特別授業と高等尋問官
新学期が始まって二週目に、彼はホグワーツに到着した。
アントニー・クロムウェルは学生時代の一つ下の後輩だ。マグル生まれだが非常に優秀な魔法使いで、だれか助手をと言われたときに一番最初に浮かんだのが彼だったのだ。
「遅くなってすみませんでした」
「ううん。急に呼び出したのはこっちだからね。本業のほうは大丈夫?」
「まあ、どうにか」
アントニーは苦笑いする。彼はマグルの世界で有名な小説家となっていた。
「ラミアさんには魔法を使わせるなと言われてるんで。杖を取り出すのは禁止です」
「えぇ……」
「それ以上寿命を縮めたくなければ守ってください」
そういわれてしまえば反論はできない。私はポケットに入っている二本の杖をぽんぽんと叩いて、アントニーに倣うように苦笑いをした。
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アンブリッジはやりたい放題しているようだ。新学期が始まって二週間もしないうちにアンブリッジは「初代高等尋問官」とやらに任命された。すぐに魔法大臣の名前を出し、続々と新たな規則を作り出していく。壁が規則で埋まっていき、生徒たちがやつれていく。娯楽もなければ正しく学ぶことも許されない。
彼女のDADAはただ魔法省の作った面白くもない教科書をただ読むだけのようで、『防衛術』なんて一つも学ばないのだと数人の生徒が愚痴っていた。
そんな中始まったのは、教授への監査だ。それぞれの担当授業にアンブリッジが見学に来て何か監査しているらしい。場合によっては教師の解雇権限すらあるというのだから驚きだ。
アンブリッジもそれなりに忙しいらしい。私の監査に来たのは十月の第一週目の土曜日。低学年向けの特別授業の日だ。
生徒数は50名。希望者が定員を超えたため抽選となったのだ。彼らは私の授業を受けたことがないからてっきり希望者はそう多くないと思っていたのだが、この結果には少し驚いている。後から聞いたところによると、高学年の生徒の多くががこの授業を奨めたらしい。教師としてこれほどうれしいことはないのだが。
簡単に挨拶を済ませて、七回分の授業内容をざっくりと説明する。一時間が七回。授業としては非常に短い期間だが、彼らの役に立つ何かが見つかればいい。
順調に授業を進めいくつかの質問を受けていると、講義室の端で見学をしていたアンブリッジが何か言いたそうに近づいてくる。私は視線だけで言葉を促した。
「あなたはダンブルドア直々の依頼によりこの教科を受け持ったそうですね」
「ええ。もう九年くらいになりますかね」
「この教科は貴方の為に作られた?」
質問の意図が読めずに私は露骨な表情をしてしまっただろう。アンブリッジの妙に強い視線が酷く不快で、私はため息をどうにか堪える。
「確かに『現代の呪文の応用と歴史』は確かにOWL試験に含まれていません。ですがこの授業を展開するようになってからホグワーツ生のOWL試験での成績は確かに上がっています。この授業を正確に受けることによって、この先出会う可能性のある未知の呪文への耐性をつけることができます」
「社会に出て襲われる可能性があると仰るのですか?」
「ええ。例のあの人が蘇っていようといまいと関係はありませんね」
アンブリッジの表情が曇る。この人は自分の感情を隠す努力はしないらしい。
アンブリッジ、そして魔法省はヴォルデモート卿の復活を認めていない。ハリーや私の言葉も、ダンブルドアの言葉も、セドリック・ディゴリーの言葉も。すべて試合での怪我であり、ディゴリーが一時命を失ったことはなかったことにされている。日刊預言者新聞は完全に魔法省に抱きこまれており、夏休みの間にすっかり私たちはうそつき扱いされているらしい。
「例のあの人がいないからと言って闇の魔術を使う魔法族が消えるわけではない。それにヴォルデモート卿の前にはグリンデルバルドがいたでしょう? これから新たにそのような魔法使い魔女が現れない保証はない」
「そんなもの現れない! 魔法省がそれらを野放しにすると言うのですか!」
野放しにするしないではない。実験的呪文委員会にいた時から思っていたのだが、アンブリッジは自分の意見がどれだけ論理的でなくてもそれを押し通すタイプのようだ。わざわざ会話をするのも疲れる。だから、つい口が滑ったのだ。
「なら、私がなりましょうか」
「はぁ?!」
「来年には私はホグワーツにはいません。死ぬ前にあなたたち魔法使いの多くに危害を加えるのもいいかもしれませんね。私は魔法省に捕まるほど間抜けではありませんから」
「それは魔法省への反逆とみなしますよ……!」
アンブリッジが目を見開きワナワナと震える。その表情にこちらの気分良くなるが、生徒たちが息をのむ気配がした。しかし私の口は止まらない。世の中というものがどれだけ危険なのか、生徒たちは知らなければならない。死んでからではすべて遅いのだ。
