言って抱きしめてくれた。

「ジミー…!」
「!マギー!無事でよかっ「バカ!どうして来たのよ!」……えぇ?」
「無事だったんなら父さんやベスのそばにいてほしかった!」
「俺だってマギーやナマエ、グレンを助けたかったんだ!」

二人の会話を聞きながら、こんな形だけれども会わせてあげられてよかったとナマエは安堵した。
あの日農場から逃げてからずっと、いろんなところを転々とし、いろんな人と出会うたびにジミーは彼らを探していたからだ。
家族と離れ離れなど、まだ十代の彼には相当堪えていたはずだ。
最初の頃はよく文句も言っていたものの、数ヶ月もすれば見違えるほど逞しくなり、頼りになる存在になってくれた。


「げっほ、…げほ」
「おい、大丈夫なのか?」
「平気」
心配げに揺れるダリルの瞳がナマエを覗き込む。短く首を振って返すもそれはマギーによってさらに否定された。

「ナマエが一番重傷よ。普通に歩いてるけどたぶん肋骨が折れてると思う」
「…!」
「グレンのほうがひどい。見てよあの顔」
「お、俺は派手なだけだ」
「あなたも重傷。休んで」

そう言ったあとグレンは咳をひとつ。血を吐いていたのを見られてやはり安静にするようにとマギーがそばに座った。
少し一息ついた頃にようやくグレンは口を開いた。

「ダリル、メルルだ。メルルが俺たちを。…俺たちを処刑する気だった。」
「兄貴が総督か!?」
「違う。お兄さんは補佐。総督は別の男よ」

そういう二人の話に、ダリルは目の色を変えたのだ。

「兄貴に会わせてくれ」

いつから離れ離れだったのかは知らない。ナマエは聞こうとしなかった。
ダリルもナマエに話したいと思っていなかっただろう。比較的話をする仲ではあったものの互いに何も知らないのだとナマエはその時思った。

悲痛そうな表情をする彼にリックは否と首を振った。
ダリルはリックに説得され、共に逃げることを選んだ。それが果たして良い結果になるのかはわからない。
ただ今彼に抜けられると困るのは事実だった。満身創痍のグレン、肋骨の折れたナマエ。二人を抱えて動くには人手が足りなくなる。
渋々頷くダリルに安堵した様子のリック。

家の中には大したものはなく、扉は一つだけ。裏手にまわって逃げるなどできない。
結局入って来た扉から外に出て逃げるしか方法はない。
ナマエは持たされたベレッタを握り、流れ出たままの血を止めるために家の中にあった布切れを掴んで縛る。止まったかどうかは知らないが、圧迫しているだけマシだろう。

「いくぞ」

リックの声を合図に扉を開き、玄関ポーチの隙間に収まる。投げたスモークグレネードのおかげで辺りはあっという間に真っ白になった。牽制に何発かをリックが撃つと、合間を縫ってそれぞれが走り出した。

ヒュン、と風を切る音。煙のおかげで敵の照準は狂っている——今がチャンスだった
弾の隙間に走り、先を走るマギーの背中を追いかける。短いあいさつを交わしたオスカーという男が援護してくれた。
トラックのフロント部分に足をかけ登ると、足に巻いていた布切れが意味もなさないほど赤く染まっているのに気がつく。
あとすこしの辛抱、と。口を固く引き結んでいると、うしろにいたオスカーに銃弾がヒットした。
「やられた!リック!!」というマギーの声にハッとし、頭を撃ち抜く。本当に短い時間ではあったが、助けられたのだ。オスカーの体を置き去りにしてしまうことが憚られる。


何発かの銃声を最後に、辺りは静かになった。
ゲートに設置された灯りがナマエたちを探すように各所へ動き回った。そうしてその光の影を縫うように走り抜け、車の裏側に隠れる。
振り向くと殿を務めていたはずのダリルがいないとリックが短く告げる。

