01:神の戯れ

朝、目が覚めたときに感じていた僅かな違和感も近頃ではこれが当り前になりつつある。
もう着ることなどない筈の制服を、今日も私は身に纏う。

当然、最初はパニックを起こした。
部屋の間取りは同じなのに何かが微妙に違っている。壁に掛かっているのはスーツではなく制服で、資格取得のための参考書は教科書に一変。社会人になったからと母がプレゼントしてくれたコスメ類もごっそり消えてしまっている。

何より、鏡に映った自分の姿に驚愕した。
それほど大きな差はないにせよ、明らかに体は成長途中で肌や髪艶も若々しい。

(お、これはちょっと嬉しいかも)

なんて一瞬だけテンションが上がるけれど、兎にも角にも外はどうなっているのかと玄関に向かった。
外に出てみると私が住んでいるマンションを除き全く見覚えのない景色。何とか平常心を保とうと少し周りを歩いてみると商店街が見えてきて。直後、私に本日一番の衝撃が襲った。

『烏野商店街』

烏野って、もしかして⋯。
見覚えのある地名に、私は脳内で瞬時にある仮説を立てた。

まさか、うそ、ありえない。
だけど此処は私の知る場所ではない。

半ば呆然としながら踵を返し自宅に戻る。
そして改めて部屋の中を見渡しているとふと、カレンダーが目に入った。一週間後の月曜日に赤ペンで大きく丸がついていてその下には文字が走り書きされている。

烏野高校入学式、と。

そんなこんなで入学式の日まで毎朝目が覚めると同時に『全て元に戻っていないか』と確認するのが日課になった。けれど私の期待に反して状況は変わることなく、とうとう入学式当日を迎えてしまう。
元居た世界の記憶が混在する中、時間が経つにつれて“此方の世界での自分”というものが自然と理解できてくるという何とも不思議な感覚を覚えながら私は真新しい制服に袖を通した。


***


掲示板に張り出されていたクラス分けを見て驚いたけれど、それを更に上回る驚きが待っていようとは。
入学から数日経ったこの日に席替えが行われ、まさかまさかの事態に。あの天才セッター影山飛雄が隣に鎮座している。
実際近くで目の当たりにすると本当に綺麗な顔立ちをしていて、思わず凝視してしまう。

「何か用か?」

キリッとした視線とよく通る低い声で問いかけられ慌てて我に返る。

「ご、ごめん何でも。えーと⋯神崎春菜です。よろしくね」
「影山飛雄。よろしく」

うん知ってる、と心の中で付け加えて自分の席につく。
なんというか。改めて思うけど彼だけでなくクラスの子男女問わず初々しくて可愛いし(自身の感覚としてはみんな年下だし)この雰囲気自体がとても懐かしい。

もしかしたらこれは私が見ている長い長い夢なのかもしれないけれど、それならそれでもう一度青春を謳歌してやるかと此処へ来て初めて、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。


「ねぇ、神崎さんってどこの中学出身?」

一限目終了後、突如前の席の子から声を掛けられる。
正直この界隈の中学校までは詳しく把握していなかったので内心冷や汗をかきながらも下手に嘘を吐くと後々ボロが出るだろうと思い、半分事実を織り込んで当たり障りのない返事を返した。
ちなみに彼女は藤本彩といい北川第一中学出身らしい。

「私中学までは九州の学校に通ってたんだ」
「そうなんだ〜。じゃあこっちにはお父さんの転勤か何かで?」
「うんそう。でも色々あって今は一人暮らし状態」
「えー?!それって大変じゃない?家事とか」
「まぁ大変といえば大変だけど、慣れたら家事も結構楽しいよ」
「へぇー凄いね!あ、神崎さんじゃなくて下の名前で呼んでもいい?私のことも彩で良いから」

終始テンションが高め。
流石は現役女子高生だな〜としみじみ実感しながら会話していると、ふいに隣の席で突っ伏している長身が目に留まる。

「影山ってさ〜イケメンなんだけどいつも仏頂面だからとっつきにくい感じしない?」
「さっき挨拶は普通に返してくれたけどね」
「中学で一度も同じクラスになったことないから喋ったこともないけど、今日改めてそう思ったわ」
「ははは⋯」


放課後、帰り支度をしていると廊下側から元気な声が響いた。この声の主は今後天才セッターに必要不可欠な相棒となる存在。

「おーい!影山〜!!」
「おう。今行く」

授業中とは打って変わり颯爽と教室を出て行く。
頑張れ、と小さく呟いて二人の姿を遠目で眺めていた。


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2020/05/18
お題配布元:Cock Ro:bin