優しくしないで

「あんたにくれてやる。」

そう言って高虎から手渡されるのは小さな包み。中身を確認したく視線を控えめに合わせれば開けろと言わんばかりの視線を返してくる。

「………あの……。」

「………用は済んだ。」

ではな、そそくさと踵を返して立ち去る高虎に声を掛ける事が出来ないままななしは立ち尽くしてしまう。その手にあるのは手の平にすっぽりと収まってしまう程に軽く色鮮やかな櫛。

「………どうして。」

定期的に贈られる品にななしは酷く困惑していた。何を言う訳でもない、見返りを求めている雰囲気も見せない、ただ決まった時間にわざわざ顔を見せてこういった物を渡してくる。熱情的でなければ無機質でもない、そうして瞳の奥底に覗かせる秘事を見抜く事が出来ずにいた。

「……………。」

何だかんだ言って無意識に頬を染めるななしは高虎に密かに想いを寄せている。が、それでも彼に好意的な感情だけは見せてはいけない。何故ならば彼には慕われる女性が既にいるのだ。同じ若年でありながらも誰もが認める容姿端麗であり、物事を完璧なまでに熟す、高虎の窮地を幾度も救ってきた唯一無二の存在と言っても過言ではない。
それに比べ自分は引っ込み思案で人から頼られる立場でもないし、また彼に何かをしてきた訳でもない。無い筈なのにどうしてこうして贈り物をされるのか、とことん理解に苦しむばかりだ。

「何を意味しているのでしょうか……。私には、到底分かりません……。」

今度会った時はきちんとお断りしよう、ななしは思い悩む様に目を伏せた。










「ななし!」

後ろから突然声を掛けられ肩を揺らす。時刻はまだ会う時では無い筈、恐る恐る振り返れば足早に駆け寄ってくる高虎。青く長い手ぬぐいをゆらりと左右に揺らしながら颯爽と駆けるその姿に思わず見惚れていると、気が付けば目の前まで迫っていた。

「どうした、呆けた顔して。」

「え………あ、その………。」

断らなければ、必死に唇を動かすが肝心な声が上手く出ずに掠れている。高虎は訝しげに首を傾げるが、己の要件を思い出したのか向こうから話し始めた。

「そうだ、明日空いているか。あんたと行きたい所がある。」

「え………!こ、困ります……急にそんな事言われても……。」

「返事は今日の夜また聞きに来る。それまでに……考えていてくれ。」

考えていてくれ、その言葉はいつもと違って何処か重い。まるでその時を待ちわびているかの様に真剣な眼差しを向けていた為、ななしは断り切れずこくりと頷くしかなかった。迷いのない真っ直ぐな瞳から逸らせずに、ただ吸い込まれていくばかり。

「良かった、ではまた夜にな。」

立ち去っていく姿を見送りながら、ななしは自分の手を握り締めた。












「高虎さん、先程の件なんですが……明日はどうしても外せない都合がありまして、本当にごめんなさい。」

「…………そうか。」

やはり自分には釣り合わない、むしろその話は彼女にしてあげるべきだ。ななしは断腸の思いで頭を下げた。彼の表情を見なくとも声色で何を思っているか分かってしまう。

「気持ちは凄く嬉しいです、でも……一つだけどうしても教えて欲しい事があります。」

「………と、言うと。」

言ってしまったら終わってしまう気がしたが、いずれ言わなければいけない事実。

「何故、私に優しくしてくれるのですか。」

優しくする理由さえ知る事が出来たら断る理由もはっきりする。黙り込む高虎をただ見つめ次の言葉を静かに待った。



「…………俺は、ななしの事が。」

言いかけた言葉を断ち切るかの如く高虎さん、と鈴の様な声が遠くから響き渡った。焦点を高虎の背景に合わせれば少女が髪飾りを揺らしてこちらに駆け寄ってくる。

「ああ、あんたか…何だ。」

「急にいなくなるので、心配しました。……こちらの方は?」

「あの……ななしと言います。高虎さんとはちょっとした知り合いでして。……では、話も済みましたので私はこれで失礼しますね。」

軽く会釈をすると振り向く事なく足早にその場から姿を消す。高虎が何か言いたげな素振りを見せていたが、このままだと心が無性に締め付けられて、自分でもどうにも出来なくなってしまいそうだった。部屋に戻ると同時に足から崩れ落ちていき、鳴り止まぬ鼓動を暗闇でひしひしと感じていた。

「……………。」

慕ってくれる彼女がいるからこそ、これ以上優しくしないで欲しい。どんな理由であれ私に何かをする必要も意味もない、何より勘違いだけはしたくない。
そうでなければ、本当の想いを吐き出してしまいそうになる。彼に、惹かれているという想いを。

ななしは下唇を噛み締めては自分に言い聞かせる様に、否定の言葉をただ繰り返していた。




(お願いだから優しくしないで、貴方の視えぬ気持ちに応えてしまいそうになるから)