「徐庶さん。」
「ええと、どうかしたかい?」
今日もいつものように会社帰りに待ち合わせをして、一緒に夕食を食べて、それから二人で夜道を歩いていた時の事だった。
隣を歩くななしが俺の名前を呼んだのでそちらを見ると、彼女は少しだけ頬を赤らめてこちらを見上げていた。
その表情が何だかとても可愛らしく思えて、思わずドキリとする。
一体どうしたというんだろう? 何か言いたい事があるなら遠慮なく言って欲しいんだけど……。
そう思って彼女の言葉を待つと、やがて意を決したように口を開いた。
「あの……私達ってもうすぐ付き合って一年になるじゃないですか……。」
「あぁ、そうだね。もう一年前なんだなと思うと何だか不思議な気分だよ。」
「ふふっ、確かにそうですね。それで……もし良かったらなのですが、今度のお休みにどこかへ遊びに行きませんか?」
……成る程そういうことか。つまりデートのお誘いというわけだ。
俺はすぐに快諾すると、嬉しさを隠しきれず笑顔を浮かべた。
そんな俺を見て彼女もまた微笑む。
そしてそのまましばらく歩いていると、不意に立ち止まった彼女が真剣な眼差しで見つめてきた。
「実はもう一つお願いがあるんですけどいいでしょうか?」
「うん?なんだい?」
改まってなんだろうと思いつつも続きを促すと、彼女は恥ずかしげに俯きながら小さな声で呟くような声音で言う。
「……ぎゅってしても、いいですか?」
「勿論、構わないよ。ほら、おいで。」
そう言うなり両手を広げて見せると、それを見たななしはパッと花咲く様な笑みを見せた後、俺の腕の中に飛び込んできた。それをしっかりと受け止めると、腕の中で幸せそうな顔をする彼女にそっと囁く。
すると彼女はゆっくりと顔を上げて、潤んだ瞳でじっと見つめてくるものだから堪らずキスをしたくなったのだが、ここは外だしまだ早いかなと思ってグッと堪えることにした。
代わりに頭を撫でていると、しばらくして満足したのか身体を離す。
それからどちらからと言うこともなく自然に手を取り合うと、再び歩き出した。
休日になり、朝早くから目が覚めた俺は身支度を整えると早速家を出た。
向かう先は当然ななしの家である。
インターホンを押して暫く待っているとドアが開かれて中に招かれたので、靴を脱いで玄関へと上がる。
リビングに入ると既に朝食の準備が出来ていたので二人分用意してテーブルに着くと、向かい側に座ったななしと一緒に食事を摂り始めた。
食事中に今日の予定について話しているうちに、あっという間に食べ終えてしまう。
その後食器を流しに置いている最中に後ろから抱きつかれたので振り返ると、そこには満面の笑みのななしがいた。
「甘えても、いいかな。」
そう言いつつ唇を重ねるだけの軽いキスをする。
しかしそれだけでは物足りなかったようで、今度は舌を差し入れてきて絡め取られた。互いの唾液を交換し合いながら何度も角度を変えて貪るような激しい口付けを交わす。
ようやく解放された時にはすっかり息が上がってしまい、肩で呼吸をしていた。そんな俺の様子を見ながらクスリと笑うななしだったが、その目は情欲の色に染まっているように見える。
それに気付いてしまった以上黙って見ている訳にもいかないなと思った俺は、彼女を抱きしめたまま耳元に口を寄せると、わざと吐息交じりの声を出すようにして囁いた。
「……悪い子だね。こんな所で誘ってくるなんて。」
「んっ……だって徐庶さんとのキス気持ち良くて好きなんです……。」
ななしの言葉を聞いた瞬間、理性のタガが完全に外れてしまった。そのまま寝室まで連れ込むとベッドに押し倒し、服に手をかける。
すると彼女は抵抗することなく素直に脱衣を手伝ってくれたので、下着姿になったところで一旦動きを止めて彼女の姿を眺めた。
白い肌によく映える黒いレースの付いた大人っぽいデザインのブラジャーにショーツを身につけており、普段よりも色っぽく見えるその姿に思わず生唾を飲み込んだ。
