予定外の証人1




「なまえ!なまえもやろ!」
「え?なんですか?」
「これ!」

所内に入る前に煙を吸ってきたというのに眠気は無くならない。口臭予防にガムを一つ口に放り込んで座ると、ケラケラと笑う声が響く。
楽しそうに笑う三澄さんと、久部さんがスマホを振っているのを視界の隅に確認していた。先日の事件の折にガラケーは水没した上、不便さを痛感したらしい三澄さんは遂にスマホデビューしたんだとか。
連絡先の交換に、メッセージアプリの機能である"ふるふる"をしていたようだった。
嬉しそうに文明の利器を振る彼女がとても年上とは思えないほど可愛らしいと思った。

「どうぞ」
「待って…なまえのアイコンなにこれ!」
「あ〜ミコトは知らなかったもんね」
「僕ずっと疑問だったんですけどこれってみょうじさんちで飼ってるんですか?」

ぽこん、と可愛らしい通知音に表示された画面には【三澄ミコトの連絡先が追加されました】となっている。アイコンは設定無しの人の形のシルエットのままだった。
スマホをデスクに放るように置くと、同じような通知が三澄さんのスマホにも表示された。
そこにあるのは私の名前とアイコン。実家で飼っている犬たちだった。

「実家で飼ってます」
「可愛いすぎる〜!」
「これ超大型犬ですよね」
「はい。それはアイリッシュ・ウルフハウンドですね」
「…実家、太いのね」
「そこそこ。」

犬三匹のアイコンにきゅんとしたという三澄さんに、冷静に犬種を気にする久部さん、犬の犬種ひとつで実家を確認する東海林さんと。三者三様の意見に少しだけ笑う。
そうして始業前に騒いでいると神倉さんが現れ、久部さん、三澄さんの無事を改めて喜んだ。

「三澄さん」
「はい?」
「この事件知ってます?半年前にうちで解剖したご遺体なんですけど」
「あぁ、主婦ブロガー殺人事件」








少し前から、臨床検査技師として助手に入っていた同じ中堂班の坂本さんが出勤しなくなった。有給かなにかだろうと特に気に留めていなかったし、上司の中堂さんはたまに「なんであいつはいないんだ?」と愚痴をこぼすだけだった。
まあ、おかげで助手兼記録係と仕事は倍になったけれど。体調不良ではないと神倉さんからは聞かされていたし、特に心配はしなかった。


「中堂さんいま、訴訟抱えててさ」
「訴訟?」
「訴えられているってことですか?」
「誰に?」
「坂本さん」

「「「坂本さん!?」」」


三澄さんに代理の裁判依頼が来た時にその訳をようやく知ることになった。

坂本さんは中堂さんを訴えたのだ。


「あははははは!自業自得すぎて草!」

「なまえが…」
「壊れた?」
「大爆笑、ですね」

「…っな、何笑ってやがる!クソが!!!」
「あっはっはっはっは!ひぃダメだ!あははははははは!!!」
「笑うなこのクソ!!」




▽△▽


成分分析の結果を見つめながら打ち込みを続ける。三澄班が出廷するのを見送り、今日は急な解剖が入らない限りは事務仕事をすることが決定している。
ブルーライトによって次第に目がしぱしぱとするのを実感しながらも、今日は早く帰ってゆっくり寝たいから、止まらずにやってやろうと意気込んだ。


「みょうじ」
「なんですか?」

「二日前のご遺体の診断書、お前も確認しといてくれ」
「え?…はい。」

渡された書類には二日前に受け持った解剖の内容が事細かに書かれている。死因は頭部外傷性くも膜下出血。それも二枚。
この現代においてまだそんなことをするのかと内心呆れたのを覚えている。

「あー、あの遺産相続争いで殺し合った?」
「そうだ。間抜けなもんだな」

お金のために兄弟で争い、揉み合っているうちに二人揃って転び、打ちどころが悪く亡くなったということだ。
依頼者はそれぞれの妻。遺産相続がどうなるかは知らないが少なくともあの二人が次に争う可能性がありそうな雰囲気だった。
男のケンカから、女の争い。恐ろしいのは後者だろうな。

「問題ないと思います。これで提出されるんですよね?」
「ああ」
「私のチェック必要あります?」
「……あれだ。」
「え?」
「ただの、…ダブルチェックだ」
「あぁ。三澄さんいないから。納得しました」
「………」


サンダルの音が所長室への遠のいていくのを背後に、私はまた画面に向き直るのだった。
そうこうして、数時間もしないうちに戻ってきた三澄班のみなさんは。
というか三澄さんは、検察側の証人から弁護側の証人になって戻ってきた。
「裁判勝てるんですよね?…負ければ、UDIラボの信用を失います」と告げる神倉さんに三澄さんは苦笑いのような、不思議な表情で「大丈夫です」と言った。
あれで安心できる人がいたら教えてほしいくらいだ。





