正直な話をすれば、私は今とても後悔している。
月は真上に昇り皆が寝静まる頃、私は賈ク様の部屋に忍び込んで、夜這いを仕掛ける、という無謀な挑戦をしようとしているのだ。
「だって…いつまで経っても賈ク様、私に手を出して来ないから……。」
私はそう呟いて唇を噛んだ。
確かに、私が子供っぽい性格なのは自覚している。しかし、こう見えて私も結構年頃の乙女で、色々と欲求不満になってしまう時もあるのだ。それに何より、私は女としての魅力がないのではないか、と。いつか賈ク様が別の女性に目を向けてしまうのではないかと、日々不安を募らせていくばかり。
私は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
出来ないのであれば、このまま引き返して普段通りの日常に戻ればいいだけの話で、何事もなかったようにまた彼の前で笑えばいい。それこそ貴方に夜這いしようとしてましたなんて、発想が子供じみていてまた色々と言われそうな気がする。
……重々分かってはいるのだが。
しかし、このまま彼の心が離れていくのも嫌だと、頭の中で無意味な鬩ぎ合いが続く。
ああ、どうこう考えていても仕方が無い。こうなったらヤケであると、ななしは勢い良く立ち上がって扉に手を掛ける。後はどうにでもなってしまえばいい。
全ての音を殺しながら中に侵入すると、普段彼の纏う香りがして、安心感で思わず肩の力が抜ける。
きょろきょろと辺りを見渡せば、肝心の彼は寝台の上で眠っていた。
「…………。」
仰向けになって、規則正しい寝息を立てている。私はそっと近付いて、顔を覗き込むようにして見下ろした。
普段は鋭い眼光を放つ瞳が閉じられているせいだろうか、いつもよりも柔らかく見えた。そして同時に、男らしい顔付きをしている事も再認識させられる。
その頬に触れたい衝動を抑えながらも、私は少しだけ彼に近づいた。すると、ふわりと香る爽やかな匂いが鼻腔を刺激する。これは彼が愛用している香油だ。きっとその匂いだろう。
煩いほどに心臓が激しく脈打つ。私はごくりと生唾を飲み込んで、意を決して彼の上に跨った。それでも彼は目を覚ます様子は無く、まだ眠り続けている。
それならば、と思い切って彼の腹筋に触れてみると、見た目よりもずっと筋肉質だという事が分かった。その感触を確かめるように指先でなぞると、ぞくりとした感覚に襲われる。
いけない事をしているとは分かっているものの、手を止める事は出来なかった。
「ん…………。」
彼が小さく声を漏らすと同時に、びくりと身体が跳ね上がる。私は慌てて手を引っ込めたが、幸いにも起きる気配は無かったようだ。
もう一度彼に触れると、やはり小さな反応がある。
「賈ク様……。」
私は無意識のうちに彼の名前を口にしていた。その時、彼の瞼がゆっくりと開かれる。
「…まさか、あんたが夜這いするとはね。」
彼はそう言うなり、起き上がろうと身体を動かした。
まずいと思った時には既に遅く、私の腰に腕が回され、そのまま押し倒される形となる。
「きゃっ…!」
抵抗する間もなく組み敷かれており、逃げ道は無いに等しい状況となっている。
賈クは口角を上げて微笑んでいた。しかしその目は全く笑っておらず、まるで獲物を狙う獣のような視線を向けられる。
徐に彼の手が私の首元に伸びてきて、襟元を広げられた。
「ひっ……!」
私は思わず悲鳴を上げそうになったのだが、それは彼の人差し指によって阻止された。
彼の手はそのまま私の首筋を撫でるように這っていく。そして鎖骨辺りまで来ると、ぴたりとその手の動きを止めてしまった。
「んー…成程。さて、ななし殿。このまま俺の理性が崩れたらどうなるか、分かるかな。」
彼はそう言いながら、再び手を動かし始めていく。
「ひゃっ!あっ……んっ……。」
触れられたところから熱を帯びていき、徐々に力が抜けていく。私は必死に抵抗するも虚しく、結局されるがままとなっていた。
「…と、まあ、こんなもんかね。」
呆気なく賈クは手を離すと、満足気な表情を浮かべていた。ななしはというと、息が上がり、ぐったりとしている状態である。
賈クはそんな彼女を見て、喉の奥で笑いながら言った。
「あははぁ、あんたにはまだ早かったみたいだ。」
「そ、そんな事ありません…!」
ななしはつい反論するが、彼は余裕そうな笑みを浮かべて
「なら、試してみるかい?」
「え……。」
と低い声で耳打ちする。
彼の吐息が耳に掛かって思わず身を捩るが、答えを出す前に更に追い討ちを掛けてきた。
彼は私に覆い被さる体勢のまま、首筋に舌を這わせてくる。ぬるりとした生暖かい感触に身震いしたが、それが快楽であると認識してしまう。
むしろ気持ち良いと感じている自分がいて、思わず戸惑ってしまった。
「や、駄目、です、そこだけはっ……。」
「へぇ?それはいい事を聞いた。」
私が弱々しい声で言うと、彼は意地悪そうに笑って同じ場所を攻め立て始めた。
「やめ……!あっ、んぅ……。」
私は押し寄せてくる快楽に耐えられず、甘い声を漏らしてしまう。
それが恥ずかしくて両手で口を塞ごうとするが、彼はそれを許さなかった。手首を押さえ付けられ、そのまま深く口付けられる。呼吸をする間も無く何度も唇を重ねられ、次第に頭がぼんやりとしてきた。
