「私、彼に告白しようと思うんだ。」
「…………え。」
ベタにも夕焼けが美しいと思い耽る中で屋上でひっそりと告げられた彼女の淡い気持ち。頬を僅かに染め上げながらもその瞳は一切揺るぎなく、決して嘘ではないであろう本心を重々しく打ち明けた。
「……………そ、っか。」
「…………うん。」
「それって、高虎先輩、に、だよね。」
「そう………だって、これ以上この関係を続けていく自信が、私にはない。」
「……そう…なんだ……。」
「………あんなに優しくされたら、私、好きという気持ちが止められない。……もっと知りたい………そう、彼の全てを、私は知りたいと思っていた。」
「……………。」
それは、私も同じ。そう言ってしまったらきっと親友としての関係に亀裂が入るかもしれない。いや、そもそも、そんな事で壊れる友人関係ならいっそ壊れてしまえとも思えたが、それはそれで今後の学校生活がまともに送れなくなりそうで、そんな最悪な事態を不覚にも私は酷く恐れてしまった。ましてや自分の想いに彼が答えてくれる訳がないと、そんな諦めもまた友人を後押しするきっかけとなる。
好きすぎて死んでしまいそうだ、目の前で本気ながらに泣きじゃくる彼女。彼が心底好きだという悲痛な想いがひしひしと脳髄にまで響いて、善と悪が犇めき合いながらも己の感情を何とか抑えようと、割れんばかりに頭が痛くなった。
「…………そっか、上手く行くといいね。」
私、応援してる。なんて言いながらも、顔にはきっと出てしまっているのだろう。私のこの行き場のない恋に焦がれる気持ちは何処に仕舞えばいいのだろう、と。
いっそ感情を全部隠せるお面か何かがあればいいのに。
「うん、ありがとう。」
何もかもスッキリした、目を腫らしながら微笑む姿が何とも心痛い。しかし、自分の本心を告げていないからこそ、意地悪で、態と言ってる訳ではない事くらい知っている。知ってるからこそ、余計に苦しい。いっそ何も言わず二人で幸せになってしまえばいいのに。そんな不貞腐れて嫉む感情が分かるからこそ余計に己が腹立たしい。
ごめんね、友人としては最悪だと自分でも思っている。
「じゃあ、また明日。」
そう告げて微笑む笑みにまたななしも返す。手を小さく振って、明日も何事も無かったかのように登校してくる姿を思い浮かべて。
バタン、扉が閉まると同時に漏れる溜息。
「……………いいわけ、ない、ね。」
それでも、友に幸あれ。
「そうだな。」
「…………え。」
「なぁ、あんたは、それでいいと思うか。」
物陰に潜む男の声に思わず肩が竦む。聞き覚えのある声……これは、今さっきまで話題の中心であった藤堂高虎ではないか。
何故彼が此処にいるのだろう。もしかして先程の会話が全て筒抜けだったのか。
「え、あ………あの、もしかして、そこにいるのは………高虎先輩。」
「…………いかにも、そうだが?」
姿を現したのは彼の象徴とも言える青いストールを靡かせた背の高い端正な青年。その目は鋭くも何処か憂いており、沈みかける夕日に相応しい雰囲気を醸し出していた。
「放課後のひとときを嗜もうとしていたのだが、どうにも複雑な女子会が始まってしまったものでな。」
「す、すみません……折角の休息を邪魔して。」
「別に構わん。そろそろ帰ろうと思っていたからな。」
「……それなら、今出て行った彼女を………。」
「…………………。」
まるで興味のない素振りでフェンスに凭れかかる。
