日の出と共に起床して、歩いて、歩いて、時には走って。全身を覆い尽くすような異臭の中を歩き、紛れ込む。
アメリカという国は土地の広さゆえに日本と違って少し都会を外れると、途端に建物が少なくなる。コンクリートの舗装された道から外れると雑木林や森が広がっている。
「あっつ…」
パタパタと服の襟を掴んでTシャツと肌の間に空気を送り込む動作は暑さのせいかほとんど意味をなさなかった。生ぬるい風を受けて張り付くような感触に不快さは増すばかり。
森の中を歩いて進み、あと数キロで大都会アトランタに到着する。
少し前に出会った人から"大規模なキャンプ"、もしくは"避難所"があるという情報をもらった。それが正しいか否かは行ってみないとわからないし、無かったとしてもそこを目指している人と出会うかもしれない。なんらかの情報は得られるかも。
期待しすぎないように、と自制しているつもりでもやっぱり期待してしまう。これまで出会った人たちから聞いた中でアトランタの情報が一番多かった。つまりそれだけ目指している人もいるはず。
ふう、
あと一息。暑さゆえに流れてくる汗を腕で擦るように拭う。森の中に続いていたはずの獣道が次第に舗装された道に変わってきた。あと少しがんばれば。もしかしたら。
だめだめ、期待しない。ぐっと堪えるように口を引き結いで肩にかけていたリュックを背負い直す。
森の外れが見えてきた。奥の方にハイウェイのようなコンクリートが見える。みたこともない数の車がまるで敷き詰められたように乗り捨てられている。アトランタから逃げるつもりだった誰かの残骸たち。車には埃や土がたくさんついて泥だらけになっている。あれから何ヶ月も経っているからだ。
ビル群が見えてきた。舗装された道に入ってからは一度も"奴ら"に出会っていない。森の中には結構ちらほらいたというのに。胸騒ぎのようなそれを一度無視する。
重たい足をなんとか振り上げ歩き進めていくとようやく市内に入る。ここまでの道のりも結構長かったな、なんて感慨深い。
ゴールテープを切ったかのような達成感を味わいながらも警戒は怠らない。やはり都会を目指すということはそれだけ数が多いのだと思った。
曲がり角のところに影をみつける。ユラユラ、ユラユラ。
不規則な動きの影はおぼつかない動きを繰り返す。人の形をしているそれは次第に数を増やしていき、それはまるで一つの怪獣のようなシルエットになった。
やっぱりこんなところに"大規模なキャンプ"も、"避難所"も、ありはしなかった。残念な気持ちを押さえつつゆっくりと後退りする。悟られないように。バレないように。"奴ら"があの角から顔を出す前に。
辺りは大きな建物ばかりだ。一体何があるんだろう。ここまで来て何も得られないなんて絶対いやだ。どれだけ長い道のりだったか。
このへんにショッピングモールやデパートがあれば最高なんだけどな。
あちこちへ視線を流しては物資調達ができそうなところを探す。この辺りは商業ビルが多いようで良かった。
こうなる前は活気に溢れていたであろうストリートは乗り捨てられた車と血まみれのなにかが転がっている。地面には乾いて黒くなった血と臓物が張り付いていた。それらがこの恐ろしい世界を物語っているようで軽く身震いする。
「…ここにしよう」
裏通りにひっそり佇む4〜5階建ての中規模ビル。裏口は鍵がかかっていたが、ピッキングであっさりと突破。肩の力が少しだけ抜けた。
念のためビル正面の状況を確認してみる。いなくはないけど他に比べて少なそうだ。"奴ら"はなんだか遠くの方に顔を向けている。何か音がしたんだろう、きっと。少しずつ数が減っているし、いざとなれば隣とそのまた隣のビルを伝って逃げられそうな構造をしている。引っ掛けられそうな足場も、緊急用のハシゴもみえる。
「よし。」
裏口に戻って警戒しながらドアに耳を当ててみたけれど特に物音はしない。一応小さめにノック音もたてたけれど反応はない。ゆっくりとドアノブを開けて中を確認する。暗い。
持っていたライトを照らしてみると廊下がまっすぐ伸びている。歩き進んでいくとバックルームと書かれたドアや倉庫のドアを発見。
控えめなノックに、微かに応えるような物音が返ってきた
「ッし!」
1人2人、持っていた脇差を突き刺して活動停止させる。音が響かないようゆっくりと体を床に下ろす。女性ふたり。
