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冬休みが終わった。早送りしたかのように瞬く間に終わった。本当に一瞬だった。実際には今日一日はまだ冬休みだけど、アンジーとアリシアが帰ってきたこの部屋が冬休みの終わりを告げているかのようだった。
そんな感じで、静けさに包まれていたホグワーツ城が元の活気を取り戻した。

かのように見えただけで実際は騒然としている。
ハーマイオニーが石になったとみんな大騒ぎしているからだ。

「ねぇ、ハーマイオニーは?もしかして‥」
「石にはなってないから安心して」
「じゃぁなんで入院してるの?」
「さぁ‥いつもの3人でまたなにかやらかしたんだと思う」

アンジーとアリシア以外にもこんな言葉のやり取りが何回も何回も行われた。自慢ではないけど「石になってない」の言葉を1000回は口から出た自信がある。冬休みの間、私はハーマイオニーと同じ部屋で過ごしていたので、彼女のことを聞きたがって私のところに訪ねてくる人が後を絶たない。

けれど、知りたいのは私も同じである。
クリスマスの日にジョージとあの忍びの地図様(ジョージにこの地図を呼び捨てにするなんて畏れ多いんだ!と言われた)を覗いた時、あの3人組は明らかに寮を抜け出していた。談話室に戻ってからマートルのトイレなんかで何をやっていたのか聞いてみようとジョージと一緒に待っていたけれど、待てど暮らせど帰ってくる気配がない。深夜になってやっと帰ってきたと思ったら、戻ってきたのはハリーとロンだけだった。ハーマイオニーは?と聴いても、医務室にいるとしか言わないし、なんでそんなところにと問い詰めても「あー‥」やら「風邪‥?」やら、はっきりしない答えしか返ってこなかった。なんだそれ。方便にもならない嘘はつくべきじゃないなと2人の姿を見て改めて思った。きっとジョージも同じ気持ちだったと思う。

「まぁ無事ならなんでもいいけどね」
「アンジー、入院してる時点で無事ではないんじゃない?」
「まぁまぁアリシア。ハリーとロンが積極的にお見舞いに行っててね。様子を聞くと、勉強のことで気を揉んでるらしいからとりあえずはいつものハーマイオニーだよ」
「なるほどね」
「安心したわ」

2人は私の言葉を聞くと心配していた気持ちが落ち着いたらしく、荷ほどきを再開した。ように見えたのに、アンジーの目がなぜか私一点に集中している。何か顔についてるかなと思ったけれど、よく見るとアンジーは私の顔というよりも少しずれたところを見ているような。え、なにこわい。肩に幽霊でもいる?そう思って思わず肩に手を置いたけど誰もいない。チラリと見たけどいない。横からアリシアが「サラ何してるの?」と不安げな眼差しでこちらを見ている。そんな目で私を見ないで欲しい。自分でも自分のことをヤバイ奴って思ったのにアリシアからの眼差しは更に追い討ちをかけた。

「サラ、ピアスなんてしてた?」
「え?」
「あ、本当ね。サラ左耳にピアスいれたのね」

言われて「あぁ‥」と思い出した。そうか、アンジーはこれを見てたんだ。ジョージからもらったハチミツ色のピアス。クリスマスにもらってからお気に入りで、もうそれからずっとつけている私の宝物だ。

「うん‥」
「何、その間」
「もしかしてジョージにもらったとか?」
「は!?」

まさか!なんで?ピンポイントで言い当てられるとは思ってなかった。ニヤニヤした顔を隠そうともせずにアンジーは「それで?どうなの?」と続けるけれど、何も答えられない。
「そうだよ」って言えば良いのに、なぜかそれが気恥ずかしい。どうしよう。なんて言えば良いの。

「‥ふーん。なんとなく分かったわ」
「な、なにが?!」
「サラ耳まで真っ赤よ。ジョージにもらって嬉しかったって顔に書いてる」
「そ、そんなことない!」
「ジョージもなかなかやるわね。片割れはこんなもの送りつけてきたっていうのに」
「え?」

そう言いながらアンジェリーナは自身のトランクから真っ白な羊皮紙を取り出した。え?これ課題だよね?え?堂々と白紙提出?え、アンジーこわい。
私が1人妄想している隣でアリシアがその羊皮紙について尋ねるとアンジーは氷のような目で羊皮紙を睨みつけた。

え、この羊皮紙がなんかしたの?

アンジーにとって因縁深い羊皮紙なのは間違いない。それが何なのかめちゃくちゃ気になるけれど、今はこのピアスのことを掘り下げられなかったことを喜ばしく思った。助かった‥!

**

暇だ。課題が全て終わっている私は暇の一言に尽きる。というのも、双子はもちろんリーや他のあまり関わりのない方たちまでもが冬休み最終日にして終わっていない課題がなぜか山のようにあって、談話室は今全くもって遊べる雰囲気ではないのだ。

でも、課題が終わっている私の方が追い出されるっておかしくない?

