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「うぅ、寒い……」
寒さ厳しい冬のミネラルタウン。
いつもと変わらぬ一面の雪景色を眺めつつ、独り言を呟く。
暖炉に火を点けているとはいえ、やはりふと感じる冷気には肩を竦めてしまう。
作物の育たない冬の時期は、何かと手を持て余してしまいがちだ。
畑仕事もできず、動物たちと戯れるにしても寒すぎて小屋の中で大人しくしているし……と考え事に思いを巡らせていた。
すると同時に、自宅のドアをノックする音が聞こえてきた。
「はーい!」
ドアを開けるとそこには、トーマス町長が立っていた。
首には分厚いマフラーを巻いて、鼻先まで隠れるくらいに深く帽子を被っており、防寒対策はばっちりといった出で立ちだった。
彼は私の姿を見ると、ニッコリ微笑みながら口を開いた。
彼の笑顔を見るだけで、心が温かくなる気がした。
「おはよう、七子君」
「おはようございます! 中、入られますか?」
「いや、ここで結構だよ。ありがとう」
七子君のお家に上がり込むなんて恐れ多いよ、と言って笑う彼につられて笑った。
それから少しの間他愛もない話をして、彼が本題を切り出した。
「七子君、明日は星夜祭だよ。君を誘いたいと町の男性から手紙を預かってきているよ。読んでくれるかい?」
「そう言えば、そうでしたね。ぜひ、読ませてください」
「それは良かった! どうぞ」
星夜祭。
それは冬の月の下旬に行われる、カップルたちにとっては特別な日である。
恋人や大切な人とゆっくりとした夜の時間を過ごし、その仲を深め合うというお祭りなのだ。
そしてその前日に、誘いたい相手がいる未婚の男性たちがこうして手紙を書き、それを町長が配って回るのだ。
そんな彼から純白の雪のように白い封筒を受け取る。
裏返すと封蝋が押してあり、今までの郵便物の中でも何度か見た事のある物だった。
そしてその端に書いてある送り主の名前は、ドクターと記してあった。
七子は胸の奥がトクンと跳ねるような感覚がしながらも、丁寧に開封していく。
丁寧な文字で書かれたそれは、彼の性格そのものであるような気さえした。
そんな真面目な彼を思うと、自然と笑みが零れた。
「ふふ……」
「嬉しそうじゃないか。それじゃあ確かに渡したよ。余計なお世話かもしれないが頑張るんだよ七子君」
頑張ります、と言う前にトーマスは手を振って去って行ってしまった。
相変わらず忙しい人だなぁと思う反面、いつも応援してくれることに感謝していた。
そして待ちに待った、冬の月二十四日。
この日は朝から雲一つない快晴で、澄んだ空気のおかげもあってかとても綺麗な青空が広がっていた。
気温も日中になるとぐんっと上がって、過ごしやすい気候になると天気予報が伝えていた。
七子は、いつになく急いで動物たちの世話や森での野草の収集へと精を出していた。
普段ならばこんなにも忙しなくすることはないのだが、今日だけは特別だった。
なにせ、ドクターからの招待状が届いたから。
あの時のドキドキとした気持ちを思い出しながら、頬を緩ませる。
「よしっ!」
今日の予定は全てこなし、あとは家に戻って身支度を整えるだけだ。
帰宅したあと、家のお風呂で体を清めて髪を乾かす。肌にはパックをしたり美容液を塗ったりと念入りに手間をかけてケアをする。
髪もいつも以上に時間をかけて整えるように櫛を通したり、香油をつけて艶を出すようにする。
メイクはナイトパウダーやアイブロウだけで仕上げて、あまり派手にしないように心掛けるが、唇だけは艶っぽく見えるよう意識して仕上げた。
そのためにザッか屋のカレンに仕入れてもらった、街の女の子の間で大人気のリップ美容液。
何でもこれをつけるだけで、ぷっくりした魅力的な口元になれるらしい。
鏡の前で何度も確認をして、おかしなところがないかどうかチェックをした。
(大丈夫、かな?)
