おかえり
私は一つ一つ全てを話した。
レギュラスが死喰い人であったこと。しかしクリーチャーをヴォルデモート卿に蔑ろにされたことで失望し、一矢報いてやろうとしたこと。
彼は独自に調査し、ヴォルデモート卿の弱点とも言われるものを手に入れることが出来たこと。しかしその最後、ヴォルデモートの罠によって死にかけたこと。
「レギュラスはクリーチャーに家族の誰にもこのことを言うな、と言ったそうです。だから彼は私に助けを求めた。私が彼のいる洞窟に言った時、レギュラスは虫の息でした。」
セルウィンの様々な技術を使い一命はとりとめたものの、彼はヴォルデモート卿の呪いによって記憶を失っていた。レギュラスが生きていると知られては命を狙われる可能性がある。だから死んでいることにした。
「レジナルド・アークライトという偽名を使って、私の親戚として家に置きました」
「レギュラスブラックが生きていることを知っていたのは、ラミアだけじゃったのか?」
「いいえ。ジェームズは知っていました。そしてアラスターとブレアは勘付いていたようです」
「ジェームズが?」
シリウスの驚いた声色に私は彼に向き直る。
「ジェームズはレグの葬式の時点で私の嘘を見抜いたわ。レグをここまで回復させ、そして今回彼に薬を作ることができたのはジェームズのお陰よ」
「勘付いていた、というのは」
「はっきり言われたわけではありませんが、『ああ、ばれているな』と。あなたもそうじゃないんですか? ダンブルドア」
私の言葉にダンブルドアは少しだけ色を緩め微笑んだ。
「確信は皆無じゃった。ただ何か隠していることはわかっておったよ」
全てを話してしまえば、ああ、あっけなかったなぁと思う。レギュラスは私の話を聞きながら閉じていた目を、ようやく開いた。少しずつ記憶を整理しているらしい。
「ラミア、君の体のことじゃ」
「突然なんですか? 私の体が何か」
「気付いておるのじゃろう?」
「……シリウス、レギュラス。席をはずして」
「いや、ここにいる。お前が倒れた時、頭を打たなかったのは誰のおかげだと思う」
「そう言う問題じゃない」
私は声に苛立ちを乗せる。レギュラスは真っ直ぐ私を見るだけだ。しかしダンブルドアが信じられないことをいう。
「いいや、シリウスとレギュラスには聞く権利がある」
「なぜ!」
「君の友人だからじゃよ」
私は声を失った。だからこそ聞かれたくないと言うのに。
「わしのせいじゃ、ラミア。君に無理を強いた」
「違います、ダンブルドア。全て私の意思」
「あと、何年じゃ」
この一年ホグワーツに強力な防御壁を張り、数回の古代魔法を使用した。そしてヴォルデモート卿の死の呪文。削られていくのはわかっていた。
唇をかみしめ、しずらい息を無理やり繰り返す。彼らの目を見ることはできなかった。
「ハリーの卒業を見ることは、できないでしょう」
「どういうことだ、ラミア!」
シリウスが私の肩を掴む。強い力に痛いと言うと、彼は力を緩めた。
「そのままの意味よ、シリウス。セルウィン家の人間は代々短命。守護を預かる者はさらに短い。私は、十分に生きた」
シリウスの絶望に染まった表情を直視できない。
「どうして……。レグが帰ってきて、これからだろう……?」
「……私が生きているうちに、彼が戻れてよかった」
紛れもない本心だ。一瞬だけレギュラスを見て微笑み、肩を掴んでいたシリウスの腕を解く。そして何かを言おうとするダンブルドアに向き直った。
「来年、教職を続けるかね?」
「ええ、あと一年は。それで終わらせてもいいでしょうか? 身辺の整理もありますので」
「ああ。悔いは残さないようにしなさい」
「感謝いたします。アルバス・ダンブルドア」
ベッドから降りることはできなかったものの、深く頭を下げることはできた。シリウスのくそっと言う悪態が聞こえる。あなたが胸を痛める必要はない。
「あとひと月、ラミア。君は休みなさい」
「え?」
「君の魔力はまた弱体化しておる。普通の魔女のようにな。今はホグワーツより安全なセルウィンの屋敷にいた方が良い」
「………」
反論はできなかった。
「レギュラスブラックのことは、また連絡しなさい。誤解を解く必要がある。」
