消えてしまった者たちへ
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  • しおり
  • 犠牲にされた目的



    「ハリー! 行きなさい!」


     ここにいる筈のない彼女の声が聞こえて、ハリーは目を見開いた。走っていくその先に杖を構えハリーの背後を睨みつけるラミアの姿があった。しかし足を止めることはできない。杖から現れた犠牲者の影が消える前にセドリックのもとへ走る。すれ違う一瞬、ラミアが微笑んだような気がした。
     セドリックを掴み優勝杯に杖を向ける。


    「アクシオ!」


     優勝杯がスッと浮き上がりハリーに向かって飛んできた。その取っ手をハリーは掴む。ヴォルデモートの怒りの叫び声が聞こえたと同時に、ハリーは臍の裏側がグイと引っ張られるのを感じた。移動キーが作動したのだ。








     私はハリーが無事に移動キーでホグワーツに帰ったことを確認した。死喰い人たちから放たれる様々な色の呪いを弾きながら、まっすぐヴォルデモート卿の元へ行く。


    「ラミア・セルウィン」

    「はじめまして、ヴォルデモート卿」

    「はじめまして、ではない」

    「はぁ、そうですか」


     あまり興味はなかった。会ったことがあったのか。そう思いながら、もう一歩距離を詰める。


    「よくも、ハリー・ポッターを逃がしてくれたな」

    「残念ですが、私がここに来なくとも彼は逃げおおせたと思いますよ」

    「なら貴様はなぜここに来た。死にに来たのか」

    「まさか」


     死喰い人の一人が私に杖を向ける気配がする。それより先に私は黒い杖を彼らに向ける。


    「うわっ!! なんだこれは!」

    「その箱はそう簡単には壊れませんよ」


     セルウィンの防御魔法で作られたシールド。そこにいた数人の死喰い人を私はそれぞれ閉じ込めた。


    「死の一族が俺様に何のようだ?」


     ヴォルデモート卿の少し落ち着いた声が墓場に響く。


    「あなたの血を、いただきたくて」

    「渡すと、思うか?」

    「思いませんね。だから、奪いに」


     死喰い人が何か暴言を吐いているようだが、シールドのお陰でその音はほとんど漏れてこない。聞く気もないが。


    「身の程知らずめ」

    「私も思いますよ」


     しかし手に入れるなら、ヴォルデモート卿が新たな体に慣れない今しかないのだ。


    「失礼します」

    「アバダ ケダブラ!」


     私の言葉と共にヴォルデモート卿が死の呪文を唱える。私はそれを右に避けながら銀のナイフを杖に乗せ飛ばす。ヴォルデモート卿の顔を挟むように飛んだナイフのうち、左側のナイフが彼の頬を切り裂いた。


    「貴様あああああ!!!」


     ぞっとするようなその声だけで魂が冷やされるような声が響く。しかし臆している暇はない。私はもう一度杖を振り、彼の頬を傷つけたナイフだけを手にすると隠れていたサッティに合図する。


    「またお会いしましょう。ヴォルデモート卿」

    「アバダ ケダブラ!!」


     先ほどよりも強力な緑の閃光が私に向かって飛んでくる。しかしその閃光は私の目の前で力を亡くす。防御壁に吸い込まれた呪文にヴォルデモート卿は怒りを爆発させる。


    「セルウィンめええぇ!」

    「それでは」


     私はサッティと共にホグワーツへ姿くらましした。






     ラミアを出迎えたのはエイモス・ディゴリーの悲痛な叫びだった。


    「セドリック!! ああ、なんてことだ!!」


     女子生徒の泣き声や人々の苦しむ音だ。ラミアはその音を縫って、彼の元へ行く。


    「ディゴリーさん、失礼します」

    「セルウィン?」

    「まだ、間に合うかもしれない」


     ラミアは彼の首に下がったままのペンダントに手をかざす。よし、まだ残っている。


    「少し下がって」


     真剣な声にエイモスは一歩だけ下がり妻の肩を抱く。何が起きるのかわからないまま、ただ状況を見つめることしかできない。


    「残りし魂、預けた魂。今、返されよ」


     ペンダントから青い翼が弾ける。そして大きなその翼はセドリックを包み、そして消えた。ふぅとラミアは息を吐く。これでもう大丈夫だ。
     立ち上がり、夫婦に視線をやる。セドリックに近寄るよう、促した。


    「せ、セドリック?」


     妻の戸惑う声がエイモスの耳に届く。彼女がセドリックの頬に手を添えると、ピクリとその瞼が動いた。息を飲む。
     ゆっくりと開く瞳。周りを見回し、そして自分の母親をじっと見た。