談話室を出て行く前にやっぱり気になって勇気を振り絞ってアンジーに白紙の羊皮紙のことを聞くと、あれはフレッドのものだったらしい。なんでフレッド?と思ったら、もう課題を終わらせることを諦めたフレッドから一生のお願い!というメモと一緒に送られてきたらしい。え、なにそれクズすぎる。しかしアンジーはマクゴナガル先生の授業が始まる直前にあの羊皮紙をしれっと渡してあげるだつもりだという。「うん、それがいいよ」と伝えると「サラならそう言ってくれると思ったわ」と褒められた。だよね。
冷め切ったアンジーの目を見ながら勇気を振り絞って聞いたのに、まさかの答えがフレッドのゴミクズみたいな所業のせいだったなんて。それくらいのこと因果応報である。

暇を持て余していた私はハーマイオニーのお見舞いに足を運んだ。(ちなみに双子は未だ課題が終わらないと叫んでいる。言わせてもらうと課題をやってる姿を見るのはジョージで2回目、フレッドなんて初めてだと思う)

すると、予想はしていたが医務室の扉には人、人、人。とにかく野次馬という名の人で溢れかえっている。人がゴミのようだ、とマグルの映画で誰かが言っていたけどまさにそれだ。みんな暇すぎるでしょ。何気に緑色が8割を占めている。純血を誇りに思う割には本当に品のない連中である。あんた達絶対課題終わってないよね?
その中にいたマルフォイ君の家来2人を見て思わず盛大にため息を吐いた。そうだよね、君たちはここにいるよね。どうせマルフォイ君の差し金なんだろうけど、生まれは(この家来たちでさえ)生粋の坊ちゃんのくせにどうしてこんなにも無粋なんだろうか。

そんな彼らにゴミを見るような目を向けていると、ちょうどハリーとロンが医務室から出てきた。ちょうどよかったと思い2人に声をかけようとすると、2人はマルフォイ君の家来達を見つけて私と同じような目で家来2人を睨みつけている。

「あ、サラ」
「どうしたの?‥ってハーマイオニーか」
「うん。どうしてるかなと思って」

ロンが今にも掴みかかろうとしていたので、遮るように近づいた。すると、なぜだか「もう行こうぜ」とスリザリンの生徒達は一斉に掃けていった。
なんなの一体。

「ハーマイオニー、元気にしてる?会えたり‥するかな?」
「まぁ‥面会謝絶ではないけど、さ。多分、うん。君、卒倒するんじゃないかな。いや、分からないけど」
「そうだね、君ならハーマイオニーも会ってくれると思うけど‥うーん。でもなんていうか、驚くと思うよ。分からないけど」
「私も君たちが何を言いたいのかさっぱり分からない」

つまり帰れってことなのか?
怪訝な目をロンに向けるとなぜかビクつかれたので、そのままハリーに移行すると今度は目を逸らされた。どいつもこいつも一体何なの。

まぁ話しかけてみたら良いよと言われたので彼らとそこで別れて私だけ医務室に入った。マダムポンフリーは用事で出かけているらしくとても静かで、窓から差し込む光がキラキラと輝いているように見えてとても幻想的だ。
そんな中で窓側の一角に隔離されているスペースがある。きっとハーマイオニーだ。元気な姿が見られれば良いと思ってきたけれど、ハリーとロンのあの様子を見る限り気軽に会っていいものなのか分からなくなった。

2人のように私自身も煮え切らないまま立ち往生していると、中から「誰‥?」と声がかかった。ハーマイオニーだ。

「ハーマイオニー、私だよ。サラ。」
「サラ?!‥そうよね、心配してくれたのよね。手紙も送ってくれたのに、私返事を書いていなくて‥ごめんなさい」
「ううん、いいの。ハーマイオニーが元気なのが分かればそれで安心だから」
「ありがとうサラ。‥良かったら入ってくれる?」
「いいの‥?」
「ハリーやロンから何か聞いた?私のこと」
「ううん特には。ただ卒倒するよだとか驚くよとかは言われたかな。2人ともなんだかよく分からないらしいけど」
「そう‥」
「ハーマイオニー無理しないで。誰にだって見られたくないものや知られたくないことくらいあるよ。私はハーマイオニーが元気にしてるって分かれば本当にそれでいいの」

ハーマイオニーは何も言わなかった。しばらくするとぐすぐすと鼻をすする音が小さく聴こえてきて、彼女が泣いているんだと理解した。

もしかしたら。もしかしたらだけど、ハーマイオニーは寂しかったんじゃないだろうか。どういう訳か知らないけれど、面会謝絶となって事情を知るハリーとロン以外の人と会うことも出来ず、彼女の大好きで命ともいえる明日からの授業には出ることもきっと許されない。

想像してみたらそれは物凄く寂しい世界だった。自分の居場所に帰れずに自由もなく好きなことも出来ない。寂しくて、悲しくて、そしてなんて虚しい世界なんだろう。

こういう時無理矢理にでも仕切りを蹴飛ばして抱きしめてあげたいと思うけど、彼女が‥それで喜んでくれるかは分からない。どんな言葉をかけてあげたら喜んでくれるかも私には分からない。

