本当に些細な事で高虎と喧嘩し、暫く口を聞かずにいた。
「……謝りたいけど、何だか気まずい。」
喧嘩してからもう丸三日、会っても何も話さずそのまますれ違うのみ。気を張って平常であった心も次第に寂しさを感じてしまう。彼の表情は氷の様に冷たく、触れたくても触れられない。
重い足取りで部屋に入れば僅かに香の匂い。大分前に消した奴の残り香が鼻につけば少しだけ気持ちが落ち着く。
「でもこのままじゃきっといけない気がする。もう怒られても、嫌われてもいいから……最後に、何か言い出せる様なきっかけがあればいいんだけど……。」
呼び出しで真っ向から言う事などとても出来ない、何より彼は長身である為その威圧にとても耐え切れない。さりげに言えるような出来事が起こればいいのに、気怠い身体を横にして目を閉じる。
すると遥か遠くより聞こえた銃声に直ぐ様耳が反応した。人より聴力が優れている為、身体を起こしてそっと耳を澄ませるがその一発のみで他は何も聞こえない。何処かで誰かが銃の訓練でもしているのだろうか。
「……………。」
思えば以前、高虎が外出すると言っていたのが今日。日も真上まで登り丁度出かけた後であろう。
「………まさか、ですよね。」
銃声など普段からすれば大した事では無い筈なのに何やら胸騒ぎが止まらない。乱れていた服を正して音がした方角へ向かう。
「………気のせいかな……。考えすぎだったのかも。」
何もない道を暫く早歩きすれば僅かに獣の声。声の方へ走ればそこには一頭の馬が暴れて興奮していた。
「…………あ。」
その直ぐ側で倒れる男、見覚えのある姿に目を見開いた。
「高虎さん……!!」
駆け寄れば苦痛に顔を歪ませている高虎、その掛け声に彼は素早く視線を上げると大層驚いた。
「ななし、何でここに…!」
「そんな事より血が……布を…!!」
腕から出血し、今も止まることなく流れ出て行く。青い服は真っ赤に染まりじわりと滲む。
周りを見渡すが撃った者の姿は何処にも見当たらない。撃ち逃げしたか未だ影に隠れてるか、兎に角安全を確保する為に近くにあった小屋へ向かう。
幸い足は動く為直ぐに辿り着き、ゆっくり刺激しない様床に座らせた。外の様子を見ながら彼の側へ寄る。
「………。」
高虎の巻いている手ぬぐいを千切って患部の止血を施す。相当痛みがあるのだろう、結ぶと堪える様にぐっと歯を食いしばった。
「………こんなに遠くで、何で分かったんだ。」
「私…昔から耳がいいんです。最初は銃の訓練かと思っていたんですが、まさか……。」
言葉は詰まり、こんなきっかけは望んでいなかったと、知らぬ内に涙は頬を流れた。
「…ごめんなさい、私が悪かったのに酷い事を言ってしまった。」
(貴方に私の気持ちは分からない!)
「……………。」
「本当はすぐに謝りたかったのに……今更遅いですよね。ですから…この件が終わったら私、」
その先を阻む様に彼は動くもう片方の手で口を抑えた。静かに塞ぐその手は大きく暖かく、不思議と安心感が広がった。
不意にすぅ、と息の吸う音が聞こえ、
「離れるなんて言ったら、この場で氷漬けにしてやる。」
真っ直ぐに放たれたその言葉は想像すらしていなく驚きに目を開く。周りは遮る音も無くはっきりとこの耳に届いた。
思わず塞いでいる彼の手を己の両手で包み、
「…………。」
手をどかしてほしい、そんな目で彼を見つめれば伝わったのか
「そうか、塞ぐなら確かに口の方だな。」
と、手は離れて代わりにゆっくり顔が近付く。
「え………あの……。」
「嫌、だったか。」
「あ、いえ……そうではなく。」
そういう意味ではなかったのだが、三日間の隙間を埋める様に唇は重なり求めた。向こうが離れるまで自分からは一切動くことはしなかった。
「………この前の件はさっぱり忘れてやるから、もう自分を責めるな。」
「……やっぱり、高虎さんは何でも分かってますね。」
何の事だ、と首を傾げるが敢えて笑って誤魔化した。
すると偶然外から知り合いの声がしたので、咄嗟に小屋の窓から声を上げて事情を話す。その時には撃った者もすっかり姿はなく、無事に屋敷まで戻ることが出来た。
「高虎さん、あの。」
「何だ、今度はどうした。」
千切れた手ぬぐいをちらちら見れば理解したのか彼はふっと笑って
「消耗品だから気にするな、何より大切なのはあんたの方だからな。手ぬぐいの代わりは幾らでもあるがななしの代わりは誰にも出来ない。
…助けに来た事、感謝する。」
あの時まだ撃った者がいたら自分も命は無かったかもしれない。しかし、救う事ができて良かった。
「大好きです、高虎さん。」
微笑んで見上げれば彼は照れくさそうに目線を逸らした。
(もっと言いますよ、大好きです)
(馬鹿野郎…そ、それ以上言うな……!)
(じゃあもう二度と言いません…)
(待て、そういう意味ではない!)