雪に包まれて貴方と共に微睡む

ゆっくりと目が醒めると、ひんやりとした空気が生温い肌を突き刺した。

「…………。」

寒い、雪でも積もっているのだろうか。昨日は雪がしんしんと降っていたが、土にかかるかかからないかの程度だった。夜中も降り続いていたとすれば、おそらく外は雪景色になっている筈。

「…………殿、ななし殿、起きてますかな?」

外から聞こえるは陳宮の声だ。寝惚けていた頭を覚醒させ、せっせと身支度を済ませると扉を開ける。

「すみません……今起きました。」

「なんと、折角の眠りを妨げてしまいましたか……申し訳ない。」

申し訳無さそうに深々と頭を下げる陳宮にななしは慌てて手を振った。

「い、いえ!こんな時間まで寝ている私がいけませんので、どうか気を落とさず……!」

その言葉を聞いて陳宮はほっと胸を撫で下ろす。

「そ、それはそうとななし殿、外の景色を見て下され!」

高々に声を張り上げる姿を見て、外の方へ見やると

「…………わぁ、綺麗な雪景色!」

辺り見渡せば、そこは幻想的な銀世界。あまりの美しさに目を爛々と輝かせて立ち尽くすななし。

「やはり、雪が降らぬ土地にいたななし殿にとっては珍しいですかな?」

「はい、あちらでは四季折々を楽しむ事なんて出来ませんでしたので……。特に雪は私にとって稀有な出来事ですね。」

以前住んでいた町は乾いた土地が多く、雨すら降る事が少なかった。故にこの雪はななしにとって珍しいものだ。

「なれば、なればこそ、今は十分に楽しんでくだされ。こうして穏やかな日々を過ごせるのもそう多くはありませぬ故……。」

陳宮の言葉にななしの表情が若干ながら曇り始める。今は戦の真っ只中、しかもこの戦いで雌雄が決すという、正に生涯で最も重大なる時なのを思い知らされる。此処の総大将である呂布と陳宮の関係は、もはや彼の意見すら通してもらえぬ程に険悪化している。蛮勇を奮う呂布の行動次第で全てが決まる、この雪と共に散って逝くか、長閑な春を迎える事が出来るのか。

「…………殿、ななし殿。」

気が付けば目の前に陳宮の顔、ななしは驚いて一歩後退る。

「は、はい!すみません……あまりの綺麗さに見惚れて………。」

「………私には、もっと別の事で悩んでいるように見えましたぞ。一体、一体何を考えておいでで……。」

陳宮の目はすぅと細められ、まるで全てを見透かした事を前提で問いを掛ける。軍師に嘘など通用しまい、ななしは誤魔化す事を諦めて正直に物申した。

「不安なのです……もし、この戦いで、敗北を喫したら、私達はどうなってしまうのかと。いえ、陳宮様が、私の前からいなくなってしまったら、と。」

「ななし殿…………。」

手にしていた兵法簡に力が籠もる。彼女をここまで連れて来た理由は陳宮の願いを以ってした事、愛する者だからこそ最後まで側にいて欲しいと想ったからだ。しかしこの戦で勝てる見込みがほぼ見当たらないと気付いた頃、なればこそ、彼女だけはどんな事があっても生き延びてもらわねばと結論づけた。今まで辛い思いをさせてきた分、必ず魏の手からは逃そうと、己が武器とする最大の知略を以ってななしだけでも。

どうか、この陳宮を忘れ、平和に暮らしてほしい。しかしそう思っていても、彼女には全て分かっているようで。

「………私は、最後までお伴します。貴方だけ、辛い思いさせるわけにはいきません。」

「…………見透かしたつもりが、逆に見透かされましたな。ですが、ですがななし殿………。」

「今更、陳宮様のいない平和な時間を望めません…。私を幸せに出来るのは、貴方だけ………。一人になる方が、余程辛いです……。」

彼女はゆっくり屈みこむと、両手で雪を掻き集めて何かの形を生み出していく。そうして大小二つの丸を重ねてはそれを陳宮に見せた。

「生まれて初めて作りました、雪人形。町の子供達が土でよく作っていたのを見様見真似しただけですが。」

小さな掌には大きな雪の人形。それを笑顔で差し出すななしに、陳宮は思わず伏せていた感情が込み上げてしまった。

「勝ちますぞ……私は。全てを懸けて、此の戦……必ずや勝ち取り、貴女の元へ帰る事をお約束致しましょう。」

「………はい、待っています。必ず私の所へ帰って来る事を。」

しんみり降り続く雪を見上げ、灰色の空を遠く見つめていると、不意に引かれる手。

「………陳宮様?」

「愛してますぞ、この命尽きるその時まで。」

冷えた身体を温めるように抱き締められ、強くなっていく抱く力に、ななしも嬉しさと哀しさが込み上げてやまない。死を覚悟したその目、野心を燃やし続けるその心、相容れぬ二つの思いが混ざり合いななしの心に直接流れ込んでくる。

「………はい、私も愛しております。このまま、ずっとお側に………。」

ふわり、ふわり、舞い降りる雪に包まれながら、静かに二人は瞼を閉じる。もう一度抱き締め合うその時を信じながら。



















「ああ陳宮様、雪が微睡み、春が近づいて参ります。」

緩やかなる雪解けを眺め、ひっそりと佇む女。その隣で茶を飲みながら穏やかに微笑む男。

「そうですな、もう直ぐこの地も桜が満開に咲きましょうぞ。」

「…………………。」

「いかがしましたかな、ななし殿。」

「いえ、この夢のような幸せ、いつまでも見ていたいものです。」

「夢では、夢ではありませぬ。これこそ二人が長らく望んでいた願い……。」

「………そうでしたね。」

戦が終わり、満身創痍ながらも帰還した陳宮に涙を流さずにはいられなかったななし。その傷だらけの身体を抱き締めて、何度も口付けを重ね合い、お互いの顔を見合わせた。

これで戦も終わる。彼とずっと一緒にいられる。その手を絡め合い、微笑みながら。




「……………………。」





ああ、この雪が溶けきった頃、夢か現かはっきりしてくるだろう。白い世界に埋もれた冷たい身体が目覚めた時、寄り添う者が笑みを浮かべる姿を瞳に映して。

「ななし殿……………。」

例えこの身が朽ちようと、魂だけでも、貴女の所に。




(このまま白銀に包まれて静かに眠ろう)




お礼文