14:真っ向コミュニケーション
「春菜ちゃんご苦労様。気を付けて帰るのよ」
「はい。失礼します」
いつもより30分ほど早い午後7時過ぎ。
バイトを終え、外に出ると新マネージャーの谷地さんが目の前を小走りに通り過ぎて行った。
(まだ自主練してる時間帯の筈だけど)
気が付くと帰路につくことをやめ、学校へ足を向けていた。やがて目的地である第二体育館まで辿り着けばやはりまだ明かりは点いている。そっと中を覗くと影山が自らボールを取り出し、軽く頭上に放ってはDクイックの位置にバックトスを上げて⋯と一人黙々と練習を重ねていた。
「クソッ」
籠の中のボールが尽きたのか、影山は握り拳を作って悔しさを滲ませながら呟いた。この場で見始めてからずっと、トスしたボールは落下地点の目安としているペットボトルに1度も当たっていない。
「結果として試合で必ず報われるとは限らないけど」
無意識の内に、言いながら傍に落ちていたボールを拾って館内に足を踏み入れていた。
「それでも。努力した分は絶対自分の力になってる、⋯よ!!」
フリースローラインに立ち、彼を見据えたまま手にしたボールをバスケットゴールに向けバックトスで送り出す。放たれたボールは無回転を維持しながら緩やかな放物線を描き、リングに触れる事なくスパッと小気味よい音を立てて吸い込まれて行った。久し振り過ぎて内心ヒヤヒヤものだったけれど無事に成功してホッと胸を撫で下ろす。
一方、突然のことに驚愕して彼女の言動をじっと見聞きしていた影山はボールが行きついた先を見据えると更に瞠目した。するとそれまで微動だにせずその場に佇んでいたがズンズンと大袈裟に足音を立てて歩み寄り始めた。
距離が縮まるにつれ、かなり危ない表情をしているのが見えて咄嗟に後ずさりしようとしたけれど一足遅かった。
「影山くん?なに、え、ちょっ⋯!?」
これまで目にした中で一番の凶悪顔だ、と呑気な感想を抱いたのも束の間。次の瞬間には彼の手でガシッ!と頭を鷲掴みにされていた。
「おい神崎⋯今のは何だ?」
「バ、バックトス⋯」
「んなもん見りゃ分かんだよボゲ!何が『バレーに興味あるような無いような』だ、ゴラ。今のはちょっとやそっとの技量じゃ出来ねぇ芸当だぞボゲェッ」
日向ばりに影山節をぶつけられているのは理解できるものの、ギリギリとアイアンクローをキメられている状態では思考がまともに働かない。
「影山くん⋯一先ずこの手を離してくれませんか」
流石に手加減はされているが痛いものは痛い。
半ば懇願する形で切実に訴えるとようやく魔の手から解放された。ところが王様のご機嫌はまだ大きく傾いているようでその顔は憮然としている。
「今のは練習による賜物で。私なんて影山くんのセンスと技術には到底及ばないよ」
「⋯⋯」
「今まで色々ごまかしたりスルーしたりしたことは謝るから⋯そろそろ機嫌直してくれないかな」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯練習」
「うん?」
「悪かったと思うなら自主練付き合え。谷地さんは用があるとかでいつもより早く帰ったし。ボール出してくれたら⋯助かる」
「! 了解」
そこから再度練習に励んでいたけれど、空腹と疲労でコントロールの精度が目に見えて落ちてきたので暗黙のうちに自然と後片付けを始める。
「流石にお腹すいたね」
「そうだな。悪ぃ⋯こんな時間まで付き合わせて」
「全然。元々手が足りなかったら何かお手伝いしようと思って覗きに来たから」
「わざわざ引き返してきたのか」
「バイト終わりに丁度谷地さんが帰っていくのが見えて。まだ早い時間だったし、影山くんが練習してるとこも一度見てみたかったから見学も兼ねて」
「⋯? 何か気が変わる事でもあったのか」
「うん。ちょっとね」
意味深な肯定の裏で何があったのか気にはなるものの⋯これまでバレーに関してのらりくらりと躱されていたのが自らの意思で此処へ足を運び、自主練習にまで付き合ってくれたのだ。どういう経緯があったにせよ、今はこれでヨシとするかと影山はあえてそれ以上の追及はしなかった。
そして片づけを終えた後、帰りの道中で。
「今から帰ってご飯作るの面倒だし⋯今日はスーパーのお弁当で済ませちゃおうかなぁ」
何気なくそう口にすると隣を歩いていた影山が予想外の提案を。
「だったら家に飯食いに来るか」
「⋯⋯今、何て?」
「今朝出掛けに母さんが『今夜はカレーだ』っつってたから二人でも余裕だ」
「気持ちは有難いけど⋯流石にそれは、、ちょっと」
「? カレー嫌いなのか」
「ううんそうじゃなくて。こんな時間に見ず知らずの人間が突然人様のお宅にお邪魔するなんて迷惑にも程があるかと」
「直接じゃねぇけど神崎のことなら母さんは知ってる。前に俺が昼飯代借りたことあっただろ」
「あ、あぁ⋯確かにお心遣いのお菓子を頂きました」
「それに父さんも母さんも基本夜は仕事で遅くまで帰ってこねーし、俺一人だから変な気は遣わなくていい」
「そうなんだ⋯うん⋯でもね、」
「『タダ飯食えてラッキー』」
「???」
「そう思えばいいっつったのはお前だろうが。テスト勉強の時も昼飯食わせてもらったし、2食分の借り返させろ。⋯返させてください、コラ」
「それ、お願いされてるのか脅迫されてるのか分かんないよ」
「うるせーボゲ。いいから黙ってついて来い」
王様独裁モード、発動。
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2020/06/21
