向こうから歩いてきた高虎は表情を一切変えることなく、ななしの腕を掴めば氷の様に冷たい雰囲気を出した。
「その笑顔は誰に向けている。」
「どういう事ですか…?」
何の事かさっぱり分からずただ首を傾げる。しかし彼は声を低くしてより一層力が込めた。
「何故分かってくれない……俺がどれだけ……。」
すると唐突に壁に追いやられる。背中がぶつかる衝撃音は思っていたより鈍く、思わず顔を歪めてしまった。何が起きてるのか理解出来ずに高虎に目をやればうっすらと笑みを浮かべ、
「………そうか、完全に自分の物に出来無いのであればあんたの時間を止めてしまえばいい。」
「……あの、何を言っているのか理解が出来ません。何かあったのですか?」
「理解し難いのはななしの方だろ、俺のいない所でその笑顔を見せているのが気に入らない……いや、それ以前に存在を晒す事が許されない。」
来い、と言われるがまま連れられ高虎の部屋に着けば無造作に放り投げられる。硬い床が襲うかと思えば既に敷かれていた寝床に身体は落ちた。
じんわりと全身が痛む中、ゆっくり身体を起こして彼の方を見上げる様に見つめる。
「高虎、さん…私何か貴方に悪い事しましたか……?したのなら謝ります、だから……。」
兎に角怒りを鎮めてもらいたい、今の彼は自我を失う寸前だ。下手すれば本当に殺されてしまうかもしれない。
視界に入る鋭い刃に背が凍り固唾を飲む。
「何…簡単な話だ。この部屋から出なければ俺は許してやる。」
部屋を出るな、それはある意味監禁という物ではないか。何故その様な事をななしに強要するのか、それが分かればいいのだが本人に全く心当たりがない。
「…………どうしてそんな事…。」
「愛しているから、それではいけないか。」
単純な理由で複雑な答え。
「高虎さん……そんな愛し方間違ってます。自由を縛る事は本当の愛し方じゃないですよ。……こんな事しなくても私は貴方を愛してます、分かってください。」
諭すように宥めれば彼は歯をぎりっと食い縛り、ぐっと黙り込んだ。そんな沈黙が苦しく、しかし次の言葉をただ待つしかなかった。
どんな事を考えているのだろう、不安と恐怖の渦に飲まれながら額から伝う汗。
そう思っていれば今度は悲しげな顔で
「……俺以外に触れるな……話すな……。」
青い手ぬぐいにそっと触れ切なげにそれを見つめた。昔、高虎に救われた際にお礼として贈り物をしたのがその手ぬぐいだ。
今や所々が綻び、汚れも少しばかり目立って来ている。それにも関わらず彼は肌身離さず毎日巻いてくれているのだ。
まるでたった一人を愛するように。
「………寂しいんですね。」
「…………。」
今の高虎は敏感な感情を持っている、もしかすると今は人一倍寂しがり屋なのかもしれない。仕えるべき主を幾度も変えて、その所為で周りからは偏見な目で見られて。
例え己が望む意思でなくとも。
膝からゆっくりと崩れていくその身体に触れてそっと抱き締める。
「………周りからどう思われても、私は貴方の味方です。最後まで一緒にいますから、辛い気持ちも苦しい気持ちも全部支えていきます。」
「………ななし……。」
視界に映り込む物は全て青く、互いの鼓動が近い。背中をそっと擦れば彼の腕は徐ろに彼女の背へと回る。
「もし私が離れる事があれば、その時はその手で氷の世界へ連れて行って下さいね。
……でも、他の人と話すのだけは許してもらわないと今後私が困ってしまいます。」
冗談交じりで目を閉じ笑みを零せば、今度は優しく、強く力をぐっと込めた。
「端から見れば女々しいな、不甲斐ない程に。」
「辛い時は頼ってください。力不足かもしれませんが、全力で頑張りますから。」
首を横に振り、それを否定する。
「…いや、とっくに心強かっただろうな。」
高虎は先と変わり心から安心して呟いた。
(こんなに長く持ってくれるなんて思ってませんでした)
(これだけは消耗品に出来ないからな)