婚約戦争

あの物静かだった幼馴染が、見違える程に美しくなっていた。英才教育を受けてきた彼でさえ、その女の成長ぶりには驚きを隠せなかった。

「久しぶりです、士季さん。」

「あ、ああ。誰かと思えば……お前だったんだな。」

彼女の名前はななし。私とは幼馴染であり、れっきとした婚約者でもある。幼い頃の彼女はどちらかといえば内向的な性格で、いつも一人で本を読んだり遊んでいたりしていたのを今でもはっきりと覚えている。
親と一緒に家に来た際も、いつも影に隠れて一向に心を開かなかった。それどころかこちらから話し掛けても静かに頷くか、首を傾げるかの動作しかしない。

しかしある時、一瞬だけ見せたあどけない笑顔に、思わず心臓が止まりそうになった。

「なんだ、普通に笑えるのか。」

その正体を知りたくて、私は何度も話し掛けた。幼いながらも不思議と恋らしき感情を知ったからだ。

どこか目が離せない────ななしという存在。

時には無愛想な態度が腹立たしくて思わずちょっかいを出したりしたのだが、それが彼女にとって余計に警戒心を強めてしまい、顔を会わせる度に憂う顔を見せていたのが未だ記憶に新しい。
それからは次第にすれ違う日々が続いてしまい、名ばかりの婚姻関係を結んだまま、長い年月だけが経過してしまった。

それが10年と言う月日によって大きな変貌を遂げる事になろうとは。

栗色の艷やかな長い髪に白い柔肌、すらりとした四肢と程よい肉付きはより女性らしさを強調させていた。
ああ、真っ直ぐと見つめる大きな瞳に、思わず反らしてしまいそうになる。自分から呼び出しておいてなんだが、今すぐに帰りたいとすら思えてきた。

「なかなかお会いする時間がありませんでしたが、お元気でしたか?」

「まぁ、それなりにはね。そういう貴女はどうなんです。」

「私は……ええ、元気にしています。」

なんだ、この胸騒ぎは。何故私はこんなにも息苦しいんだ。恋なのか、これが再び訪れた恋というやつなのか。

「その敬語、どうにかならないのか。」

「すみません、まだ慣れなくて……少しずつ話しますね。」

恥じらうように口元を手で隠し、そっと目を伏せる彼女。何考えてるか分からない根暗人間がどうやってこんな大和撫子のようなお淑やか人間になってしまったのか、人生の途中で何があったのか気になって仕方ない。どこかで頭でも打ったのか。

「今日は、今後の事について話したいと思ってだな。」

「今後……ですか。」

「ああ、これでも私はお前の婚約者だからな。忙しいとはいえ、ないがしろには出来ない。」

正直、昔の性格のままなら私も乗り気ではなかっただろう。どうせ会っても不快感を与えてしまうだけだとこれっぽっちも期待していなかった。だが今の彼女は自分の理想と言っても過言ではない。