「……どういう意味でしょう」
「不死鳥の騎士団を再結成する」
驚いたのは私だけだった。恐らく眠っているうちにシリウスとレギュラスには連絡されていたのだろう。
「私に団員として働けと?」
「そうじゃ。君の知識は非常に役に立つ。そしてレギュラスの知識もじゃ」
「わかりました」
レギュラスは小さく頭を下げた。
「夏休みまでのひと月、ラミアを頼んでよいかの? レギュラス」
「………ダンブルドア、あなたはどうしてそう簡単に私を信じるのですか? 元死喰い人で、今の今まで死んでいたと言われていた私を。シリウス、あなたもです」
丁寧な言葉の奥に相手を探るような色が混じる。ダンブルドアは簡単にそれをうけながした。
「簡単なことじゃ。ラミアが君を信じておる」
「それがなきゃ、今頃お前に杖を向けているよ。それにジェームズがお前のために一肌脱いだってのも理由だな」
レギュラスは少し不審そうに眉間にしわを寄せ、私を見た。
「あなた、私のいない間に何をしたのです?」
「知らないわよ、そんなの」
私が聞きたいくらいだ。
その後しばらく不死鳥の騎士団の任務についての話を聞いてその場は解散となった。ダンブルドアとシリウスはすぐに病室を出て行く。
私とレギュラスが残った。
「おかえり」
先ほど返し損ねた言葉を口にする。するとレギュラスが私を抱きしめた。
「ありがとう、ラミア。僕のために」
「違う、違うよ。レグの為なんかじゃない。私の為だった。私が死んでいくのに、あなたを一人で残すことなんてできなかっただけ」
記憶が戻れば彼にはまた仲間ができる。不安定なレジナルドではなく、一人のレギュラスとして。
とんとんと彼の背を叩くと、ゆっくりと体が離れていく。
「あと三年くらいですか?」
「ええ、そうね。きっとそのくらい」
「ラミア、あなたはその三年で幸せになれますか?」
その質問の意図が読み取れなくて、私は彼の瞳を見つめる。真っ黒な瞳が私を吸い込む。
「きっとなれるわよ。まだ三年あるもの」
「……そうですか」
レギュラスは苦笑いをする。どうしてだろう。私にはわからなかった。
「君を頼むとダンブルドアに言われてしまいました」
「頼むって言ったって、別に無茶なんかしないわ」
「君はいつもそう言いますが、あまり信用はできないよ」
その言葉に納得できなくて、私は小さく笑った。
それからまた二日が経って、ようやく医務室から出られることになった。部屋へ行って少ない荷物をまとめていると誰かが訪ねてきた。
「ラミア?」
「ハリー! お久しぶりですね」
「うん。ラミアは体調大丈夫?」
「ええ、もう平気ですよ。ハリー、あなたは?」
「傷ももう治ったし、平気」
「ならよかった」
ココアを入れますか? というとすぐに帰るからと断られた。
「ホグワーツをやめるって本当なの?」
「シリウスに聞いたんですか? それともダンブルドア?」
ハリーは左右に首を振る。そうではないらしい。しかし知っているのはその二人とレギュラスだけだ。
「噂になっているんだ。残りの一か月ラミアの授業がないから、このままやめるんじゃないかって。リーマスの時みたいに」
「ああ、なるほど」
私はハリーの元へ行くと彼と視線を合わせる。
「情けないことに体調不良で一足先に夏休みに入ることになりました。新学期になったらまた私はいるよ」
「本当?」
「ええ、本当」
あと一年であることは言えなかった。ハリーの嬉しそうな表情を見て改めて思う。彼の卒業を見たかった。
「さあ、寮に戻りなさい。親友が心配しますよ」
「うん。ねえ、ラミア」
「夏休み、会える?」
「ええ、もちろん。あなたに会いに行きますよ、ハリー」
「やった! 今年はクィディッチがなくて飛び足りないから、シリウスの家で存分にクィディッチする約束をロンとしたんだ」
「それは面白そうですね。私も参加しようかな?」
「いいね、待ってる」
「ええ。ロンとハーマイオニーにもよろしく伝えてください」
「うん」
ハリーは嬉しそうに私の部屋を後にした。
片づけを早く終わらせて、屋敷に帰ろう。早く体調を戻して、ハリーに会いに行きたいと思った。
酷く長い一年が、また終わった。