人魚の片思い

いつも夢をみる。内容は思い出せないけれど、とても悲しい夢。手が届かないことがこんなにも辛いことだと思い知らせるような夢。この夢のせいで、朝から目覚めがすこぶる悪い。ふあ、とあくびを溢してベッド側のカーテンを開ける。憎らしいほどの快晴に、まだ寝ていたいという気持ちを抑えて、ベッドのあたたかな布団に別れを告げた。いつもと同じ平日の朝。呑気にパジャマを制服へと履き替えていく。

「あつ…」

父の都合で東京から沖縄に引っ越すことになってしまった。友人に会うには絶望的な距離感に、伝えられた当初は大笑いしたものだ。いざ沖縄に来てみたら、5月の癖に暑いこと暑いこと。学校にはすでに行き、挨拶もした。慣れない自己紹介にたじろいだが、時期はずれの転校ということで哀れみの目を向けられた気がする。何せすでに中学3年生、受験も迫るこの年に親の都合で引っ越しとは、なんと運の悪い。
物思いにふけながら、学校へ向かう準備を済ましていく。朝から忙しそうな母と新聞を読んでいる父に、朝の挨拶を交わして朝食を食べる。

「早く食べちゃいなさいね。」
「はあい。」

今日はご飯と味噌汁、サラダにハムエッグ。朝でもしっかりご飯の入る胃袋は、朝食のメニューに満足したらしい。
歯を磨いて顔を洗い、髪を結ぶ。いつの間にか腰まで伸びたストレートの髪。東京にいる友人と遊び半分でバラ色に染めた髪を巻き、ハーフアップに結い上げる。こちらでは髪を染めている人を数人しか見かけなかったが、特に怒られることもなく過ごしている。校則が緩いのはありがたいことだ。
朝は父と家を出る。昔から変わらない習慣は、引っ越しても変わることはなかった。

「いってきまあす」
「行ってくる」

父と2人で挨拶を交わし、家の前で手を振って別れた。授業が始まるまであと1時間、学校に着くまであと30分。のんびり行こう。私の通う学校の名前は「比嘉中学校」だ。最初は読めも書けもしなかったが、1週間も通えば覚えられるものだ、としみじみ。暑いハイビスカスの咲く道を、手をパタパタさせながら歩く。空が青く、日に焼けそうだ。

学校に着き、上靴に履き替えて教室へ行く。私の教室は3年2組だ。ちなみに東京で通っていた山吹中学校では3組だった。ある程度仲の良かった不良くんと同じクラスになれて喜んでいたのに。比嘉中の2組は真面目そうな人が多い。髪を染めていないから。この先入観はいずれ障害となると感じている。ただ、男子制服がホストを彷彿とさせる白いブレザーに黒いシャツのせいで、男は皆やばい奴という偏見を持って接している。特に2組には金髪とふわふわパーマの男の子がいるのだ。人のこと言えないけれど、不良くんなのかなと勝手に思ってまだ一度も話していない。