それでも君が隣にいるのならば

今宵も桃の花は枯れる様を知らずに美しく満開に咲き誇っている。少々肌寒い風に乗って舞い散る淡い花弁は、立ち尽くす乙女の髪を掠めては汚れた地を華々しく彩った。

「ここにいたのかい、ななし。」

足元に敷かれた花弁をぼんやり眺めていると、僅かに控えめな、優しく穏やかな青年の声が聞こえた。

「…………徐庶様。」

心の中に秘めたる想いを振り切るように薄い唇に柔らかい笑みを作って彼の呼び声に答える乙女、ななしは、風に流される髪の毛を軽く纏めて小さくお辞儀をした。

「徐庶様、だなんて、畏まらなくてもいいのに。」

「……………そうですね。」

「………今の君にとっては、俺の存在がそう視えるのかい?」

悪戯っぽく問を返せば、ななしは眉を下げては困り顔で目を逸らしてしまう。

「やっぱり、後悔してるんだね。」

「いえ、そんな事は。」

「いいんだ、俺の我儘に付き合わせてしまった、憎むべき相手と言っても過言じゃあない。」

一体何を道連れにしたのか。それは、自分にとっても彼女にとっても運命を大きく変える出来事で有る事は間違いない。

徐庶の母が魏の捕虜になったという話を手紙で知り、動揺で頭が真っ白になったのはごく最近の話。それを機に、やむを得ず劉備殿に別れを告げて魏軍に下る事になってしまったのだ。

が、それと同時に、恋仲となっていたななしまでも巻き添えにしてしまった。

当初、ななしの故郷とも言える蜀から彼女を引き離す行為に心苦しいと感じていた徐庶だが、それと同時に愛という他念が彼を更に葛藤へと追い込む事になる。このまま一人で魏軍に赴けば、生涯において会えなくなるかもしれない。それに、独りになった彼女が他の男と結ばれる事など、誰が想像するか……徐庶にとっては殺めかねない、最も最悪な結果である。

そんな初めて心から愛した女性と引き裂かれる運命に心を掻き乱されるような衝動に陥った彼。



気が付けば、その手を取って、二人でこの地に立っていた。



「………忌む事も、後悔も、何一つとして此処にありません。」

「ななし…………。」

力強い瞳は徐庶の迷いを射抜かんばかりである。

「………でも、せめて。」

「……………?」

すっと、途端にその瞳は弱々しく伏せられて、細い指先は緊張で撫でたり触ったりと今の心理を覗かせている。


そんな刹那の笑みが、何処か花のように儚げで。


「今までと変わらず……愛してくれますか。」

「……………ななし……………!」

ああ、俺は、なんて最悪な男なのだろう。彼女を悲しませる事が幸せへの近道だなんて、可笑しいにも程があった。見知らぬ土地に囚われた彼女の心境を思えば、涙の一つも零さない力強き意思など、全て虚偽で塗り固められた形でしかないのに。

こんな事なら、あの地で誰かと暮らす最愛の彼女の幸福を願って虚無に剣を振るっていた方が幸せだったかもしれない。しかし、今となっては全てが遅い事。嘆いた所で二度と戻る事の出来ない謂わば茨の道。

「…………すまない………本当に、すまない………。」

泣きたいのはななしの方なのに、なんて無様な涙だ。見苦しいから、やめてくれ。

それでも、霞んだ視界の中で薄っすらと視える彼女の手の広げた姿、それが堪らず愛おしくて。睫毛を濡らしたまま徐庶は静かに駆け寄ると、震える彼女の身体を抱き締めて、強く強くしがみついた。

