「せんせ!今日はなにするのー!」
「んー?今日は、お外も晴れてるし、皆で鬼ごっこでもしようかっ!」
鬼ごっこに反応した子供達の喜ぶ声を聞きながら、彼女もまた嬉しそうに頬を緩ませていた。
ここはとある幼稚園。ビルが並ぶ街から少し離れた場所に創られ、森など自然に囲まれた環境に置かれている。その為建物や遊具も全て木で作られており、子供達は中でも外でも伸び伸びと遊べる空間となっているのだ。
そんな子供達に囲まれている一人の女性、ななしはこの幼稚園に来てから凡そ二年が経とうとしていた。それまでに数多くの子供達とふれあい、子供好きな彼女にとっては自分の居場所を漸く見つける事が出来たと喜ばしい想いを抱いている真っ最中である。
「それー!先生が鬼だぞー!」
「きゃー!鬼がやってきたー!」
こうして子供達に慕われていると感じる度、何かが満たされたようにポカポカと胸の奥が熱くなるのは未だに慣れない。ましてや学生時代からの夢が叶ったと思えば余計にそう感じてしまう。
「はい!竜太君つかまえた!」
「せんせーはやいー!」
「でも、前より、かけっこ速くなったね。いや、すごいよー!先生もうヘトヘト!」
大袈裟に疲れた仕草を見せればそれを見て笑う子供達。こうして彼らの喜怒哀楽の成長を間近で見る事が今の幸せでもある。
「先生もう走れないやー!」
「ななしせんせー!はーやーくー!」
本当に、子供の成長は早い。
今日も今日とて充実した時間を過ごし、全ての仕事が片付いてのんびり帰り支度をしている時だった。
「お疲れ様でした。」
時計を見れば七時をとっくに回り、外は既に真っ暗闇。冬の謳歌とあってか気温も一気に下がってコートとマフラーが完全必須な気候になっている。
「ああ……。」
極寒の上に誰の声もしない空間は寂しいの一言に尽きる。昼間の楽しい時間はあっという間で、時間が過ぎるのは本当に早いとしみじみ実感した。
自分にも子供が出来れば、同じように気持ちが満たされるのだろうか。
「きっと我が子になれば、とことん甘やしちゃうんだろうなぁ。」
今でも甘いというのに、結婚して出産したらどうなってしまうのだろうか。
「待って、その前に、仕事か。」
仕事を取るか、結婚を取るか、これこそ我が人生の究極な分かれ道。
「うーん……それよりもまず……今日もお疲れ様、私……だよね。」
うんと背伸びをして一歩踏み出した時だった。
「ええ、お疲れ様です、ななし。」
「……え……法正さん?」
こちらに歩み寄る真っ黒な影は街灯の下を潜るなりハッキリと人の形を示す。会社帰りのスーツ姿で手を軽く上げて挨拶を交わす男の名は法正。
「いえいえ、法正さんも遅くまでお疲れ様です。でも、ここと会社ってそこそこ距離が………?」
「ああ、たまたまこちらの街に寄る用があったので。」
「そうでしたか、時間がピッタリ合って良かったです。」
「まぁ、この時間に出ると以前貴女から聞いていたので、良ければ一緒にどうかと思いまして、ね。」
それに、夜の一人は危険ですよ。法正は目を細くしてななしを嘱目した。
「そ、そうですよね。どうしてもこの時間帯になってしまうので、正直、一人は怖かったです。」
「なら良かった。貴女の恋人として俺も気が気でないですし。」
恋人という一言でななしの頬は暗闇でも分かるくらいに紅く染まり上がる。
「う、嬉しいです、素直に。」
「………ふ、素直で宜しい。」
駅まで歩く距離はそこそこ、それまで法正とななしは互いの仕事の現状について話題を盛り上げた。
「無邪気な子供を相手にするのは苦労ですね。俺には到底真似出来ない話だ。」
「そうですね……でも、触れ合っている内に、色々と見えてくる物もあります。確かに辛い仕事と見られがちですが、彼らとの絆を結べた瞬間が本当に嬉しくて。それに精一杯働きかけた分、必ず子供達が成長という形で返してくれる……そんな、大きな達成感もありますから。」
だから、頑張れるんです。小さな石を爪先で突いてななしは笑顔を返す。
「あ、そう言えば、ある男の子から『将来大きくなったらななし先生と結婚したい!』って言われちゃいました。可愛いですよね、あんな純粋な瞳向けられて言われたら余計に。」
「…………………。」
「法正さん?」
「………いえ、何でもありませんよ。」
そう答える彼の顔はやや仏頂面で、何となくだが何を考えていたのか想像出来てしまった気がする。
「………ふふ、私が好きな人は、世界で一人だけですよ。子供達は別の意味で皆大好きですけど。」
「別に嫉妬なんてしていませんが。」
「いえいえ、分かりやすいです。」
「……………ななし。」
「はい?」
「今、俺が結婚したいと言ったら……どうする?」
法正の表情は真剣そのもので、そんな突然の告白にななしの足は止まり瞳は瞠目した。
それは、いずれ覚悟しておかなければいけないことだと分かっていた。彼を心から好いている以上、その望みも叶えたいと願っていたから。
「俺は、お前との、子供が欲しい。」
「え………あ………。」
顎を指で持ち上げられて、その色っぽい唇は今にも吸い付きそうな程に近かった。掛かる熱い吐息は寒さとは別に背筋をぞくぞくとさせ、熱を孕んだ鋭い瞳に吸い込まれそうになる。
が、その距離はすぐに遠くなり
「…………はぁ、今こんな発言をすると余計に嫉妬心を剥き出しにしているような物だな。ましてや子供相手に……まるで幼稚な考えだろう……?」
自嘲するように歪んだ笑みを浮かべた。
「あの、法正、さん。」
「忘れろ、気にするな。」
「いえ、その。」
法正のコートの袖を握って、避けようとする彼の傍に詰め寄る。
「た、確かに、子供達との時間も大切で……今の、仕事をいきなり辞める……という、決断は、難しいです。」
「……………。」
「でも、でも……私は、法正さんを愛してます……!貴方との子供だって、凄く……欲しい……ですから………。ですから、その………!」
「分かった。分かったから、泣きそうな顔するな。」
「………ごめん、なさい。」
「……そりゃ、いきなり仕事辞めろ、なんて非道な事は出来ませんよ。一番のやりがいを取り上げるなんて事は、な。」
「……………。」
「気持ちが固まってからでいい。俺は、いつまでも待っている。」
「うう…………っ。」
その優しさが嬉しくて、苦しくて、天秤に掛けられない位に大切で。
「………ななし………?」
涙を頬に伝わせながらななしは、法正の頬を包み込むように手を添えて口付けを施した。
「……………!」
「……………嘘偽りない、私の、本気の気持ちです。」
「…………馬鹿、が。ギリギリで抑え込んだ理性を自らふっ飛ばす気か。」
低く囁いた愛の言葉は彼女以外には聞き取れず、互いに重ねた唇は暫く離れる事はなかった。
(心から愛するが故に、迷い、悩む)
(だからこそ、私は)