知られたならば閉じ込めるまで

誰かの視線を感じる。その視線は情熱的でなければ殺意的といったものではなく、背中をぞくりとさせては心を不安定にさせる何か。振り向いて辺りを確認してみるが、一向にそれらしき人物を見つける事が出来ない。それでも気のせいではないのは確かだ。

「………………。」

はてさて、これは何度目の出来事か。不安を煽らせる正体は暗い闇に潜めたまま、ななしの精神を日に日に蝕んでいく。それもその筈、視線だけでなく宛先不明の文も机の上に置かれたりしているのだ。長い文かと思いきや「貴女は俺から逃げられない。」という束縛した簡潔な一言だけが真っ白な紙に綴られている。

「これ以上……堪えられない。」

心の限界はとうに超えていた。このままでは殺されてしまうかもしれない。

「あの人に……話してみよう……。」

長い髪を靡かせて向かうはある男の部屋。心から頼れる人はこの人しかいない、ななしは決死の思いでその扉を控えめに叩けば低い声が返ってくる。

「法正さん、私です、ななしです。」

どうぞ、という一言で扉を開けて入れば、未だ書簡に目を向けて執務に励む後ろ姿を目にする。

「ななしですか。どうしたんです、こんな夜中に。」

「………どうしてもご相談したい事がありまして。」

「……貴女が俺にご相談を持ちかけるとは。まぁ、こんな悪党で良ければ何なりと。」

筆を置いて一息吐くとこちらに振り返る。その姿は激務に追われ疲弊しきっている顔、申し訳ないとは重々承知の上だが、今ここで話しておかなければきっと機会は巡って来ない。

「ありがとうございます……。その、実を言いますと、最近私の周りで不審な事が起きてまして。」

「不審な事……と、言いますと。」

「常に背後から視線を感じたり、宛先不明の文が置いてあったり、一人で歩いていると…足音がもう一つ聞こえたり…。とにかく、誰かに付き纏われているみたいなんです!」

「それは、随分と悪趣味な方ですね。さぞや歪んだ性格の持ち主なんでしょう。」

法正は顰めた顔で苦笑いをすると顎に手を添えて考える素振りを見せる。ななしの不安の色が瞳にはっきりと映り揺らぐのを見逃さない。

「毎日が怖いです……私、知らぬ内に何か悪い事してしまったんでしょうか……。」

「まぁ、そこの所は大丈夫だと思いますよ。貴女は大層お人好しで且つ結構なお転婆娘、人に悪行する程器用な性格でないのは俺も十分知っていますから。」

「お転婆娘って……否定はしませんが、法正さん……よく見ていますね。」

「慕ってくれれば嫌でも覚えるかと。」

「……そうですね、私は尊敬していますから。だからこうして話を聞いてもらえるだけで心強いんです。」

小さな微笑みを向ければ法正も若干口元を緩める。

「………貴女がどうしてもお手上げと言うのであれば、策が無いわけではない。例えばそうですね、その男を見つけ次第毒薬を飲ます……どうだ?」

「こ、殺すのは流石に駄目です…!」

「あのですね、そうでもしないと終わりませんよ。」

でも、と異論の言葉を綴る前に法正が唇の前に人差し指を立てる。しー、と声に出さない小さな音だけが耳を掠めた。

「声を小さくしないと、相手は傍で聞いているかもしれませんよ……?」

「………………!」

途端に法正の言葉が恐ろしく聞こえ心臓が波を打つ。しかし何故かそれは外で盗み聞きしているかもしれない犯人への恐怖ではない。もっと別の何かだと、遠くで警鐘を鳴らしている。

「………………。」

「とにかく、相手が直接仕掛けて来ないのであれば様子を見る事ですね。」

その目は疲労しているからいつもより鋭いのだろう。迷惑をかけてしまったから異様に厳しいのだろう。そう思っていた方が幸せだと、頭の何処かで語りかけてくる。

「……そうですね、もう少し様子見てみますね。ありがとうございました。」

頭を下げて立ち上がり、その場を後にする。とん、と扉を閉めると同時に感じる気配は異様な程に近くて、まるで鋭利な刃を背後から受けているかのよう。



ああ、不思議と、不思議と何もしていない彼が何よりも恐ろしく見えるのはどうしてだろうか。















「……………………。」

あれから一週間が経過したが今日も今日とて謎の気配と謎の文、何時になったら諦めてくれるのだ。とうとうななしは痺れを切らし、もう一度法正に相談するべく怒りで足を鳴らして部屋に向かう。毒薬を盛る事は流石に出来ないが、それ以外でも何かしら対策はあるだろう。能無し小娘が一人悶々と日が暮れるまで考えていても見つかる筈もない、ここは軍師の力を借りた方が余程戦力になる。