「好きだ………心から言える………君を離したくない………愛している、死にたい程に愛しているんだななし………ななし…………!」

「元直、様…………。」

「散々苦しませた事は分かっている!罪を背負う覚悟は幾らでも出来ている!………だから、だから………。」

言の葉が放たれる毎に弱々しい声色へと変わっていく。背に食い込んだ爪がどれだけ悲痛な叫びかを物語り、血と共に巡るが如くななしの心へと深く染み渡った。

「……元直様、それは違います。確かに、家族や仲間に別れを告げる事なくあの地を去った事は、名残り惜しいです。それだけ思い入れのある場所でしたから………。」

「………………。」

「ですが、それでも、私は、貴方を好いたその時から元直様と共に生きると誓いました。どんな苦境が待ち構えていようとも、最期迄お側に居る気持ちです。」

例えそれが未知なる道でも。僅かに距離をおいて、ななしは徐庶の濡れた瞳を優しく袖で拭い取る。蜻蛉のような、今にも消え入りそうな表情に、ななしは思わず苦笑いを見せた。

「貴方は決して弱くなんかありません。それは私が一番知ってます。」

「……………ああ、君は………強くて、眩しい………。俺と違って、真っ直ぐな目をしているんだね………。」

ひらひらと、花弁が落ちては静寂な時を刻んでいく。そんな時を忘れたように徐庶は彼女の胸元に顔を埋めたまま、泣く事を堪えるように喉をつまらせて肩を揺らした。一方のななしは、涙で衣服が濡れる事も気にせず、その大きく逞しい背をそっと撫でて落ち着かせる。

確かに、心細い。辛うじて曹操が彼に免じてこの身を許してくれたとはいえ、やはり置かれる立場が息苦しい。蜀に戻れる希望が少しでもあるのならば、今すぐにでも帰って家族に泣きつきたい位だ。だが、それではこの地に残された愛すべき人はどうなる。自分だけ帰れば、それはそれできっと死ぬまで後悔するだろう。そう、死ぬまで、一生。

故に、かつて愛したものと、これから愛するもの。どちらか一つを絶対に選ばなければならないとしたのなら、私はきっと迷わない。

何より、今の貴方の方が、私なんかより余程辛い。


「……………元直様、そろそろ戻りましょう。冷たい風はお身体に障りますので……。」

「…………君は、どの位の間ここにいたんだい。」

「…………時間は覚えていませんけど、それなりに眺めてました。あまりにも、この桃の花が美しかったので。」

「……………。」

「花は儚いと思われがちですが……私はそうは思いません。誰も何も言わないのに、毎年同じように綺麗に咲き誇る生命力は、本当に凄いです。」

「俺も、こんな風に強くなれたら………つくづく、そう思えるよ。」

一呼吸置いて彼は漸く身体を離し、すっかり濡れてしまった胸元辺りを見ては、申し訳なさそうに眉を落とした。

「ええと、すまない、部屋に戻ったらその服………。」

不意に黙りこんで神妙な面持ちで見つめる徐庶に、ななしは不思議そうに笑って

「………?えっと、気にしないで下さい。乾けば大丈夫ですし。」

と、歩みを再開させる。

そうして何も言わないまま部屋に戻ると、徐庶は灯りも付けないまま、彼女の手をそっと握った。

「………元直様?」

「……………ななし……………。」

耳元まで寄せられる顔、


君を抱きたいんだ。


闇に溶けるような囁かれた言葉に、ななしは目を丸くさせて全身を硬直させた。

「あ、あの………。」

「こっちに来てから、その……顔を合わせづらいとか、色々と申し訳無い気持ちで、なるべく距離を置いていたから……。」

「………もしかして、」

その予感は的中した。向こうで抱かれた時からずっと彼は、吐き出してないままだ。

「………いい加減苦しい、って言ったら、分かってくれるかい?」

手の平から手首、するすると撫で下りていく指先が擽ったくて咄嗟に瞼を閉ざすが、背後に後ずさる度に徐庶の攻めも極めて好戦的になるのが分かった。

そう、彼は逃げるとこうして追ってくる。この時ばかりは攻めの手をよく知っているから、流石は軍師、とも言えよう。

「分かります………でも、まだ心の準備が………!」

「駄目なんだ……俺にはそんな余裕がない………。」

暗闇でも分かる程に欲情的な息遣いと寂しいと潤んだ瞳。大好きな声色ながら官能的に耳元で囁かれ、ここまで言い寄られてしまったら、こっちとしても非常に断りづらい。しかし、そんな甘い考えだとあっさり彼の手中に収まってしまう訳だ。

