その鮮やかな笑顔の裏で

その鮮やかな笑顔の裏で貴方は何を考えているのですか。


「ふふっ、法正様ってば凄い人。」

ふわり、なんかよりも酷く強い、つんと鼻につく香りが廊下に充満している。煙たがるななしはそんな廊下を足早に通り過ぎようとするが、中心に立ち尽くしている二人が邪魔で向こう側に行く事を阻まれていた。声にもしたくはないが、どうしてもここを通らねばいけない。

「…………退いて頂けますか。」

「あら貴方は確か………ふふっ、ごめんなさいね。」

色んな意味で、女は目を細めて嘲笑うように男の腕に擦り寄る。男はそれに応えるように腕を浮かせて絡ませた。

「ねぇ、法正様。」

そんなやり取りを見るやいなやななしは目を伏せて、何も言わずにその場を立ち去ると、再び女は甘ったるい声で彼に強請る。

「前まであの人と付き合っていたんでしょう?あんな暗くて地味な女の何処が良かったんですか。」

「……何処だと思います?」

「………分からないわ。でも、私は貴方の女である今、そんな事どうでもいいかしら。」

「………………。」

「ああっ、それよりも早く貴方と交じり合いたいわ………ね、これから………。」

法正は彼女の歩いて行った先を見つめ、

「悪いが、お前とそんな気分にはなれない。」

と、女の腕を呆気無く振り払ってすたすたと同じ方角へ歩み始める。

「ち、ちょっと!さっきまで優しかったのにいきなり何なの!」

女が焦りに声を荒らげると、先とは打って変わってすっかり冷めた態度の法正。自分に関わる全てに興味が無いような、そんな虚ろな目で。

「お前のような媚びた女に気があると思っていたのか?………全ては演技ですよ、彼女が俺に依存してもらう為の、ね。」

「意味が分からない……、私の事散々好きだって言ってくれたのに!」

「好き、好き、ねぇ。そんな事も言いましたっけ。」

「…………っ………非道い………。」

「そりゃあ、悪党ですから。」

嘲るように鼻で笑うと、振り返る事なく法正は立ち去る。残された女はただただ涙を流し、頭を抱えてその場に崩れた。妬ましいような、憎たらしいような、そんな怒色を顕にしながら。










「…………本当に、勘弁して欲しいです。」

「あら、何かあったのですか?」

不服そうに突っ伏せるななしとその女官。

「何がしたいのか全く理解出来ません……歩く度に法正さん、別の女性と肩を並べて歩いているんですよ。しかも会う度に違う人……相当の女癖が悪いと見ました。」

「まぁ珍しい。あの法正様が。」

今朝の別れたという話は真っ赤な嘘であり、事実上二人は今も恋仲同士である。どういう訳か、法正が自分から別れたと言いふらしているらしいが。

「……そんな、珍しくなんてないでしょう。」

「いえいえ、彼はそんな何人もの女を誑かすようなお人ではありませんよ。好きになった人のみを生涯愛する……と話に伺っておりますし。」

「そんなの噂です、単なる噂。目にすればすぐに分かります。彼がどれだけの女誑しか。」

「そうでしょうか……。」

私が直接話を聞いた時は、彼女しか愛せないとか言っておりましたが。女官はそう言いたかったが、途端に感じた悪寒に思わず口を噤む。

「どうしたんですか。」

「………いえ、きっと大丈夫ですよ。」

それ以上は何も言うまい、彼女は仕事をあらかた済ませると頭を下げて部屋から出る。そうして一人になったななし、部屋は閑散としていて不意に寂しくなる。先の事もあった所為か、余計に虚しい。

「法正さんなんて………。」

嫌い、と言えたら随分肩の荷が下りるだろうに。しかし悪党に惚れてしまったが最後、例えどんな事が起きようとも別れようという気にはならないのだ、不思議な事に。幾人の女を連れ回して抱いていようとも、彼から離れるという事はしない、もとい、出来ないのだろう。そういう風に出会った時から仕組まれているから、そう思ったななしは気を紛らわすように筆でみみずのような線の落書きを白紙に浮かべていく。