「ん……ん、ぅ……。」
ようやく解放された頃にはすっかり思考回路が停止してしまい、ただひたすら目の前にいる男を見つめる事しか出来なくなっていた。
「ははぁ、良い顔をしているね。実に唆られる。」
彼は私の髪を撫でると、妖艶に笑う。その顔を見ただけで胸がきゅっと締め付けられたような感覚に襲われた。
ああ、やっぱりこの人が好きだと改めて実感する。そして同時に思うのだ。もっと触れて欲しいと。だから私は彼の服を掴むなり引き寄せて囁いた。
続きをして下さい、と。彼は一瞬驚いたようだったが、すぐにいつもの意地の悪い笑顔に戻ってこう返した。
「それは、あんたを朝まで抱き潰してもいいと?」
「………!」
「なに、好いた女を前に、我慢出来るほど俺は出来た人間じゃないんでね。」
「………っ。」
その言葉を聞いて、一気に頬が紅潮していくのを感じた。そして賈クの顔を見る事が出来ず、咄嵯に目を逸らす。
「ななし殿が何を不安にしているかは知らないが、安心しな。俺の心は、死ぬまであんただけのものだ。」
賈クはそう言って私の額に触れる程度の口付けを落とした。その優しい感触が心地好く感じられて、嬉しさのあまり泣きそうになる。
「……はい。」
ずっと思ってた不安が嘘のように消え去っていく。私は幸せを噛みしめるように小さく返事をした。
「……子供じみてる、って思わないんですか。」
「それは冗談で言ってるだけで、俺はいつだってあんたをそういう目で見ていたさ。」
「でも、全然……。」
「手を」
「さてと、俺も辛抱強くはないのでね。」
賈クはそう言うなり、私の衣服に手を掛けて、そのまま脱がせていく。彼の瞳には、今まで見たことの無い色が宿っていた。それに気付いた瞬間、心臓がどくんと高鳴った。
彼の手が私の肌に触れる度に身体が跳ね上がり、自分のものとは思えないほどの甘ったるい声が漏れてしまう。
最初は優しく撫でるような手付きだったのに、段々と大胆になっていくにつれて、愛撫にも似た動きに変わっていった。
「ふ、あっ……!」
「ここが良いのか?」
「ち、違っ……!」
否定の言葉を口にしたものの、賈クの手の動きに合わせて身体が小さく反応していた。彼の指先が敏感な部分に触れた途端、ななしは身体を大きく跳ね上げる。
すると彼は楽しげに笑いながら、執拗にそこばかり攻め立てた。
彼女は羞恥心でいっぱいになりながらも、与えられる快感に逆らう事は出来ない。
「ほら、素直になった方が身の為だ。」
「ひゃっ……!」
賈クは耳元で低く囁きながら、指先の動きを早めていった。やがて限界を迎えたななしの中から甘い蜜が流れ出す。彼はそれを指先で掬うと、満足気に笑みを浮かべていた。
「ほう、俺に触れられただけで、こんなになるなんてね。」
賈クは指先に付いたものを舐めると、鋭い目を細めてわざとらしく見せつけてくる。その仕草はあまりにも扇情的で、見てはいけないと分かっていても目が離せなかった。
彼はそんなななしを見て喉の奥で笑う。
「ははぁ、物欲しそうな目をしているな。」
「そんな事、ありませ……あっ……。」
賈クは私の言葉を遮るようにして秘所に手を伸ばした。既にそこは潤っていて、彼は満足気な表情を浮かべている。
彼はそのままゆっくりと埋め込んでいき、奥へと押し進めていく。
その所為か、淫靡な水音が部屋中に響き渡る。恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだが、それでも止める気は無いと言わんばかりに猛々しく攻め立てた。
彼は徐々に腰を動かしながらある一点を攻め立て始め、その場所を突かれる度に、頭の中で火花が散っていくような感覚に襲われる。それは次第に大きくなっていき、最後には視界が真っ白に塗り潰されていった。
「あ、や、だめ……もう、無理ですっ……。」
「駄目だ。まだ終わらせないさ。」
「や、あ……賈ク、様ぁ……っ。」
「……っは、煽るね。あんたも、まるで策士だ。」
賈クの息遣いが激しくなると同時に、私の中にいる彼自身の質量が増したような気がした。私はその圧迫感に耐えられず、必死になって彼にしがみつく。そして遂にその時が訪れようとしていた。
無意識に賈クの腕に爪を立てて痛みを与えてしまったが、彼はそれを咎めようとはしなかった。寧ろ、もっと強く掴めと促してくるような瞳を向けてくる。
「や、ごめ、なさ……。」
「謝る必要はない。むしろ嬉しいくらいだがね。」
賈クはそう言って微笑むとななしの唇を奪い、そして舌を絡ませるなり、激しく求め合うような口付けを交わす。その間も律動は止まらず、どんどん快楽の底に沈んでいくような感覚に陥った。
そして同時に絶頂を迎えそうになった瞬間、賈クは彼女の最深部へ欲を解き放つ。
「ん、んぅ……!」
熱いものが注がれていく感覚にぞくりと身を震わせながら、彼女はそのまま意識を手放していった。すぅ、と小さな寝息が聞こえてくる。
「ははぁ、全く、人の気も知らないで呑気なものだね。」
朝まで抱き潰すつもりだったが、これじゃ生殺しもいいところだと賈クは苦笑する。しかし同時に、愛しい女が自分の腕の中に包まれて眠っているこの状況に幸せを感じていた。
「続きは彼女が起きたら、か。」
賈クはそう呟くと、そっとななしを抱き寄せて眠りについた。