「あっ………。」

気を抜いたのも束の間、涙で未だ乾ききっていない衣服に手を掛ける徐庶。

「着替える必要はないよ。ここで脱いでしまうわけだから、ね。」

なすがまま開ける衣装は、はらはらと翻すように床に散らばり、まるで先程まで見ていた花弁のよう。そこから覗かせるのは思わず生唾を飲み込む位に柔く白い肌。

「………んっ!」

がぶり、呼吸置く間もなく果実を貪るように一齧り。豊満で丸みを帯びた胸の飾りを舌で舐めとると、優しく歯を立てて、銀の糸を繋ぐように離れる際も舌先を最後まで伸ばした。

「は………ぁ……、………元直、様……。」

「君の香りがする………とても、落ち着く香りが。」

すん、高い鼻を小さく鳴らし、ぷつりと糸が途切れる度に口の中に含み入れると、もう片方の手でも器用に揉みしだく。あまりの快感にななしも唇を噛み締めて、徐庶の後頭部を掴みながら無意識に己の身体へと寄せていった。

「ん………まるで、強請っている、みたいだ。」

「やだ………っ、そこで喋っちゃ………!」

「だって、ななしが俺にしがみついているんだよ……?」

厭らしく舌遣いで水音を鳴らせば、ぞくりと身を身震いさせるななし。次第にずるずると膝から崩れ落ちて徐庶に凭れかかる体勢となる。

「こっちの方が、楽かな。」

衣類を全て剥ぎ取り、予め敷いておいた寝床に彼女を寝転がせば、未だ初だと言わんばかりの恥ずかしさを見せるななし。自分にしか見せないそんな姿がどれだけ愛おしいか。徐庶は自分の衣装を部分部分開けさせながら、満足そうに目を細めて笑った。

「本当に、俺には勿体無いくらいの女性だよ。」

太ももからするりとなぞるように大きな手で匍い、曝け出された蜜壺に指を宛てがうと、ぬぷりと鈍い音を立てて奥へと厚い肉壁を潜りながら這い寄る。

「は、ぁ…………う……っ…。」

「ななし、もっと声を出して……聞きたいんだ……。」

二本目の指もすんなり挿れれば、その刺激で身体が跳ね上がり、唾液塗れで光る胸が艶めかしく揺れ動く。そんな無意識ながらも淫らに誘う仕草に、徐庶も伏し目がちに少々困惑した。

「存外、身体は………素直だね。」

「あっ、………それ、嫌ぁ…っ…。」

「嫌なら、抜こうか……?」

でも、それも嫌だって言うんだろう?

言葉の意味をそっくりそのまま示すように中の締め付けが一層強くなり、仕込んだ指が奥へと飲まれていく。同時に彼女の顔が恍惚に火照り、首を横に何度も大きく振った。

「ああ、可愛いな………。本当は凄く気持ちがいいんだよね、知っている。君が好がる所は隅から隅まで知り尽くしているから……。」

「だめ………っ、あぁ……ん…!」

このまま絶頂まで誘われるかと思いきや、寸前でその蠢いていた指は引き抜かれる。抜いた指は根本までしっかりと粘液が纏わりつき、今もまだひくつく入り口から指を追いかけるように温い液が泡を混ぜて溢れ出していく。

「でも、今度は俺の番……。指だけで逝って欲しくはないから。」

暗闇に目が慣れたのか、徐庶が取り出す物がいつも以上に雄々しく反り立っており、挿れるだけで今にも吐出してしまいそう、否、しても不思議ではない。蜜壺にそろりと密着する男根を触ってみると、それだけで刺激が強過ぎたのか液体を滲ませてびくりと震えた。

