許された誓い
目を覚ました私はしばらく天井を眺めながら瞬きを繰り返していた。ここはどこだろうと思ってから、ガランサス邸の自分の部屋であることにようやく気が付く。カーテンは引かれていて一瞬夜なのかと思ってから、外からの光のようなもの見えて夜ではないことがわかった。
「生きてる……」
手を動かそうと思ってその手が酷く怠いことにため息を吐く。長いこと眠っていたかもしれない。どうにか動かして視界の端に入り込んだ手に、私はもう一度ため息を吐いた。
コンコンコン
聞こえたノックに反応するより先に扉が開いた。どうにか体を起こせば、扉には私の姿を見て驚いたように目を見開くレギュラスがいた。
「おはよう、レグ」
「目が、覚めましたか」
レギュラスは急いでサッティを呼び、私の体調を確認していく。聞きたいことが多々あったが、どれも「後で聞きますから」と流されてしまった。
「私、どのくらい寝てたの?」
ようやく診察が終わり、サッティが一旦部屋から出ていった。私とレギュラスだけが残され、私はようやく問うことができた。
「三週間。もうホグワーツは夏休みに入ってますよ」
「そんなに……」
「マッドアイの提案であなたは死んだことにしています」
「え……?」
「幸運なことにあの場であなたの蘇生を目撃したのは騎士団の人間と子供たちだけでしたから、口止めは簡単です。あなたが死にかけていたことは死喰い人も既知でしたし、加護を失ったとはいえまだ生きているというのは危険だろうということです」
そう言われればその通りかもしれない。ただ折角無事に生き返ったのだからホグワーツに戻りたいというのが本音だ。時間があるのなら教えたいことはたくさんあるし、ハリーもまだ卒業まで二年ある。その間ホグワーツで守れるのならそれが一番だからだ。
私の表情からレギュラスは様々察したらしく、小さくため息をつく。
「諦めなさい」
「わかった。自分でも自分がどうなっているのかよくわからないし、しばらくは様子を見るよ」
「ええ。…あとシリウスも死んだことになっています。闇の陣営側にはあなたがシリウスを蘇らせる直前に死んだと情報を。恐らくあなたの死は疑われていませんが、シリウスの方は疑われているでしょうね」
なるほど。しばらくは私もシリウスも自由には動けないようだ。
その後もいくつか質問をすれば、レギュラスは恙なく回答していく。私の疑問など想定済みのようだ。
セシル・セルウィンやルシウス・マルフォイはじめ数名の死喰い人はアズカバンに投獄されたそうだ。しかし神秘部でのことでヴォルデモート卿の復活が公になり、魔法省の大臣が交代。そしてヴォルデモート卿の動きは活発化したらしい。少しずつ被害が出ている中で、アズカバンの看守である吸魂鬼がアズカバンを離れ、様々なところを闊歩するようになったというのだ。
今のところ大きな惨殺などは報告されていないが、時間の問題だろう。ダンブルドアに依頼されていたあれの回収・破壊を急ぐ必要がありそうだ。
「では、ゆっくり休んでいてください」
「え、あ。うん。ありがとう、レグ」
一通り情報を伝え、レギュラスはあっさりと部屋を出ていってしまった。特に用があったわけではないが、小一時間の会話にも少し違和感があったのも事実だ。
「名前、呼ばれなかったな」
偶然か、それとも私の気のせいか、それとも。一度も呼ばれなかった上に、あまり目も合わなかったように思う。まあ私の見え方がいつもと違うのもあるかもしれないが。
私は自分の手を持ち上げ、自分の視界の中で左右に揺らしてみる。ああ、やはり。
「右は駄目か。左も……」
