今日の俺は機嫌が少しばかり良い。怯える敵兵を徹底的に嬲り倒す位に身体が軽い。
「さて、そろそろか………。」
軽やかな足取りは部屋の前で止まり、とんとん、と第二関節で音を響かせ扉を叩く。すると控えめに顔を覗かせるのは好きで好きでたまらない彼女。
「会いたかったですよ。」
その瞬間、法正はななしを引き寄せて首辺りに顔を埋める。すぅ、と掛かる吐息はななしの項辺りをぞくりと震わせた。彼の独特な香りに酔わされながら、今にも真っ赤な舌を這わせそうな、どことなく艶かしい雰囲気を醸し出しながら。
「あの……おかえりなさい、法正さん。」
「いい子に待っていましたか、俺がいなくて寂しかったでしょう?」
「……はい、いつも大変だと聞きますので……。」
「大変、それは誰から。」
「身の回りのお世話をされている女官からです。執務に追われて苛立っている事もしばしば、と聞きました。」
法正はそれを聞くなり不安がるななしの身体を力いっぱいに抱き締め上げる。
「………女はおしゃべりですねぇ、本当に。」
「大丈夫なんですか、もし、こんな私でも何か手伝える事がありましたら…………。」
「いえ、貴女は俺の側にいてくれるだけで十分、それだけで生きる希望が湧いてきます。」
その言葉通り、彼女がこの手の届く範囲にいれば何も欲しい物はない。
「それでですね、今日来たのは……。」
首筋辺りを指でなぞり上げ、それを探す。法正は鋭く目を細めて
「ほらね。」
彼女の喉仏より少し外れた箇所の薄ら紅い跡を見つけて口角をゆるりと上げる。
「どうか、なさいましたか?」
「この前つけた証が消えている頃だと思いましてね、こうして会いに来たんですよ。」
所有印として、虫除けとして、法正は舌で乾いた唇微かに濡らして同じ箇所に口吸いを施す。ちゅっとわざと音を立てれば、彼女の身体は僅かながら震え、裾を握る手に力がこもる。
「擽った………。」
「本当に、そうでしょうか。俺にはもっと別の感触に反応していると思うのですが。」
悪戯に鎖骨辺りを指でなぞり、その反応をゆるゆる愉しむ。良い所を触れられ、あっと声を出しかけたななしは口を抑えて必死に堪える。
「無理はよくないですよ、ほら。」
覗かせる胸の谷間に長い指を入れれば、彼女は慌てて抵抗を見せた。そのまま服をずらして肩を空気に触れさせ、歯を立てて優しく甘噛み。
「さぁ、今度こそ、貴女を…………。」
頂こうかと手をかけたその時、
「……………さん、ななしさん、いますか。」
「………ああ、どうしていつも邪魔が来る。」
外でななしの名前を呼ぶのは徐庶だ。一体何の用で彼女の部屋に来たというのだか。
「ななしさ………。」
がしゃ、と鈍い音を立てて扉が破壊されんばかりに開かれると、怒りに満ちた笑みで法正は徐庶に食いかかった。そうしてその扉が閉まり、呆然とした彼女は一人部屋に残される。
「なんだ、何か用か、いや……俺に用があるのだろう?」
「え、ええ?法正殿がどうしてここに……と、いうより……貴方に用があるのではなく……!」
「煩い黙れ、話なら俺が全部聞いて解決してやる。どこだ、どこのどいつを蹴り嬲って欲しいんだ。」
「違います違います!俺はこの前ななしさんから借りた物をただ返しに………わ!」
その言葉の直後に掴まれる胸倉。今にも食って掛かりそうな勢いで法正はとっかかる。
「ななしから借り物だ……?…………報いるぞ……徐庶…。」
「す、すみません……!今後一切借りたりしませんから……!」
泣きそうな顔で懇願すると、徐庶は借りた物を法正に渡す。
「これは………布か?」
「ええ、俺が怪我をした時に巻いてくれた物でして……。」
「………………。」
渋々その布を受け取ると法正は目で追い返すような仕草をして部屋の中に入る。すれば、何がなんだか理解出来ずに大きな瞳で見上げるななしの姿が。そんな顔を見た途端に心を掻き乱していた怒りは嘘のように収まった。
「随分と騒がしいようでしたが……どうかしたんですか?」
「いえ、ちょっとした戯れですよ、貴女は何も気にせず………。」
ふと目を伏せた時に視界に入る布。何度か瞬きをすると彼女に目線を移して
「優しいですね、本当に。」
「え…………。」
「この布で徐庶を手当てしてあげたのでしょう?今返してくれましたよ。」
その布を受け取ると彼女はああ、と思い出したようにぱちっと手を合わせる。
「そうでした、あの時指を怪我していらしたので、ちょうど身につけていた布を…。」
話し終わる前に法正はななしの身体を抱き寄せ、静かに瞼を閉ざす。
「…………法正さん?」
「妬いちゃいますね、全く。」
「………ええ?どうしてですか。」
「俺も怪我したら……手当てしてくれますか。」
「そ、そんな……。法正さんがもし怪我したら気が動転してしまってまともに…。」
「…………ふ。」
空気の漏れるような低い笑い声。
「好きですよ、そういう所も。」
「……なんだかいつもの法正さんじゃないみたいです。」
「積極的じゃないからか?……なら今すぐに襲っても文句はないですよね。」
そういうつもりじゃ、と言いかけた口など塞いでしまえば後はじっくりと愛するだけ。この先を邪魔する者が例え劉備殿であろうとも、俺は逆らう、それだけ既に依存の沼に落ちているのだから。
(女で国が傾くとはよく言うが…それと同じなんですかね。まぁ、それでも構いませんが)