28



大広間はそれはもう豪華絢爛だった。いやもう本当に豪華すぎた。ハロウィンなんて比じゃない。なんでこんな豪華なのにみんな家に帰りたがるの?これって普通?みんなの家の方がもっと豪華なの?
霜に輝くクリスマスツリーが何本も何本も立ち並び、ヒイラギとヤドリギの小枝が天井を縫うように飾られている。広間に入るや否や、どの生徒たちからも「うわぁ‥」と感嘆の声が漏れていて、私はというと興奮を抑えきれないでいた。

「すごすぎない?!こんなオシャレなクリスマス初めて!!」
「確かにオシャレだけど、それだけじゃない。ディナーの感動はそれ以上なんだ」
「そうなの?楽しみ!」
「まぁサラはずっと天井を眺めていたら良いさ。その間に俺がサラの分のディナーをも堪能して進ぜよう」
「うん。じゃぁ私はいち早くフレッドの分まで根こそぎ貰うから覚悟しててね」

ダンブルドア先生がクリスマスの挨拶を手短に済ませると、クリスマス・キャロルが流れ、あっという間にテーブルの上には色とりどりのディナーが並べられた。
どれもこれも美味しそうで、どれから手をつけていいか分からない。そう考えあぐねていると、横からヒョイヒョイっとフォークを持った手が伸びてきた。‥フレッド!

「ちょっとフレッド!!本当に取るなんて許せない!!返して!!」
「サラ、ここは戦場だ。どれから食べようなんて考えてたらそれこそ全部なくなっちまうぜ?」
「だとしても横から掻っ攫うなんて!!」
「まぁまぁフレッド、その辺にしといてやれよ。サラ、これなんかどう?」
「ジョージ、フォローしてくれてるみたいだけどそれも実は私のアップルパイだからね?知ってたよね?」

ね?と最後に半ば脅すように念押しすると、ジョージはそうだったかな?とあっけらかんと答えた。けれどその直後、いつものイタズラな笑みをフレッドと交わしていたのを私は見逃さなかった。まったく、この双子ときたら本当に油断も隙もない。悪あがきのようだけど、2人にひと睨みだけしたその時、いつもの3人組がコソコソと何かを話し合っているのを目の端で捉えた。
ちらりとそちらをみると、ハーマイオニーを中心にとても真剣な目で議論していた。あのロンまでもが豪華なディナーを目の前にしながら、フォークとナイフを持つ手がピタリと止めてしまっている。聞き耳を立ててみたけれど、マルフォイが云々、ゴイルの一部がなんとかかんとか、肝心な部分が聞き取れなさすぎて意味不明である。
これは何かあると思ったけれど、ここ最近のハーマイオニーの何かを隠したがる様は異常だったので、ここはあえて見ないふりをした。やすやすと首を突っ込むべきではない。本音を言うととてつもなく気になったけれど、ここで中途半端に探りを入れると後々碌なことがないような気がするので、ここは素直に引き下がっておこう。

「おいフレッド!!それは僕のステーキだぞ!!」
「おいおい、サラといいロニィといいここをなんだと思ってるんだ?戦場だってことにいい加減気づけよな」
「そういうこと!お、これもーらい!」
「おいジョージ!2人ともいい加減にしてくれ!」
「ロン、2人の言うことも一理あるよ。とりあえず先に食べよう」
「ああもう!ロンったらそれくらいのことで大声で叫ばないで。せっかくの雰囲気が台無しだわ」
「そう言うなら君の分を差し出したらどうなんだ!ハーマイオニー!」