こんなに中途半端に奪われるものだなと思う。ただ生きているつもりはなかったので、こうなることを全く想定していなかった。この目にも早く慣れなければ。そう思いながらゆっくりと瞬きした。
翌日にはベッドから降りて短い時間なら歩き回れるようになった。そこでようやく気が付く。私の杖が一本ないのだ。
「『死』が持っていきましたよ」
「そうなの?」
黒檀の杖の行方をレギュラスは昨日と様子を変えないままそう答えた。
「契約の印だったようです。あなたも知らなかったのですか」
「うん。全然」
あの黒檀の杖はアナスタシア・セルウィンの持ち物としてこのガランサス邸に保管されていたものだ。私がホグワーツ入学前に偶然見つけ、今まで使いこなせなかったというそれを見事に使って遊んでみせたという。私自身記憶はかなり朧であるが。まあもう一本の樫の杖があるなら全く困りはしない。元々黒檀の杖の方は防御に長けているくらいで他には何もメリットはなかったのだ。セルウィンの防御壁を失った今防御を得意とできないのは残念だが、その他の魔法に対してなら樫の杖が断然扱いやすい。
「杖が二本あってよかった」
「そうですね」
サッティに今は魔法を使うなと言われているが、持ってないと落ち着かない。私は樫の杖を懐にしまって息をついた。
食事は少しずつだがとれるようになった。鏡を見てぐったりしたのだが、三週間眠っている間魔法で栄養はまかなわれていたのだが、それでも最低限。かなり痩せてしまっていたのだ。この調子では顔色も悪そうだ。自分でも見ているだけで具合が悪くなる。
体感だけで言えば死ぬ前より体は軽いし楽なのだ。それなのに見た目がこれでは、しばらく外にも出してもらえないだろう。食事も少し無理をするくらいで丁度よさそうだ。
それから数日後、ダンブルドアがガランサス邸を訪れた。そのころには私もかなり自由に動けるようになっていたが、未だ魔法は使っていなかった。
客間にはすでに私とダンブルドアだけが残される。
「調子は戻りつつあるようじゃな」
「どうにか、ですけれど。むしろあなたの方がよっぽど危なそうですよ」
私はダンブルドアの右腕を見ながら言った。彼の右腕は強い呪いを受けているようだ。
「その話は最後にするとしよう」
「わかりました。で、今日は私にどんな御用でしょう」
「ラミアの体調を見に。聞きたいことは山ほどあるがのう」
ダンブルドアはそう言って笑って見せる。相変わらず本心を見せない人だ。私は答えられるものは何でも、とサッティの入れたお茶を勧めながら言った。
「あの黒い杖、『死』との契約のものだったようじゃのう」
「ええ、その様ですね。私も驚きました」
「あれはわしの杖と芯の元が同じでな。兄弟杖がなくなってしまったのは残念じゃ」
「え? 同じ?」
初耳だ。ダンブルドアは懐から杖を取り出す。ダンブルドアが杖を取り出すのはあまり見ないので、間近で見るのは初めてだ。
「セストラルのたてがみじゃろう。この杖芯は同じセストラルの尻尾の毛じゃ」
「ま、待ってください。あの黒檀の杖の杖芯は確かにセストラルのたてがみです。でもただのセストラルじゃない。『死』に仕えるあのセストラルのものです。それと同じセストラルの尻尾の毛? それじゃあその杖は……っ」
「ニワトコの杖。知っておろう」
私は目を見開いて言葉を失った。魔法族ならその杖の名前を知らない者はいないだろう。
『ニワトコの杖、永久に不幸』
言い伝えられた言葉が頭に浮かぶ。迷信だと思っていた『死の秘宝』がそこにあった。
「驚いているようじゃな」
