黒猫と不機嫌な王様

※設定:恋仲後/社会人

(来て早々だけどもう帰りたい⋯)

影山からの誘いで今夜は企業主催のパーティーに参加している。この手の誘いはいつも断っていたのだけど彼の厚意を毎度無碍にしている事に段々気が引けてきて⋯。そんな訳で今回初めて足を運んだものの、すでに後悔の念が押し寄せている。

(あっ 影山くん発見)

遠目だが割とすぐに影山の姿はキャッチ出来た。しかし近寄ることはせずなるべく目立たない場所まで移動する。そして小さく溜息を吐きながら僅かに気を抜いたその時だった。

「おやおやおや〜?烏野の臨時マネちゃんじゃないの」

背後から声を掛けられて咄嗟に振り返ってみれば、見覚えのある長身のトサカヘッド。

「俺のこと覚えてるー?」
「音駒の黒尾さんですよね。お久しぶりです」

言いながら会釈するも高校時代にそれほど言葉を交わした記憶はない。とはいえ彼のプレーは当然目にしていたし、巧みなブロック力が注目されることが多いけれど実際は攻守共に何でもこなせるオールラウンダー。

「黒尾さんはどうして此処に?」
「ああ、俺は仕事でね」

すかさず差し出された名刺を受け取る。そこには『日本バレーボール協会競技普及事業部』の文字。

「そういや臨時マネちゃんはさ、」
「あ、あの⋯!その“臨時マネちゃん”って呼び方⋯」

皆まで言わずともどうやら意図は伝わったらしい。

「あ〜途中から正式なマネージャーになったんだっけ」
「⋯⋯⋯(いや、そういう意味じゃないんだけど)」

明らかに春菜の表情から不満の色が漏れているのを見て、黒尾はしてやったりな顔をしながらくつくつと笑い出す。それを見て態とあんな言い方をしたのだと分かり余計にムッとする。

「くくっ⋯悪い悪い、そう怒りなさんなって。カワイイ顔が台無しよ?」

“神崎春菜ちゃん”

「!!?」
「――んん?もしかして俺間違えちゃった?」
「⋯いえ、合ってますけど」
「なんだ。ビックリさせないでよ」
「まさか私の名前を覚えてもらえてるとは想像もしなかったので」

澤村さんが『喰えない奴だ』と言っていたけれどまさにその通りだと思う。

「で、どうしたのー?こんな隅っこで溜息なんか吐いて」

このまま当たり障りなくスルーしてくれれば良いのに唐突に問われて答えに詰まる。けれど無意識に春菜がその要因へと目配せしたのを黒尾は見逃さず、説明は不要だと言わんばかりの含み顔。

「あ〜⋯確かにあれじゃ声は掛けづらいわな」

普段見慣れたユニホーム姿ではなく洒落たスーツに身を包んだ影山は客観的に見てもイケメン度合いが増していて。会長の孫だとかスポンサー関係の人間だとか、先程から代わる代わる大勢の人間に取り囲まれている(女性陣はやたら美女が多し)。

黒尾の口振りとニュアンスから自身と影山との関係についてはすでに知られているのだろう。ここで下手に口を開いても良い方向には転ばないと思い否定も肯定もせずにいれば、ぽん!と頭に手を添えられる。

「俺もさっきから立ちっぱで疲れてきたし、暇ならちょっくら付き合ってよ」
「??」
「ほい、レッツゴー」

あれよあれよという間に会場の外に連れ出されてロビーまでやってくると強引にソファで待機するように促され、言う通りおとなしく待っていると二人分の飲み物を抱えた黒尾が数分も経たない内に戻ってきた。

「お嬢さんはコッチね」

手渡されたスチール缶に書かれた『カフェオレ』の文字。飲めなくはないけれど、どちらかと云えばブラックは苦手なのでこの心遣いは素直に嬉しい。

「ありがとうございます」
「どーいたしまして」

口の中に広がる甘さとコーヒーの香りにホッとする。慣れない場所と恰好に自分でも気づかぬ内に相当気疲れしていたようだ。

「つーか、あんなイケメン枠のスター選手が彼氏って何かとしんどくない?」
「今黒尾さんのさりげない優しさにちょっと感動してたのに⋯いきなり踏み込んだ質問してきますね⋯」
「付き合ってる相手が相手だから誰かに相談とか愚痴ったりとか中々出来ないんじゃないかと思ってさー。それに俺、こう見えても空気は読むタイプよ?」