「………………嫌いになれないのが、悔しい………。」

結局好きだから。例え見てもらえなくても好きなんだ。恋仲という名前の関係だけで結ばれているとしても。

「そうでしょうね。」

女官の声ではない、地に這うような低い声が鈍った脳天に突き刺さる。うっかり筆を滑らせて床に落とすと無造作に撒き散らす黒い炭。声の主に目を向ければ妖しく笑う法正の姿。

「……………女の人とは色々済みましたか。」

「ええ、容易く済みました。」

「貴方は顔も頭も全てにおいて人より優れているから、近寄る女の人を片っ端から抱いているんでしょうね。」

「そう思います?」

「そうとしか思えなくなってきました。いっそ私と名だけの恋仲なんて破棄した方が貴方ももっと自由に動けるのではありませんか。」

すると法正は口端を吊り上げて

「まさか、俺が貴女を手放すとでも?」

ななしに近付いては顎を持ち上げ、鋭い目線を真っ向よりぶつける。満たしているはずなのにやけに乾いた瞳、本当の何かを得るまで探し求める欲深い瞳。



ぞくりとした、何かをもっと別の意味を含んでいるようで。



「いっそ手放してくれた方が、私は辛くないです。貴方の事で何かを考えるのは疲れました。」

その手を振り払い、憂う目で見つめ返す。その言葉に驚いたのか、目を瞠目させて強張る表情。しかしそれもすぐに解かれて

「常日頃から俺の事を考えてくれているのか………。くく………それは、」

最高じゃないか。と、今までにない程の笑みを浮かべ、ぱんっと手を叩く法正。

「そうですよ、そうやってもっと嫉妬して下さい。煮え滾るような、灼熱に焼き尽くすような激しい怒りをぶつけて下さい。そうして、もっと、ずっと、俺だけの事を考えていて下さいよ。」

その言葉を待ち望んでいたかのような、潤む期待の眼差し。ななしは耳を疑った、彼は何を言っているのか。

「ななしが俺を望む瞬間こそ、幸福ってものでしょう。その為に寄って集る女共を利用してきたのだから。」

「…つまり、私の目を引くために、わざと?」

「ええ、勿論、用済みとなった女はとっくにこの世にはいませんよ。だからいつも違う女を連れて歩いているんです。」

それは驚愕の一言に尽きる。否、狂っているとさえ思えるようになってきた。本当に自分の為に散っていった命があるとしたのならば、それはもう恐怖の種を植え付けられたとしか。

「じゃあ、今朝の女の人は………。」

「まだ、生きていますよ。生意気にも貴女の事を侮辱していましたから、最も重い罪となりますが……。」

「やめて下さい!こんな事の為に人の命を奪わないで!」

言われるまでは嫉妬の心を向けていたが、今は悲痛の思いしかない。なんの罪もない彼女らはまんまと利用されたのだ。言葉巧みに包められて、彼の罠に貶された、最悪な状況。

「今更何を、ななしが俺に依存し切るまで、何度だってやりますよ。」

「真実を聞いた今、何度やっても意味はありません……貴方は間違っている……そんな偽りの依存を求めて、どうするんですか……。」

「偽りでもいい……お前が少しでも俺を愛してくれるのであれば。」

その言葉にななしは言葉を失う。
愛してくれるならば?おかしいよ、とっくに愛しているのに、どうして本当の思いが届いていないの?

「…………貴方の本当の目的は、何ですか。」

そう問いかければ、彼は笑って

「ーーーーーー」

酷い頭痛がする中で放たれた一言に、世界があっという間に暗転する。

聞かなければよかったと、後悔してももう遅かった。

私の躰はもう彼の腕の中。




(心も身体も、自分と同化出来たなら)