分からないから代わりに歌を歌った。

それは記憶の中でママが歌ってくれた、Amazing Graceという賛美歌だった。ママはあまりマグルを好んでいない様子だったけれど、なぜか歌に関してはマグルのものをひどく愛した。特にこのAmazing Graceはママのお気に入りでよく口遊んでいたのをよく覚えている。

少しでも、ほんの少しでもいい。
ハーマイオニーが寂しくならないように。
この歌を聴いて元気が出ますように。

歌い終える頃にはハーマイオニーは嗚咽を漏らしていた。小さく何かを囁きながら。

「私の方こそありがとう。声が聞けて嬉しかったよ。また‥会いに来るね」

ハーマイオニーは今にも啼泣しそうになるのを必死に堪えているようだった。
その様子を想像するだけでなんとも居た堪れない。

どうか彼女が温かい気持ちに包まれますように。

後ろ髪を存分に引かれながら、私はそっとその場を後にした。

**

談話室に戻ると昼間に比べると人がまばらになっていた。けれど双子は暖炉の前を陣取って未だ課題と戦っているようで、もくもくと羽ペンを持つ手を勧めている。邪魔しちゃ悪いな。それよりレポート丸写しを嘆願されたくない。
もう部屋に戻ろうと彼らの後ろをスッと通り過ぎ、部屋に続く階段に登ろうとしたところで、ハリーとロンが隅の方でコソコソと何やら話し込んでいるのを目の端で捉えた。
そんな姿はなんてことない日常の一コマだけど、クリスマスの日にマートルのトイレに彼らがいたこと、それ以降ハーマイオニーが入院となったこと、先ほどのハーマイオニーの漏らした涙のことを思うとなぜか無性に気になってしまう。

少し話をしようと思って階段を登ろうとした足を止めそのまま2人の元へ行く。そして2人の真後ろで立ち止まり、「ねぇ」と小さく声をかけてみたけれど、彼らは自分たちの世界に入り込んでいて私の存在に全く気付かない。どうしたもんかと考えあぐねている間に2人の会話はどんどん進んでいった。

「あれだけやったのにマルフォイの奴ほとんど何も知らないんだもんな!」
「確かに。まぁでも仕方ないよ、秘密の部屋を開けたのはマルフォイじゃなかったって証明できただけでも良しとしよう」
「あいつにそんなことできっこないって僕には初めから分かってたさ」

秘密の部屋?マルフォイ?
最近ホグワーツを騒がせている単語にピクリと反応する。

「でもあの父親だったら息子に何か話してそうなのにな」
「本当に何も知らないのかもしれないよ」
「息子はともかくあの父親が知らないわけないさ!例のあの人に1番近い存在だって専らの噂なんだぜ?」
「まぁなんにせよマルフォイが知らないんじゃ意味ないよ。それよりもハーマイオニーが治ってからこれからのことを相談‥ってサラ?!」

話の途中でハリーがようやく私の存在に気付いたようで、パッと後ろを振り返った。あまりにも凄い振り向きようだったから首を痛めていないと良いんだけど。

そこからの2人の驚きようは凄かった。私が「やっ」と片手を上げて挨拶すると、ハリーはあからさまにしどろもどろになり、ロンなんて眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いていて固まっている。

「なんかごめんね」
「いや‥大丈夫。うん‥大丈夫だよ」

本当に大丈夫?
ハリーは私というよりもむしろロンや自分に対してそう言い聞かせているように思えた。

それからなぜか沈黙が訪れる。立ち聞きすることは悪いことだと知っているけれど、ここまで黙られると私は相当聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。というよりも聞いたんだと思う実際。

「サラ、えーっと‥あ!ハーマイオニーは?どうだった?会えたかい?」
「うーん‥会えたというか、顔は見てないけど話は出来たよ」
「そっか‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」

またしても続く沈黙にハリーとロンはこの状況をどうするかを互いに目で伝え合っているのが分かった。きっとこの子たちは秘密の部屋のことを探っているんだ。どうやったのかは分からないけれど、宿敵マルフォイ君から何か情報を聞き出したに違いない。マートルのトイレにいたこともそれに関係する何かをしていたんだろう。

正直なところめちゃくちゃ気になる。
今すぐに問い詰めたいところだけれど、まぁいかんせん目の前で未だにどうするどうすると目で会話している2人の少年たちを見ればそんな気は失せてしまった。
(ハーマイオニーがいないと一気にポンコツ化してるのは気のせいだと思いたい)

「あんまり危険なことはしないようにね」

ぽんとハリーとロンの肩に手を置いてそれだけ伝え、じゃあねと言って今度こそ部屋に続く階段を登った。ハーマイオニー、早く退院出来たらいいな。
寂しい思いをしてほしくないし、何より。
あの感じを見ると、2人だけで秘密の部屋のことを探るなんてとてもじゃないけど出来そうにはないから。

「やっと終わったー!!!!!」

部屋のドアを開けるとき、談話室の方からフレッドの明るい声が聞こえてきた。アンジーは本当に授業が始まる直前にあの問題のレポート用紙を渡すつもりなのだろう。その時のことを想像すると、カオスすぎて背筋がゾッとした。私は何も知らない。何も聞いてない。



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