13:オブラートを脱ぎ捨てろ
「コーチ、おれはどう練習すればいいですか」
いつもは真っ先に声を掛けてにこやかに手を振ってくれる日向だけれど、今日は私の存在など全く眼中になくまるで別人かの如く真剣な眼差しでコーチに問うた。
学校でも昼休みに廊下から天才セッターを呼ぶ声は聞こえなくなり、毎日の日課になっていた事がピタリと止んだことにちょっぴり寂しさを覚えながらも、二人は次なる進化のために各々の課題をクリアすべく動き始めていた。
***
「神崎、今日はもう上がっていいぞ」
「分かりました」
「今からじいさん家まで車で行くから自宅まで送ってやるよ」
「いえいえ、お気遣いなく」
「ついでだから遠慮すんな」
これ以上断るのも逆に失礼かと厚意に甘え、帰り支度を済ませ車に乗り込んだ。
「鳥養さんのおじいさんって、バレー部の監督やってたんですよね」
「ああ。日向は今そっちで練習させてる」
「――あの、鳥養さん」
「なんだ」
「もしご迷惑でなければ日向の練習、少し見学させてもらってもいいですか」
「え?あ⋯あぁ。それは構わねーけど」
「ありがとうございます」
「じゃあこのままじいさんとこに向かうぞ」
「はい。お願いします」
鳥養監督の家に到着し、そのまま庭の方へ行くと日向は速攻の練習をしている最中だった。
「日向の調子はどうだ?」
「見ての通りだ。大分空中でボールを捌くことができるようになってきている。―ん?こっちの嬢ちゃんは」
「初めまして。烏野高校1年の神崎春菜といいます。鳥養さんにお願いして日向の練習を見学させてもらいに来ました」
「そうか。ちびすけの、」
そういうと監督は日向の背中に声を掛けた。
「おいちびすけ。次の1本打ったら5分休憩しろ」
「ウス!」
「それとガールフレンドが来てるぞ」
「え、ガールフ⋯?!―いてっっ」
「あぁ⋯日向よ⋯」
動揺した日向はジャンプ直後に後ろを振り返ったせいでボールが脳天に直撃し、それを見た繋心が溜息交じりに顔面を覆った。
「神崎さん!」
「日向お疲れ様。さっき大丈夫だった?」
「うんへーき。監督が『ガールフレンド』なんて言うからちょっとビックリして」
「あの程度で動揺するなんざまだまだだな、ちびすけ」
「だからおれっ ちびすけじゃないです!」
「ヘタクソはちびすけで十分だ」
「〜〜〜〜」
むくれる日向が可愛くて意図せず笑いが零れてしまう。
「そうだ神崎さん。テストの時はありがとう」
「どういたしまして」
「結局英語で赤点取っちゃったけど、解答欄ズレてただけで答えそのものは殆ど合ってたんだ!」
「へぇ!凄いね」
「神崎さんが『将来バレーで海外遠征に行ったり⋯』って話してくれたじゃん?だからおれも英語の勉強やるぞ!と思って」
「そっか。あの話が少しでも日向のやる気に繋がったなら良かった」
「つか、見学に来てくれたってことはマネージャーやってくれる気になったの?!」
「えっと⋯それはまだ、」
「ちぇー」
「―ほれちびすけ、休憩は終わりだ。次はレフトから打て」
「! ウス!!」
「繋心、お前がコーチなんだからしっかり見てやれ」
「わぁーってるよ」
再びスパイク練習を始めた日向の姿を縁側から暫く眺めていると。
「嬢ちゃんもバレーが好きか」
「⋯はい」
「ポジションは」
流石に監督に対して返事を濁す訳にもいかず、肯定はしたけれど経験者だとは一言も口にしていない。それなのに鳥養監督は私が経験者であることをすでに確信しているかのように尋ねてきた。
「元々リベロでしたが途中でセッターに⋯」
「ほう、そりゃあ大したもんだな。そういやぁさっきマネージャーがどうとかちびすけが言ってたが」
「3年の現マネージャーから誘いを受けたんですけど今は坂ノ下でバイトもさせてもらってますし、無事に新マネも見つかったようなので⋯」
「なんだ、引き受けてやらないのか」
「⋯⋯」
「少なくともちびすけは嬢ちゃんを必要としているように見えたがな。バレーだけじゃなく勉強も世話してやってんだろう?」
「世話といえるような大層なことは。でも、日向も含めて烏野バレー部はこれからもっと強くなっていくと思うから。その成長過程を見ていたいなって気持ちはあります」
「嬢ちゃん⋯本当にちびすけの同級生か」
孫である繋心と同じリアクションをされ、焦りよりも先に笑いが込み上げてくる。
「監督と鳥養さんって、顔だけじゃなく中身もそっくりですね」
「?⋯なんだかよく分かんねぇが、嬢ちゃんにちびすけ達の成長を見たいって気持ちがあるなら出来る範囲でいい。あいつらが良い方向に進んでいけるよう手助けしてやれ」
「――はい」
そう言うと鳥養監督は太陽みたいに笑って私の頭を掻き混ぜた。
next
