心のままに


「しーんーどーおー!」



聞き覚えのある声が背後から俺の名を呼んだと思ったら、背中を思い切り叩かれた。


「痛ぇ!」


それは、この日の全ての授業の終了を告げるチャイムが学校中へと響き渡った、数分後のことだった。


「おい、七子! てめぇな」


「えへへ」とはにかみながら、俺の前の席の奴の椅子へと腰かける。



──ったく、なに可愛いことしてくれてんだよ。


表面では悪態を付きながらも、七子に触れられ、内心では満更でもなく嬉しかった。



ニヤつきそうな口元を抑え込み、出来る限りの冷静さを装い尋ねる。


「で・・・・なんか用か?」



「うん、一緒に帰ろうと思って」



「・・・・あ? 一緒に帰ろうだ? 一人で帰っとけ」




数え切れない程後悔した癖に、それでも自分の口は思ってもないことを口走る。



「新堂のいじわる・・・・」


そして、しゅんと音が聞こえてきそうな程に肩を落とし残念がる七子。



──畜生。俺のツボってのが、分かってやがるな・・・・。




七子とは高校に入学した時から、腐れ縁のように長らく同じクラスだった。


こんなとんでもないマンモス校なのに一回も違うクラスにならないのは、いやはや・・・・と言った所だった。



一年の時に同じクラスで知り合い、二年の時のクラスには仲の良かった奴らとは離れてしまい、顔見知りが七子しか居なかった。


そして、選択授業も被ることもあり、そんな中で自然と仲良くなって・・・・・・


惹かれていった。







「・・・・だぁーっ! 分かった。一緒に帰ってやるから、そんな顔すんな!」



照れを隠すため自分は明後日の方向を向いたまま七子の頭に無造作に手を置き、グシャグシャと頭を撫でた。



「新堂・・・・・・」


「その代わり何か奢れよ?」



「嫌だ。新堂にはプライドってもんは無いの?」



「それならさっき、ごみ箱に捨ててきた」


「何言ってんのよ」



俺はそこまで聞くと椅子から立ち上がり、鞄を引っ掴んだ。




「ほら、早くしねぇと置いてくぞ!」


「ちょ、ちょっと! 待ってよ」



後ろから聞こえる声に、一緒に帰れると言う逸る嬉しさで顔を綻ばせてしまった。




俺は何故、あいつを前にすると天の邪鬼な態度を取ってしまうんだろう。



「プライドは捨てた」なんて言ったが、実際にはそれが高いから出来ないのだろう。


素直に本心をさらけ出すのは弱みを見せるようなものだ、と自分は少なからず思っているからだ。



こんなことを日野なんかに言っちまった日には、学校に行きたくなくなってるな。







「新堂、どうしたの? ボーッとしてるけど」



そんなことに考えを巡らせていたら、隣を歩く七子にそう言われた。

全てにオレンジ色を上乗せしている夕陽に照らされ、二人の影法師が仲良く伸びている。



「ん? あ、いや・・・・何でもない」


「変なの。・・・・・・でもさ思ってみれば私たち凄いよね」



「ん? 何が」


「ほら、一年の時からずっと一緒なクラスじゃん。こんな大きい学校で」


「確かに、そうだよなあ。俺も思ってた」


「運命かなぁ・・・・?」


冗談めいた様子でそう言う七子。


「はっ・・・・! 何、言ってんだよ」



内心では「運命だ」と思っていた。

いや、「運命だ」と思っていたかった。



思うのは自由だが、その心の中の想いを口に出さない限り伝えることは決して出来ない。


──俺は今までそれが出来なかったから。でも・・・・。






「おい、七子。俺ずっと後悔してばっかだったけどよ・・・・」


そこで一旦言葉を切り、歩を止めた。


そんな俺を七子は「どうしたの?」と問い掛け、キョトンとした様子で小首を傾げた。



新堂と七子は向き合う形となる。

夕陽の逆光となっているため、七子から新堂の表情の深くは窺えない。


「流石に七子のことで後悔したくねぇんだ」



俺は咄嗟に七子の細い体を、微かで淡い香りと共に抱き寄せた。


「え? ちょ、ちょっと新堂っ!?」


突然の行動に吃驚し、七子が声を上げる。




しかし、俺は拒否されても構わないからこうしていたいと思った。


それ程にも、七子に対する想いが強かったのか・・・・・・。


ただ単に、内心で焦っていただけなのか。



それとも、両方か・・・・。


だが、なんとも曖昧なはっきりとしない不思議な心持ちになっていたのは明らかだった。




──後悔はしたくねぇ・・・・それに・・・・!



「もう自分の気持ちに、ウソが吐けねぇんだよ・・・・」


「新堂・・・・・・」




「七子のことが好きだ。俺と付き合ってくれないか・・・・?」



ずっと七子だけを見ていた。



お前の笑う顔も怒った顔も、勿論泣き顔も見てきた。

だからこそ、七子を守りたいと思っていた。


──傍に居てやりたいんだ・・・・。





「私で良ければ、勿論。私! 新堂にずっとそう言われたかった・・・・!」


「俺、七子に会えて本当に良かった」



七子を離さないようにと、抱き締める力を少しだけ強める。

それに応えるように七子が新堂の背中へと手を回した。



「そんな歯の浮くようなセリフ言うなんて、新堂らしくないね」





「うるせぇ、馬鹿!」


恥ずかしさを隠すために、七子の頭をクシャと撫でた。


そしていつものように七子が暖かな笑顔を浮かべる。






「えへへ・・・・!」










fin.



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二人の過去編とか全然未定ですが、書くかもしれないです。




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