「はい。失礼します」
いつもより30分ほど早い午後7時過ぎ。
バイトを終え、外に出ると新マネージャーの谷地さんが目の前を小走りに通り過ぎて行った。
(まだ自主練してる時間帯の筈だけど)
気が付くと帰路につくことをやめ、学校へ足を向けていた。やがて目的地である第二体育館まで辿り着けばやはりまだ明かりは点いている。そっと中を覗くと影山が自らボールを取り出し、軽く頭上に放ってはDクイックの位置にバックトスを上げて⋯と一人黙々と練習を重ねていた。
「クソッ」
籠の中のボールが尽きたのか、影山は握り拳を作って悔しさを滲ませながら呟いた。この場で見始めてからずっと、トスしたボールは落下地点の目安としているペットボトルに1度も当たっていない。
「結果として試合で必ず報われるとは限らないけど」
無意識の内に、言いながら傍に落ちていたボールを拾って館内に足を踏み入れていた。
「それでも。努力した分は絶対自分の力になってる、⋯よ!!」
フリースローラインに立ち、彼を見据えたまま手にしたボールをバスケットゴールに向けバックトスで送り出す。放たれたボールは無回転を維持しながら緩やかな放物線を描き、リングに触れる事なくスパッと小気味よい音を立てて吸い込まれて行った。久し振り過ぎて内心ヒヤヒヤものだったけれど無事に成功してホッと胸を撫で下ろす。
一方、突然のことに驚愕して彼女の言動をじっと見聞きしていた影山はボールが行きついた先を見据えると更に瞠目した。するとそれまで微動だにせずその場に佇んでいたがズンズンと大袈裟に足音を立てて歩み寄り始めた。
距離が縮まるにつれ、かなり危ない表情をしているのが見えて咄嗟に後ずさりしようとしたけれど一足遅かった。
「影山くん?なに、え、ちょっ⋯!?」
これまで目にした中で一番の凶悪顔だ、と呑気な感想を抱いたのも束の間。次の瞬間には彼の手でガシッ!と頭を鷲掴みにされていた。
「おい神崎⋯今のは何だ?」
「バ、バックトス⋯」
「んなもん見りゃ分かんだよボゲ!何が『バレーに興味あるような無いような』だ、ゴラ。今のはちょっとやそっとの技量じゃ出来ねぇ芸当だぞボゲェッ」
日向ばりに影山節をぶつけられているのは理解できるものの、ギリギリとアイアンクローをキメられている状態では思考がまともに働かない。
「影山くん⋯一先ずこの手を離してくれませんか」
流石に手加減はされているが痛いものは痛い。
半ば懇願する形で切実に訴えるとようやく魔の手から解放された。ところが王様のご機嫌はまだ大きく傾いているようでその顔は憮然としている。
「今のは練習による賜物で。私なんて影山くんのセンスと技術には到底及ばないよ」
「⋯⋯」
「今まで色々ごまかしたりスルーしたりしたことは謝るから⋯そろそろ機嫌直してくれないかな」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯練習」
「うん?」
「悪かったと思うなら自主練付き合え。谷地さんは用があるとかでいつもより早く帰ったし。ボール出してくれたら⋯助かる」
「! 了解」
そこから再度練習に励んでいたけれど、空腹と疲労でコントロールの精度が目に見えて落ちてきたので暗黙のうちに自然と後片付けを始める。
「流石にお腹すいたね」
「そうだな。悪ぃ⋯こんな時間まで付き合わせて」
「全然。元々手が足りなかったら何かお手伝いしようと思って覗きに来たから」
「わざわざ引き返してきたのか」
「バイト終わりに丁度谷地さんが帰っていくのが見えて。まだ早い時間だったし、影山くんが練習してるとこも一度見てみたかったから見学も兼ねて」
「⋯? 何か気が変わる事でもあったのか」
「うん。ちょっとね」
意味深な肯定の裏で何があったのか気にはなるものの⋯これまでバレーに関してのらりくらりと躱されていたのが自らの意思で此処へ足を運び、自主練習にまで付き合ってくれたのだ。どういう経緯があったにせよ、今はこれでヨシとするかと影山はあえてそれ以上の追及はしなかった。
そして片づけを終えた後、帰りの道中で。
「今から帰ってご飯作るの面倒だし⋯今日はスーパーのお弁当で済ませちゃおうかなぁ」
何気なくそう口にすると隣を歩いていた影山が予想外の提案を。
「だったら家に飯食いに来るか」
「⋯⋯今、何て?」
「今朝出掛けに母さんが『今夜はカレーだ』っつってたから二人でも余裕だ」
「気持ちは有難いけど⋯流石にそれは、、ちょっと」
「? カレー嫌いなのか」
「ううんそうじゃなくて。こんな時間に見ず知らずの人間が突然人様のお宅にお邪魔するなんて迷惑にも程があるかと」
「直接じゃねぇけど神崎のことなら母さんは知ってる。前に俺が昼飯代借りたことあっただろ」
「あ、あぁ⋯確かにお心遣いのお菓子を頂きました」
「それに父さんも母さんも基本夜は仕事で遅くまで帰ってこねーし、俺一人だから変な気は遣わなくていい」
「そうなんだ⋯うん⋯でもね、」
「『タダ飯食えてラッキー』」
「???」
「そう思えばいいっつったのはお前だろうが。テスト勉強の時も昼飯食わせてもらったし、2食分の借り返させろ。⋯返させてください、コラ」
「それ、お願いされてるのか脅迫されてるのか分かんないよ」
「うるせーボゲ。いいから黙ってついて来い」
王様独裁モード、発動。
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2020/06/21