▽△▽


「何やってるんですかそれ、超楽しそう」

「いざ!」
「あ!なまえもやる?やりたい?」
「やりたい!」


ラボの奥に大きな肉の塊。そしてそれに向かって包丁を突き立てる三澄さん。傷口をカメラで撮影している東海林さんの姿は異様であった。
代理証人の事件の証拠の確認をやっているらしい。どうやったら、非力な男性が背骨まで包丁を突き立てられるか。どの程度の力を込め、どの程度の速度を出しているのかを検証しているらしい。

「いきますよー」
「いざ!」

ぶすっ!
勢いよく刺しすぎたらしく久部さんに「みょうじさん力強すぎます」と苦言を呈されてしまった。
すぐに戦力外通告をされてしまいデスクに戻る。背が高い分力が強いのだと思うことにした。
肉に刺さる刃物の音は、肉を刺しているとわかっていてもずっと聞いていたい音ではなかった。


「事実は明々白々じゃなかったのか?
ヒステリー女法医学者、格好の餌だな」

紙一枚がひらりと揺れるのを視界の端に捉える。中堂さんが三澄さんに渡した紙。
見出しはこうだ。
【理性の検事vsヒステリー女法医学者】

「…わぁ、きもい文章」
「ぶっ!なまえ!」
「だって…」
東海林さんが吹き出して笑いを堪える中、三澄さんは眉を顰めるだけだった。

「そちらの訴訟はどうなんです?坂本さんの代理人と会ったんですよね?」
「ああ…わけがわからなかった」



「パワハラで訴えられてるのわかってます?」
「なにをもってパワハラなんだ?」
「今まで検査技師の人たち辞めさせてますよね?」
「あいつらが勝手にやめた。俺はなにもしてない。それにそういう話ならみょうじは残っているだろ」

「……」
自分の名前が上がったことに東海林さんが目を見開いてこっちを見てにやにやしている。やめてほしい。
中堂さんの態度は今に始まったことじゃ無いし、"あんな人"という認識だからこそ特に気に留めていないだけだ。

「中堂さん………今まで言おうか言うまいかず〜っと迷ってたんですけど、」
「うん?なんだ?」
「中堂さんって………相当感じ悪いですよ」
「…?」

「ぶっ」
「……ふふ」

三澄さんの視線に耐えられなくなった久部さんが「よ、良くはないかも、です」と漏らす。
東海林さんと私は漏れ出た笑いを抑えるのに肩を揺らした。
三澄さんの一言に中堂さんはまるで自覚がなかったかのように珍しく間抜けな顔をしていて、おかしくてしようがない。

「人の感じ方まで責任持てるか!」
「いや愛想を振り撒けとは言いませんけど、立てなくていい角を立てることはないでしょ」

「108回と言われた」


【依頼人はこんなにも暴言を吐かれたと言っています】


「いちいち記録してたんだ、あいつは。信じがたい」

「108回も言うほうが信じがたいです」
「あいつに言ったわけじゃない。
俺が俺の仕事中に何を言おうが勝手だろう」
「聞こえるように言うのが問題なんですよ」
「風紀委員かお前は。大体みょうじも同じように聞いていただろ。なのに、坂本と違ってみょうじは俺を訴えてない」

名指ししないでほしい。矢面に立たされたくない。
あと別に何も感じてないだけで普通に悪いのは中堂さんでしょう。と思ってることは口に出さないでおこう。

「…そういう問題じゃなくて草生える」
「ちょっとなまえ笑かさないで」

東海林さんと二人で笑ってしまう顔を隠すように俯いていると指までさされだしたもんだからもう笑いを堪えきれなかった。


「なまえは気にしていないだけです。中堂さんが"そういう人"だと理解して対応してくれているんです!ありがたがるべきですよ」
「なんでそうなる!」


「とりあえず中堂さん謝っちゃったほうが…」
「だから何を謝るんだ!」
「じゃあもう辞めるしかないですね」
「バカか」
「私もこれからバカと言われたことを記録します」
「俺はUDIを辞めない。誰に何を言われようとな」

むすりとした顔で所長室に入って行き、勢いよく閉められたドアを四人で見つめる。
何か思うことがあります。という表情になんとも言えない気持ちになる。

「私もこれから間抜けと不細工記録しよっかな」
「なまえそんなこと言われてたの?!」
「はい」

東海林さんが慰めてくれたのでよしとする。