そのまま無言で見入っていると、居心地悪そうに身を捩る。
「徐庶さん……あんまり見られると恥ずかしいです……。」
「あぁ、ごめん。あまりに綺麗だったからつい……。」
「もう……!そういう事は言わないで下さい!」
「あははっ、それは無理なお願いだなぁ。」
そう言って笑いながらも、視線は彼女の肢体から離れることはない。
やがて耐え切れなくなったらしい彼女が胸を隠すように腕を交差させると、顔を真っ赤にして睨んできた。
「もうっ、いい加減にしないと怒りますよ?」
「ええと、怒らないでくれ。君に嫌われたくないんだ。」
「……絶対に嫌いになんてなりません。」
そう言って彼女は俺の首の後ろに両腕を回してくる。
そのまま引き寄せられるようにまた口付けると、先程とは違って優しく触れるような口付けを繰り返した。
やがて名残惜しげに離れると、至近距離にあるお互いの顔を見つめ合う。
そしてどちらからともなく目を閉じて、もう一度唇を重ねた。
啄む様に何度か触れ合わせた後、少し開いた隙間から舌を入れ込んで絡ませる。
そのまましばらく続けていると、苦しくなったのか彼女がトンッと軽く俺の身体を押してきた。
そこでようやく我に返って慌てて離れたのだが、彼女は荒い呼吸を繰り返しながら潤んだ目で見つめてくる。
「……大丈夫かい?」
「はい……ちょっと苦しかっただけです。」
そう言いながら彼女は自分の手で頬を押さえて恥ずかしそうに微笑んで見せた。
そんな彼女を見て愛おしさが込み上げてきて、衝動的にぎゅっと抱きしめる。すると彼女も背中に腕を回してきて、同じように強く抱きしめられた。
しばらくの間お互いに相手の体温を感じ合った後、ふと時計を見るとそろそろ出掛ける時間が迫っていることに気付いた俺は、名残り惜しくも腕の力を緩めて彼女と向き直った。
そして額同士をコツンと合わせてから囁くような声で告げる。
「今日一日ずっと君の傍にいるから。だから安心して。」
「……うん!」
「じゃあ、そろそろ行こっか。」
最後にちゅっ、と音を立てて唇を重ねてから身体を離し、着替えるために寝室を出て行った。
二人で手を繋いで街へ出ると、まず最初にショッピングモールへと向かった。
ウィンドウショッピングをしながら時折目に止まった店に入って商品を見るのだが、その度にななしが興味深そうな顔で覗き込んでいるのが可愛くて仕方がない。
そのうちに何か欲しいものがあるのかと思い聞いてみると、特に無いと言う。
それなら何故そんなに熱心に見ていたのか聞くと、どうやら俺と一緒にいる時に身に付けられるものが欲しかったらしく、ペアリングやネックレスなどそういった類のものばかり見ているのだという。
しかしどれもピンと来なかったようで結局何も買わずに店を後にした。
その後も色々な場所に行って買い物をしたり、ゲームセンターで遊んだり、映画を見たりしてデートを楽しんだ。昼食を食べ終えた後は、公園のベンチに座ってのんびりと過ごす事にする。
空いている方の手でななしの手を握って指を絡めながら、他愛もない話を続けていると不意に彼女が口を開いた。
「徐庶さん、私今凄く幸せです。」
「うん?急にどうかしたのかな?」
「いえ、ただ何となく思った事を言っただけですよ。」
「そうか。でも俺も同じ気持ちだよ。」
「本当ですか!?嬉しい……。」
そう言うとななしが嬉しさのあまり勢いよく抱きついてきてくれたので、その華奢な体を抱きしめ返す。
すると彼女は更に密着するように抱きついてきたので、そのまま暫くの間抱きしめ合っていた。
その後、日が落ち始めた頃に家へと帰った。
夕食の準備をしている最中に、徐庶にお風呂に入るよう促されたので先に入らせて貰うことにするななし。
いつものように髪を乾かし終えてからリビングへ行くと、徐庶は既にソファで寛いでいた。
「おかえり。」
「ただいま、です。」