「法正さん、いますか?」

扉を叩くがいつもの声が返ってこない。留守なのだろうか、仕方なく引き返そうと踵を返すが。

「………置き手紙しておこうかな。」

こちらは何時でも暇なので、用を済ませた彼から来てもらえれば話は早い。急ぎ文を書き記して再び彼の部屋に立つ。中に人がいない事を再確認してそっと部屋の中に入り込めば、机には案の定大量の書簡と何故か真っ白な紙。

その紙に見覚えあるがまさかそんな事はあるまい、と彼女は何気なしにひっくり返してみると、目を疑う様な文章が飛び込んで来た。








「………………嘘。」



この手紙に見覚えがある。この文体に見覚えある。

「………………そんな………まさか…。」

いつの間にか真後ろにはいつも感じる気配、なのに氷の様に冷たく全身の血の気が一気に引いてしまう程にそれは無機質なもの。

「俺からは、もう逃げられませんよ。」

返って来る筈もない低く嬉々とした声は、耳元で幾度も反響して途端に意識は暗闇に溶かされた。





















「……………………やめっ………い、ぁ……っ!!」

この部屋は泣き叫ぶ声も届かない程に深く冥い。手足に縛られた枷は鈍い音を擦らせて地面を悪戯に引っ掻いていく。

「全く、俺とした事がとんだ不始末を。」

「どうしてですか………っ、私…法正さんに何か酷い事……しましたか……!?」

「そうですね、酷い事なら幾百にも喩えましょうか。本当に憎いですよ、俺以外の奴と仲睦まじく会話している事が何よりも煩わしい事この上ない。」

どうりで人と居る時に感じる気配だ。それは嫉妬というにはあまりにも歪んでいて、その愛が潰れてしまう程に重い。ななしの慕う思いは尊敬の意を示していたが、どうやら法正の慕う思いは愛情の意を示していたようだ。しかも相当質の悪い愛情であり、一方的な愛情。

「ならば、今の内に奪ってしまうのも悪くはないと思いましてね。」

乱れる衣類を無理矢理剥ぎ取ると、誰も穢した事のない無垢なる肌が曝け出される。鋭く睨む法正は膨らみの片方を愛撫し、ななしの顎に手を添えては口付けを施した。

「んっ………んんっ……!!」

「貴女は俺だけを愛慕い続ければいいんですよ…………そう、その両眼は俺だけを見ていろ。」

くつりと喉を鳴らして再び唇を重ねると、舌を奥まで捻じり込ませて唾液を複雑に絡ませる。息をする事も叶わずただひたすら酸素を奪われて口内を侵されていく。色付く頂を指で捏ねりながら激しく弄ると、痛みと快感が同時に襲いかかった。

「はっ、ぁ……っ、だ……め……っぁあ!」

「嫌なのに感じるなんて、淫乱にも程がある。」

ぐりぐりと指の腹で押し付けてぎゅっと摘むと、身体をびくりと震わせて潤んだ目を瞠目させる。甲高い嬌声を木霊させては法正の胸板へと頭が凭れかかり、荒く不規則な吐息を漏らした。混ざった唾液は口端を伝って床に落ち、満足に息も出来ない位に苦悶した。

「俺の手で逝く感覚はどうだ、たまらないだろう?」

「…………っ、………私……心から、尊敬していたのに……っ。」

「ああ、どうせその尊敬は愛では無いのだろう。そんな誰にでもある様なありふれた気持ちを受け取る気はない。」

足の枷が外されると同時に開かれ、あられもない姿が曝け出される。生娘であるそこは誰も触れぬ神聖な場所、法正は嬉々として口角を吊り上げた。

「貰うのであれば、誰も知らぬ貴女そのものだ。」

指で膨らむ秘豆を押せば四肢は敏感に跳ね飛んで悲鳴に近い声が上がる。とことん攻め立てるように小刻みに振動させていけば無意識に溢れ出してくる愛液。

「……っは、身体は素直ですね、随分と喜んでいるみたいで次から次へと止まりませんが。」

「ひっ、……ぅ、あ……っん……ああっ!!」

止まる事なく溢れる液を指で絡め取り、未だ膜に覆われるそこに向かって挿入させる。裂ける、まではいかないがそれは当然痛みを伴うものであり、ななしは涙を散らしながら大きく首を振った。