この掴みどころのない飄々とした態度が胡散臭さを助長させているのだけれど、キャプテンを務めていただけあって面倒見の良い頼れる兄貴分的な存在の彼は多くの人に慕われていた。現に黒尾の指摘は的を得ており、その落ち着いた声色も相まって思わず心の内を吐露してしまいそうになる。

「影山くんとはそういうのも全部覚悟の上で一緒に居るって決めたので。なので⋯大丈夫です」
「なるほどねェ。まあここだけの話、高校の時から君って他のマネちゃん二人とはどことなく違うというか⋯ちょっと特殊な感じだなって思ってたんだわ」
「それは当然です。清水先輩は類稀なる美人さんでマネの仕事も完璧だし、仁花ちゃんもどこぞのアイドルみたいな可愛さでいつも一生懸命でポスターの創作力とか、」
「いやだからね、そういう意味じゃなくてだなー⋯」

と言いつつも、いざ答えようとすると上手く説明できない。けれど当時から彼女に興味を抱いていたのは事実で。最初はあの影山と月島の視線の先にいつも彼女が居ることに気づいて、面白半分に時折春菜を観察していたのだがいつしか自身も彼女の動向をよく目で追うようになっていた。

「⋯ま、あいつらのガードが固すぎであの頃は殆ど絡めず仕舞いで終わっちまったけど」
「? 今何か言いましたか」
「いーや?只の独り言」

訝し気な春菜にごまかすように笑って見せればそれ以上の追及は免れる。

「こんな所で数年ぶりに会えたのも何かの縁だし、良かったら連絡先教えてよ」

今後バレーボールファンを増やしていく為にも沢山の人脈を作っておきたいのだ、とビジネス色を漂わせ尤もらしく力説する。その言葉に耳を傾けていた春菜が徐々に絆されていく様を目の当たりにした黒尾はひっそりと口角を上げた。

「私なんかが黒尾さんのお役に立てるとは思えませんけど。それでも良いんですか」
「おーけーおーけー!まだバレーをよく知らない人にも楽しんで貰えるような企画とか色々考えてるからさ。また何かの折には協力お願いしたいんだけどイイ?」
「それはまぁ⋯私にお手伝い出来る範囲のことなら」
「お、頼もしいねー!」

今日初めて彼女とじっくり話をする機会を得て、なんだか年下らしからぬものの考え方や落ち着き振りを発揮しているなと思えば、最後の最後で意外にも押しに弱い一面を垣間見せてきたりと⋯最終的に黒尾は春菜に対し改めて興味を持つに至ってしまった。

(おまけに女版影山と噂される程バレーに精通しているとくりゃ、気にならない方がおかしいだろ)


結局なんだかんだで連絡先の交換を済ませ、互いにスマホを仕舞った直後だった。影山がダッシュで此方に向かってくる。やや息を乱しながら二人の目前まで迫ると無言のまま鋭い眼光で春菜を射抜いた。

『会場に着いたら声を掛けろ』と言われていたのにそれを反故にしてしまったのだ。影山が怒るのも無理はないな⋯と下手な言い訳はせず、春菜は黙って非難の視線を受け止める。

「おい神崎⋯」
「やぁやぁどーも影山選手!お疲れさまです」

不穏な空気を察した黒尾はすかさず二人に割って入る。流石の影山も普段から仕事上でも世話になっている相手を無視するわけにはいかず、一呼吸置いてから挨拶を口にして頭を下げた。

「新たな企画についてまた今度ご相談させて貰うんでよろしく頼みますよ、影山選手」
「⋯分かりました」
「それじゃ俺は退散するんで。春菜ちゃんもまたねー」
「はい。カフェオレご馳走様でした」

黒尾の“春菜ちゃん”呼びにピクリと反応した影山。

「黒尾さん」
「ん?」
「こいつは、俺のなんで」
「「!?」」

影山の爆弾的宣言にギョッとして固まる春菜。一方黒尾は一瞬瞠目したものの、威嚇オーラ剥き出しの影山をにこやかな表情のまま上手い具合に躱すとヒラヒラと手を振り去っていった。

「――行くぞ」

黒尾の姿が見えなくなるや否や、影山は春菜の腕を掴んで歩き出す。

「ちょっ、影山くん⋯!行くってどこに、」

全く聞く耳持たずの不機嫌な王様を、この後どうやって宥め賺そうかと春菜は腕を引かれながら必死に考えていた。

next

2023/06/03