バックルームの中にいた彼女たちは痩せ細っていた。こうなった日に隠れていたんだろう。そのまま外に出ることなく亡くなったらしい。部屋の中には食べるものも、飲み物になるものもなかった。散乱した部屋の壁には『Help』と悲痛なメッセージ。その横にはタリーマークが刻まれていた。
あれからいくつかの部屋を探索していくも、たいしたものは見つからなかった。せいぜいコミック雑誌と湿気ったポテトチップスくらいだ。
警備室のようなところを発見。ピッキングでこじ開けるとそこには大量のモニターと操作番、ブレーカーなどがあった。試しに部屋の電気がつくか確認したが当然ながら電力は来ていなかった。非常用電源もウンともスンとも言わない。くそったれ。
警備員の制服を着た男を倒し、腰についた警棒のようなものと鍵を拝借する。
▽▲▽
警備室に置かれていた各階のマップ、テナント名の指示書を片手に持ちながら、目的を遂行していく。人に会えなかったのなら何かしらは得たい。
幸いにしてビルの規模にしては"奴ら"が少ない。
時折聞こえる唸り声のようなソレはヒタヒタと近寄ってくる。この階は多そうだ。
災害用ライフハックで見たビニール袋の反射効果を思い出し、ライトに被せた。
最後の1人から太刀を引き抜き、ぐしゃりと倒れたソレの湿度のある音に頬が引き攣る。
よく見えないなりにも全部倒しきった。おそらくこの階は切り抜けられそうだ。
警備室から拝借したマップに書かれていた工具店に到着する。ここで武器や必要そうなものを調達したい。持っている武器の手入れだってしたいし。
もちろん食べ物がいちばん欲しいけど。地下にあると書かれたスーパーは、階段のフロアに入った時点からちょっと尋常じゃない匂いが上がってきていたから諦めた。バリケードになりそうなものも念のために設置してきたしとりあえずは大丈夫だろう。
「よし、」
目的を達成した。
武器になりそうなもの、手入れ用品、ワイヤー、ペンチ、エトセトラ。工具店を後にし、セレクトショップのようなところで新しい服や下着も見繕う。背中のバックパックは悲鳴をあげているけれどとにかく詰めていった。
生活雑貨店でもある程度必要なものが揃えられてホクホクした気持ちである。
「〜〜!!」
「○×***!?」
「…?」
どこかから人の声が聞こえた気がする。
履き替えようと思ったズボンを持ち直しながら耳を澄ませてみる。
銃声はしていないし、流石にビルの中にいて外の人の会話まで聞こえるわけがない。
やっぱり情報を聞いた人がアトランタには集まるのかもしれない。荷物を引っ掴んで入ってきた地上階の裏口に向かう。
ブゥン!
誰かの声のあと、アクセルを踏み込んだ車の駆動音に路地から顔を出すのやめる。
「…あぶな」
飛び出していたら轢かれていた可能性もあった。終末にもなって轢き逃げになんて遭いたくもない。
走り去っていく銀色の車。リヤガラスは埃と砂をかぶって中の様子までは見えなかった。
市内を出ようとする様子のない車は少し先の角を曲がって見えなくなった。
どこかから聞こえた声は2、3ブロック向こうの通りからのようだった。路地から路地に向かって走りビルの壁を伝って覗きみると、2〜3人の男が走っている姿を確認した。
ビルの壁にずっと張り付いていられる体力もないし、一度屋上に向かう。幸い非常階段を発見してそこから上ることができた。
車の音や人の話し声で"奴ら"が移動しているのにも気付き、さっきまでいたビルの路地にまで入っていく姿が見えて、あのまま移動していなかったらと思うとゾッとした。
「……はぁ、はぁ、…どっこいせ」
ビルの屋上になんとか辿り着く。息も絶え絶えながらに吐き出すセリフはおばさん極まりない。でもいいのだ、誰も聞いてないから。
「なんだこれ…」
到着した屋上のドアには重厚な鎖と南京錠が落ちていた。ちぎれたそれはボルトカッターか何かで綺麗に切断されている。無理やりこじ開けた様子もない。
ひとまずそれを床に落とし、屋上に踏み入る。
太いパイプが複数ある程度で何もなさそうだ。
強いて言えば、少し乾いた血溜まりがある。パイプに繋がったままの手錠と、その下には糸鋸と血。何が起きたのかは一目瞭然だった。
「…まぁ、いいか」
特に自分に関係なさそうなソレを一瞥し、落ちていた糸鋸を拾う。別に手錠を切りたくて手を切る予定はないけれど、もらえるものはもらう主義だ。
バックパックに投げ入れ、赤い道標の落ちている方向へ向かう。
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