消えてしまった者たちへ
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  • 始まった最後の一年

     新学期一日目。どうにかすべての準備を終わらせた私は大広間の自分の席に座っていた。隣には空席が一つ。助手を頼む彼の席だが、本来の仕事の方に不備が見つかったらしく、そちらの修正に追われていた。
     そして今年の「闇の魔術に対する防衛術」の担当はドローレス・アンブリッジ。私が実験的呪文委員会にいたころ、何度か会ったことのある相手だ。

     魔法省は未だにヴォルデモート卿の復活を認めてはいない。すべては社会を混乱に陥れるためのダンブルドアの妄言で、それにハリーを利用しているのだと言い張っているのだ。不死鳥の騎士団の復活にはまだ気づいていないようだが、ダンブルドアが何かしらの組織を組み立てていることを恐れているらしい。アンブリッジはダンブルドアやハリーの監視役というわけだ。

     私は横を見てまた別の空いている席を見た。ハグリッドの席だ。彼は今重要な任務に出ている。無事でいればいいのだが、と思った。そして今度は生徒たちを見回す。生徒たちはまた夏の間に成長したように見えた。少し目を凝らせばグリフィンドールの席にハリーの姿も見える。よかった、元気そうだ。彼も私の視線に気が付いたようで、笑顔で小さくこちらに手を振った。私も降り返すと、また笑ってロンたちと会話を再開していた。

     しばらくして大広間にマクゴナガルを先頭に一年生が入ってきた。彼らは物珍しそうにきょろきょろしながらぞろぞろとやってくる。中央に置かれた組み分け帽子が、口を開き歌いだした。

     今年の歌は、警告だった。どの寮も手を取って協力しろという。今までホグワーツの組み分け帽子が警告をうたったことがあるのはもちろん知っているだ、実際に耳にしたのは初めてだった。生徒たちはがやがやとその真意を測りかねたように口を動かしている。
     マクゴナガルが長い羊皮紙に目を落とし、一人目の名前を読み上げた。

    「アバクロンビー、ユーアン」

     怯えた表情の少年がつんのめるように前へ出て帽子をかぶる。帽子は一瞬考えた後、つば近くの裂け目が開いて叫んだ。

    「グリフィンドール!!」

     グリフィンドール生が一斉に拍手をする。私も小さく拍手をしていたが、気になっているのは見知った一人の少女の行方だ。ゆっくりと一年生の列が短くなっていく。

    「コレット、アイリス」

     私の一つ下の後輩にあたるマグル生まれの魔女と魔法使い、リリスとセオドア・コレットの娘、アイリスだ。彼女は不安そうに顔を上げてすぐに下げてしまう。そろそろと壇上に上がり椅子に座ると帽子をかぶった。組み分け帽子が悩んだのは一瞬。裂け目が大きく開いて、叫ぶ。

    「レイブンクロー!」

     両親と同じ寮に組み分けされたようだ。私が拍手をしていると、一瞬アイリスが私を見て安心したように笑った。声を出さず「おめでとう」というと、彼女は同じように「ありがとうございます」といってレイブンクローのテーブルへ行き歓迎されている。両親も少し安心かもしれない。レイブンクローは比較的差別の少なく、良くも悪くも他人に興味の薄い生徒の多いところだ。彼女にも良い友人が見つかるといい。

     徐々に組み分け前の一年生が減っていく。在学生もそろそろ空腹が限界のようで、今か今かとそわそわし始めていた。そして最後の一年生「ゼラー、ローズ」がハッフルパフに組み分けされ、今年の組み分けも無事に終わる。
     そして毎年恒例の校長の短い挨拶が、食事の始まりを告げた。


     最近、あまり食欲がなかった。私が水をちまちまと飲みながらりんごを齧っていると隣のセブルスが苦々しい顔をして私を見つめてくる。

    「助手に食事管理もしてもらったらどうだ?」
    「え、それは面倒だな…。お腹が空かないのだからしかたないでしょう? 無理やり入れたって気持ち悪いだけだし」
    「まさか、家でもそうだったのか」
    「レグがうるさいからそうもいかないよ。サッティはこういうことに関して完全にレグの味方だし。無理やり食べさせはしなかったけど、視線が、もう……」

     私でも食べられるような食事を用意してくれたことには感謝しかないが、あの視線は辛い。残そうとするものなら『食べてくださらないのですか』とでも言わんばかりの大きな瞳で見つめられてしまうのだ。

    「助手に管理してもらえ。それでなくとも時間がないのだろう。栄養失調になったなんてことを聞いたらレギュラスは笑顔ですっ飛んでくるぞ」
    「うわぁ……」

     想像して血の気が引く。彼が笑いながら怒るのは一番やばい時だ。だからと言って助手の彼に頼むというのも…。

    「しつこいからなぁ…。サッティより辛いかも」
    「だったら普段から最低限食べろ」
    「なんだかんだ言ってセブルスは優しいよね」
    「吾輩の後輩の胃に穴をあけんからな、ラミアは」