「あの人は?」
ジミーのいうあの人、が誰だかわからなかったナマエは疑問符を浮かべた。しかしすぐにそれが誰を指しているのかがわかった。
背後の茂みを揺らして現れたのは捕まる前に見た女性だった。

「ダリルを助けるなら私が必要なはずだ」
短く問答を繰り返す彼らの会話に入る元気も徐々に無くなっていく。
流れたままの血のせいなのか。はたまた折れた肋骨のせいなのか。
胸が苦しい。息を吸うたびに骨がきしむ。
それでも、リックたちの背中を見つめていたいと思った——



▽▲▽


気がつくと車の中。後部座席で寝かされていた体を伸ばす。よく寝た、ような気がする。
ふと伸ばした足を見ると裂けたカーゴパンツから覗くふくらはぎに誰かが処置してくれたものが巻き付いていた。
窓から見える景色はクリアで、辺りはもう明るくなっている。
ずいぶんと長い間、陽の光を浴びていなかった気がして目がしぱしぱと沁みるようだった。

腕と足を精一杯伸ばしてあくびを一つ。起き上がると運転席にはドレッドヘア。
「……ミショーン」
「え"?…あぁ…ナマエ」

ぐ、と握られた手は逞しく鍛えられ、手のひらは固かった。
「あの時、ごめんなさい。メルルは私を追っていたの」
「ん?…うん、別に何も思ってない」
「でも…、」
「ジミーと一緒にリックの元へ行ってくれた。それだけでチャラ以上。お釣り要る?」
「ふ、……いつかもらうわ」


車から出ると地面に座り込んでいるグレンを見つける。ボロボロの姿にくたびれた様子だった。
マギーやリック、ジミーの姿がないことからナマエは三人がダリルの救出に向かったのだと悟った。心配で落ち着かないのだろう。自分の体が万全であればマギーを行かせるわけがないからだ。

「ナマエ、無理するな。君も重傷なんだぞ」
「肋骨は2回目だから」
「…それって農場の時のこと?経験あるからって重傷に変わらないよ」
「…心配?」
「…いや、きっと戻ってくる」
「うん」

グレンの隣に並ぶように座ると、肩に乗る重み。
心配をなぐさめるように、腕を回してさする。疲労からウトウトし始めたらしいグレンをそのまま寝かせ、ボンネットに座ったミショーンと時たま話しては時間を潰した。






「ナマエ、起きて。戻ってきた」

いつのまにか立場が逆転し、グレンの肩を枕に眠っていたナマエが、体を揺らされて目を開ける。
ナマエが立ち上がると、グレンはすかさず走っていってしまい置いていかれた。
眠る前までは気にならなかった痛みが増し、うまく歩けない。ゆっくり足元を確認しながら進むと、そこには帰って来たらしいリックたちの姿が。

「なんでメルルがいる!!」
「ソイツはクソ野郎だ!」
「銃を向けるな!」
「やめろ!」

互いに大声で話しながら銃を向けている彼らをよそに、戻ってきたジミーがナマエに肩を貸した。

「おかえり」
「ただいま。無理しないで座ってたら?」
「確かに」

「あの人がナマエを?」
「…足だけ。当たったのは私が悪いだけ」
「…そう。ならこれは?」

髪を分けると現れた首に残る痕。
総督と名乗った男の手垢だった。肋骨も、顔に残るアザも。
ジミーの怒りに満ちた表情に、首を振る。
「…総督とかいう、…名前はしらないけど。」
その瞬間、ジミーの目の色が変わった。