「当然です。まさか死の秘宝が存在していたなんて。しかもそれが目の前にある。信じられない」
死の一族として『死』に関してはかなり知識を蓄えた。特にセルウィン以外に『死』と契約した魔法使い、ペベレル兄弟については特に。だから杖芯についても、もちろん知っていた。知識として兄弟杖であることはわかっていたが、実在するだなんて思ってもみなかったのだ。
「ですが何故それを私に? 隠しておくべき事実でしょう」
「そうじゃな。しかし黒檀の杖の持ち主であったきみには言おうと思っておったのじゃ」
半月眼鏡の奥で細くなる青色に再び言葉を失う。本当にこの魔法使いの考えていることは全く読めない。自分との違いに眩暈がする。
「それは、わかりました。話を続けてください」
このニワトコの杖を目の前にしているとこちらまでおかしくなってしまいそうだ。言外に杖をしまって欲しいと伝えればダンブルドアは正しく汲んで懐に杖を入れた。
「体調はどうじゃ?」
「魔力の方はこの数日でほとんど全快したようです。やはり死ぬ前に比べると四分の一程度の量ですが」
「その量でも普通の魔法使いに比べれば多い方じゃろう」
「そうですね。生成の方も以前の半分ほど。ただ器は完全に新しくなっている印象です」
余計に与えられていた蛇口はなくなり、壊れかけた器は新しくなっている。驚きの待遇だ。
「『死』の言っていた「特別」というのは、これのことかもしれません。しばらくは長生きできそうです」
「あまり無茶をするでないぞ。過信すればあっという間に足元をすくわれる」
「わかっていますよ」
魔力の量などはあくまで私の印象に過ぎない。徐々に魔法を使って測っていくしかないだろう。
「では次の話じゃ。分霊箱の破壊はどうなっておる?」
これが本題だろう。私は久しぶりに杖を振った。テーブルの上に二つの物が現れる。ロケットとカップだ。
「ロケットは昨年試しに破壊してみました。四年前にあの秘密の部屋で入手したバジリスクの牙で。抵抗はされましたが、恙なく。例のあの人も気付いているようではありません」
「やはり。かなり魂を割いたのじゃろう」
ダンブルドアはロケットを手に取って観察し始める。手に入れたのはもう十数年前のことだが、破壊方法に確信が持てずに破壊が遅れてしまった。
私がダンブルドアから受けていた依頼の一つがこのヴォルデモート卿の分霊箱の発見と破壊だった。始まりはレギュラスが命と記憶を犠牲にして手に入れたこのスリザリンのロケットだ。それを手に入れたはいいが、このロケットにどんな意味があるのか私にはさっぱりわからなかったのだ。唯一知っているレギュラスは記憶を失い、共に洞窟に行ったクリーチャーはロケットを破壊しろと言われただけで何も知らない。レギュラスの言葉に従い壊そうとしても、このロケットは普通の呪文などでは傷一つつかなかったのだ。
しかもこのロケットをあまり身近に置きすぎれば、ロケットからにじみ出る闇の魔法に心を蝕まれることもわかった。私は完全にお手上げ状態だった。
そんな中知識を貸してくれたのはジェームズ・ポッターだった。しかし二人でも結局真相にはたどり着けず、ジェームズの助言でヴォルデモート卿にも詳しいダンブルドアの元へ行くことにした。もちろんレギュラスのことは伏せたまま。
そこでこのロケットがヴォルデモート卿の分霊箱であることを知り、ダンブルドアの予測では一つではないことも知った。破壊方法があるとはいえ、リスクも高い。壊せばヴォルデモート卿に気付かれる可能性もある。できることなら多く集めてまとめて破壊するのが確実だった。
