その名に縛られる気など
新学期一日目、校長の口から告げられた言葉はクィディッチ好きの彼らにとって信じられないものだったろう。ラミアは驚いて声も出ない様子の一部の生徒を教員の椅子から眺めていた。しかしラミアの意識は生徒ではなく、つい先ほどこの大広間に現れ校長を挟んだ反対側へ行ったある人物へと向いていた。
「イライラしているな」
「そう?気のせいじゃない?」
隣に座るセブルス・スネイプに不穏な空気を指摘されるが、ラミアに認める気はない。気に入らない人物によって自分の心が乱されていることを信じたくはないのだ。
「校長室で口論をしたらしいな」
「口論とかじゃない というかなんで知ってるの?」
「校長に聞いた 何かあったら君を止めるように言われたのだ」
「何かって?例えば彼に呪いをかけるとか?」
ラミアは頬杖をついて面白くなさそうに言う。するわけない。そう思いながらも、カッとすれば自分でもどうなるかはわからない。
「不毛だな いない人間を想うなど」
「お互い様でしょう?セブルス・スネイプ」
嫌味も込めて名前を呼ぶ。スネイプはふんと顔を背けるだけだった。
今年はこのホグワーツで三大魔法学校対抗試合が行われる。三大魔法学校対抗試合はおよそ700年前、ヨーロッパの三大魔法学校---ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校---の親善試合として始まった。各校から代表選手が一人ずつ選ばれ、三人が三つの魔法競技を争った。五年ごとに三校が回り持ちで競技を主催し、若い魔法使い、魔女たちが国を越えての絆を築く場として最も優れた方法とされていた。夥しい数の死者が出るに至って競技そのものが中止されるまでの話だが。
はっきり言って教師としてやることなんてほぼない。二校がホグワーツにやってくるその日のみ、ラミアには多少の仕事があるだけだ。それにハリー達はまだ17歳にならない。今年はきっと平和に終わるだろう。ラミアはそうとだけ思い、校長の話を聞き流し続けた。
次の日、授業を終え城内を歩いていると玄関ホールが騒がしいことに気が付いた。何となく嫌な予感がしたものの、生徒たちが騒いでいる以上教師として行かないわけにはいかなかった。
「どうしましたか?」
「あ、セルウィン先生! スリザリンの生徒が……」
近くにいたハッフルパフの生徒に声をかけると、彼女も状況が理解できていないようで。ラミアは仕方なく生徒の海をかき分けながら中心へと向かった。
「そうはさせんぞ!」
「! この声……」
聞き覚えのあるラミアにとって嫌な声と共に何かを地面に叩きつけるような音が聞こえる。生徒たちの先にはアラスター・ムーディとハリー達、そして見覚えのない白ケナガイタチがいた。
「敵が後ろを見せたときに襲うやつは気にくわん」
ムーディは低く唸り、その杖の上下に合わせイタチも宙を舞う。まさかあれは生徒…?ラミアは未だ自分の存在に気づかないムーディに声を張った。
「アラスター・ムーディ!」
「おお、セルウィンか」
ムーディはラミアに顔を向けるが、その腕の動きは止まらない。ラミアは資料を右手で持ったまま左手で杖を取り出し、ムーディの杖を弾き奪った。
「すみません この子にどんな呪文を使っているのか見当がつかなかったもので 杖を一度奪わせていただきました」
変身術は専門ではないので。そう付け加えてイタチに杖を向け集中する。ムーディからの殺気を感じたが、杖のない人間などマグルと一緒だ。ラミアは小さく杖を振った。次の瞬間バシュという音とともにドラコ・マルフォイが現れた。なるほど、白ケナガイタチは彼だったらしい。
「何があったかは知りませんが、生徒に変身術を使うとはどういうことでしょう」
「教育だ!」
「教育?」
「そうだ こやつはポッターを後ろから狙ったのだ」
「だからなんですか それは生徒に変身術をかける理由にはなりません」
「なんだと?」
「このホグワーツにおいて懲罰に変身術を使うなどありえません 居残り罰を与えるだけです 校長から話があったはずでしょう」
ラミアは淡々と話しながらムーディへ近づいていく。彼の両の目がラミアを射抜く。いつもゴロゴロと動いている義眼が動かないのはとても違和感があった。そしてラミアは杖をムーディへ差し出した。
「今後、生徒に危害を加えるようなことがあれば、私がそれなりの対処をいたしますので ………これはお返しします」
「ふん」
ムーディはラミアの手から自身の杖をはぎ取ると、コツコツと義足を鳴らしながらその場を去っていた。たった一言、言葉をこぼして
「死の一族め……」
その言葉を拾ったのは数名の生徒、ハリー達だった。
「ハリー、呪文を後ろからかけられたそうですが……」
「大丈夫だよ、ラミア」
「ならよかった しかし多少赤くなっていますね」
ハリーの左頬は引っ掻いたように赤くなっていた。ラミアは自分の右手に杖で呪文をかけると、その手でハリーの頬を包んだ。ハリーはその行動にギョッとしたが、その手の冷たさについ顔をしかめた。
「冷却呪文です 直接かけると、冷たすぎますから」
確かに心地のいい冷たさだが、何となく気恥ずかしくて頬に熱が集まるような気がした。
「ありがとう でも、もう大丈夫」
「そうですか?」
ラミアはそっと手を離した。するとハーマイオニーがラミアに声をかけた。
「今、ムーディ先生がいなくなる時、呟いてた言葉が聞こえたんです」
「呟いてた?」
「ああ!僕にも聞こえた 確か………『死の一族』」
「!」
ラミアは一瞬目を見開いたがすぐに表情は戻り、そして溜息を吐いた。
「私のことですね」
「ラミアの?」
「ええ ですがここでは話せません そうですね… 今週の土曜、あの部屋に来てくれればお話します」
「わかった」
「あと、一つ」
「なんですか?ラミア先生」
「アラスター・ムーディには気をつけなさい ここ数年で彼は被害妄想にとりつかれています 今回はMr.マルフォイでしたが、次に魔法をかけられるのはあなたたちやあなたの友人かもしれないですから」
ラミアは自分の偏見もこの言葉に入っているだろうと気付きながらも、言わずにはいられなかった。ムーディがハリーに呪いをかけることはないだろうと勝手に思ってはいたが。
この忠告が現実になるなど思いもしなかった。