「反逆も何も私は魔法省に忠誠を誓ったことはない。過去に実験的呪文委員会にいたことはありますが、その時から変わりません。私は自分自身の為、自分自身の守るものの為にしか動きませんよ」
「っ……。あなたの意見は十分にわかりました! 監査の結果はまた後日お伝えします」
「そうですか。楽しみにしています」
わざとらしくにっこりと笑って見せる。アンブリッジは酷く悔しそうな顔をして部屋から出ていった。まあ私を解雇するなんていう危険を犯すことはないだろう。それでなくとも来年にはいなくなっている教授だ。わざわざ喧嘩を売るためだけに解雇にするはずがない。
私は生徒に向き直りぱちんと両手を叩いた。生徒たちがハッとしたように私に視線を向ける。
「さあ、授業を再開しましょう」
無駄な時間を過ごしてしまった。私はなんでもなかったかのように授業を続ける。私の発言はその週末のうちにすっかり広まってしまっていた。
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その日珍しい生徒が私の部屋をたずねてきた。
「ミスター・ディゴリー」
「先生、少しいいですか?」
「どうぞ」
彼は少し硬い表情のまま中に入ってくる。自分の手で紅茶を入れ彼の前に出す。味の補償はしませんと言えば、彼は少し笑った。
「で、どうしましたか? 進路相談ならスプラウト先生の方が適任だと思いますが」
「いえ、今日はお礼を言いに来たんです」
「礼?」
そう言われて思い出す。彼は昨年の対抗試合の最後のことを言っているのだ。
「礼はいりませんよ。あれはあなたの生きたいという意思にあのペンダントが答えただけ。私はその手助けを少々しただけです」
「でも……」
「それに私もまさか死の呪文からあなたを救うだなんて思っていませんでしたし」
「そうなんですか?」
私が想定していたのは精々当たり所の悪い失神呪文から守ってくれるとか、混乱した他の選手の死の呪文を防いでくれる程度。臆病者のピーターとはいえ、死喰い人の死の呪文から生還したのは彼の意志の強さ以外に理由はない。
「あなたは誇っていい。それだけの精神力であの状態から蘇ってみせた。あなたが炎のゴブレットに選ばれた理由がよくわかります。……体調はいかがですか?」
「尽きた魔力はスネイプ先生の薬を飲んですぐに戻りました。もう平気です」
「ならよかった。ですが一度魔力が尽きたことで何かしら後遺症があってもおかしくありません。寿命が縮んでしまった可能性すらあります」
「癒者にもいわれました。心に刻みます」
「それがいいでしょうね」
そういいながら彼に机の上にあったクッキーを奨める。ディゴリーは一瞬遠慮するそぶりを見せたものの、すぐに手を伸ばして見せた。
「エイモスさんに謝罪を伝えてもらえますか? 食事の誘いをすべて断ってしまった」
「父はわかっていましたよ。それでも僕の命を救ってくれたことに変わりありませんので」
「ならよかった」
ばれているのならいいだろう。そう思いながら私もクッキーをかじる。ディゴリーはついでに授業の質問をすると自分の量に帰っていった。
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ハリーたち生徒の何名かが何かを企んでいるようだ。それに気が付いたのは十一月になってからだ。ハリー・ロン・ハーマイオニーはこっそりと冥界の部屋に来ては防衛術に関する本などを借りていった。三人に関して出入りは特に制限していないのだ。もちろん他言は禁じているが。
「ラミア、もう少し簡単な防衛術の本ってあるかな」
「ありますよ、どうぞ」
いくつか見繕いハリーに渡す。その中には図書室にあるものもあるのだが、貸し出し記録に足がつくのを恐れているのだろう。アンブリッジに見つかれば停学では済まない。
それに加えて呪文に関しての質問も増えた。他の教授に聞きに行くより、存在を知られていない冥界の部屋の方が安全だろう。彼らに出来そうな魔法たちを並べ、それらの説明を丁寧にしていく。ただ、ある呪文についてだけは答えられなかった。
「パトローナス、ですか」
「そう。ラミア、前に苦手だって言ってたけど、なんかコツを知ってるかなぁって」
「申し訳ないですが、パトローナスに関しては力になれそうもありません。もう何年も成功していないですから」
「へぇ、先生にも苦手な呪文ってあるんだ」
「ロン、そんな言い方…っ」
ロンの言葉にハーマイオニーが静止をかける。しかしその必要は無い。事実だからだ。
「いいんですよ。パトローナスはもうハリーの方が十八番でしょう。あなたがリーマスから教わったように、教授すればいいだけです」
彼のパトローナスは素晴らしい。あの美しい牡鹿はこれからもハリーを救ってくれるだろう。