君が好きだということ


「よし、今日も頑張ろう!」


狭い駐在所のガラス戸を開けて、うんと伸びをしながら胸一杯に朝の澄んだ空気を吸い込む。

辺りを見ると、赤や黒のランドセルを背負って楽しそうに登校している子供たちの列が見えた。
その横で自転車を押しながら歩いている制服姿の学生もいる。


そして朝日の昇りきった地平線を眺めると、朝からせっせと畑仕事に精を出す村人たちの姿が目に入った。


「デスクワークより、体動かした方が良いな」


そう独り言を言いつつ、その景色を眺めたいた。


「やっぱり、警官らしいですね。石田さんは」


「そうですか? ……って、え?」


石田が声のする方を見ると、そこにはいつものようにニコニコとした笑顔を浮かべる七子がいた。

彼は一瞬何が起こったのか分からず、しばらく固まっていた。


今は先輩警官も出払っていて、てっきり一人だけだと思っていたのに、予想外だった。


「七子さん……!」


七子はそんな彼を気にせず、すぐ隣に立って同じように地平線を見つめている。

彼女はふっと息を吐くように笑みを漏らすと、視線はそのままにして口を開いた。


「おはようございます、石田さん」


「あ……お、おはようございます」


思わずぎこちない挨拶になってしまったことに気付いて、石田は慌てて取り繕う。


「いやぁ〜、まさかこんな時間に会えるとは思ってませんでしたよ! 」


すると七子は彼の方に向き直して微笑む。

彼女の瞳には、自分だけが映っているように見えた。
それはまるで、この世界に二人しかいないような錯覚を覚えるほどだ。

しかしすぐに我に帰ると石田は自分の頬を掻いて、照れ隠しをするかのように頭を掻いて苦笑いした。


実を言うと、石田は彼女のことが好きであった。

もちろん恋愛感情として。


ただ彼の少々奥手な性格が災いして、自分の気持ちを伝えるには至っていなかった。

だからこうして二人で話せる機会は滅多に無いはずなのに、いざとなると何を喋れば良いか分からない。
そもそも自分は今どんな顔をしているのかさえ分からなくなってきていた。


「えっと……石田さん、そんなに見つめられると……は、恥ずかしいです」


無意識のうちにじっと見てしまったようで、見惚れてしまっていたことを自覚したのはその時である。


「えっ? あ、いえ! す、すみません……!」


顔を紅く染めて俯かれた時には彼も恥ずかしさのあまり、帽子をそっと目深に被って明後日の方向を眺めた。

(俺ってば一体なんて事を……。これじゃただの変人じゃないか)

しかし胸の高鳴りは収まることなく、煩く響き続けている。

それを誤魔化そうと必死になっているせいで、余計に鼓動が激しくなっていた。


だがそんな状況でも、何か話題を見つけようと思考回路をフル回転させる。


そしてようやく見つけたものは――。


彼は意を決して顔を上げると、思い切って彼女に訊ねた。



「七子さんって……す、好きな人とかいたりするんですかね?」



緊張のせいで声が震えてしまっているのがよく分かった。


そしてその質問をした途端、後悔してしまう自分がいるのも事実だった。

だがこれで彼女がいると答えてくれたら、自分にもチャンスがあるのではないかと思っていた。

しかし同時に、そんな都合の良いことがあるわけがないとも思っていた。

それでも聞かずにはいられなかったのだ。


「あ……え、えぇーっと」


案の定というべきか、七子の顔はみるみると赤く染まり、目が泳ぎ始めたではないか。

やはり答えにくい質問だったようだ。


石田はすぐに謝ろうとしたのだが、それよりも先に七子の方が口を開く。

彼女はチラリと横目でこちらを見ながら言った。


「い、います……」


小さく呟いた言葉だったが、確かに聞こえた。

七子の耳まで真っ赤に染まっていたのが、何よりもの証拠だろう。

それを見た瞬間、石田の中で希望が生まれた気がした。

それは今まで抱いていた淡い期待などではなく、確信に近いものだ。
彼女は自分のことが好きかもしれない。

そう思うだけで、胸の高鳴りはさらに激しくなっていく。


七子はさらに続けて言う。

今度はしっかりと目を見て。


「いつも明るくて、村のみんなを守ってくれて、責任感のある……すごくかっこいい人です」


そう言って彼女は、照れたように笑った。
それがまた可愛くて仕方がなかった。

石田は思わずニヤけそうになる表情筋をどうにか抑えると、冷静を装って口を開いた。


「そ、それって……あの……俺、自惚れてもいいですか?」


すると七子は目を丸くして驚いた様子を見せた。

それからすぐに視線を逸らすと、困り果てたように眉を下げて微笑んだ。

それはきっと肯定の意味なのだろうと、彼は勝手に解釈することにした。

そうでなければ、七子がこんなにも可愛い反応をしてくれるはずがないだろうから。


もしこれで嫌われたらどうしようかという不安もあったが、それでも勇気を振り絞ったのだ。

ここで何も言わずに黙っていたら、きっと後悔することになると思ったのだ。

よく聞く言葉に、行動する後悔よりもしない後悔の方が大きいという言葉がある。


その通りだと彼も思っていた。


それならば、自分が抱いている想いを伝えるべきではないかと。





そして石田は、七子にその言葉を紡ぐために口を開く。





「七子さん! 俺、」


(勢い付いて言った俺、はにかんで笑うキミが輝いて見えた)


(恥ずかしさを隠して笑う私、真剣な貴方にノックアウト)



fin.




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