    「かあ……さん」


     彼女の叫びが競技場に響き、歓声がピッチを包んだ。


    「生き返らせたのか?」

    「まさか」


    シリウスの言葉にラミアは少しだけ微笑んで答える。


    「何をしてきたんだ。ダンブルドアも驚いていたぞ。………ラミア?」


     ラミアは何も答えない。そしてその場に崩れ落ちた。





     ラミアが目を覚ました時、全てが済んでいた。
     少し心配していたのだが、ハリーは無事にホグワーツに帰ることができていたようだ。怪我も大したことはないらしい。
     本物のアラスター・ムーディも一命をとりとめたと言う。そのうち挨拶に行かねばならないだろう。そしてそのアラスターに扮していたバーティクラウチジュニア。彼は驚きの最期を迎えていた。


    「吸魂鬼に魂を吸われた?! 魔法省は何を……!」

    「コーネリウスの護衛だったそうじゃ」

    「ふざけた真似を……!」


     医務室のベッドで上体を起こす私に、ダンブルドアは状況を説明しに来てくれた。あれから二日経っているらしい。魔法省大臣はヴォルデモート卿の復活を信じていないのだと言う。


    「私は会ってきましたけどね。ヴォルデモート卿に」

    「しかしコーネリウスはラミアのことを毛嫌いしておる」

    「『死喰い人の親戚が何を言う!』くらいいいそうですね」


     ラミアは一つ溜息を吐いた。セルウィン家の影響力の偏りがここで仇となったのだ。


    「ラミア、聞かせてくれるかの? セドリック・ディゴリーはなぜ無事じゃったのか。わしが見た時、彼は確かに死んでおった」


     ラミアはどう説明しようか悩んでいる風であった。簡単に説明してしまいたかったのだ。


    「……セドリックに死の呪文をかけたのはヴォルデモート卿ではありませんね?」

    「ハリーによるとワームテールの呪文だったそうじゃ」

    「やはりそうですか。簡単に言えば彼の覚悟が足りなかったんです。ワームテールの殺す覚悟に、ディゴリーの生きる意思が勝った。だからあのペンダントに魂が残ったんです」

    「……術者が明確な殺意を持っていればディゴリーは助からなかったと」

    「そう言うことになります。セドリックの容体はどうですか?」

    「魔力が非常に弱くなっておる。しかし命に別状はないじゃろう」

    「ならよかった」


     カーテンがじゃっと前触れなく開かれる。そこには酷い形相をしたシリウスがいた。


    「ラミア、説明しろ」


     地をはうような声が病室に響く。その背後からマダムポンフリーの怒りの声が聞こえた。


    「ラミアは先ほど目を覚ましたばかりなのです! そんなにたくさんの面会は……!」

    「レグに……レギュラスに何があった!!」


     ラミアは目を見開き、ダンブルドアはハッと何かに気が付くようなしぐさをした。


    「ポピー、少し席をはずしてくれぬか? 人払いも頼みたい」

    「ですが……!」

    「私は大丈夫です。お願いします」


     マダムポンフリーはまた少し悩んだ表情をしたものの、三人を残しカーテンを引いた。









    「屋敷に行ったの?」

    「ああ。屋敷しもべ妖精に連れられてな」


     シリウスは先ほどより幾分か落ち着いたようだった。
     いつかばれてしまうものだった。それが少し早くなっただけだ。それにサッティにあの血液は渡していたのだから、今頃。


    「レグの容体は?」

    「それは……」


     シリウスが言葉に詰まる。失敗だったのだろか。嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。
     しかしシリウスは何もないはずの空間に手を伸ばした。そしてなにかが、捲られる。


    「レ…グ………?」

    「ただいま、ラミア」


     その声に私の頭は真っ白になる。目の前にいる彼を私は認識しきれない。


    「レギュラス・ブラック……」


     ダンブルドアの声が、異様に響いて聞こえた。






     レギュラスが、そこにはいた。レジナルドではない。それは確かにレギュラスであった。


    「何があったって……。レギュラスに聞けば分かったんじゃないの?」

    「残念ながら、記憶が曖昧なのです。まあ、少しずつ思い出しはするでしょうけど」


     レギュラスは少しだけお茶目に笑って見せた。しかし警戒は緩めない。レギュラスも、ダンブルドアも。


    「どうして中に入れたの? また捕まるわよ」

    「バレなければどうにでもなると思った。ちょうどいいことにラミアのところにダンブルドアだけがいる。俺が騒いで入って行けば、人払いされるのはわかっていたから」


     なぜこういう時だけ悪知恵が働くのか。ついてしまった溜息は仕方のないものだと思う。
     私はダンブルドアに向き直る。


    「ダンブルドア。これから私が話すことは全て真実であると、セルウィンの名に誓います。証人と記憶を頼んでもいいでしょうか」

    「ああ。承知した」


     ダンブルドアの瞳がいつもの柔らかな青から鋭い青に変わる。私はスッと息を吸った。
     やっと全てを話すことができる。

    嫌いな色で塗りつぶして