発見と破壊を正式に依頼されたのはホグワーツに入職してからだった。それまでも気にしてはいたものの、ヴォルデモート卿が死んだ状態ではそれを探すのは非常に困難だった。唯一の手掛かりとして、ヴォルデモート卿の性格上、分霊箱にするならそれなりの品であるはず、というものだった。実際この場にあるロケットはサラザール・スリザリンの持ち物。他の創始者の持ち物が分霊箱にされている可能性が高い。そしてホグワーツ入職後もしばらくは何も見つからないままだった。
「そのようですが、さすがにここまで分霊箱が減っていれば気が付かれる可能性があると思い、カップはひとまず壊さずにいます。必要であればこの場で破壊しますが」
「いや、少し待つことにしよう。……二年前、グリンゴッツに侵入したのはラミア、きみじゃな」
「ええ。クリーチャーがもしかしたら、と言っていたので。可能性として死喰い人のうちの誰かが持っていることは考えていました。レストレンジ家の金庫になければ他の死喰い人の金庫も見てみる予定でしたよ。『グリンゴッツはホグワーツの次に安全』ですから」
「古代魔法か」
「ええ。並の魔法では小鬼を出し抜けないのはわかりきっていましたから。サッティと共にまだやれるうちに。今はもう無理です」
あの時もかなり無理はしたのだ。しかしこの時世ではいつ死喰い人たちがアズカバンから脱獄してくるかわからなかったため、あれが最後のチャンスだった。
「ただベラトリックス・レストレンジが脱獄した今、カップがなくなっていることに気が付くのは時間の問題でしょう。彼女が生きているのであれば、もしかしたらまだ例のあの人にはバレていないのかもしれませんが」
おそらくバレれば彼女は殺されるだろう。それと同時にグリンゴッツも無事では済まない。
「脱獄して指名手配されている状態でグリンゴッツに行くことはしないでしょうが、侵入されたことはもちろん知っているはずです」
「そうじゃな。確信が持てるまではベラトリックスもトムには伝えないじゃろう。それより先に他の分霊箱も見つけなければ」
ダンブルドアの言葉に私は頷く。
「最期に目星をつけていたレイブンクローの髪飾りですが、未だ発見に至っていません。恐らくホグワーツにあるかと思われます」
「何故そう思う?」
「先ほども言った通り『グリンゴッツはホグワーツの次に安全』です。グリンゴッツにあったのならホグワーツにもあるでしょう。それに例のあの人なら自分の馴染みのある場所に隠すだろうというのはあなたの助言でしょう」
「その通りじゃ。わしも探しておるのだが…」
ホグワーツを知り尽くしているダンブルドアですら見つからないのだ。巧妙に隠されているのだろう。こういうものはとんでもないところから出てきたりするものだ。
「トム・リドルの日記、スリザリンのロケット、ハッフルパフのカップの三つは回収済み。恐らく例のあの人の元にいる蛇もそうでしょう。加えてレイブンクローの髪飾り。これで五つ。後いくつでしょうね」
「六つじゃ」
ダンブルドアが取り出したのは一つのリング。石をはめ込まれ、よく見ればそこには死の秘宝のマークが刻まれている。
「マールヴォロ・ゴーントの指輪じゃ。彼の家に隠されておった。破壊も済んでおる」
「まさか、その左腕……」
「情けないことに食われてしもうた。セブルスがいなければ死んでおったじゃろう」
「ですが完全に呪いを解いていないのでは…」
「その通りじゃ。彼の見立てでは一年ほどだろうと」
私は開いた口がふさがらない。ダンブルドアはそんな迂闊なことをするとは思えなかったからだ。それだけ強力な呪いがかけられていたとでもいうのだろうか。この指輪にだけ?
