なんでこうなってるんだ。


リックたち一行は、ナマエを連れて高架下へ続く道を全速力で走っていた。

本当になんでこうなっているのかわからないと、ナマエは荷物を背負い直しながら彼らと同じように足を動かした。
ダリルと呼ばれた男が先頭を走り、グレン、Tドッグ、ナマエ、リックと順番に続く。
リックが殿を務めているのは彼女を信用していないからだろう。


「クソ!」「車がない!」

到着したものの、彼らが乗ってきたらしい車が消えている。悪態をつくダリルと青ざめるグレン。

走ったせいもあってか背中や額を伝うように流れる汗に不快感が増す。
アトランタは日本の夏と同じように蒸し暑い。それにコンクリートの照り返しは日本以上かもしれない。
というかこの暑さの中で顔が見えないように被ったフードとマスクのせいも大いにあるな、なんて考えながら。
4人が話している姿を遠目に見つめる。

「キャンプに戻るぞ!」


「ちょっと待って。私は関係ないからもう離れるよ」

荷物を背負い直し、また走り出そうとする彼らを呼び止める。
そこまで付き合う義理もないし。そもそも人に会えたらと思っていたけれど、グループに属したいわけじゃないからだ。

「お前も来い!」

乱暴なダリルに胸ぐらを掴まれ、首が締まるようだった。
ギリギリと締まるそれと、イラついた様子のダリルの瞳を見つめ返す。

「ダリルやめろ!」
「そこまで付き合う義理ない!案内したんだからもういいだろ!」

グレンの静止によって緩んだ隙に腕を跳ね除ける。げほげほとしまっていた喉から出る咳に次第にイライラしていく自分を落ち着かせる。
グレンが小さな声で謝罪するのが聞こえるも、手で返すことしかできない。

「君は、今まで1人だったんだよな?1ヶ月ぶりに人に会うと言っていた。」
「…けほ、…そうだけど」

「つまり、…1人で、外で、1ヶ月以上過ごしてる。身を守る以上のことが出来るってことだ。そうだろ?」
「……」

「俺たちのキャンプには子供や老人がいる。助けると思って、ついてきてくれないか」
「………」



▽▲▽




大量の屍を超えて、ナマエはまたしても走っていた。

アトランタへ向かう途中、ガス欠で使えなくなって乗り捨てたバイクの元に。
ハイウェイに置き去りにされている車からいくつかのガスをポリタンクに移し替えられた。これでまた進めるようになる。
重い、重すぎるバックパックを振り乱して、片手で持てない重さのポリタンクを揺らしてどうにか到着する。給油を終えてエンジンがつくかの確認が済むとすぐに跨る。


リックたちとの同行は拒否した。


正確に言うと、後で合流することにしたのだ。

このまま彼らのいうキャンプに走って向かうというのは正直現実的じゃなかった。
いくら自分の体力に自信があるとはいえ、荷物を持って数十キロを越えている距離を走るのは無理だ。
あの時点で時間は夕刻を過ぎていたし、どんなに速くいけても到着するのは夜中だ。

キャンプの場所を聞き、荷物の一部を引き受けて自分のバイクに乗せて向かうと告げたリックは少しの安堵のあとに、「必ず、来てくれ。待ってる」と言った。
無碍にできなかった彼の願いと視線に苛立ちを覚えながらも断れなかった。


「ただし、条件がある」

「テメェにそんな権限はねェ。黙って来い」
「…私は別について行かなくたって困らない。そっちが来て欲しいって言ったんだろ」
「んだと!?」

「やめろ。…条件は?」

「一つ、マスクは外さない。「はぁ?」…二つ、詮索しないで。
三つ、離れると言ったら止めない。

この三つだよ」

「…その理由を問うことは、"詮索"になるか?」
「なるね。」
「……わかった。飲もう。
その代わり、子供や女性を守ってくれるか?」
「わかった」


ハイウェイからガスを運ぶのにかなりの時間を要してしまった。辺りはすでに真っ暗で、急がなければならない。
踏み締め、アクセルを全開に回した。





▽▲▽

キャアアア!!!

バン!ドン!


山間に劈くような悲鳴が響く。向かっていたはずの方向から叫び声と大量の銃声がする。どうやらナマエはかなり遅れてしまったようだ。

ブゥン!

アクセルを踏みこんで、小石がたくさん転がっている道に入った。
その先に時折暗闇の中から火花が上がる。ショットガンの激しい銃声と、泣き叫ぶ誰かの声。


「イヤァ!!」

シュッ バス!!