徐庶の隣に腰掛けて肩に頭を預けるように寄りかかると、そのまま優しく撫でてくれる。
それがとても心地良くて思わず目を細めていると、徐庶はくすっと笑ってから口を開く。
「君は本当に、可愛いなあ…。」
彼とと出会ってからもうすぐ一年になるが、こんな風に穏やかに過ごせる日々が来るなんて少し前までは考えられなかった。
あの時、私が彼に声をかけなければきっと今も一人寂しく過ごしていただろう。ほんの少しの勇気を出してよかったとつくづく実感する。
そんな事を考えつつぼんやりしていると、徐庶の手が私の顎を持ち上げて上向かせる。
不思議に思って首を傾げると、彼は優しい笑みを浮かべて顔を近づけてきた。そのままキスされると思った私はゆっくりと目を閉じる。すると予想通り唇に柔らかい感触が触れた。
何度か角度を変えて口付けを交わした後、徐庶は名残惜しげに唇を離すと、今度は頬に口付けてくる。そしてそのまま耳元に口を寄せると、吐息交じりの声色で囁いた。
「……今夜、いい?」
その言葉が何を意味しているのか分からないほど子供ではない。むしろ今まで何度も求められてきたのだから、その意味くらい理解していた。
それでも毎回恥ずかしさから小さく返事をするだけで精一杯なのだけれど。
「……はい。」
「ありがとう。じゃあ、そろそろご飯にしようか。」
そう言って徐庶は立ち上がると、彼女の手を引いて立ち上がらせた。それから二人でキッチンに向かい、並んで料理を作る。
やがて出来上がったものをテーブルに並べて向かい合って座ると、二人揃っていただきますと言って食べ始める。
食事中も終始笑顔を絶やさない徐庶を見て、この人と出会えて本当に良かったなと彼女は心の底から思った。
翌日、会社で二人は仕事を処理しながら雑談をしていた。ななしと徐庶は同じ部署だが、他の社員もいる手前、仕事の話しかしていない。
しかしそんな中、徐庶は昨日のデートについて話を振ってみた。
すると彼女は少し照れくさそうな表情をして答える。
どうやら喜んでくれたみたいだと思って安堵しつつ、また行きたいねと提案すると、彼女は満面の笑みを浮かべては大きく首を振って肯定してくれた。
その様子を見て徐庶もつられて微笑む。
「ところで、今日は何時頃までいられるんだい?」
「えーと……今日は特に予定は無いので定時までには帰れると思いますよ。」
「そっか、じゃあ今日もまた一緒に帰ろうか。」
徐庶がそう言うと、ななしはとても嬉しそうな顔で笑う。その様子に徐庶の心が温かく満たされていくのを感じた。
「もし良ければ帰りに寄りたい所があるんだけど……その、君に見せたいものがあるんだ。」
徐庶の提案に彼女は一瞬きょとんとした顔を見せた後、すぐに笑顔になって答えた。
「はい!是非!」
「よし、決まりだね。それなら早く終わらせないと。」
徐庶の言葉にななしは大きく同意して、再び目の前の仕事に集中する。
そんな彼女の様子を見て徐庶は満足気に笑いながら、自分も書類に視線を落とした。
終業時間になり、徐庶はななしと一緒に電車に乗る。
「どこに寄るんですか?」
「それは着いてのお楽しみだよ。」
「ふふっ、分かりました。」
ななしは楽しげに笑って徐庶の腕に抱きつく。
その行動が可愛くて徐庶の顔が緩んでしまう。そんな彼の反応を見たななしは嬉しそうに微笑んでいた。
しばらく揺られていると目的の駅に到着する。そこから更に歩いて十分程歩いたところに目的地があった。
「…ショップ?」
そこは小さな雑貨屋で、店内には様々な小物が並んでいる。
徐庶は店に入ると真っ先にアクセサリーコーナーへと向かった。
そこには指輪が数種類置かれており、徐庶はその内の二つを手に取ると、片方を彼女に差し出す。
「これなんかどうかな?似合うと思うんだけど……。」
徐庶に渡されたものを見ると、シンプルなデザインのシルバーリングだった。