「どういうことですか。ロケットや日記は確かに危険でしたが、破壊の時に強い呪いが発動したりはしませんでした。何故指輪にだけそんなものが」
「完全にわしの落ち度じゃ。望んではならないものを望んでしもうた」
「望んではならないもの…?」
私は指輪をよく観察する。刻まれた死の秘宝のシンボル。はめ込まれた石を注視して私は息をのんだ。
「蘇りの石…! ダンブルドア、まさか。破壊より先に指輪を嵌めましたか」
「ああ。破壊後に蘇りの石を使用できるかがわからなかったからのう」
そこまでしてダンブルドアが会いたかった人物とはだれなのだろう。しかしそれを望んだがために寿命を縮めるだなんて。
「これで六つのうち回収できていないのはあと二つ。髪飾りと蛇。問題は分霊箱が後いくつあるのか、ということじゃ」
「それを知る方法はあるのですか? 例のあの人がそれを言いふらして回っているとは思いません」
「ホラス・スラグホーンじゃ。彼がトムに分霊箱について伝えた可能性がある」
「ミスタースラグホーン?」
私が学生時代に魔法薬学を指導していた教授だ。確かにヴォルデモート卿の在学中も教授であったのは知っているが。
「今年度は彼にも戻ってきてもらう予定じゃ」
「魔法薬学に? なら闇の魔術に対する防衛術は誰が」
「決まっておろう、セブルスじゃ」
「なるほど」
セブルスは未だホグワーツにいられるらしい。うらやましい限りだ。
「説得はこれからなのじゃが。おそらく来てくれるじゃろう」
「そう、ですか」
彼は教授時代自分のお気に入りの生徒を集めたクラブを作っていた。私もセルウィンの名前のせいか、彼のお気に入りの一人であった。もちろん、レギュラスも。
「分霊箱の話はここまでじゃ。ラミアよ、ホグワーツにかけられた防御魔法はいつまで持ちそうかのう」
「…恐らく今年度末まではぎりぎり。さすがに遠隔で張りなおすことは難しいので、春の頃には一度ホグワーツに行こうと思っています」
「無理をする必要はない。わしの魔法もあるしのう」
「何を言っているのですか。その杖腕で」
器用に動かしてはいるが、痛みなどもあるだろう。使わないで済むのならそれがいい。
「きみもその右目、見えているとは思えぬ」
「……わかりますか」
こんな簡単にばれてしまうとは。まだまだ慣れていないなぁと思いながら肯定する。私の右目は完全に光を失っていた。それと同時に左目も…。
「その様子では左目も無事ではないようじゃな。自分の右目の色がどうなっておるかも気が付いていないようじゃ」
「色……? まさか!」
「左目は変わらず美しい青色じゃが、右目はかなり灰色に近い色になっておるよ」
全く気が付かなった。毎日鏡を見ているというのに。青色が灰色になったくらいでは、私の左目はその変化を拾わないだろう。
「色を失ったか」
「…はい。初めは気のせいかとも思ったのですが、すべてが白黒に見えます」
「では暗い中では…」
「ほとんど見えません」
この瞳は困ったことに、夜の闇の中では何も拾わなくなってしまった。少しの光さえあれば見えていたはずの景色はモノクロの中に溶けてしまう。
「もう少し体調が回復すれば魔法でカバーもできます。徐々に慣れていきますよ」
「そうか…」
「ですので、ホグワーツの防御魔法はまだ張らせてください。少なくともハリーの卒業までは」
私は頭を下げる。私がホグワーツに職員としていられない以上、彼を守るものは多いほうがいい。
「わかった」
最後に折れたのはダンブルドアの方だった。
「これをハリーたちに渡してください」
私はガランサス邸を去ろうとするダンブルドアに小さな薄い木の箱を三つ手渡す。ホグワーツから運んできてもらった私物の中に入っていたものだ。
「完成しました。これを肌身離さずつけなさいと。彼らが生きている限り、彼らを守ろうとしてくれるはずです」
「おお、完成しておったのか。素晴らしい」
「とはいえ、例のあの人の死の魔法が防げるほどではありません」
「それでも十分じゃろう」
ダンブルドアはそれらを受け取り懐にしまう。しばらくはきっとハリーたちには会えない。
「私は元気だと伝えてください。そのうち会いに行くとも」
「…来てもらわなくていいのか?」
