手に入れなければならない
初めて見たプロのクィディッチの試合は、文句なしに素晴らしかった。ラミアは心からそう思った。
ラミア達4人は試合の興奮の冷めないままテントへと戻った。
「クラム、本当にすごいですわ!あんな飛び方ができるなんて!」
「あれ、俺もできっかな」
「クィディッチってちゃんと見たの初めてだったけど、すごいんだね」
「うん、すごかった……」
テントに戻ってそこまで時間は立っていない。ラミア達が異変に気が付いたのは、それが起きて間もなかった。4人の目つきが変わる。
「外の様子がおかしいですわ」
「騒ぎ方が変わったな」
4人は杖を片手にテントの外へ出る。灯っていた筈の光がいくつも消え、森の方へと人々が逃げていく。
「マグルが襲われてる!」
ブレアのその言葉に視界を移す。遠くで人が宙につるされていた。マグルだ。
魔法省の役人たちが人々の流れに逆らって事の方へ向かっていく。止めに行くのだろう。
「酔っ払いでもしているのか!?」
「一先ずシンシアは逃げて 私は魔法省の手助けをしてくる」
「そんな!私も行きますわ!」
「だめだ 君は混血だろう 僕がラミアと一緒に行く キールはシンシアと一緒に森へ」
「わかった」
「シンシア、また手紙を送るよ」
「……わかりましたわ」
ラミアとブレア、シンシアとキールの二手に分かれて走り出す。
「マントと仮面…… 死喰い人か?」
「そうかもしれないですね 騒がしい」
「ラミアちゃん 機嫌悪いね」
「当然です 折角楽しんでたのに……」
ブレアはその言葉にそれは災難だねと嬉しそうに笑う。ラミアはその表情を見て癇に障ったように口を尖らせた。
「なんで楽しそうなんですか 邪魔されたのに」
「いや、そうゆう意味じゃないんだよ 君が楽しんでくれていたみたいだからね」
「………」
「笑えるようになったね」
「余計なお世話です……」
「ごめん ごめん」
家族を失って心を殺していたラミアを救ったのは彼女の親友で。しかし再び彼女の笑顔を奪ったのはその親友の死で。
まだ完全とは言えない、それでも彼女が良く変わってきたことは揺るぎない事実だ。それを身近に感じることのできたことにブレアは笑ってしまったのだ。
ぞくっ
「っ……」
「ラミアちゃん? どうし…… あれは……!」
ラミアは寒気を感じ取って振り返った。眼前には気味の悪いあの印。ラミアにとって忘れることのないあの夜と同じ、変わらぬ姿かたちのまま空に浮かぶ。
「闇の……印……」
「いったい誰が……!」
驚いていたのはラミアとブレアや魔法省の人間だけではない。死喰い人たちですらその印を見て戦慄し虫を散らすように逃げ惑う。
「死喰い人たちじゃないのか……?!」
「でもあの印を打ち上げられるのは死喰い人だけじゃ…」
状況が呑み込めぬまま場が収まってくる。
「印の討ちあがった方へ行こう」
「はい 行きま……」
しょうと言おうとした瞬間目の前に何かが着た。
バチン
「ラミアお嬢様!」
「サッティ!」
屋敷しもべのサッティだ。
「レジナルド様がまた……!」
「レジー?!」
「ラミアちゃん、そっちに行ってあげて こっちは大丈夫」
ブレアがラミアの肩に手を置いて微笑んで言った。
「で、でも……」
印の方に行けばもしかしたら死喰い人がいるかもしれない。上がったのは森の方。シンシアやキート、そしてもしかしたら自分の生徒がいるかもしれないのだ。
ラミアが自分の中で葛藤しているとブレアはそれを感じ取ったかのように大丈夫と言った。
「他の魔法省の人間もいるだろうしね レジナルド君には君しかいないだろう?」
「……ブレアさん」
「ん?」
「こちらはお願いします」
「任せて!」
ブレアの笑顔に見送られラミアはサッティと共に屋敷へ帰った。
「レジー!」
「ラミア………?」
レジナルドは先日と違って意識があった。しかし額には玉のような汗が浮かんでいる。
「すみません…… サッティに大丈夫と伝えたのですが…」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」
ラミアは部屋のキャビネットを物色すると一本の瓶を取り出し、水差しの水で薄めレジナルドに手渡した。
「ゆっくり ゆっくり飲んで」
「ありがとう……」
力なく答え、ようやく一杯の薬を飲むと沈むように眠りに落ちていった。
力が抜けたようにラミアは椅子に座り込んだ。足元に立つサッティが心配そうにラミアを見上げる。
「レジナルド様は……」
「15年以上も経っているのに、毒がまだ抜けてない 例のあの人の魔力がそれだけ強いんだ……」
毒を完全に抜くことは今のラミアにはできない。今までいくつもの薬や魔法を試してきたが、どれもレジナルドを完治させることはできなかった。
たった一つ治す方法をラミアは思いついていたものの、今の彼女にはそれを作ることができない。たった一つ重要なものが手に入らないのだ。
「記憶も戻らないのでしょうか……」
「………」
原因のわからないそれはラミアにもどうしたらいいかわからないものの一つだった。その毒によるものなのか、また別のものの影響によるものなのか。
「戻ってほしいとは思うよ」
「ラミア様……?」
「でもこの世界は彼にとっていいものなのかな……」
「……ラミア様………」
きっとこの問いに答えられるのはたった一人彼だけだと、ラミアはレジーの眠る姿を見つめながら思った。
次の日、日刊予言者新聞に大きく取り上げられていたのはやはり「闇の印」についてのものだった。
「リータ・スキーターだ、これ」
「〈クィディッチワールドカップの悲劇〉でございますか?」
「うん でもこれ多分、あることないこと書いてるだろうね」
シンシアや生徒たちも含め犠牲者はゼロでことを終えたらしい。ラミアはひとまず安心した。しかし不安材料が多いのも確かだ。
「死喰い人が調子に乗って打ち上げたものか、それとも調子に乗った死喰い人を懲らしめるためのものか…… どちらにしろいいことじゃない」
「そうでございますね」
レジーは今も自室で眠っている。いつもより強い薬を飲ませたから、しばらくは安全だろう。
ラミアはレジーの容体が良くなければホグワーツ行きを遅らせることも考えたが、ダンブルドアからの依頼によりむしろ早めに行かざるを得なくなってしまった。
「今年は一大イベントもあることだし」
「イベントでございますか?」
「うん いつ振りだったか忘れたけれど、行われるらしいよ」
「?」
「楽しい、楽しい大会がね」
嘲るように笑う。今年も長くなりそうだ、とラミアは面白くなさそうに思った。