「………その事なんですが。」

「なんだ、何か言いたい事でもあるのか。」

「………………。」

「む、無言になるなよ。」

「私、結婚できません……。」

…………。

「は?」

「士季さん、貴方とは結婚できないんです……。」

「………何故だ。」

「それ、は。」

直後、携帯のメロディーが鳴り響く。彼女は慌てて鞄から取り出すと、

「ごめんなさい、電話に出てもいいですか。」

「………誰だ。」

「…………。」

バツが悪そうに口を噤み、表情に暗い影を落とした。間違いない、これは男からの電話だ。

「貸せ、私が出る。」

「ま、待ってくださ……!」

すかさず取り上げてボタンを押す。すると向こうからかなり低めな男の声が聞こえてきた。

「………おい。」

『………くく、何処かで聞き覚えのある声だな。』

「な……!お前は!」

『それより何故ななしの携帯に出ている?』

「ふ、ふん、これでも私はこいつの婚約者だからな。」

たった今破棄を求められたが。知った事ではない。

『ほう……?婚約者は好き勝手に相手の電話にも出るのか。』

「く……!」

私はこの男が嫌いだ。こうやっていちいち突っかかってくる所が癪に障る。

『言っておくが、俺だけではないぞ。お前の邪魔をする奴は、幾らでもいる……。せいぜい失わないように足掻くんだな……。』

反論しようとしたらブツッと切れた。どういう事だ、彼女の周りで一体何が起こっている。

「……………ごめんなさい、士季さん。」

「なるほど、長年会わない間に私以外の男に言い寄られていたのか。」

「………。」

図星だったのか、それ以上は何も言わなかった。今にも泣きそうな顔をして、携帯をそっと鞄の中に閉まう。

「………諦めるものか。」

「……え?」

「いいか!私は選ばれし人間!私の辞書に不可能という文字はない!だからこそ、絶対に婚約破棄などするものか!」

彼女は驚いたように目を見張るが、何も言わずに黙ってその姿を見つめていた。例えどんな手段を使おうとも、必ずななしを手に入れてみせる……!



20XX年、選ばれし人間は突如として幼馴染に婚約破棄を宣言された!
選ばれし人間とはいえ一度は心折れたかに見えた。しかし選ばれし人間であるが故にまだ諦めていなかったのだ!
これは、選ばれし人間が失われた愛を取り戻す為に、立ちはだかる男共に知略を尽して戦う物語である。










「だが、どうすればいい…!」

互いの空白が大きかっただけに、彼女の好きな物や嫌いな物が何一つ分からない。ましてや、こちら側が用意した物で満足するかどうかすらも不明。まずは、失った時間を埋めるべく中身を知る所から始める他ない。

「……誘いくらいは、受けるだろう。」

そうとなれば即座に実行である。勢い任せに躊躇いなく電話を掛ければ鈴のような声が鼓膜を擽った。不覚にも心臓が波打つが、なんとか平常心を保たねばと、鍾会は一呼吸置く。

「もしもし。」

「あ、士季さん。どうかしたんですか?」

「今日の夜、空いているか。」

「夜、ですか?……そうですね、実は今日の夜は皆さんと食事が……。」

「………そうか。」

「あの、明日なら大丈夫ですよ!」

「ならいい。明日、20時にこの前のレストランで。」

要件だけ伝えてすぐに電話を切る。皆と食事というのがどうにも納得いかないが、ここで急かしても仕方がない、明日までに色々と用意をしておくとしよう。









「どういう事だ、これは……!」

彼女の周りにいるのは賈充をはじめ夏侯覇、司馬師、文鴦、諸葛誕と、呼んでもいない面子ばかりだ!どうしてこうなった!

「士季さん……ごめんなさい、断ったんですが、どうしても皆さんも私達と一緒に食事がしたいとの事で……。」

「少なくとも私と食事をしたい人間は一人もいなさそうだが?」

「いやいや、皆で食事した方が盛り上がるって!な?」

と、夏侯覇は彼女に向かって笑顔。質問したのは私だぞ。

「くく、泥沼化しそうだな。」

お前が諸悪の根源そのものだろう。一番帰ってくれ。

「ところで……肉まんはあるんだろうな。」

これは例外だ。放っておいても大丈夫だろう。

「ええい、さっさと座るぞ、男が挙って暑苦しい。」

「じゃあ俺はここで!」

ちゃっかりななしの横に座るな。

あれよあれよと言う間に席は埋まり、自分の両隣は諸葛誕と文鴦という取っ付きにくい形となってしまった。肝心の彼女は夏侯覇と賈充という、一番厄介な連中と並んでいる。司馬師は……どうやら期間限定の肉まんフェアに目を輝かせながら瞬時に特別コーナーへと足を運ばせていた。どうにでもなれ。

「……ふ、さっさと座れと言ったのは誰だったか?」

してやったり顔の賈充は、既に勝ち誇った笑みを浮かべている。悔しいが今ここで怒鳴ったりでもすれば相手の思う壺だ、選ばれし人間が無様な姿を見せる事は絶対にあってはならない。