「クソ!ソイツを…!」
「ジミー、もう過ぎたこと。自分の始末くらい自分でする。手出し無用」
「だからって!」

ジミーの大きな声にハッしたのはリックが銃底でメルルを気絶させ黙らせた後。
口論していたと思われたのか、リックの眉が寄る。

「どうした?」
「なにも」
「リック、しっかり見ろ!マギーやグレンだけじゃない!平気な顔で歩いてるから普通に見えるかもしれないけど!」

ばっ、と無理やり首を持ち上げられ不快そうにナマエは唸った。髪に隠れていた首に残った手の痕にリックだけでなくダリルも眉を寄せた。

「離して」

「…怪我はどうだ?」
「何も。折れてるかもしんないけど、動きづらいってくらい。アドレナリンかな。
顔の腫れも若干引いたしコレも痕があるだけだ」

「お、男前にも程があるよナマエ」
「そうよ、安静にしてちょうだい」
「してる。座ってるだろ?」
「強情…」

グレンとマギーの指摘にも、ナマエは首を振った。心配させたくない一心だった。どうみても状況は良くないからだ。
総督とこれから事を構えるだろうことは目に見えている。尚且つダリルに離脱の可能性がある。これ以上はリックの心身によくない。

ナマエを睨みつけるようにしているダリルは、言葉を発しなかった。
ただその瞳だけが、ナマエの傷跡に何かを訴えかけるように揺れていた。



その後、帰るために車に戻るナマエは時折聞こえるリックやグレンの大声を聞き流した。
ミショーンは外野であると理解しそれに参加することも意見を言うこともない。ナマエも同じだった。
こっぴどくやられた分グレンは絶対に譲らないだろうし、ダリルは兄を諦められない。
平行線の話し合いがいつ終わるのかとナマエはまた目を閉じた。







「ナマエ」

柔らかい声はリックのもので、疲れが顔に現れていた。瞼をこじ開けて見つめる青い瞳は涙を溜めているように見えた。錯覚かもしれないけれど。

「……君がいてくれて、助かった」
声が思っていたよりも弱々しい。

「みんな、待ってる。マギーも、キャロルも、ジュディスも」
リックの目はナマエを見ているようで、遠くを見ていた。
その瞳に、かつてのリーダーとしての鋭さはなく、どこか脆さが滲んでいた。

「ダリルは……一緒にいられない」
彼がふと目を伏せた。
ナマエは何も答えられなかった。ダリルの名前を口にされるだけで胸が苦しい。

「俺には、あいつが必要だった」
「……」
「けど今は、君がいる」


「そう、思っていいんだな?」
リックがそっと肩に手を置いた。
重くはない。でも、彼がそこに全体重を預けているような気がした。
眼差しは鋭く見えたけれど、言葉は弱々しい。

不安げに揺れる瞳は仲間を失うことになるから。そして戦力が消えてしまうから。これからの事を考えれば一人でも多くの仲間がそばにいなければ。

ジミーはもうこのグループに属する。家族のそばにいさせなければ。特にこのグループにいたくないとは言わないけれど、属したいとは思っていなかったナマエはリックの曇った表情を見つめて考え直した。

「うん。…帰ろ、いっしょに」
「!…あぁ!」

汗と火薬のにおいに包まれ、それがリックに抱きしめられているのだと気がついたのは少し経ってから。
ハグとはまた違ったそれになんとも言えない気持ちになる。



「おい」
「なに、ダリル」

「うわっ…どうしたの」
「……リックの…、支えになってやってくれ」

汗と土のにおい、火薬の匂いが混ぜられた香りがする。今度はダリルに抱きしめられている。
ナマエは自分が抱き枕にされているかのように感じて眉間に皺が寄った。

「…善処する」
「リトルアスキッカーのことも」
「…?だれ?」
「リックの娘だ」
「わかった」

しばらく何かを迷うように視線をさまよわせてから、
ダリルはおずおずと、ナマエの頭に口づけた。

その仕草はダリルを知る人間からすればあり得ない行動だった。二人を遠目から見つめていたメルルは目を見開いていた。

甘んじて受け入れたナマエはお返しに頬へキスを返した。親愛の情を感じ始めているのだとナマエは後になって気がついた。


「無事でいろよ」
「…アンタもね」

短い別れの言葉を交わし、ナマエはリックたちの待つ道路側に歩く。
ダリルは森の中へと消えていった。

互いの背中を見送ることもなく、ただ前を向いたまま離れていった。
その胸に、言えなかった言葉と、小さな痛みを抱えて。