「もう少し慣れてからの方がいいかと思いまして」
そう言って私は右目を指さす。無駄に心配をかけたいわけではない。少なくとも彼らに違和感を抱かせないくらいには慣れておきたかった。
「その心配は無用であると思うがのう」
「それでもです」
「わかった、伝えよう」
ダンブルドアはサッティにお茶がおいしかったと伝えてほしいといって、ガランサス邸を去っていった。
夏休みの間、私はずっとガランサス邸の中で過ごした。食事の量も増え、痩せすぎていた身体も少しずつ戻っているような気がする。それでも元に戻ったとは言い難いが。
ダンブルドアに伝えていたので子供たちがガランサス邸を訪れることはなかったが、団員の数名がここを訪れた。
「ラミア!」
「顔色、酷いじゃない!」
「コーディ、シンシア」
二人は私の姿を見るとまとめて抱き着いてきて、私の顔色に絶叫した。これでもよくなったのだと伝えれば、まだ酷いと叫ばれた。
「あなたが生きていてよかったわ」
「ほんと! ラミアが一回死んで生き返ったってきいて、意味が解らなかったのだけれど」
「私も、よくわかんないよ」
そう伝えれば二人は笑ってくれた。
「これでレギュラス・ブラックと一緒になれるね」
「そうね。ようやくじゃない」
「え…?」
コーディの言葉に一瞬言葉を失う。そう、か。
「え、じゃないわよ。まさか考えてなかったとか言うんじゃないでしょうね」
「……」
「…まさかなの?」
「まさかみたいだねぇ」
私は普通の魔女になったのかと今更ながら理解する。私の中で結婚や子供などは自分とは違う世界の物語だったのだが、それを叶えることができるのか。
「で、も。レギュラスがそれを望んでいるかはわからないよ」
「何言ってるのよ、望んでいないわけがないでしょう。あなたにはレギュラス・ブラックしか、レギュラス・ブラックにはあなたしかいないんだから」
「そうかもしれないけど…」
ここ最近のレギュラスの様子を思い出す。私が目を覚ましてもうひと月を過ぎているのだが、未だに名前を呼んでもらえていなかった。それを問おうにも、同じ屋敷内にいるというのに避けられているような気すらする。わざわざ彼の元に行っていないから確証はないが。
しかし自分一人で悩んでいても解決が見込めるとは思えなかった。
「ちょっと相談なんだけど」
「ラミアから相談なんて珍しいね」
「何でも聞くわよ」
「なんかレグに避けられているような気がするんだよね」
今度言葉を失ったのは二人の方だった。私は続ける。
「それに目を覚ましてから一度も名前を呼ばれてないの。ラミアって。ずっとあなたって言われて、変なのよ」
「レギュラス・ブラックが? ラミアを?」
「そう」
「理由に心当たりは」
「ないから困ってるの」
「彼に聞いたの?」
「ううん、聞いてない」
二人から向けられるジト目に私はつい顔をしかめてしまう。どうしてそんな顔をされるのだ。
「直接聞きなさい。多分あなたが悪いんだから」
「えぇ…」
「そうだよ、ラミア。理由はわからないけれど、確実にあなたが悪い」
そんなバッサリ言わなくても、と思いつつ、自分でも思っていたことだ。多分私に非がある。
「聞いてみるかぁ…」
「あなたがあまり自分の主張とか望みとか口にするタイプじゃないのはわかっているけれど、時にはちゃんと言わないと」
「主張、望み…」
「今まではあまりなかったのかもしれないけどさ。もう言っていいんじゃない?」
二人の言葉は私の心にずっしりと響く。手に入らないのなら望まない。でも手に入るかもしれないのなら…。
「ありがとう、二人とも」
「当然よ」
「いい結果、待ってるから」
この二人を友人に持ててと買ったと思う。
その後も様々な話をし、二人は帰っていった。
その夜、私は早速レギュラスと話してみることにした。食事は一緒に取っているものの、お互い食事をしながら会話をする方ではない。いつも通り食事をしながら私はどう切り出そうかと迷った。
迷っている間も時間は過ぎていく。あっという間に食事を終えてしまったレギュラスは席を立とうとする。
「あ、レグ」
「どうしました?」
「ちょっと話したいことがあるんだけど、この後…」
「……いいよ。僕も話したいことがあるし」
