月明かり
なんとなく眠れなくて、私は縁側に座って、ぼんやりと月を見上げていた。今日は満月だ。
雲一つない夜空にぽっかりと浮かぶお月さまは、綺麗で、どこか安心する。
それこそ、ずっとこのまま見上げていても飽きないくらいに。
秋の夜風は少し肌寒くて、冷えてきた素足を擦り合わせた。それでも、なんとなく部屋に戻る気にはなれなくて、ただ、月を見上げてみる。
月の光は、国広くんみたいだ。綺麗で、優しくて、だから安心するのかな。
なんて思っていたら、
「眠れないのか?」
そんな声が降ってきた。
「……びっくりしたぁ」
だってまさか、思い浮かべていたひとが現れるなんて、思ってもみなかったから。
「すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
困ったように言う国広くんに、私は首を振る。
「ううん、大丈夫」
月明りにぼんやりと浮かぶ国広くんは、やっぱり綺麗だなぁと思った。金色の髪だから、余計にそう思うのかもしれない。
いつも被っている布は、さすがに今は付けていない。だから、こうして普段は隠れがちな顔がよく見えた。
うん、やっぱり綺麗だなぁ。
声には出さずに、そう思った。きっと、言葉にしたら顔を背けてしまうと思うから。
でも、国広くんはどうしてここにいるのだろう。
「国広くんも、眠れないの?」
「いや……。目が覚めたから、水でも飲もうかと」
「そっか」
それで、台所に行こうとしたら、私がここにいたというわけだ。
それなら、せっかくだし、何か入れてこようかな。ずっとここいいて、私も身体が冷えているし。
「ちょっと座って待ってて。すぐ戻ってくるから」
「は? おい……」
国広くんの返事を聞かずに、私は立ち上がると、ぱたぱたと台所に向かった。
そうして、座って待っていてくれた国広くんにカップを渡す。
「はい」
「ホットミルクか?」
まだ中身は見えていないはずなのに、どうしてわかったのだろう。
「うん、そう」
不思議に思いながらも、頷いて、隣に座る。それから、膝を抱えるようにして、両手でコップを持った。
「ホットミルクはね、ねむ」
「眠れないときはこれがいいんだろう?」
「……うん」
なぜか、先回りするように言われてしまった。
でも、そういえば……そうだ。随分前にもこんなことがあったような気がする。
あの時も、私はやっぱり眠れなくて。それから、国広くんも眠れなくて。今日みたいに、ここで居合わせて。ふたりで、こうして並んで座って、ホットミルクを飲んでいた。
はちみつを入れたホットミルクは、甘くて、優しい味がするから。だから、きっと眠らくなるよ。そんな話もしたような気がする。
「覚えていてくれたんだ」
「あぁ」
主語もなにもかも省いた言葉だったのに、国広くんは頷いた。
国広くんも、あの夜のことを、覚えていてくれたんだ。
「そっかぁ」
嬉しくて、笑ってしまう。
あの頃は、私も、国広くんも、お互いの距離感なんてわからなくて、どう接したらいいかわからなくて、どこかぎこちなかったから。
だから、あの頃に交わした言葉を覚えていてくれたことが、嬉しかった。
ふぅふぅと息を吹いて冷まそうとする。
けれど、
「あつぅ」
どうやらあんまり冷めていてはくれなかったらしい。少し口を付けただけなのに、熱くて、変な声が出てしまった。
……なんだか少し恥ずかしい。もう一度、息を吹いて冷ましてから、やっと一口飲んだ。
ふと、隣でくつくつとした小さな笑い声が聴こえて、私は国広くんを見た。
顔を背けてはいるけれど、肩が小さく震えている。
「国広くん、笑ってる?」
「……笑ってない」
そうはいっても、肩は震えているのだ。ついでに、声音も少し震えている。
「私の目を見て言ってみてほしいなぁ」
なんて言ってみるけど、国広くんはこうして笑ってくれることは少ないから、逆に安心してしまう。
それに、あの日の夜は国広くんが火傷しかけた。
少し苛立ったような顔をしていた国広くんが、少しかわいいと思ってしまって、笑いそうになったんだっけ。
「ふつうに笑っても、気にしないよ。あの時、国広くんが火傷しそうになったでしょう? 私、あの時ほんとうは笑いそうになっちゃったから。だから、これでおあいこだよ」
「そうなのか?」
「うん。すこしだけ、なんていうか、少し反応がかわいかったから」
そう言うと、国広くんはむすっと口をへの字に曲げた。
そりゃあ、そうだろう。かわいいと言われて喜ぶ男のひとは少ないと思う。
「……かわいいって言うな」
「じゃあ、綺麗だよ?」
「やめろ……」
「ふふっ……」
ふいっと顔を背けてしまった国広くんがおかしくて、やっぱり私は笑ってしまった。
ふたりで、他愛のない話をする。
他のみんなが起きてしまわないように、小さな声で。あまり夜更けにならないように、少しだけ。