農場を追われた後の話は、ジミーが声高に語ってくれた。

仲間を見つけたこと、そして失ったこと。
自分自身の武勇伝としてはシカを射止めたことをあげていたっけ。
ハーシェルは目を見張って笑っていたけれど、ベスは心配そうにしていた。
マギーだけはどこか上の空だった。ジミーの無事には心から安堵しているはずなのに、視線の先にはいない人の姿を探しているようだった。
グレンの変化。口調、表情、間合い。どれもほんのわずかな違いだけれど、彼女にはきっと、それがはっきりと見えていた。


刑務所に侵入した人たちの元へと向かうリックたちの後を歩く。

タイリース、サシャ、ベン、アレンの4人はリックたちが不在時に裏手側から侵入したらしい。カールが助けたとかなんとか。

「断る」
「次々に仲間がやられて…もう私たちしかいないの」
「ノーだ」

ハーシェルは表情が硬く、怒ったような口調のリックを諌めたけれど効果はない。どこか苛立ちを見せるリックにカールは不安そうに眉を寄せた。
ハーシェルの言葉に一度は頷いたはずのリックは、視線を彷徨わせると表情を変えた。

「出ていけ!今すぐ!ここにいちゃいけない!!」


リックの怒号に、その場の空気が裂けるような音がした気がした。タイリースたちの目が一斉に見開かれ、息を呑む音が重なった。
銃声こそなかったが、まるで銃が放たれたかのような静寂がその場を包んだ。

グループに入れようという話に向かうはずだったのに、リックが銃をぬいたことによってそれは叶わなくなった。
グレンがタイリースたちを退出させ、ナマエは銃を持っているリックを抑えた。

「リック、リック!…リック!落ち着いて。大丈夫。聞こえる?」
「ああ……あぁ、ちがう…!ちがう……。」
「リック、大丈夫。私の声が聞こえるね?」
「聞こえてる…ナマエ……あぁ、そうだ。…わかってる。わかってるんだ」

かすれた声が喉の奥から絞り出される。けれど、その目はどこか別の場所を見ている。今ではない“過去”か、それともまだ見ぬ“恐怖”か。
握られた手の温度だけが、彼をこちら側に繋ぎとめているようだった。

それぞれが顔を見合わせ、一度落ち着かせるために腕を掴み監房に戻らせる。
ハーシェルは、「おそらくパニック発作だ」とナマエに告げる。
落ち着かせるためにリックをベッドに寝かせると
リックがナマエの手を握って離さないために身動きがとれないままとなってしまった。
必然的に彼を看病するのが自分となってしまったことにため息を一つ吐くと、ハーシェルは「少し様子を見ていてくれ」と告げるとどこかへ行ってしまった。
規則正しい胸の上下する動きを見つめながら、ナマエはそばに座り込むと掴まれた手のひらをぎゅっと握りしめた。




「リック、落ち着いた?」

胸ポケットからタバコを取り出し煙を吐き出す動作を何度か繰り返していると、吐いた煙がゆるやかに空気を漂っていく。不規則な形が次第に薄れていく中、ぼうっとしていたナマエの耳にリックの吐息が届く。

胸に当てた手のひらをぎゅっと握ると、まぶたが揺れている。まるで悪夢を見ているかのように時折顔を揺らすから。


「許してくれ…」



誰に向けた言葉なのか。
答えを知っているのはリックだけだ。




▽▲▽



正気と狂気の狭間にいるような感覚が続くリックは、双眼鏡の先にいる、ありえないシルエットを追いかけた。
夢を見ているかのような微睡と、鼻を掠める腐臭に自分が正気ではないと自覚していた。

時折心配げな仲間の姿がチラつく。ハーシェル、グレン、カール。ナマエ。
眉を寄せ、不審そうにしながらも眼差しは心配を含んでいる。
トレードマークになっているもはや見慣れたマスクはウッドベリーでなくしてからはしていなかった。
彼女の眼差しはいつもまっさらに、何も含んでいなかった。相手をただ見つめている。そこになんの偏見もないのだ。
だからこそ、あの日。


フェンスを越え走って向かった先には、驚くほど綺麗な妻の姿があった。

あの世にしかないような優しい光を纏って、彼女は笑っていた。
頬に触れる手のひらはたしかに温かいのに、その温度は何処か現実離れしていた。まるで、“もう戻れない場所”の匂いがした。



▽▲▽


タワーに登り一夜を明かしたナマエは、ルーティンのようにタバコに火を点けた。
ドアを開けて煙たい室内の空気を入れ替えながら、中庭を走り抜けていくリックと、それに驚いたミショーンを上から見つめた。
正気を失っているかと問われれば誰もがYESと答えるだろう彼の姿はフェンスを越えて草木に隠れて見えなくなった。

ミショーンがCブロックに入っていき、しばらく時間が経とうと、リックが戻ってくることはなかった。
何本目かわからないタバコを咥えながら、きっと終末前に看守が暇つぶしに読むためにでも置いていたのだろうくたびれた推理小説と、双眼鏡を交互に見つめた。
それぞれ適当な感覚でユラユラと揺れるシルエットがいくつか。不審なところはリックくらいだ。


ガン、ガチャッ
重い音の後に振り向く。扉が開くと、そこにはグレンが不快そうに煙を手のひらでパタパタと揺らしていた。

「なんだ、いたのか」
「見張り交代?」
「誰も見ていないと思ってさ」
「見てたけど、別に変わりないよ」
「リックは?」
「あっち。」
「……」

視線は以前に比べて鋭く、少しの苛立ちを含んでいる。
ずっと怒りを溜め込んできた人が爆発するかのような彼の姿に、やはり普段優しい人の怒りの感情は恐ろしいと感じた。
まるで総督を殺すためになら、命を差し出したっていいと口に出しそうな彼になんと言葉をかければいいのかわからずナマエは口を閉じた。


「先制攻撃なら確実だと思わないか?」
「……無理だろ。頭数も無ければ弾もない。ちなみに私に銃の精度を聞かないで」
「…撃てないの?」
「うるさいから嫌いなんだ。撃てなくないけど、精度は五分五分ってところ。FFもするかもね」
「……フレンドリーファイア?…怖いこと言うね」
「だからこっち」
そう言って刀とナイフを指差すと、グレンは納得したように頷いた。

「ジミーが銃担当?」
「うまくなったよ。ライフル持たせても問題ないレベル」
「教えたの?君は上手くないのに?」
「……うるさいな」
「あははは」

話が逸れると、数日は見ていなかった彼のわずかな微笑みが現れた。何も変わっていない姿がそこに確かにあるのに。
しばらく二人で談笑しながらも、グレンが見張る間横になって休むと少しの疲労が軽減された。
カールを連れて裏手に空いたスペースを確認しに行くと言って出ていくグレンの背中を見つめる。


誰かと何気なく笑い合える──それだけで、少し救われた気がした。
誰かが自分の言葉に笑ってくれるということ。

それが、どれほど貴重なことか。

グレンが去ったあと、残された静寂がやけに重たかった

そうしてまた変わり映えのない地獄を監視していく。