化粧直し用のコンパクトミラーを取り出し、自分の顔を映す。
そこには、いつもよりほんの少しだけ大人びた雰囲気になった自分がいた。
「うん、きっと……大丈夫」
窓の外を眺めると、もうすっかり暗くなっていた。
そろそろドクターが来る頃だろうと思い、玄関に向かう。
すると、タイミングよく扉の向こう側からノック音が聞こえてきた。
「はーい」
返事をしながらドアを開けると、そこには私服姿のドクターがいた。
彼は黒いコートを纏っていて、中に着ている白いニットや黒いスラックスのシンプルなモノトーンのコーディネートがとても似合っていた。
「こんばんは、七子さん」
「こんばんは、ドクター」
「……」
「ど、どうかしましたか?」
ドクターは何も言わずに私を見つめたまま固まっていたので、そんな彼の様子に疑問を抱きながら首を傾げる。
「いえ、その……。とても可愛いらしいです」
「へ!?」
「あっ、すみません、つい……」
それは彼の精一杯の褒め言葉だと理解して、素直に受け取ることにした。
「いいえ、ありがとうございます。さぁ、どうぞ中に入ってください」
「お邪魔するよ」
ドクターを迎え入れ、お茶を用意するためにキッチンへと向かう。
「何か飲みたいものはありますか?」
「では、温かい紅茶をいただこうか。僕は食事の準備をするよ」
七子は笑顔で答えてから、ポットで沸かした湯で茶葉を入れたティーカップに注ぎ込む。
それからミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜ、出来上がったそれをトレーに乗せて運びテーブルに置く。
そして向かい合うようにして座ったところで、ドクターが準備してくれていた数々の料理を見て目を輝かせた。
「わぁ、美味しそうですね!」
「今日のために腕によりをかけたからね。さて、いただこうか」
ドクターの作ったチキンの香草焼きは食欲を誘う匂いがして、見た目も鮮やかだった。
付け合わせのサラダは彩りが綺麗で、ドレッシングも手作りで酸味があり、あっさりと食べられそうだった。
七子はフォークを手に取り、早速一口食べると、それは今まで食べたことがないくらい絶品で感動した。
「どうかな?」
「すごくおいしいですよ! 本当にドクターって何でもできるんですね」
「ふふ、七子さんの口に合ったようで良かった」
お互いに微笑み合い、他愛のない会話をしながら食事をする。
いつもは一人で食べているが、誰かと一緒に食べるというのはこんなにも楽しいものなのかと実感していた。
それに何よりも、目の前にいる彼が自分だけを見ているということが嬉しかった。
彼と一緒に暮らせたら、どんなに幸せだろうかと想像してしまう。
デザートのケーキを食べているせいなのか、自然と甘い気持ちになる。
そんな幸せな時間を過ごし、食後のお茶を飲みながらまったりと過ごしていた時。
「七子さん」
ドクターが真剣な表情を浮かべて、こちらを見た。
「なんでしょう?」
「実は、あなたに渡したいものがあるんだ」
「私に、ですか?」
「ああ」
ドクターは自分の席を立つと、七子の前に跪き、ポケットの中から小さな箱を取り出した。
「私の気持ちを形にしたものだ。受け取ってくれるかい?」
「これは……」
その小箱の中には、指輪が入っていた。
シンプルなデザインのプラチナリングに、宝石が埋め込まれていてキラキラと光っている。
それがどういう意味を持っているのか、分からないほど七子は子供ではなかった。
「ドクター、あの……これって」
「僕と、結婚してください」
ドクターは真っ直ぐに、想いを伝えてくれた。
緊張しているのが伝わってきて、顔を見ると耳まで真っ赤になっている。
こんなにも素敵な人が、自分のことを好きだと言ってくれる。
こんなにも嬉しいことは、人生で初めてかもしれないと思った。
「……はい、喜んで」
返事をすると同時に、一筋の涙が流れた。
その涙を拭ってくれるドクターの指先が優しくて、ますます胸の奥が締め付けられる。
「良かった、ありがとう。幸せにするから」
彼も泣きそうな顔をしていたが、それでも笑っていた。
そしてドクターは、七子の左手の薬指に、ゆっくりと嵌めていく。
サイズはぴったりで、まるで最初からそこに収まることが決まっていたかのように馴染んでいた。
二人に言葉など必要なかった。
どちらからともなく唇を重ねると、お互いの存在を確かめ合うように抱きしめた。
これから先、どんな困難があっても二人で乗り越えていける。
そう思えるような温かなキスだった。
― 雪夜の金剛石 ―
fin.
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