彼は「部屋で待ってる」とだけ言って部屋を出ていった。できればここで話を済ませてしまったのだが、彼にも話があるのなら仕方ない。私はゆっくりと食事を終え、レギュラスの部屋へと向かった。
部屋を訪れれば、彼はすぐに扉を開けて迎え入れてくれた。レギュラスの部屋に入るのは久しぶりだなと思いながらソファに座る。レギュラスは杖を振って紅茶を出すと、私の向かい側に腰かけた。
「話したい事ってなんでしょう」
「私からでいいの?」
「ええ」
そう言われるのなら甘えることにしよう。私は逡巡してから単刀直入に問うことにした。
「レグ、私のこと避けてる? それに名前も呼ばないし」
「ええ。そうですね」
あっさりと肯定するものだ。私は続けて問う。
「どうして?」
「どうしてだと思いますか?」
「考えてみたけどわからなかった。だから直接聞こうと思って」
今もあまり目が合わない。
「そうでしょうね」
その言い様に少し苛立ちを感じる。私に理由がわからないことなどレギュラスはわかっていたのだ。
「教えてよ。私が悪いんでしょう」
「……あなただけが悪いわけじゃない」
「どういうこと?」
レギュラスは立ち上がって私の目の前まで来ると、その右手で私の頬にそっと触れた。目の前の彼を見上げれば、ようやく彼と目が合う。レギュラスは何かの不安を抱えているように表情を曇らせ、私をじっと見つめていた。
「あなたがあの瞬間まで生きたいと思わなかったことが許せない」
「え……」
「ただそれと同時に僕が先を望み、あなたを説得すればもっと早く契約を破棄できたのかと思うと、自分自身も許せない」
私は言葉を返せない。
「あなたが僕の手の中で息を引き取っていくあの瞬間、初めて後悔した。あなたと無理にでも家族になっていれば、きっともっと早く事が進んでいたかもしれない。結局どういう形であれあなたはここにいるけど、それでも…」
「レグ……」
「覚悟はできていると思っていたんだ。あなたが僕より先に死ぬことはずっと解っていたことだから。それに僕も一度死んでいるようなものだから、人のこと言えないかもしれないけれど。でもあの瞬間、冷たくなっていくラミアに、初めて後悔したんだ」
レギュラスの瞳から零れる涙に息をのむ。彼が泣いているのを初めて見たような気がする。私は頬に添えられた彼の手を軽く引く。彼は抵抗することなく私の目の前にしゃがみ込んだ。
零れる涙を拭いながら、私はその額にキスをした。
「ごめん、ごめんね。レギュラス。どうしても望めなかったの。叶わないことだとずっと思っていたから。望んだら、訪れる終わりに全てを恨んでしまう気がして」
「わかってます。あなたはそういう人だ。でも、それでも。僕と生きたいと心から思って欲しかった」
決まった死なら、恨まずに死にたかった。私のちっぽけなプライドだ。それがこんなにもレギュラスを苦しめているだなんて思いもしなかった。
「それに目を覚ましたあなたは、自分の体調の変化を僕に言おうともしない。…その目、僕が気が付かないとでも思いましたか」
「それは…」
彼の手が私の右目の瞼を撫でる。彼は気付いていたのだ。気付いていて私が話すのを待っていた。
「あなたは頼ることを知らないのでしょう。でも、頼って。あなたが僕の左手になると言ったように、僕はあなたの目になるから」
「いいの?」
「もちろん。むしろ僕からのお願い」
いつの間にか流れていた涙をレギュラスが拭う。そして触れるだけのキスを唇に落とした。そして鼻先を触れ合わせたまま囁かれる。
「ラミア、誓って。もう二度と生きることを諦めないって。あなたの望む世界を手に入れて、僕と生きて」
「いき、る…」
「そう。おねがい」
私はもう、誓ってもいいのか。先を願っていいのか。
この一か月、これが私の都合のいい夢ではないかと何度も疑った。それくらい現状が私にとって夢のようなものだったから。それがもう、私にとっての現実になった。その事実がようやく私の中に溶け込んでいく。
あの死の瞬間に望んだものが、本当に叶うものだと、ようやく。
「…誓うわ、レグ。私と生きて」
「うん、生きよう」
再び合わさる唇に涙が流れ込む。私たちはそれを味わうようにキスを繰り返した。