しかしよく見ると内側に石が入っているようで、控えめに光っている。それを見ていると彼も同じデザインのものを取り出して見せた。よく見てみると内側の石の色は違うようだ。徐庶は青緑色、ななしは赤紫色をしている。
徐庶はななしに左手を差し出して、薬指に嵌めるよう促してきた。
彼女は言われるまま徐庶の手に自分の手を添えると、ゆっくりと指輪を嵌めていった。サイズもピッタリで違和感も無い。
彼は私の手を取りながら、愛おしそうに眺めてから口を開いた。
「うん、やっぱり良く似合っているよ。」
その一言を聞いて、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。それと同時に目頭がじわっと潤んできたが、何とか堪えた。
徐庶はその小さな涙に気付いたのか、優しく頭を撫でてくれる。
「ああ、喜んで貰えて良かった。」
それから徐庶は店員を呼び止めて会計を済ませると、そのまま店を後にした。
彼女はそっと彼の手を握ると、そのままぎゅっと握り返し、そしてお互いに何も言わないまま歩き続ける。
暫く歩いていると公園が見えてきた。徐庶は何も考えずにそこへ足を踏み入れる。
すると辺りはすっかり暗くなっており、街灯だけが頼りなく周囲を照らしていた。
徐庶は空いているベンチを見つけるとそこに腰掛け、隣に座るよう促すと、ななしは素直に従って徐庶の隣に座る。
それから徐庶はななしの方へ向き直すと、真剣な眼差しを向けた。
「ななし、俺は君の事を心から愛している。日を増すごとに俺は、君に強く惹かれていくんだ……俺なんかには勿体無い女性だっていうのは重々承知している。けれど…この想いを、もう止める事は出来ない。」
俺と結婚して欲しい。
突然のプロポーズにななしの目が大きく見開かれる。
徐庶は返事を待つようにじっと見つめていたが、やがて静かに目を閉じた。するとななしは俯き、肩を震わせ始める。まさか泣かせてしまっただろうかと不安になった徐庶は慌てて声をかけようとした。
だがそれよりも先にななしが勢いよく顔を上げる。
「はい…喜んで!」
満面の笑みを浮かべて答える彼女に、徐庶はほっと安堵すると同時に心の底から喜びが込み上げてくるのを感じた。徐庶はななしの頬に手を添えて、そっと唇を重ねる。
触れるだけのキスだったが、とても幸せな気持ちでいっぱいになる。徐庶はそのまま彼女を抱きしめようとしたが、そこでハッと我に返って体を離す。
「ごめん……こんな所で……つい……。」
「いえ…大丈夫です…むしろ嬉しいというか。……えっと……その……続きは家に帰ってからにしませんか?」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら言うななしを見て、徐庶は思わずドキッとする。
「あ、ああ……そうだね……じゃあ帰ろうか。」
徐庶は動揺を隠しつつ立ち上がると、ななしは嬉しそうに微笑んで徐庶の腕に抱きついた。
二人は寄り添うようにして家路につく。
その日はとても幸せで満たされた一日となった。
後日、徐庶はななしを連れて役所へ行き、婚姻届を提出して正式に夫婦となる。
その後、徐庶は職場の同僚や上司に結婚の報告をした。
皆祝福してくれて、中にはお祝いの言葉と共にプレゼントまで貰ったのだが。
「ああ、これは貴方にピッタリな贈り物ですよ。」
特に法正からはさぞ高級そうな時計を贈られ、徐庶はとても恐縮していた。これは相応の恩返しをしなくては、と思わず苦笑いをこぼした。
そして、ななしは徐庶の妻として相応しい女性になろうと更なる努力を重ね、今では家事全般をこなす立派な妻になっている。
また徐庶は仕事面でも大きな成果を挙げており、部下からの人望も更に厚くなり、重要な役割を果たす立場になった。
「俺は君の為にこの生涯を捧げるよ。」
そんな彼は今、愛する妻と二人の可愛い娘に囲まれながら充実した日々を送っている。