予定外の証人2



三澄さんが自腹購入した肉の塊の処理方法をみんなと相談しながら、本日の業務を終えることにした。
裁判を終えた後にと決まり、「肉パーティ!」と騒いでいた東海林さんが最初に帰り、その後三澄さん、久部くんの順に帰宅していった。
他のラボや会社が入っているこの建物で電気がついているのはUDIと、まあごく僅かな会社だけだろう。
昼間と違う静けさに、自分の出す物音がやかに響く。パチパチとキーボードを叩く音に、資料を捲る音、椅子の軋む音。

最後までついている所長室はいまだにドアが閉め切られたままだった。


「おい」
「!っんぐ……はい?」

ぼうっとした頭でそろそろ帰ろうかと最後に入れたコーヒーを飲み干している途中。突然スライドした所長室のドアの隙間から中堂さんが顔を出している。

「あー……」
「?なんですか?」

言い淀むくせに言いたげな眼差し。所在なさげな手のひらが頭部に動くとガシガシと音を立てて頭を掻いている。

「…お前は、俺が何を言っても気にしていないのか」
「…………はい?」
「昼間、三澄が言ってたろ。」

【なまえは気にしていないだけです。中堂さんが"そういう人"だと理解して対応してくれているんです!ありがたがるべきですよ】

昼間の出来事はあまりに面白すぎた。思い出し笑いのように口角が上がるのが自分でもわかった。

「あぁ、…ふふ。」
「!」
「確かにいつものあれを自分に言われたのなら坂本さんのように思うこともあったでしょうけど。中堂さんの"口癖"だと理解はしていますよ」
「…そうか」
「有難いですか?」
「…あぁ」
「!………じゃあ、少しは感謝を示してもらいたいものですね」
「調子に乗るな不細工」
「数えますからね」


どうやら坂本さんの件、身に沁みてきたらしい。たぶん三澄さんの「感じ悪いですよ」がボディブローのようにじわじわと効いているのだと思う。


「じゃ、お先です」
「……き、」
「?はい?なんか言いました?」
「…気を、つけろよ」
「!はい」



▽△▽


「うわっ!」「わああ!!」

誰かの足音が響く廊下。曲がった角から飛び出してきた誰かとぶつかり、持っていたファイルが散らばる。床には紙と……ぬいぐるみ?

「…あれ、坂本さん」
「みょうじさんっ」
「落ちてますよ!ツボ押し!」

走り出そうとする坂本さんを捕まえていると、後を追いかけていた久部さんが現れ顔を見合わせる。
退職が確定するだろうとして、ロッカーに置いていた私物を取りに来たそうだった。
訴訟のこともあるし、UDIの人間と顔を合わせないようにしていたらしい。

「坂本さんがいないと困りますよ」
「…ありがとう。嘘でも嬉しいよ」
「嘘じゃないですよ、本当に。仕事量倍以上です」
「………みょうじさんは俺と違って強いよ」

呼び止めようと思っても、足早に進んでいく後ろ姿は足を止めることはなかった。

「……」
「中堂さん辞める気ないみたいですよ」
「だろうね。UDIとしても法医解剖医を辞めさせるわけにはいかない。
とどのつまり替わりのきく僕のほうが辞めるしかない。ねっ」
「わかってて、…なんで?」

落としたぬいぐるみを手渡す久部さんに坂本さんは「慰謝料もらうため」と答えた。

お金、目当て。
言いたいことはわかる。あの人へ与えられるダメージならその手しかない。そうしても、自分は職を失うことになるのが変わりない。次の仕事が見つかる保証もない。
悪びれなく返事をする坂本さんに久部さんはとても驚いた様子だった。

「久部君やみょうじさんはいい人だけど、そっち側の人間だよね」
「…そっち側?」
「みょうじさんのご実家は言わずもがなだし。久部君は何年か浪人したって言ってたよね。浪人してまで医学部入れるなんてお金持ちだけだよ。」

そう言われてしまえば、閉口するしかない。事実として、実家でお金に困ったことはないし久部さんもそうなのだろう。

「未来がある人から見れば、僕のやってることなんて、あさましいんだろうね」

強いストレスを癒すための可愛らしいぬいぐるみ付きのツボ押しを、まるで癖のように手のひらに押し当てながら話す姿は、悲しげだった。

「……坂本さん」
「ん?」
「お気持ちが固まってしまっているぶん、私はこれ以上引き留めることはしません。」
「うん」
「四ヶ月と少しの間、お世話になりました。とても勉強になりました。」
「…ありがとう」


自転車を押し歩いていく背中を見送る。久部さんも思うことがあったのか、特に何をいうわけでもなくお互い無言でラボに戻ることにした。

所長室のソファに座りながらPCを見つめている中堂さんに坂本さんの事情を話す久部さん。
にべもない返事に必死に伝えようとはしている。

「うまくやるってのはなんだ?ありがとうだの素晴らしいだの褒めそやして仕事しろってのか?」
「コミュニケーションです」
「したくもない。自分の仕事のモチベーションくらい自分で保て。話にならない」

「モチベ削ったの中堂さんでしょ」
「知らん」

本当に、この人はコミュ力がゴミだなぁ。
言わないように口は閉じた。
必死に伝えようとしても得意の持論だ。正論かどうかはわからないけれど、この人と一緒に仕事をしよう!と思えさせてくれない人だと思った。

「話をしなきゃ解決しませんよ」
「本人と話させろと言ったら拒否された。どうしろっていうんだよ」

八方塞がり。このまま慰謝料を支払うことになりそうな雰囲気だった。
中堂さんは辞める気がないから、そうなるしかもう道はないのかも?
そういえば三澄さんも裁判詰まってるんだったっけ?と思考が一転する。

「……あの。三澄さん」
「ん?」
「スイッチ…したらどうです?」

「え?」
「女は嫌だって言われたんですよね?」
「うんー……」
「だから、スイッチ」

法医解剖医が弁護側に立つことなどほとんどない中、弁護士や被告人からの依頼で弁護側へとついたというのに。今日の裁判時に不利になるやいなや、被告人はあろうことか。
【女に私の人生預けられません】なんて言ったらしい。
それを聞いた時にはイライラしすぎて食べていた飴を思わず噛み砕いたくらいには。そしてすぐにタバコを吸いに行ったくらいにはむかついた。
「まあまあ」と、言われた三澄さんが宥めてくれたけれど、よくもそんな口が聞けるな、と思った。
だけど被告人本人の拒否。裁判をする上で本人の意思は大切だ。だからどんなに三澄さんが頑張って新しい証拠を見つけても彼女が再度法廷に立つことは難しい。
そして、坂本さんの問題。中堂さんは一切折れないブレないせいで八方塞がり。

だったら、代われば。

「?…そうか!
中堂さん!私たち、協力しませんか?窮地に立たされた今こそ、協力」


決まると同時にスマホを取り出して電話をかける三澄さん。
PCに向かう中堂さんの隣に座って指示を出す。いつもと逆の立場を少し、楽しんでいる。

「違いますよ、こうです」
「だァ!クソ!」
「それじゃダメです」
「クソうぜえ」
「今のは私に言いました?それとも独り言?」
「…クッ…独り言だ!」