「ぁっ……はぁ、はぁ、」
「大丈夫?!」
「えぇ、…あなた、は?」
「これ持って。目の前に来たら刺して。」
「え、ちょ、いかないで…っ!」


そこかしこから上がる悲鳴と銃声、ヒュンヒュンと風を切って飛んでいく弾丸。
倒れ込む女性にマウントを取るような"奴ら"の姿を発見してそれを蹴り上げて持っていたナイフを刺して沈黙させる。
腕を掴んで立ち上がらせた女性は放心したように荒く呼吸を繰り返していたけれど、それをケアしてあげる時間はない。すぐにナイフを持たせて他に向かう。

ショットガンを放ちながら背後に女性と子供を連れて歩いている男がいる。子供の背後に見えた影に向かってナイフを飛ばす。

「ワァアアア!!…ッ!マ、ママ!」
「カール!…ッ」


目が合った男に頷かれたが、それを無視する。他にも叫ぶ声が聞こえたらナイフを投げ、そばに寄ってきた影に太刀を凪いでいく。

気がついた頃には空は白んでいた。






血と汗と泥に塗れた身体中に不快感はマックスだった。
顔を覆うマスクを取りたいところを我慢しつつ、バイクに背を預けて座り込む。
次第に辺りが明るくなってくると夜の闇に隠されていた凄惨な死体や血の跡が目立った。
どこを見ても死体だらけだ。


「あの……ありがとう、あなたよね、助けてくれたの」

ブーツについた誰のかもわからない臓物を手で払いのけ、使ったナイフについた血を拭いていると誰かが目の前にしゃがみ込んだ。
顔を上げると一瞬たじろいだ様子の女性はぐ、と堪えるように真一文字にしたあと口を開いた。

「…いや、」
「助かったわ、本当に」
「そうよ。あなたよね。ありがとう、息子の命を救ってくれた」

髪の短い女性が手を取ってぎゅ、と握りしめて感謝を述べている間にもう1人、髪の長い女性が寄ってくる。

「息子の背後にいたやつを、ナイフで。…これあなたのでしょう」

投げたナイフを回収してくれたらしい彼女から受け取る。怪訝な様子でマスクを見つめてはいるものの、2人は揃って笑顔だった。

「…遅くなってごめん」

リックとグレン、ダリル、Tドッグはナマエがいることに気が付いていたらしく目が合うと頷く様子がみえた。
近寄ってくるリックは髪の長い女性の肩を抱いている。

「…いや、いいんだ。息子を助けてくれてありがとう」
「あの…マスク!かっこいいね!ありがとう!」
「うん」

リックの息子のカールとローリ。彼女は口角だけをぐっと上げて息子の肩を抱き寄せ去っていった。

いろんなことが一度に起きた。
ショックを隠せない様子のメンバーは、1人知らない人間がいることにようやく気が付いたらしい。

「そいつは?」
「アトランタで出会った。人手がいると思って」
「…その気味の悪いマスクはなんだ」
「…」

それぞれ勝手に話し出すも、とりあえず後でと告げたリックは後処理を始めると全員に声をかけた。
死体を集めていく彼らの手伝いをしながら、キャンピングカーの前でうずくまったままの女性に目が行く。

「妹の、エイミーが…。彼女はアンドレアだ。今は、…そっとしておいてやってくれ」

グレンが泣きそうな顔でぼそりと口にする。ここの人たちのことを一切知らなくともわかる。ああいうのは触れてはいけない。


げほげほ、燃える死体の山の前で手を合わせる。煙が喉を刺激してむせてしまう。
知らない人間だったものだけれど、元は人だし、と思って供養の意味も込めていると背後に誰かの気配。

「なんだそれ」
「あーー…なんだっけ。…レストインピース、だ」
「英語もわかんねェのか」
「ネイティブじゃないから」

「…お前、なんで顔を隠してる」
「……」

アトランタでナマエの襟首を絞めた男、ダリルはツルハシを肩に担ぎながら訝しげにナマエの合わせた手をみていた。
手を合わせるのは仏教だし怪しく見えたのかもしれない。
時折出てこない英語に手を動かして絞り出せたものの、口をついて出た言葉にダリルはさらに訝しんだ。
マスクをして素性を隠しているくせにパーソナルなことを言ってしまった。バカだ。
その視線を無視して立ち去ることにする。これ以上墓穴を掘りたくない。




▽▲▽



ひとまず死体の処理が終わったらしい。
仲間は埋めると叫んだグレンのそれに、各々が倣うように遺体を運んでいった。
別れの時間を共有するつもりはない。
自分にとって一ミリも関わりのない人たちだからだ。