「前戯をしておかなければ、痛みは増すぞ。」

長い指を蠢かせ中をこよなく支配していく。ななしは絶望なのか快感なのか認識出来ずただ甘ったるく喘ぐ事しか出来ない。嫌と思えば思う程に惹かれていく心は歪みの始まりであり、受け入れてしまったら最後この部屋からはもう出られない。慕う心が別の何かに書き換えられていく事すら認知不可能までに至る。

「ん………っ、ぅ………も、だ……め…。」

かつてない快楽がひっきりなしに襲い掛かり、その屈した身体も意思も最早法正の物と言っても過言ではない。その歪みきった愛を受け入れるしか術は無い、彼の欲が余す事無く注がれるしか。

「まだ、意識を飛ばすには早いですよ。……とっておきを味わってもらわないとな。」

乱れた髪を艶めかしく掻き上げては己の男根を取り出す。それはななしにとって未知なる物であり、酷く恐怖と不安が押し寄せるが、濡れた膣に宛てがわれると先程とは桁違いな激痛が電撃の様に走った。

「ーーーーいっ………!!っあ、……や、あぁっ!!痛い………っ、やめて…くだ、さ……っ!!」

「これで貴女は俺の………だな。」

ぎちぎちと肉壁を押し広げて強引に侵入し、限界の奥底まで徹底的に犯し尽くす。繰り返す萎縮に呻きを吐き捨てながらも律動を始めていくが、潤滑とはいえ異物を受け入れない中は法正を苦しめ、眉間に深く皺を刻ませた。

「ぐ………なかなかどうして、きついな。」

「あっ………ん、………!」

腰の動きを除々に速めて激しく出し入れを繰り出し、狭い肉壁を何度も擦り上げればななしは咽び泣きながらもそれに応える。手枷が手首に食い込んで軽い痣が出来上がっているが、それすら鈍ってしまう程に情事は脳を麻痺させ狂わせた。結合部から奏でる厭らしい水音が二人の淫する行為を物語り、滅茶苦茶になっていく寝台。

息を切らせて虚ろう法正はななしの頬に手を滑らせ恍惚として色気ある表情を向けた。

「嫌と言っても、離しませんよ。ななし…貴女をとことん愛してしまいましたから。故にこの悪党の愛を死ぬまで受けて貰おうか……。」

ああ、と法正は思い出したように続ける。

「それとも、かつて貴女に助言としてお話した劇薬を飲ませますか。俺が憎いのであればそこに置いてある液体をどうぞ……飲ませて下さい。」

そうすればこれからは陰湿な付き纏いはされなくて済むな、そう目で語る法正はかつてない位に哀しく笑っていた。

だが出来る訳がない、無理矢理犯されているとはいえ慕っている心は偽りではない。それが例え狂った愛情でも殺意までたどり着く事はないのだ。




ああ、そうか、この慕っていたであろう心も本当は。







「……………い。」

「…………今、何と。」

僅かに動かす唇を見て、法正は静かに笑みを浮かべた。

「…………貴女なら分かってくれると思いましたよ。誰よりもお人好しで、壊れそうな程優しい心の持ち主でしょうから。」

勿論俺の子を孕んでくれますよね、子宮へ直に衝突する位に思い切り穿てば濃厚な液を射出してどろどろと流れ込んでいく。喪った証である鮮血と白濁液がとろみをつけて結合部の隙間から床へと重く落ちた。

「あぁ……っ、また、いっ…ちゃ………ん、ぁああ!!」

「ああ、快楽に果ててしまえばいい、存分に堪能すればいい、俺の全てをその身に刻めばいい。」

ななしは熱流動を下腹部に感じながら、幾度も訪れる快楽と欲を永遠と思わせる程に受け続けた。










「………そうか、俺の子が出来たのか。」

暗い部屋でななしの腹を擦れば感じる鼓動、閉じ込めてたあの日から毎日愛し続けて漸く身籠ったその躰。彼女の表情は浮かないが、決して嫌な顔はしていない。

「……貴女はもう、一人では逃げられませんよ。」

ななしの髪をそっと撫でて法正は満足そうに目を閉じた。




(知られたならば閉じ込めるまで)




お礼文