「べ、別に、好きに座ればいいじゃないですか。」

「そう、それでいい。流石は英才教育を受けているだけあって我慢強いな。」

「あのですね、余計な事言わないでくれます?」

幸い目の前がななしなので話せなくはないだろうが、両隣が素直に黙ってはいないだろう。少しでもアプローチするような事があれば真っ先に阻止せねば。

「皆さん、何か飲みますか。」

「まずは水貰いましょうか。」

「では全員分のお水お願いします。あと出来ればおしぼりも。」

自然と気を遣ってか率先して動こうとするななし。それが余計に他の者らの好感度を上げてしまう訳で。

「気遣いできる女子っていいよな。」

「うむ、私もそういう女性が理想……かもしれないな。」

「だよな!やっぱなかなかいないと思うぜ。」

夏侯覇と諸葛誕が会話をし始め、意見が一致した事で嬉々と相槌を打った。戻って来た司馬師と文鴦は何故か料理について話題が盛り上がっており、気が付けば彼女と話せるチャンスが巡ってきていた。

「なあ、ななし。」

「はい、何でしょう?」

ふわりと笑う表情に不思議と安堵を覚えるが、何やらそれを阻む視線がこちらに寄せられている。見ずとも分かるその冷たい物の正体が、自分を酷く忌避している事を告げる。

構わず鍾会は続けた。

「………好きな食べ物とか、あるのか。」

「好きな食べ物……?んー……今は洋食とか、ですかね。パスタとかオムライスとか。」

「なるほど。」

なら今度洋食店にでも誘ってみるか。

「ななし、それなら駅前にある洋食店が美味いぞ。」

ええい、何故ここぞとばかりに入ってくる!

「いいですね!ちょうど新しいお店を探していた所なんです。」

いや待て、それを逆手にとって近々その店に行けばいいだけの話か。むしろ探す手間も省けて好都合じゃないか。

「くく……なら今度行くか。俺が奢ってやる。」

かと思えば先手を打たれるという痛手。するりと切れ長目がこちらに向けられ、全てを見透かすかのようにゆったりと細められた。
まるで人を喰らう蛇。この男だけは、本気でななしを狙っている。

とことん、気に食わない!



その後は何気ない談話が続き、気が付けば時計の針は11時を指していた。

「あ……そろそろ帰らないと。」

彼女がそう言い出せば、全員が我先と言わんばかりに家まで送ると言い出す始末である。男共が揃いにも揃って見苦しいったらありゃしないのだが、かくいう自分だってその気持ちがあるのだから、嫌でもその内の一人に数えられる。ただ、その事を口に出さないだけで。

「いえ大丈夫ですよ。私一人で帰れますし。」

「いやいや、女の子一人で夜道は危ないって。」

心配そうに眉を下げる夏侯覇に、

「そうだな。何かがあってからでは遅いからな。」

うんうんと同調するように頷く諸葛誕。

「では、一番駅が近い者が送っていくのはどうでしょうか。」

何気に文鴦がそう言うと、皆々互いの顔を見合わせる。考えるように少し黙ったかと思えば、何やら視線が鍾会へと向けられていく。

「となると、だなぁ。」

「な、なんだ、その目は。」

「そうか、この中だとお前が一番近いのか。」

賈充はさぞ不服と言わんばかりに腕を組みながら低く呟いた。

「あ……確かに、士季さんなら私の家も知ってますよね。」

「あ、ああ。今も同じ所に住んでいるんだろうし、それなら話は早い。

……それに、鈍臭いお前だ。仕方なく私が送ってやる、感謝しなよ。」

本音言いたい事はそうではないのに、自然と口にしてしまうのは嫌味のような言葉ばかりで、鍾会は何故こうも素直になれないのだろうと苦々しく拳を握る。本当はこの中の誰よりも家に送りたくて仕方ないのに、プライドがそれを邪魔して、挙げ句の果てには要らぬ気遣いに助け舟を出される始末。