粛然としたクリスマス・ディナーも彼らの手にかかればもはや大宴会である。人数が人数なのでテーブルもいつものように寮で大きく別れているわけではないけれど、1番離れたスリザリンエリア(スリザリン勢があえてこちらと距離をとっている)からはそれはそれは睨みつけるような視線と舌打ち、さらには悪口のオンパレードを頂戴する始末となった。中でもマルフォイ君はやっぱり顕著で、ハリーの新しいセーターについて先ほどから悪口が止まらない。ハリーはそれを無視し続けていたが、ロンが横から「後で罪の報いを受けるんだ。今はただ泳がせて置けばいいさ」と小声で助言していて、それが何のことかさっぱりな私としてはますます3人の謎が深まるばかりだった。

**

「サラ、えーっと‥」
「ジョージ‥」

皆さまは覚えているだろうか。クリスマスの夜は「ジョージと」「なぜか2人で」「一緒に過ごす」という約束を取り交わしたことを。

ジョージからほとんど一方的に約束させられたとはいえ、ホグワーツにいる以上一緒に過ごすだろうことは容易に想像できたし、実際朝から今までほぼ一緒だった。なのにあえて一緒に過ごすって何だろうと私は本気で疑問だった。正確にはほんの少し分かるような気もするけれど、自分の勘違いとか思い違いだったら死にたくなるくらい恥ずかしいし、それこそ爆発したくなるので、あまり考えないようにしていたのである。
そわそわと落ち着かない体を抑え込むようにソファに座って両手を握る。そういえば周りを見てもフレッドがいない。いつもなら磁石のようにジョージにくっついているくせに、あからさまに席を外されていてそれが余計に気恥ずかしくさせた。後で文句を言いに行こう。八つ当たりでもなんでもいい。フレッドにだったら8回くらい当たりに行ったところで神様もきっと許してくれる。むしろ行っておいでと微笑んでくれるはずである。‥ってそんなことはどうだっていい。今は目の前のジョージだ。

「来てくれてありがと。‥って言っても談話室だけど。まぁでも‥うん、ありがと」
「こちらこそ‥どういたしまして」
「あぁ‥うん」
「‥‥‥」

なになにこの改まった会話!はじめましてでももう少しまともに話するよね?!私の口はどうしちゃったの。むしろジョージの口もどうしちゃったの!さっきの大広間でのやり取りは一体なんだったの!
いつもならスラスラと流れるように出てくる会話の種も、雪の中にでも埋めてしまったかのようにお互いからは全く出てくる気配がない。
この場にハリー、ロン、ハーマイオニーのはちゃめちゃ3人組がいなくて良かった。本当に良かった。こんな場面見られたら死ぬ。絶対死ぬ。チラッとジョージをみると、彼は頭をガシガシと掻きながら「あー‥」やら「うー‥」やら呟いている。2人してこのなんとも言えない空気に息苦しささえ感じていた。

「あぁもう!サラ!」
「え?なに?」
「やっぱり外でよう!ちょっと付いてきて」

いきなり大声で叫び出したかと思いきや、付いて来いとのこと。その気迫に押されておずおずとついていく。
あれ?でも今って寮から出ても良いんだっけ?
そう思ったけど、よくよく考えてみたら、はちゃめちゃ3人組はディナーが終わってから談話室に戻っちゃいないし、パーシーは見回りから帰ってないし、なんとかなるか。なるってことにしよう。
けれども、マグゴナガル先生に見つかったら即アウトだ。フィルチやスネイプ先生なんて以ての外。クリスマスの日にまで鍋磨きなんて絶対御免である。もしもの時はジョージを餌に私は潔く隠れさせてもらおう。
その時は絶対私だけは見つかりませんように、なんて神頼みしていたら、ジョージは羊皮紙を片手に「こっちなら誰もいないな」と呟きどんどん進んでいった。

「‥‥‥」

なんだろう、あの羊皮紙。すごく気になる。あんな紙切れがなんだというのだ。ジョージにそれ何?と聞こうと思ったら、彼はふいに立ち止まり「ここまで来たら大丈夫かな」と言った。そこはヤドリギが静かに佇む中で、小さな妖精たちがキラキラと輝きながら飛んでいるなんとも幻想的な空間だった。