「そんな、彼女と友達以上は、駄目なんですか。」
「……………嫌、とは思わん。彼女自身悪い所なんて何もない、むしろ完璧な位だが。」
何も今ここでべた褒めしなくても、少しだけ虚しい気持ちになってしまった。
だが、と高虎は続ける。
「あくまで、友人としては申し分ない女、これからも良い関係でいたいのは確かだ。……だがそれと恋仲とでは見方が全然違う。」
「……………もしかして、既に彼女が?」
もしかすると内緒で彼女がいるのかもしれない。先輩後輩にかかわらず人気のあるのは確かだ、確証はないが、確率としては高め………当たって砕けろとはよく言ったもで、内心諦めで聞くだけ聞いてみた。
すると、予期せぬ返答を即座に寄越す。
「彼女?……いないな。」
「い、いないんですか!?」
良かったような、良くないような。兎に角あっけらかんと答える高虎は、不思議と嘘をついているようには思えない。
「そ、そうですか………。」
「なぁ、ななし。」
「はい、って、わっ!」
振り向く前に手首を掴まれてぐるりと身体が一回転すると、背中にぶつかるのは出入り口の古ぼけた壁。
「あ、え!?な、何を………。」
両の手首辺りを壁に押し付けられ、壁ドンのような態勢で高虎と急接近するななし。やけに色っぽい顔が寸前間近にまで迫り、思わず耳まで朱色が染まり上がってしまうと、逃げようとしていた思考が完全に止まってしまう。
やはり男の力が勝るのか、解こうにも脚の隙間に割りこむように片膝が阻み、完全に組み敷かれてしまった。
「高虎、先輩…………。」
こんな胸キュンとも言えるシチュエーションを心の何処かで望んでいたような。それでも、友人に対して申し訳ない思いが過るのか。
揺れる長い睫毛と綺麗な瞳に囚われ、言葉を失っていると、ようやく高虎が口を開く。
「ななし、俺は、あんたが好きなんだ。」
「………………っ!」
「だから、あいつの気持ちには応えられなかった。」
例えななしに男がいたとしても、この想いは止められないがな。低く囁かれた声に薄く細められた瞳は絶対零度の氷のように冷たく、背筋がどうしようもなく寒くなった。
「……っ、私、その………!」
「………いいわけない、そう言ったのはどういう意味なんだ?」
「………それは、えっと……。」
もう逃げ場はなく真実を告げる選択しか残されていない。
「………日も沈みかけているし、いい加減返事を貰いたいのだが。」
ああ……明日、友人関係に亀裂が入るかもしれない。いや、いっそ何も告げずに秘密の恋にでも目覚めてしまおうか。学校では普通に先輩後輩で、放課後は学生デート、休日は家で勉強会、なんて素晴らしい学生ライフだろう。
だけど、そんな思い描いていた単純な理想はあまりにも浅はかで脆い事くらい、知っている。
「…………怖い、です。」
「今の関係が無くなる事が、か。」
「………はい、大切な友達も、失いたくない。だから………。」
貴方の事は潔く諦める?いや、そんなんじゃ後できっと後悔する。本当の友達なら腹を括って打ち明けなければいけないだろうし、曖昧な関係を続けていくならハッキリと告げてしまった方が良い。それで恨まれたとしても、関係が崩れたとしても、きっと後悔はしない、してはならない。
だけど、だけども、さっきから何かが引っ掛かる。二人の意味深な言葉に、何かが。
…………何もかもスッキリした?あいつの気持ちには応えられなかった?