「はっ………あ、う………ななし、触ったら俺………。」

「ご、ごめんなさい……つい。」

再び涙目で訴える徐庶は、先程まで見せていた余裕など何処かに置いてきたようだ。捨て犬のような眼差しを向ける彼、可愛いだなんて言ったらきっと拗ねてしまうだろう。

「ずっと………我慢していたのですか………。」

「………ごめん、それだけ君以外何も考えられなかった。」

「………嬉しいです。私の事を思ってくれた、その気持ち。」

乾いた涙の筋が残る頬に触れると、徐庶は強張っていた頬を緩めて精一杯の笑みを見せてくれた。

と、そんな隙を見せていれば、下腹部は容赦なく挿入されるわけで。

「…………っ、あ。」

「……ん、痛みは、感じなかったみたいだね。」

あっという間に奥へと侵入した根は肉壁を押し広げると、溢れる液の潤滑を利用して肌と肌を隙間なく接着させた。久しく入ってくる異物に刺激を受ける中は、衝動的に彼の熱に対して激しい締め付けを行う。

「はっ、う……ぐ………久し振りの君の中は、熱くて………溶けてしまいそうだ。」

「やっ、あ………動いちゃ………!」

「身体が……疼いて仕方ないんだ……ななしが欲しくて……。」

上下に動く度、ぎゅう、と搾り出すような感触が徐庶を襲えば、低く声を唸らせ、煩悶せざるを得ない。

「………手加減が、出来ない………俺にも止められない。」

出して、挿れて、腰を打ちつければ花弁の如く飛び散る交り合った液体。その場に投げ出された寝床も衣装もすっかり色を変えて、頭の中はただ彼女を抱きたい事だけでいっぱいだった。自分の下で啼いて求めて喘ぐ姿が、何より愛し愛されている証で。


それでも、君の顔を見る度に、あの花に攫われてしまいそうな面影が脳裏に焼きついて、今もこうして胸が締め付けられる。

居なくなるのが怖くて、縛り付けたくて、彼女を見惚れさせた桃の花が業火に灼かれる様を思い浮かべる自分が酷く恨めしい。

………ああ、結局矛盾しているんだ。彼女の幸せを願う自分と、俺の幸せを望む自分と、そのどちらもが。


故に、最期に灼かれるのは、きっとー


「元直様………。」

縋るように伸ばされる手を徐に握り返して、がら空きの唇で彼女の真っ白な肌に深紅の痕を絶え間なく刻み、最後は濡れた薄い唇に深い口付けを施す。口端から時折漏れる嬌声を聞きながら、全身を大いに奮い立たせて、

「………っ、あ。」

びゅっと、止めどなくどろどろと流れる種は、痙攣を起こす彼女の最奥の部屋へと満たされていく。収縮する中に合わせて自身の熱も脈打ち、今までの物が全て吐き出されてどこか清々しい気分だ。入りきらない白濁液が太ももまで流れ落ちると、その粘液と生温さに彼女の全身が敏感に震える。

そんな欲を満遍なく散らして息をするのもやっとな徐庶は、ぐらり襲い掛かる眩暈に何とか堪えながら草臥れるななしの身体を抱き締めた。

「……ああ……ごめん……。」

「………謝らないで、下さい。」

「……………愛している。」

「………私もです……。」

「この先も必ず君を守る……約束だ……だから、俺を信じてついてきてくれ……。」

「…………大丈夫です、信じてますから。」

誓いの口付けを交わす折、幸福に涙を落とした彼女の顔が、何よりも美しかった。












「…………行ってくるよ。」

「………はい、お気をつけて。」

今では青色の衣装も当たり前の日常になって、彼女との約束を交わした日から己の中で何かが吹っ切れたような気がした。かつて蜀軍の証だった緑色の衣装は捨てず、今も何処かで故郷を思い続けるななしに託していつしか御守代わりになった。

「……………………。」

長年愛用にしていた撃剣は前と違って随分と黒ずんでしまったようだ。それはまるで自分の心を映しているかのようで、だが、そんな淀みが今ではお似合いなのかもしれない。

「……………必ず、」


そう、俺は、必ず。




(また来年も、綺麗な桃の花が咲くのだろう)

(君が隣にいるならば、きっと)




お礼文