消えてしまった者たちへ
  • 目次
  • しおり
  • 想わない日などない

     新学期の始まる10日ほど前、ラミアはすでにホグワーツへとやってきていた。ラミアは自分の部屋に荷物を置き、校長室へ向かう。ダンブルドアに呼ばれていたのだ。
     ラミアは校長室の前へきて溜息を吐いた。事前に知らされていた今年の合言葉の所為だ。



    「はぁ…… ゴキブリゴソゴソ豆板!」



     校長室前のガーゴイルが動き出し、螺旋階段が現れる。ラミアはダンブルドアの趣味を考えながら階段を上がっていった。





    「おお、ラミア!よく来たのう」

    「お久しぶりです、ダンブルドア校長、アラスター・ムーディ」



     校長室にいたのはダンブルドアだけではなかった。昔闇払いとして活躍し、今は引退したアラスター・ムーディだ。




    「セルウィンか… ここで教鞭をとっていたのだな」

    「Mr.ムーディこそ、ご隠居されているとお聞きしましたが」

    「アラスターはわしが呼んだのじゃ 今年度の闇の魔術に対する防衛術の教授に」

    「はぁ」



     ラミアは心底どうでもいいというような返事をした。昔からムーディとはウマが合わない。言い合いも多かった。



    「変わっていないようだな」

    「そうですか?あなたは変わったようですね こんなに私に話しかけるだなんて…… 被害妄想にとらわれて家に籠ると、性格まで変わるんですか?」

    「なんだと?」

    「まあまあ、ラミアも落ち着きなさい」



     ラミアの嫌味にムーディの眉間にしわが寄る。険悪な雰囲気を感じ取ったダンブルドアは二人を止めようと柔らかい声で牽制をかける。しかし雰囲気は変わらない。 



    「私は落ち着いていますよ」

    「その態度、あの青年を思い出すな 死喰い人、レギュラス・ブラックを」

    「っ……!」

    「ラミア!!」



     レギュラス・ブラックという言葉にラミアは表情を変えないままムーディへ杖を向けた。ダンブルドアの静止など耳に入らない。



    「間違いではないだろう? あいつの左腕には確かに闇の印があった お前も見ているはずだ、ラミア・アナスタシア・セルウィン!」



    バリン!!!



    「その名で呼ぶな……」



     ムーディの後方に飾られた瓶が粉々に砕けた。ラミアの表情はそのままだが、その青い瞳からは鋭い殺気がムーディへと放たれている。



    「セルウィンの始祖の名をそこまで拒む理由がわからんな」

    「あなたに理解ができるとは思っていませんよ ですが次その名を呼べば、確実に貴方の古傷に新しい傷が混ざることになるでしょう」

    「それは脅しか?」

    「いいえ 警告です」



     ラミアはそれだけ言うとゆっくり杖を下ろした。そしてダンブルドアへ向き直ると頭を下げた。



    「すみません、取り乱しました」

    「わしも呼び出した場が悪かったのう 君たちが仲が悪いことなどわかっていたことだというのに……」

    「アルバス 部屋に戻る」

    「ああ、体を休めてくれ」



     ムーディはラミアを目を合わせずに校長室を去っていった。ダンブルドアはムーディが完全にその場にいなくなることを確認すると、杖を振り割れた瓶を元に戻した。



    「すみませんでした……」

    「もういいのじゃよ 気にせんでくれ」

    「はい」



     ラミアは自分の幼さに驚きながら静かにイライラしていた。自分自身に。



    「では、本題に移ろうかの」

    「防御壁のことですよね」

    「そうじゃ 今年はダームストラングとボーバトンの生徒たちがそれぞれ空と湖からこのホグワーツのやってくると連絡がきた」

    「空と湖……」

    「そうじゃ 基本の壁は例年より強くしてほしい」

    「わかりました…が強くする必要が?」



     今年は去年と違い脅威があるとは思えなかった。昨年強化した分だけでも十分だとラミアは考えたのだ。
     ダンブルドアはどこからか日刊予言者新聞を取り出すと一面をラミアに見せた。



    「〈グリンゴッツ、またもや侵入者か〉? 誰か盗みに?」

    「そうじゃ 新聞に詳しくは書かれていないが、入られたのはあのレストレンジの金庫らしくての 4日前のことじゃ」

    「4日前…」

    「何か思い当たることでも?」

    「あ、いいえ 私もその日グリンゴッツへ行ったので…。 まあ不審者を見たりなどはしていませんけど」

    「そうじゃったのか」

    「で、なにが盗まれたんです?」

    「それがわからないのじゃ」

    「わからない?」



     ダンブルドアは困ったように笑っている。ベラトリックス・レストレンジは死喰い人の一人で、シリウスのいとこでもある。彼女とその夫は14年前にアズカバンへ投獄されている。



    「なんでも小鬼たちは金庫の中身を把握しておらんかったようでの、持ち主に確かめようにも本人はアズカバンの中じゃ」

    「確認しようがなかったと?」



     ダンブルドアは無言で頷いた。



    「そしてもう一つ、新聞を見たとは思うが、ピーター・ペティグリューの逃亡じゃ」

    「………」

    「詳しくは書かれていなかったが、魔法省の者はピーターを甘く見ていてのことらしい」

    「!!」



     ラミアは驚いて声も出なかった。魔法省は何をしているのだ。



    「去年のようなあからさまな警戒態勢はしかん予定じゃ 客人も多いしの」

    「わかりました 先方には到着予定時間と座標を正確に聞いておいてください」

    「伝えよう ありがとう」



     ピーターはネズミになれる。それを考慮した対策が必要だとラミアの頭の中ではすでに壁の完成形ができ始めていた。
     新学期に間に合う、最強の壁を作る必要があった。












     立ち去ろうとするラミアにダンブルドアの強い声がかかる。




    「おぬしはまだレギュラス・ブラックを想っておるのか?」



     ラミアは一瞬動きを止め、ダンブルドアに向かって小さく微笑んだ。酷く痛々しい、泣きそうなほほえみだった。



    「…………約束したんです 永遠に想い続けると」

    「それは……!」

    「彼がいないのはわかっています それでもこの先、例え私に家族ができてもそれは変わりません」



     ダンブルドアはもう何も言わなかった。



    「失礼します」




     ラミアは静かに部屋を出た。






     残されたダンブルドアは苦しそうに飾られた組み分け帽子を見る。22年前、帽子の言った言葉を思い出す。



    「『スリザリンにしてくださいと必死に言われたのは初めてだった』か…… わしにはまだ彼をグリフィンドールに組み分けしようとした意味、分からないままじゃ ラミアにはわかっていたのかのう」



     ダンブルドアの言葉を拾ったのは帽子だけ。しかし帽子は何も言わなかった。

    嫌いな色で塗りつぶして