こんな性格だから、婚約を破棄されるのだろうか。彼にしては珍しく否定的な思考を巡らせて酷く懊悩した。

「それでは、お言葉に甘えてお願いしますね。」

そう口にするななしの表情はどこか浮かない。ああ、と一言告げて、鍾会はそれに気付かないふりをした。

鍾会が会計を済ませている間、他の者は店前で惜しみなく愉快な談笑をする。暫くして彼が合流すると同時に各々が別れの挨拶を告げて、帰るべき道へ歩みを進めた。

「……………。」

ただ一人、賈充だけがその場に残り、彼女の元へ行こうとする鍾会の歩みを阻むように小さく呟いた。

「せいぜい送り狼にならないようにしろ。」

「馬鹿を言え、私を誰だと思っている。」

「くく……どうだかな……お前の彼女を見る目つきは終始、獰猛な獣そのものだったが。」

「誰かさん達と違って私はそんな疚しい感情を顕にはしない主義でね。勘違いじゃありません?」

「だといいが。」

何かを見据えるように笑みを浮かべる賈充は踵を返し、静かに闇の中へと溶けていく。その背中を恨めしく睨みつけながら、鍾会はふんと見下すように鼻を鳴らした。

「一々癪に障る男だ。本当に、苛立つ。」

見透かされているからこそ、それは余計に。




「士季さん。大丈夫ですか?」

いつまで経っても来ない事に不安を感じたのか、ななし自ら鍾会の元に駆け寄る。

「ああ、問題はない。さっさと帰るぞ。」

雑念を揉み消すようにそそくさと歩みを進めようとすれば、彼女が不意に鍾会の袖を掴んだ。

「な……っ……何だ、いきなり。」

「少しだけお話、いいですか。」

かなり真剣な眼差しに思わず怯んでしまうが、ここで機会を逃してしまえば二度と分かり合えないまま彼女を失う事になる。それだけは避けねばならないと、鍾会はきちんと向き直りゆっくり視線を落とした。

「昨日の話の続き、きちんとしておかなければならないと思いまして。皆さんがいない今なら、ちゃんと言えますから。」

「………言ってみなよ。」

すう、微かに聞こえた呼吸は冷たい空気に溶ける。

「私が言いたかったのは、貴方とは【まだ】結婚できない、と言う事です。」

続けて彼女は話す。

「10年という月日は、あまりにも長過ぎました。それだけでなく、私はてっきり貴方に嫌われていると思ったからなんです。」

「嫌う?何故。」

「貴方の家に行く度、私を見ては不機嫌な表情を浮かべていたからです。当時の私は内向的だったから、それがとても悲しくて。話し掛けて来るのもどこか高圧的だったし、本当は私の事が嫌いで、婚約なんてしたくないんじゃないのか、と。

だから貴方に会えない間、他の人の優しさに触れてしまった事で次第に心が揺らぎ始めていたんです。」

「…………。」

あれは彼女があまりにも心を開かないから、少しでも近づこうと、人との関わりに人一倍不得手である私なりの接し方をしていたのだが、どうやらそれが裏目に出ていたらしい。

同時に、あれが最初で最後の笑顔だったのを、今になって思い出した。

「だからこそ、今の気持ちを知りたいんです。私を、どう思っているのか。」

「…………。」

もう一度ななしが笑った顔が見たいと、らしくない程に願ってしまった。

あの時から、彼女の全てに心奪われているのだ。

「………ははは、私とした事が、とんだ失態だった。」

「え?」

「いいか、よく聞け。

私は、お前に、誰よりも早く惚れていたんだよ。」

柔い頬に向かって手を伸ばし、そっと輪郭をなぞる。想像以上の滑らかさに鼓動が速まるが、みるみる紅くなっていく頬の熱を感じ取り、彼女もまた同じく鼓動を速めているのだとすぐに理解した。