2020/06/18
お題配布元:誰花
いつもは真っ先に声を掛けてにこやかに手を振ってくれる日向だけれど、今日は私の存在など全く眼中になくまるで別人かの如く真剣な眼差しでコーチに問うた。
学校でも昼休みに廊下から天才セッターを呼ぶ声は聞こえなくなり、毎日の日課になっていた事がピタリと止んだことにちょっぴり寂しさを覚えながらも、二人は次なる進化のために各々の課題をクリアすべく動き始めていた。
***
「神崎、今日はもう上がっていいぞ」
「分かりました」
「今からじいさん家まで車で行くから自宅まで送ってやるよ」
「いえいえ、お気遣いなく」
「ついでだから遠慮すんな」
これ以上断るのも逆に失礼かと厚意に甘え、帰り支度を済ませ車に乗り込んだ。
「鳥養さんのおじいさんって、バレー部の監督やってたんですよね」
「ああ。日向は今そっちで練習させてる」
「――あの、鳥養さん」
「なんだ」
「もしご迷惑でなければ日向の練習、少し見学させてもらってもいいですか」
「え?あ⋯あぁ。それは構わねーけど」
「ありがとうございます」
「じゃあこのままじいさんとこに向かうぞ」
「はい。お願いします」
鳥養監督の家に到着し、そのまま庭の方へ行くと日向は速攻の練習をしている最中だった。
「日向の調子はどうだ?」
「見ての通りだ。大分空中でボールを捌くことができるようになってきている。―ん?こっちの嬢ちゃんは」
「初めまして。烏野高校1年の神崎春菜といいます。鳥養さんにお願いして日向の練習を見学させてもらいに来ました」
「そうか。ちびすけの、」
そういうと監督は日向の背中に声を掛けた。
「おいちびすけ。次の1本打ったら5分休憩しろ」
「ウス!」
「それとガールフレンドが来てるぞ」
「え、ガールフ⋯?!―いてっっ」
「あぁ⋯日向よ⋯」
動揺した日向はジャンプ直後に後ろを振り返ったせいでボールが脳天に直撃し、それを見た繋心が溜息交じりに顔面を覆った。
「神崎さん!」
「日向お疲れ様。さっき大丈夫だった?」
「うんへーき。監督が『ガールフレンド』なんて言うからちょっとビックリして」
「あの程度で動揺するなんざまだまだだな、ちびすけ」
「だからおれっ ちびすけじゃないです!」
「ヘタクソはちびすけで十分だ」
「〜〜〜〜」
むくれる日向が可愛くて意図せず笑いが零れてしまう。
「そうだ神崎さん。テストの時はありがとう」
「どういたしまして」
「結局英語で赤点取っちゃったけど、解答欄ズレてただけで答えそのものは殆ど合ってたんだ!」
「へぇ!凄いね」
「神崎さんが『将来バレーで海外遠征に行ったり⋯』って話してくれたじゃん?だからおれも英語の勉強やるぞ!と思って」
「そっか。あの話が少しでも日向のやる気に繋がったなら良かった」
「つか、見学に来てくれたってことはマネージャーやってくれる気になったの?!」
「えっと⋯それはまだ、」
「ちぇー」
「―ほれちびすけ、休憩は終わりだ。次はレフトから打て」
「! ウス!!」
「繋心、お前がコーチなんだからしっかり見てやれ」
「わぁーってるよ」
再びスパイク練習を始めた日向の姿を縁側から暫く眺めていると。
「嬢ちゃんもバレーが好きか」
「⋯はい」
「ポジションは」
流石に監督に対して返事を濁す訳にもいかず、肯定はしたけれど経験者だとは一言も口にしていない。それなのに鳥養監督は私が経験者であることをすでに確信しているかのように尋ねてきた。
「元々リベロでしたが途中でセッターに⋯」
「ほう、そりゃあ大したもんだな。そういやぁさっきマネージャーがどうとかちびすけが言ってたが」
「3年の現マネージャーから誘いを受けたんですけど今は坂ノ下でバイトもさせてもらってますし、無事に新マネも見つかったようなので⋯」
「なんだ、引き受けてやらないのか」
「⋯⋯」
「少なくともちびすけは嬢ちゃんを必要としているように見えたがな。バレーだけじゃなく勉強も世話してやってんだろう?」
「世話といえるような大層なことは。でも、日向も含めて烏野バレー部はこれからもっと強くなっていくと思うから。その成長過程を見ていたいなって気持ちはあります」
「嬢ちゃん⋯本当にちびすけの同級生か」
孫である繋心と同じリアクションをされ、焦りよりも先に笑いが込み上げてくる。
「監督と鳥養さんって、顔だけじゃなく中身もそっくりですね」
「?⋯なんだかよく分かんねぇが、嬢ちゃんにちびすけ達の成長を見たいって気持ちがあるなら出来る範囲でいい。あいつらが良い方向に進んでいけるよう手助けしてやれ」
「――はい」
そう言うと鳥養監督は太陽みたいに笑って私の頭を掻き混ぜた。
next
2020/06/18
お題配布元:誰花