高虎とハロウィン

「とりっく、おあ、とりーと。」

「………ななし?」

日直で居残りしていた高虎に声を掛けたのは後輩のななしだった。英語には程遠い発音を口にした彼女に、思わず日誌を書くのを止めて高虎は小さく微笑んだ。

「どうかしたのか。」

「はい、高虎先輩に渡したい物があって会いに来ましたが……その、迷惑でしたか?」

恥ずかしそうにスカートを握り締めて初々しい仕草を見せるななし。

「まさか。むしろ会いに来ない数が多過ぎると思っていた。他の奴等に付き合っている事を隠している訳じゃない……こうして会いに来てくれる方が……良いに決まってる。」

いつになく穏やかな表情と声色は、緊張していたななしの気持ちを軽くさせた。

「階が違うから、なかなか先輩に会いに行く勇気が出なくて……。でも、今度はちゃんと休み時間にも会いに行きますね。」

「………いや、そうか、俺から会いに行けば良いだけの話だった。俺の方が先輩だから、可愛い後輩にはそれくらいしてやらないとな。」

何か意味を含めたように目を細めて笑う高虎。

「さて、トリック・オア・トリート、だったな。さぁどうしたものか。今、俺の持ち物の中にあげられる物が一つもない。」

制服のポケットを探ってみるが、勿論それらしき物は見つからない。考えるように顎に手をあてて小さな彼女を見下ろす。

「……………。(無垢、すぎる)」

つぶらな瞳とぶつかれば、それだけで彼女の白い頬が紅潮していく。とはいえ狙ってそういう仕草をしている訳ではなく、彼女は本当に純粋な心の持ち主なのだ。いつまでも男に慣れない所が逆に唆られるのだが、これ以上はとんだ惚気話となりそうだ。高虎は浮ついた心をシャットダウンし、再び思考を戻す。

しかし、彼はふと些細な疑問を抱いて別の考えを巡らせ始めた。何かが、矛盾している。

「………というより、何故あげる側のあんたがその台詞を言っているんだ?」

「…………あ。」

自分の矛盾に気づいたのか、驚いたように目を丸くしたななし。すると今度はキョロキョロと目を泳がせて、恥ずかしさを誤魔化すようにはにかみながら、手に持っていたキャンディを差し出した。

「ご、ごめんなさい!私、色々まぜこぜになってたみたいで………ああ、どうしよう……!」

「………くく………!」

慌てて口元押さえたり忙しそうに身体を動かしたり、心底焦っている可愛らしい姿を目の当たりにし、彼はとうとう堪えきれずに吹き出してしまった。

「落ち着け。別に悪い事でもないし、怒ってもない。言ってみれば挨拶みたいなものだろ。」

「だって……私、馬鹿な姿を高虎先輩に………っあ、いひゃい……!」

ぎゅっと頬をつまんで口止めを試みる彼は、むしろ面白可笑しく笑っている。

「気にしてない。とにかく、俺は今何も持っていない。だから、イタズラ……するんだろう?」

当然ながら、普通にキャンディを渡しに来た為、彼に何をするなんて想像がつく筈もなく。それなのに何故あんな事を言ってしまったのか、思い返してみても頭が混乱するだけで結局解決には至らない。

「………………。」

鋭く見つめ返すその視線と静寂に包まれた空間は余計に事を催促するようで、

「あの、目を、閉じてもらっても良いですか。」

逃れる為に、それ以外に思いつく案がなかった。

「目を閉じればいいんだな。」

有無を言わずに素直に瞼を閉ざす高虎。とりあえず緊張して強張っていた身体は多少なりとも緩和されたが、この後何をどうすればいいか……このままいなくなってしまう訳にもいかない。

怒られるかもしれないが、これ以外に思いつく事がなくて。

「じゃあ、イタズラ、しますね。」

乾いた唇を結い、前髪を耳に掛けて、そのままゆっくり背伸びする。

「………………。」

何をしたのかは、彼の僅かに見せた表情で分かるだろう。変わらず瞼は閉じたままだが、確かに彼女の柔らかい温度を感じていた。

イタズラが終わった所で漸く視界を明るくすれば、先程よりも耳まで紅く染め上げたななしの姿が目に入る。

「…………それ、イタズラとは言わないだろう。」

「………だって、困らせるような事が思いつかなかったので。」

「やれやれ、優しいな、あんたは。」

彼女の持っていたキャンディを抜き取ると、そのまま袋から取り出して口の中に放り込む。ほんのり香るカボチャと甘い砂糖の味があっと言う間に口内に広がった。

「甘いな。」

「っはい。」

「お返ししないといけないな。」

「え………?」

顎を持ち上げられ、そのまま重なる二つの唇。コロンと舌で転がしたキャンディは繋がった口を伝って彼女の口内へと移動していく。

「んっ………。」

「……甘い、だろ?」

とろとろ、脳内を蕩けさせる程に生温く甘ったるい感触を味わいながら、ななしは高虎のシャツを強く握り締めた。耳元で低く囁かれる言葉に身震いさせて、思わず膝から崩れ落ちそうになる。

「高虎、先輩………っ。」

ここが教室だという事を忘れて、無我夢中にキスを求めた。このまま一線を超えてしまいたい、そんな気持ちになっていた高虎だが、寸前で理性を取り戻して濡れた唇を離した。

「は、あ………悪い。」

「い、いえ………大丈夫、です。」

床にへたり込んだ彼女を抱き締めて、乱れた髪を整えるように指で何度も梳けば、心地よさそうに微笑むななし。未だ口の中で溶けるキャンディを舌で絡めて、その余韻をじっくりと味わった。

「………キス………学校で、しちゃいましたね。」

「だな………次は、多分、止められん。」

それが何を意味するか……理解した彼女は彼の胸元に顔を埋めて小さく頷いた。




(菓子を用意しない方がよさそうだな)

(え?)

(ああいったイタズラなら、俺は歓迎だ)