Red AngelA

名前の家を後にしてジンは直接本部へ向かう。地下駐車場にポルシェを止め、別の車を用意して待機しているウォッカの元へ。

「おはようございます、兄貴」

ウォッカは手にしていた帽子を差し出した。ジンは受け取るとすぐにそれを身に付け、助手席側のドアを開ける。それを見届けたウォッカも車に乗り込みエンジンをかけた。途中、ウォッカは合間に気になっていた帽子の行方を尋ねる。チラリと自分を見遣るジンを見て余計なことを聞いてしまったか⋯とバツの悪い表情を浮かべたが、ジンは不機嫌になることもなく「さぁな⋯」と軽く受け流した。その様子にホッと胸を撫でおろしたウォッカはそれ以上追求はせず、運転に集中するべく前を向く。

だがジンは頭の中で名前のことを思い出していた。
名前と初めて出会ったあの夜のことを。


***


この日もジンはウォッカと共に任務についていた。今は使われていない古びた倉庫内での闇取り引き。辺りはすでに暗く天気は大雨。物音を消すには丁度良い。いつものように事はウォッカに任せ、成り行きを身を潜めて観察する。相手もウォッカが一人で来たことで安心したのだろうか。一対一だと思い込み順調に取り引きは進んでいるようだ。
ほんの2,3分で事は済み、ウォッカがその場を後にする。それを見届けた相手は再度確認するようにもう一度辺りを見回した。そして先程ウォッカから受け取ったトランクをその場で開く。中には大量の札束。男はその光景に思わず笑みを漏らし、嬉々と札束を数え始める。するとジンは気配を完全に消して油断しきった相手の背後に近づいた。後頭部に何かが当てられた感触に、男は思わず札束を数える手を止める。すると次の瞬間にはもう何も⋯。
ドサリと倒れた取引相手の身体を尻目に、ジンはトランクの中に札束を戻す。一足先にこの場を去ったウォッカが車の中で待機しているはずだ。無事に事が終わったことを伝えてやらなければ。少しばかり頼りなくて心配性な相棒の顔を思い浮かべ、ジンは倉庫の出入り口に向かった。

──が、しかし。
すぐにジンは血相を変え懐にある銃を掴み構える。銃口の先にある正体を確かめようと1,2歩前に出ると、そこには真っ赤な傘を差した女が立っていた。女といってもその顔はあどけなく、格好は制服姿だ。ジンは呆然と立ち尽くす少女の腕を素早く掴み倉庫内に引き入れた。傘はその場に転がり、少女の身体だけが倉庫内の床に叩きつけられる。それと一緒にもう片方の手に持っていた小さなビニール袋の中身も散らばった。痛みに顔を歪めつつも少女は自分に危害を加えた相手を見る。同時に再度頭に銃が突きつけられた。

「こんな所で何をしている⋯?」

正直に答えろ、と鋭い視線で少女を射抜き問うた。
少女は僅かに怯える仕草を見せたが、それでもゆっくりと答えを口にする。

「子猫に、餌を⋯」
「子猫だと⋯?」

銃はそのままにジンは少しだけ視線を横にずらした。確かに床に散らばった物は小さな牛乳パックとキャットフードだ。彼女の表情を見ても明らかに嘘を吐いている様子はない。だが己の姿を目撃された以上、生かしておくわけにはいかなかった。

「事情は分かった⋯。だが、悪いがお嬢さんには消えてもらう」

ジンはハンマーをカチャリと鳴らし銃口を額に。
悲鳴を上げるか、それとも命乞いをしてくるか。殺される前の人間の取る行動がジンには容易く想像出来た。五月蝿く喚かれる前にカタをつけようとトリガーを引こうとしたそのとき⋯少女は何の戸惑いもなく静かにその瞼を閉じた。それに加え口元は僅かに笑っているようにも見える。あまりにも自分の想像と掛け離れたその行動に、ジンは引金を引くことを忘れてしまう。

「⋯何が可笑しい」

すぐに殺されると思っていた少女は思わぬ問いかけにそっと目を開けた。トリガーを引かんとしたその男は動きを止め、鋭い視線で射抜いてくる。

「お前は今見ず知らずの男に殺されるところだ⋯」
「⋯うん。そうみたいだね」
「なのに何故笑っていられる⋯?」

そう問うと少女は一瞬大きく目を見開き、悲しみの色を湛えた。何も言いたくないということなのかグッと唇を噛み締めている。それを見たジンは彼女の腕を掴んで無理矢理その場に立たせると今度は名前を問う。先程とは違い、その問いにはすぐに返事があった。

「苗字⋯名前⋯」
「苗字名前⋯か、」

少女の名を呟くと同時にジンは名前の腹に拳を当てた。一瞬で意識を失った彼女の身体をジンは支える。

フン⋯とんだネズミもいたもんだぜ⋯。

結局、ジンは名前の命を奪うことをしなかった。当然自分が殺すと決めた獲物を生かしたのもこれが初めてだった。


***


考えてみればあれから半年以上の月日が流れた。相変わらず掴み所のない女だとジンは思う。あの奇妙な出会いの後、名前の身元を入念に調べて監視付きで解放してやった。無論それとは別に自宅に隠しカメラと盗聴器を仕掛けていたが、全く怪しい行動は見られなかった。自分達のことを警察などに喋る素振りもない。初めは自分達を油断させておいて何らかの行動をとるつもりなのかと思っていたが、一向に名前の様子に変化はない。

結局ジンは彼女の自宅からカメラも盗聴器も撤去し、監視の人間も撤退させた。今では月に何度か自分の気が向いた時だけ、監視の意図も含め時々彼女の自宅を訪れるだけだ。そしていつの頃からか名前はジンを快く迎えるようになった。「ご飯食べてかない?」と初めて声を掛けられた時は本当に驚いたものだ。

つくづく訳の分からない女だと思う。
そんな名前の姿を思い浮かべてジンは小さく笑った。

その一方で突然笑みを浮かべたジンに驚愕するウォッカ。一瞬チラリと視界に入っただけだが、なぜか見てはいけないモノを見た気がして背中に変な汗が伝う。

ウォッカはハンドルを握りながら任務が無事に終わることを心から祈った。

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