「し、士季さ……!」

「昔みたいに士季って呼びなよ。」

「士、季………。」

「意外だっただろう?この私が嫌いどころか好きだったのだから。」

「意外どころか、予想斜め上過ぎてキャパオーバー……。」

「きちんと処理しなよ。私の気持ちを知りたいって言ったのはななしだからな。」

処理が追いつかないばかりに慌てふためく彼女の姿が滑稽すぎて、思わず口角が緩み上がってしまう。

「そ、それはそうなんですけど。いざそんな事を真っ向から言われてしまうとですね、私だって、心の準備が。」

「していたから聞いたんじゃないのか。」

「………その、結婚は、親の意思ではなく?」

「私がしたいと思っている。」

「どうして昔、私を見る度に凄く不機嫌な顔をしていたの?」

「お前がちっとも私に心を開いてくれないと思っていたからだ。……まぁ、私なりに接したつもりだったが。」

「じ、じゃあ嫌いだから不機嫌じゃなかったんだね。」

「違うね。むしろ、その……くそ、恥ずかしい事言わせるな。」

あまりの羞恥から血が頬に上ってくるのを感じる。いよいよ顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤になれば、それを見た彼女が鈴のような笑い声を響かせた。

「ふふ、良かった。私の事、ずっと好きでいてくれて。」

いつの間にか外された敬語と共に、自然とこぼれた屈託のない笑み、鍾会は瞬く間に心を揺り動かされた。やっと、求めていた物が手に入ったと。

「……この私がいながら、他の輩共に奪われてなるものか。」

「その言葉が聞けたから、私は安心して士季のお嫁さんになれるね。」

「嫁………そ、そうだ、私以外の嫁になる事は断じて許さんからな!」

上擦る声を辛うじて張り上げて、目を泳がせながらしどろもどろに乱れる鍾会。ななしはそんな彼の傍に少しずつ歩み、

「………私も、士季の事がずっと好きだった。10年経ってもそれは何一つ変わらなくて。
でも、士季にとっての結婚は、親のいいつけで仕方なくするんじゃないかなって思っちゃって。私だけが一方的に好きでも……士季が好きでもないのに無理矢理結婚する事が、凄く辛くて。だから、いっそ何もかも諦めてしまおうと思ったの。」

とん、と、鍾会の胸元におでこを寄せた。そんな彼からは香水ではなく彼自身の爽やかな香りがして、それを懐かしむように鼻腔を擽った。同時に逞しい腕が彼女を包み込み、離さないと言わんばかりに痛い程抱き締められる。

「10年の空いた隙間……これから全部、士季との思い出で埋めてくれる?」

「………当然だ。10年だけでは到底物足りないくらい、私で全て埋め尽くしてやる。」

婚約破棄を破棄してやる。鍾会は自信ありげに笑うと、彼女の柔く朱い唇を静かに塞いだ。












「なぁー、今度空いてる日にランチ行かないか?」

休憩中の夏侯覇が椅子にもたれながら彼女に話し掛けるが、それを阻むように鍾会が割り込むと、分厚い書類を彼の机に思い切り叩き込んだ。

「残ってる分、今日中にやっておいてもらえます?」

「いやいやいや、あはは……冗談だって。」

ふん、と不機嫌そうに口をへの字に結ぶ彼に、ななしがこっそりと耳元で

「士季、お弁当作ってきたんだけど……良かったら一緒に食べない?」

そう囁やけば、それはもう満更でもない様子で

「当然、私はお前の旦那だからな。」

旦那というワードをはっきりと、誰の耳にも聞こえるように発言する鍾会。職場だと恥ずかしいから!と胸板に顔を埋める彼女を尻目に、

「あー、なんであの人この会社に来たんだよ……。」

「……私にもよく分かりませんが、優秀だから、でしょうか。」

「ふ……大方、牽制だろうな。」

惚気は勘弁してくれと、皆が彼女に好意を寄せていたからこそ、今はこの光景がかなり堪える。特に賈充はその傾向が強い為か、

「本当に、お前には勿体無い位だ。」

─────とはいえ、もし一度でも悲しませるような事があれば、その時は容赦なく俺がななしを貰うが。

淀む視線に鍾会が気付かない訳がなかったが、彼女の笑った表情で緩やかにかき消された。





(嫉妬ほど醜いものはないですよ)