     レギュラスはセブルスのかわいい後輩らしい。なら敵に回してはいけないな、と私はため息をついてからテーブルに広がる食事に手を伸ばした。



     生徒たちが徐々に食事を終え、ざわざわとし始める。すると徐に校長が立ちあがり、喧騒がたちまち静寂に変わった。いくらかの生徒は舟をこぎ始めているのをダンブルドアは愛おしそうに見つめてから口を開いた。

    「さて、またしても素晴らしいご馳走を、みなが消化しているところで、学年度初めのいくつものお知らせに少し時間をいただこう」

     そう始まった注意事項は毎年変わらぬもので、禁じられた森への立ち入り禁止や廊下での魔法使用の禁止などが伝えられた。耳タコになっている生徒や心当たりのある生徒がにやりと笑う中、校長の話は続く。

    「今年は先生が二人替わった。グラブリー-プランク先生がお戻りになったのを、心から歓迎申し上げる。『魔法生物飼育学』の担当じゃ。さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教授じゃ。
     そして一人、残念なことに今年で――」

     校長は新任教授への気のない拍手を待ってから、次の話題に進もうとした。その時「ェヘン、ェヘン」と甲高い咳払いが響き、校長の話が止まる。
     アンブリッジだ。

    「校長先生、歓迎のお言葉恐れ入ります」

     校長の話を遮る教授なんて聞いたこともない。しかしアンブリッジは素知らぬ顔で話を続ける。他の教授たちがアンブリッジを睨んでいるのを横目で感じながら、私は小さくため息を吐いた。アンブリッジはこの空気に気が付いていないのか、気が付いていてこれなのか。彼女は長々と魔法省のすばらしさとホグワーツの一部の危険性について話し、生徒たちを幼児のように扱って彼らの冷たい視線を受けていた。
     最後までぺらぺらと何かを話していたようだが、私はそのほとんどを聞いてはいなかった。アンブリッジは変わってない。ようやく話が終わる頃、再びぱらぱらと気のない拍手が大広間に落ちた。

    「ありがとうございました。アンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった。
     さて、先ほど言いかけておったが、今年を最後に退任される教授が一人おる。『現代魔法の応用と歴史』のラミア・セルウィン教授じゃ」

     生徒たちが途端にざわざわとし始める。数名の見知った生徒たちが私の顔を見て目を見開いていた。ああ、アンブリッジの後に話すのは気が進まない。しかし校長は私を手で示すと小さく会釈してきた。

    「それにあたって、セルウィン教授からいくつかの連絡事項じゃ」
    「校長、ありがとうございます。校長の言う通り、事情により今年で退職することになりました。
     それにあたって、いくつか皆さんに連絡があります。私の授業「ASH」を受講しているのは基本的に三年、四年、五年生ですが、今年度に限り他学年でも授業を見ることにしました」

     話し始めてしまえば生徒たちは途端に会話を止めてしまう。授業をしている気分だなと思いつつ、私は話をつづけた。

    「まず、一年、二年生。十月から各月第一土曜に十三時から私の講義室で一時間ほどの講義を行います。強制ではありませんので、希望者は寮長に申し出てください。一月を除いて全七回の予定で、内容は三年生で習う予定だったものを簡単にして行います。
     次に、六年、七年生。同じく十月から、各月第二、第三土曜日の十三時から私の講義室で一時間半ほどのの講義を行います。こちらも強制ではありませんので、希望者は寮長に申し出てください。十二月の二週、一月を除いて十二回の予定で、それまでの復習と社会に出るにあたって重要になることをお教えします。
     最後に三年、四年、五年生。通常の授業は変わらず行います。ですが六年、七年生に行う特別授業を加えて希望される生徒は、同じく寮長に申し出てください。
     どの学年でも一応定員を設けています。希望者が定員を超えた場合は公正な抽選となりますので、注意してください。また、三年、四年、五年生の優先順位は最後になります。質問があれば、私のところまで」

     私はここまで一気に話すと、生徒たちが少しざわざわし始める。受けるかどうかを考えているのだろう。私は構わず話をつづけた。

    「また、今年は一人助手を呼んでいます。名前はアントニー・クロムウェル。今は別の用事でここにはいませんが、彼も大変優秀な魔法使いです。私が捕まらない場合は彼に聞いてください。見たことのない大人の魔法使いがホグワーツをうろうろしていたら、十中八九彼です」

     そう言えば数人の生徒が噴き出す。仕方ないだろう、今ここにいないのだから、それ以上の紹介はしようもない。私は乾いた口内のままふうと息を吐いて、生徒たちを見回す。

    「私に教えられることは全てお教えします。その先は、自身で選択できるようになってください。以上です」

     私は腰を下ろし水を口に含む。呆然としたような生徒たちの視線に晒されるのは落ち着かなかったが、ぽろぽろと響く拍手がアンブリッジより多いことに少し気分が良くなった。


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