「キレイ‥」
「だろ?サラにも見せたかったんだ」
「最初からここに来るつもりだったの?」
「んー、まぁ。でももう少し後にっていうか‥思ってたよりも早かったっていうか」
「ふーん‥」

なんとも煮え切らない答えである。
まぁでもここを見せたかったというジョージの気持ちは嬉しかった。

「これ、クリスマスプレゼント」

はい、と手渡されたそれは手のひらに乗る小さな箱だった。え?とジョージを見ると、彼は優しくはにかんでいる。

「プレゼントなら朝にもらったよ?」
「あれはフレッドと俺からの。これは俺だけからの」

ジョージはそう言ってプレゼントを開けるように促した。彼の行動を不思議に思いながらも小さな箱を開ける。すると、そこに入っていたのはハチミツ色で丸いフォルムの小さなピアスだった。

「これ‥ピアスホール空いてるの知ってたの?」
「まぁね。でも一度もピアスしてるところ見たことなかったから丁度いいかと思って、さ」
「そう、なんだ‥ありがとう」

ジョージは頬をぽりぽり掻きながら照れ臭そうに言った。私のピアスホールは左耳にしか空いてないことも分かっていたみたいで、ピアスも1つだけ。初めてもらった装飾品の贈り物に、私の心はとても弾んでいた。「ありがとう」と再度お礼を告げて、世界に1つだけのそのピアスを手に取る。ハチミツ色がキラキラしていて、まるで妖精たちのこぼした星のかけらみたいだ。

「‥気に入ってくれた?」
「うん。本当にキレイ‥」
「‥それ、実は俺が作ったんだよ」
「え?!作ったの?」

つくづく器用な人である。売り物のように丁寧な作りだというのに。まさか作ってしまうとは。
ジョージは試行錯誤を重ねて何度も失敗してようやく出来た物、と付け加えた。なるほど道理で温かみが感じられるわけだ。ハチミツ色のチョイスもナイスな選択である。
ジョージが私のために何度も何度も挑戦してくれた大切なピアス。そのジョージの姿を想像すると少しだけおかしかったけど、それだけで私の心はあたたかいもので満たされるような気がした。

そっと左耳に通してみる。久しぶりのピアスの感覚、左耳にだけ感じる微かな重み。ちょっと照れ臭いけど、すごくすごく愛おしい。私だけの宝物だ。

「似合ってるよ」
「ありがと、ジョージ‥でも私こんなプレゼントに応えられるようなプレゼント用意してないよ‥」
「いやそんなことは気にしなくていいさ!‥それよりサラ、あのさ‥」
「なに?」
「‥あー‥いや、まだいいや。また今度にする」
「えー気になるなぁ」

ジョージはそれでも何か言いたげだったが、結局「また今度にする」と言って聞かなかった。

お預けを食らったように不満は残るけれど、ジョージがそう決めたのなら仕方ない。潔くその今度を待つことにした。

「‥‥‥」
「‥‥‥」

ほんの少しだけ沈黙が流れる。沈黙というより静寂の方が正しいかもしれない。妖精たちが私の肩に乗ってその小さな手から星のかけらをキラキラ輝かせながら溢れる様を見せてくれた。今日はキレイなものをたくさん見たなぁ。
しばらくその光景を見ていたが、そろそろ戻らないととどちらともなく思った頃に、私の手を取って「帰るか」とジョージは言った。

「‥そうだね」
「クリスマスにしかこの妖精たちはここに集まらないみたいだから、サラに見せてあげれて良かったよ」
「ありがとうジョージ、ほんとにありがとう」

さり気なく繋がれた右手がやけに熱い。ほっぺもなんか熱い気がする。雪がパラパラと降ってきて、吐く息は真っ白なのに右手や頬が熱いなんてなんか変な感じだ。

「我、ここに誓う。我、よからぬことをたくらむ者なり」

ぼーっとしながらジョージの後に続いていると、ジョージはいきなり私と手を繋ぎながら軽く杖を握り、さっきの羊皮紙を取り出したかと思うと唐突に呪文らしいものを唱えた。すると、みるみるうちに何も書かれてなかった羊皮紙の上に文字や図面が浮き彫りられていく。何かよく分からないけどすごい。全く無意味なものかもしれないけど、こんな仕掛けのある羊皮紙、すごい。

