響き渡るサイレン


「斉藤さん?」

眠気覚ましのコーヒーが切れて買いに行こうと外に出たら、橋の上で辺りをキョロキョロと見渡しながら走る斉藤さんの姿が見えた。

その只事ではなさそうな様子に胸騒ぎがして、慌てて階段を駆け下りて行った斉藤さんを追いかけた。


「斉藤さん!」

そこには斉藤さんが体格の良い若い男に蹴られているところだった。
おいおい、いくらなんでも女相手にする事じゃねーだろ。

「調子乗ってんじゃねぇぞ」

「うッ...」

「やめろよ」

男が彼女を突き飛ばした。斉藤さんが離れた隙に男の胸倉を掴む。

「んだよてめェ」

「女相手に何人掛かりだよ」

「文句あんのかよ」

勢いよく振り降ろされた男の拳を横に逸れて避ける。そいつの隣にいた別の男が舌打ちをして後ろから名前の肩を掴んだ。

「うっわコイツほっそ!」

「こーゆう正義のヒーロー気取りの奴はよォ...」

奥からまた別の男が、煙草を吸いながら名前の目の前に立ちはだかる。

「痛い目みねぇと、な?」

後ろから羽交い絞めされ思う様に身動きが取れない。

「クソが...ッ」

「ぐッ」

後ろの男に勢いをつけて頭突きする。浮いた自分の身体の反動を利用し、目の前の男の鳩尾目掛けて自重を掛ければ蹴りが見事に入った。
その場に蹲った男二人の後頭部を掴んで、ありったけの力でぶつけ合えば、白目を剥いて倒れ込んだ。

さて、あと一人...

「名前くん!」

名前を呼ばれて振り向けば、思ったよりも近い所に斉藤さんがフライパンを持ったヘルメットの女性と、暗闇でも目立つ黄色い服を着た女子高生を庇う様に立っていた。

「早く行け!」

「...っ、クッソーー!!!」

その声に慌てて前を見れば、もう一人の男が小さいナイフを持ってこちらに走って来る。ナイフ...避ければ後ろの三人が危ない...

名前は逡巡する間もなく、向かって来た男のナイフを持つ右腕を掴んだ。

...こいつ...ラリってる

「斉藤さん、早くここから離れて!」

「そんな事言ったら、名前が...!」

「も〜〜〜っ!誰か助けて!!」

見ていられないと言った様子でギュッと目をつぶった摩耶が手を合わせて祈る。

名前が握る男の手がギリギリと音を立てる。もうそんなに長く保たない...


「ッ!、異常あーり!異常あーり!異常あーり!!!」

突然響き渡るその声に目を向ける。地元の人たちにW異常なしおじさんWと呼ばれている警察官の(コスプレをしていると思っていた)男性の叫ぶ声がしたと思えば、すぐにパトカーのサイレンが複数近づいて来た。

あのおじさん、本物だったんだな...


 ▲▼


「優里!」

「何してんだよお前」

「...ちょっとね」

「あっ」

保科優里が心配そうに駆け付けた仲間達に笑いかける。そこに一緒にいた赤髪、基、木津大輔が、斉藤さん達の反対側に立っていた名前の姿を見つけて思わず声を上げた。それに気付いた名前は片手を上げて困ったように笑った。
するとそこへ、遮るように警察官がやって来た。

「ちょっとよろしいですか?花火で小学生を威嚇した件を含めて、明日もう一度お話を聞かせていただきますので。勝手にこんなことされちゃ、困るんですよ」

「お騒がせして、すいませんでした」

斉藤さんが頭を下げると、摩耶も慌てて頭を下げた。それを見た警察官も軽く頭を下げるとその場を去って行った。


「なんだよ」

優里に呼ばれて並んだ三人の前に、これまた優里に呼ばれた斉藤さんが立てば、ポケットに手を突っ込んでいた椎原直人が反抗的に斉藤さんを睨みあげた。

「謝ろうよ」

「は?」

優里は斉藤さんに向き合うと、しっかりと頭を下げた。

「前にあんたを、花火で驚かせようとしたことは...ごめんなさい」

「そうよ。あなたたちはとんでもないことをしたの」

「だけど!」

斉藤さんの言葉に椎原が食い掛かる。

「どんな言い分があったとしても、やっちゃいけないことがあるでしょ?」

その言葉に彼は気まずそうに視線を落とした。

「...ただ、あたしたちも謝らなきゃいけないことがあるわね」

「え?」

「大人が悪い。それは 謝らないと。目線の高いところからあんたたちを見て、勝手にレッテル貼って...傷ついたよね。そんなことされてたら、行き場がなくなっちゃうもんね...ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

「斉藤さん...」

深々と頭を下げる斉藤さんを見て、摩耶が彼女の名前を呟く。優里が予想外のことに気まずそうにする三人の方を向き直して

「ほら、この人 いい鬼なんだって」

と明るく言えば

「鬼って?」

鬼、という言葉に思わず頭を上げる斉藤さんに、その場にいた皆がクスリと笑った。

「じゃぁ誰だよ。高校に電話してきたの」

椎原がおもむろに斉藤さんの後ろからこちらの様子を見ている大人たちの方を見る。

「さ、行きましょ」

明らかに不自然な動きで玉井さんが他の女性を引き連れるように帰って行った。

「斉藤さん、それに山内さん!本当に、ありがとうございました!」 

「いえ、ご苦労様です」

「高校の方には、私から連絡しておきますんで。失礼します!」

勢いよく礼をすると、小杉先生は足を引き摺りながら帰って行った。

優里が摩耶に近付く。

「あんた、あんな所に一人で入っていくなんて 無謀だよ」

「えっ?」

「さすが、斉藤全子の友達だね。友情にカンパイ」

優里が笑って、いつかの斉藤さんの真似をすれば先に歩いて行ったマユに呼ばれて走って行った。

「じゃぁ、俺も これで」

「あっ名前、本当にありがとう。また、助けられちゃったね」

「何もしてないから。でも、怪我、なくてよかった」

「あたしのことより、あなたの怪我...」

「俺は大丈夫ですから。それじゃ」

「あ...気を付けて帰ってね」

軽く頭を下げると、人よりも速い歩調で帰っていく彼の後ろ姿を見送り届ければ、隣でぼ〜っとしている摩耶がいた。

「摩耶さん大丈夫?」

「...よかった〜…、本当によかった…」

腰が抜けた摩耶は、その場にぺたりと座り込んだ。

「私も。すっごい怖かった」

と言いながら笑う斉藤さんに、摩耶は驚いた顔をした。

「えっ斉藤さんでも怖いことあるんだ...!」

「さ、帰ろっか。子供も待ってるし」

立ち上がる斉藤さんに続いて、摩耶も腰を上げる。そこへ携帯を取り出した斉藤さんが

「あ、潤一に電話していい?あなたも連絡したら?」

「あ、電話忘れちゃったみたいで...」

「...じゃぁ、先に使って。あなたの旦那から電話があったの」

置いてきてしまった携帯から、弘高さんが斉藤さんの電話番号を探して電話をしたのを想像すると、なんだか面白くて。思ってるよりも愛されてるなーなんて考えていたら、思わず笑ってしまった。



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