少し先の丘の上で行われているそれらを尻目に停めたバイクに背を預ける。
投げてまわったナイフは無事に回収できた。それぞれ血を拭き取り、軽くサンドペーパーに当ててホルスターに仕舞う。
武器の手入れは命に関わる。今回はさほど出番のなかった太刀も念のために綺麗にしておく。

集中していたせいか、キャンプのメンバーが戻ってきていることに気が付かなかった。
ああでもないこうでもないと議論している姿も、全然耳に入っていなかった。

「だいたいそいつは誰なんだ!紹介してくれよリック!」
「気味の悪いマスクだが、子供なのか?」
「助けてくれた人よ」
「そうね。悪い人だと思ってないわ」

見知らぬ背が高い大柄の男はリックに向かって吐き捨てるように言った。それに続いた老人の声は男より幾分柔らかい口調だった。どうやら他のメンバーより幾分小柄なナマエの姿に子供だと思ったらしい。
ローリとキャロルと名乗った二人は恩を感じてくれたらしく、少しの援護。

「ナマエだ。アトランタで出会った。腕っぷしは、…見ての通りだ」
「…ドウモ」

リックに紹介されても、シェーンと呼ばれた男は変わらず怪しんでいるようだった。当然、マスクを外していないからかもしれないが。

「そのマスクは?」
「…」
「はっ、答えられないのか?」
「…」
「やめろ、シェーン」
「リック、素性もわからない人間をグループに入れろっていうのか。」
「害はない」
「…納得できる理由を話せ」
「見ての通りの戦力だ。カールも、キャロルも助けてくれている。十分だろう」

シェーンと呼ばれた男はとても納得した表情とは言えない顔つきでナマエを睨みつけた。
しかし、二人を助けた事実を鑑みたからか、渋々頷くと大股で離れていった。


「……預かった荷物」
「あぁ、ありがとう。」

物資の一部をリックに返す。荷物の大部分は持ちきれない銃器類だった。

「あっちがデール、さっきのはシェーン。妻のローリと息子のカール。
あとはキャロルとその娘のソフィア。
モラレス一家にジャッキー、ジム、アンドレア。あとは昨日のメンバーのTドッグにグレン。ダリルだ。」

短い他己紹介を聞きながら適当に相槌を打つ。最後にリックは、「ここでは俺も新入りだ。気負わないでくれ」と短く告げると笑った。
それは、無理だろう。とは伝えなかった。

▽▲▽

亡くなった誰かのテントで寝てくれとあてがわれたところで一晩を過ごした。周辺ではまだ死臭ががする。

「…ナマエ、俺たちはこれからCDCに行こうと思ってる。手伝ってくれと言った手前で移動することになって申し訳ないと思うが、ついてきてくれるか」

「…着いた後はどうするつもり?」

「!もちろん、ジムの手当てをしてもらうし、色々とどうなっているのかを確認したい。

安全かどうか、…保証はできない。…それでも一緒に来てくれるか?」


リックは、CDCに向かう後のことを聞かれてすこし双眸を瞬かせた。シェーンに否定された後だったからかもしれない。
表情が一切読めないナマエの問いはリックにとって不思議だった。
これっぽっちも疑っていないからだ。
無事に到着すると思っている。そしてその後が続くと思っている。

ナマエは、シェーンが言うように確かに不気味だし信用できるかわからない。
マスク以外にも"彼"なのか"彼女"なのか。わからせるつもりのない深く被ったフードに体型がわからない服装。
シルエット的に言えば女性に見えるほど小さい。しかし声はどちらともとれるほど低めだ。

情報をよこすつもりのない外見に、シェーンは口々に文句を言った。
「信用できない!」というシェーンや、「さっきは悪い人じゃないと言ったけど…正直に言うと少し怖いわ」というローリの意見も、間違いじゃない。
ナマエは、あからさまに敵対の意思を見せていないだけだ。

それでも渋々ながらに案内してくれたり、こっちの要求を跳ね除けたりしないでくれた。
条件をつけられたことはなんらかの理由があるとして、預けた荷物を持って消えられる可能性もあった。その選択肢を持ちながらもこの場に来てくれただけでそれはある程度信用できる人物なのだと自分の中では証明された。
こんな世の中になってしまって見知らぬ相手を恐ろしく感じるのは当たり前の感情だ。
それでもナマエは、この場にいて、当然のようにみんなを助けてくれた。素っ気ない口調も頑なに見せない顔のことも気にならない程度には、信用し始めている自分の勘を今は信じたい。



マスクの下に隠れた口元が少しだけ上がったように見えた。



「いいよ」