どうしてどれも過去形なんだろうか。まるで、何もかも終わったように。
終わらせた、ように。
「あ…………。」
そうか………違う、違うんだ、何を今まで履き違えていたんだ私は。とんでもない事に気付いてしまったではないか。
彼女は、此処に彼がいる事を知っていたんだ。知っていて、私の目の前で敢えて告白して、そして、自ら終わりを告げて彼女は私に全てを託したんだ。
ーーーああ、なんて、私は馬鹿なんだろう。今まで彼女の気持ちに気付いてあげられなかったのに、彼女は私の気持ちに気付いていて、それでもって自分の想いを押し殺してまでも……。
「私の為に何もかも打ち明けてくれたのに、少しでもそんな彼女を嫌悪していた自分が恨めしい………こんな最低な女が貴方を好きになる資格なんて………ないですよ……っ!」
「………ななし………。」
「お願いです………今すぐ彼女を追いかけて下さい……その想いに答えてあげて下さい………!」
「……………………。」
「彼女は全部分かっていた………分かっていながら、私に、私に…………!」
振り切ろうと藻掻くななしの身体をめいいっぱい押さえ込んで、高虎は静かに言い放った。
「もういい、ななし………俺も、痛い程、分かっている………!」
だからこそ、俺を好きだと言ってくれ。
そんな高虎の顔があまりにも悲しそうで、駄目だと分かっていながらも、狂おしく愛おしいと感じてしまった。
ーーそうだ、彼女と同じように恋焦がれ続けた彼。入学した当初、教室が分からず迷っていた二人に案内してくれたのは誰でもない高虎であり、それが最初の出会いだった。
「………私は………。」
そうしていつしか三人は親しい関係になり、高虎は運動部、ななし達は文化部とそれぞれ違う部活ではあったが、帰宅する時間が同じという事で度々三人で下校をしては他愛のない話で盛り上がっていたのを思い出す。柄にもなく手を叩いて大笑いして、それが涙が出る程に幸せな時間で。
こんな関係がいつまでも続けばいいのに。いつの間にか恋をしていた自分を押し殺して、気付けば、一年以上の心の締め付けに苦しんでいた。
涼やかな性格に時折垣間見る優しい笑みが眩しくて、愛おしくて。
好きです、高虎先輩の事が、好きで、例え全てが変わってしまっても、私はずっと
「…………ななし。」
手首が解放された代わりに身軽になった全身が逞しい腕に包まれる。
初めての恋と告白が、こんなにもほろ苦い物だったなんて誰が想像したのだろうか。ああ、神様の意地悪、でなければ同じ人を好きになったりしないのに。
「ごめんなさい………好きです……初めて会った日から、大好きでした。」
「…………分かっている………だから、謝るな………俺も、ななしが大好きだ。」
この温もりでどれだけ淀んだ心が救われるのか。この時ばかりは何も考えられず、ただただ背を撫で続ける高虎の優しい手に縋るしかなかった。
その後、彼女は親の都合で海外に転勤する事になってしまった。この地から飛び去る最後の日まで例の件について何度も謝ろうとしたが、その度に唇にそっと指を当てて笑う姿を見て言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
何も言わなくても分かっている。貴女が幸せなら私も幸せだから。
指先だけでそんな優しい言葉が聞こえた気がして、私はその場で泣いてしまいそうになった。彼女を思い出す度にきっとこれからも変わらず自分を責め続けるだろう。それでも、同じ人を愛した友人として、遠い場所でもずっと繋がる大切な友人として、せめてもの償いとして手紙を送り続けようと誓った。
「…………ななし。」
「………先輩。」
「高虎でいい。」
「………高虎君。」
「なんだ。」
「………ううん、何でも無いです。」
「…………俺も、この関係を壊す事は好かんし、出来ればこのまま三人で楽しく過ごしたかった。」
だが、高虎は続ける。
「それ以上に、あんたに対しての想いを捨てきれなかった諦めの悪い自分もいる。………あいつには悪いが、迷わずななしを選んでいただろう。」
「……………高虎君………。」
「辛い思いをさせてしまったな、すまん。」
「そんな………貴方が謝る事なんて何もありません。むしろ私がいけないんです、何もかも気付く事をしなかった私が………。」
言い終わる前に抱き締められた身体は相変わらず火照って、鬱蒼な気持ちとは裏腹に満ち足りた感触を味わっている。そんな罪悪感の中で苦しみ続ける自分に注がれる唯一の愛情を精一杯受け止めた。
身体が少しだけ離れると、僅かに微笑む高虎の表情が目の前に迫った。いつの日も強く望んでいた、それはそれは眩しい程に美しい素顔。
「好きだ。」
その言葉に答えるように静かに瞼を閉ざすと、今までに感じた事のないような愛しい温もりを互いの唇で何度も味わった、それは誰もいない屋上の昼下がり。