プール掃除と子供達


「え?ヤゴ?」

『お願い!日曜日の10時からなんだけど、来れない?』

「...別に、いいですけど」

『本当!?ありがとう!!』

それじゃぁ、と電話を切る。

大鷹公園のプールでヤゴを捕るイベントが中止にならないようにするためには、10人集めなければいけないらしい。人数が足りないので来て欲しいという斉藤さんらしい連絡に、机上のカレンダーに「ヤゴ捕り」と書き込む。まさか高校生にもなって虫取りをするなんて、と思わず笑ってしまった。


 ▲▼


「いち、にぃ、さん…」

集まったプリントを数えるが、何度数えても約束の10枚には到底足りない。

「おかしいなぁー...」

「斉藤さん...」

「んー?」

「前々から聞きたかったんですけど、その工藤名前くんとは、どんな関係なんですか?」

「え?あー名前くんは、」

「あぁ!」

突然摩耶が叫び立ち上がると、ドアの外で大きな物音した。

「お、大庭さん?」

外に出ると、そこにはサングラスにストールを頭に巻いて顔を隠した怪しげな恰好の大庭さんが倒れている。

「大庭さん!申込書持ってきてくれたんですか?」

「まっさか!その逆!」

「え?」

「偵察に来たのよ!でも安心したわ〜...だぁれも来てなくって!安西さんが怒ってるから、参加しない方がいいんじゃないかしらってご提案したら、みなさん賢い選択をされたみたい。じゃっ」

「あぁ、そんなぁっ...」

「まいったな〜...10人くらいすぐ集まるかと思ってたのに...」

「しかも、あんなに楽しみにしてた知花ちゃんも来てないし...」


 ▲▼


『中止ですか』

「うん、ごめんね。折角申込み用紙も書いてもらったのに」

『それは別にいいですけど、大丈夫なんですか?』

「え、何が?」

『潤一くん。楽しみにしてたんでしょ?』

「あぁ、うん...ありがとう。本人も分かってくれてるし、大丈夫よ」

『...そうですか』

「本当に、ごめんね」

『いえ、仕方ないですよ。それじゃぁ、おやすみなさい』

「うん。おやすみなさい」

電話を切って、ふぅと息を吐く。

「お母さん、誰と話してたの?」

そこへお風呂を出た潤一が頭をタオルで拭きながらぺたぺたと歩いて来た。

「お母さんがこの間出会った、優しい高校生のお兄さんだよ」

「?、そうなんだ」

「今度潤一も会えるといいな」

首を傾げる潤一を見ながら、彼のような優しい人になってほしいと願いながら隣に来たその小さな頭を撫でた。


潤一のこと、気にかけてくれてたんだね...


 ▲▼


「プール掃除中止が中止になった。プールに入るから、汚れてもいい学校で来てね!」とメールよりも電話派の斉藤さんから電話が来たのは、プール掃除が中止になったと電話が来た翌日だった。


「おはようございます」

プールに向かって摩耶たちと歩いていると後ろから声を掛けられて振り返る。そこにはTシャツとハーフパンツ姿の名前がいた。

「名前くん!ありがとね〜来てくれて」

「別に、暇ですから」

「あ!」

「あ」

「あの時のお兄ちゃんだ!」

名前に人差し指を向けた巧。

「巧、名前くんのこと知ってるの?」

「えっ!ママも知ってるの?」

「えっ?ま、まぁ...」

花火事件のときに一度助けてもらっただけなので、知り合いと言えば知り合いだしな...、うーん...何というか...

「あ!この子が潤一で、こっちの子が山内巧くん。で、その子が立花知花ちゃん」

それに一度頷くと、名前は子供たちに視線を合わせるように屈んだ。

「初めまして、苗字名前です。よろしくね」

にこりと笑う名前に、思わず知花と摩耶は頬を赤く染めた。


「今日は暑くなりそうだ」

「そうねー」

張り切った様子の五人の後ろで、わざとらしく市役所の男性が咳払いをしながら自身の腕時計を指差した。

「...知花ちゃん、もう時間だけど大丈夫かな?」

「たぶん...」

「う、ウワアァァァ!!!」

知花が自信なさげに答えた直後、役所のスタッフが急に叫び声を上げる。
驚いて皆が振り返ると、そこには金髪や赤髪の派手な集団。

「優里お姉ちゃん達だ!」

「あなたたち...!」

「そうでーす」

「おはよ斉藤さん」

「だって、お洒落ファーブルにあんだけ頼まれたら来ないわけにもいかないでしょ?」

「ったく、ホシしつけぇよ」

「みんな、ありがとうね」

斉藤さんがチラリと市役所の人を見れば、焦った様子で「OK!」と言って足を縺れさせながら去って行った。

「よーし、それじゃぁ始めましょう!ヤゴ捕りと、プール掃除!みんな気合い入れていくよー!オー!!」


 ▲▼


「名前」

「おー、久しぶり」

水の中で網をゆっくり揺らし、ゆっくりとそれを持ち上げる。掛かったヤゴを網から丁寧に外していると、向こうから赤髪の木津が歩きづらそうに水を掻き分けながら片手を上げて歩いて来た。

「お前がこんな所にいるなんて驚いたよ」

「それはこっちの台詞だよ」

「そんな派手な頭でプール掃除のボランティアなんて、ずいぶん心優しい不良だな」と名前が笑って言えば、木津もうるせぇよ、と笑って名前の肩を小突いた。


「ねぇ斉藤さん、あのイケメンくんとはどんな関係なの?」

「あ!それあたしも気になってた!」

「えー?」

摩耶がプールサイドに腰掛ける斉藤の隣に座ると、プールの中でヤゴを捕っていた優里達女子も近くに来て話を聞いている。

「名前くんはあたしがここに来たばっかのときに助けてくれたの」

「えってことは、見た目もイケメン、中身もイケメン!?」

「うわ完璧」

「なのになんで木津と仲良さげなの?!」

「えぇ〜...謎...」

女子達のそんな会話に気付く気配のない二人は、服が濡れるのもお構いなしに夢中でヤゴを捕っていた。


 ▲▼


「今日はみんなありがとうね」

「全然!ねっ、それより連絡先!」

斉藤さんと優里が携帯を出してお互いの連絡先を交換している横で、潤一と巧は一度顔を見合わせて頷くと木津らと話す名前の元へと駆け寄る。

「名前くん!今日はありがとう!」

驚いて一瞬キョトンとした名前は、こちらを見上げる潤一達に視線を合わせるように屈むと微笑んだ。

「よかったなヤゴいっぱい捕れて。大事に育てろよ」

「うん!」

「ねぇねぇ!名前くんってサッカー得意?」

「えー...得意、ではないかなぁ」

「今度いっしょにやろうよ!」

「あはは、下手くそだから教えてよ」

「いーよー!!」

子供たちに囲まれている名前を、少し離れた所から眺めている優里達。

「子供にもモテるイケメン」

「あたし、連絡先聞いてこよ」

「え!?ちょっ、ズルい!!」

「人気だなぁー名前くん」

誰からも好かれる苗字名前。


(あー、子供っていいなぁ)



HOMEtop prevnext