「ジョージが作ったの?」
「まさか!サラ、滅多なことは口にしないほうがいい。これは偉大なる先輩達が作り上げ、フィルチに捕らえられていたところを俺とフレッドが救ったのさ。」
「ふーーん。で、その羊皮紙はさ、」
「名を忍びの地図という」
「〜‥それで?その忍びの地図様は一体全体何なの?」
「単純明快、みんなの居場所が分かるのさ」

え、みんな?

「みんなって何?」
「みんなはみんな、ホグワーツに居る全員」
「先生も?」
「もちろん」
「あ、これもしかして私?」
「そう。名前書いてるだろ?そして俺がこれ」

足跡まで載ってる。私が少し動いてみせると、その地図上の私も一緒に動き出した。すごい!

「サラには見せちゃったけど、他の人には内緒な。アンジェリーナ達にも言うなよ?俺とフレッドとリーしかこれの存在は知らないんだから。」
「分かってる、安心して!誰にも言わないよ!」
「言いたくてウズウズしてるって顔してるのに?いまいち信用に足りないなぁ」
「言わないってば!」

信用出来ないってひどすぎない?私の何をどう見てそんなこと言ってるんだろう。そう思ってちらりと窓に映し出された自分の顔を見ると、ジョージの言わんとしてることが分かった。客観的に見ると、確かに誰かに言いたそうな顔を隠しきれていない。
ジョージは「まぁ信じるよ」と困ったように笑いながら言った。言いふらしたくてたまらなかったけど、ジョージの信用を失いたくはない。このことは絶対に秘密にしよう。そんでもって、秘密を共有したことを逆手にとってたまーに使わせてもらおう。

「あれ?こいつら何やってるんだ?」

ジョージが何かを見つけたように呟いた。指でほらと指し示されたのを確認すると、そこにはハリー、ロン、ハーマイオニーのはちゃめちゃ3人組の名前が書いてある。人のこととやかく言えないけれど、この3人もばっちり寮を抜け出している。こうやって寮の点はひかれてくのか。そういえばディナーの時になんかコソコソと話し合ってたなぁ。

「なんでここに居るんだろ?」

そこは嘆きのマートルという幽霊の女の子が出ると噂の(っていうか行けば百発百中で必ず出る)女子トイレだった。
2人で不思議に思って顔を見合わせる。

「ロニィも俺たちみたいにイタズラするようになったってことか」
「え、発想が斜め上すぎるでしょ。間違ってもそれはないんじゃない?」
「まぁなんでもいいさ。ロニィ達もバカじゃないんだし、そのうち帰ってくる。今日はクリスマスだからフィルチもスネイプもなんとかなるだろ」

クリスマスだから‥?
そんなことであの2人が柔らかくなるとは到底思えなかったが、まぁでも「なんでもいいさ」には同意である。体が冷え切ってるし、もはや秒で帰って暖炉で温まりたい。

2人で地図を見ながらコソコソと歩いて寮に戻る。
その間もジョージはずっと手を握ってくれていた。

「今日はありがとう、ジョージ」

そうお礼を言うと、振り返ったジョージは少し驚いた顔をして、でもすぐ後に柔らかくて優しい笑みをくれた。ジョージの奥に見える夜空には流れ星が瞬いていた。
素敵なクリスマスをありがとう。みんなにとって素敵なクリスマスになりますように。

暖かい気持ちで流れ星にそうお願いしたのに、寮の合言葉を言おうとしたらなんといきなりマートルの甲高い笑い声がこだました。完全にホラーである。



*前次#