Red AngelB
ジンと最後に会ってから3ヶ月以上が経とうとしていた頃。名前は久しぶりにウキウキした気分で帰路についていた。ジンのことをあまり考えないようにしようと勉強に励んだおかげか、先日行われたテストの成績はどの科目も平均点を大きく上回っていた。この調子なら受験も心配ない、と太鼓判を押された程だ。
自宅に辿り着き鼻歌交じりに鍵を開ける。そしていつものように玄関に足を踏み入れた瞬間、名前はフリーズした。明らかに自分のものではない大きな黒い靴が一足。思い当たる人物は一人しかいなかった。
ずっと会いたいと思っていた筈なのに⋯。
ところがいざこの状況を目の当たりにすると言い知れない感情が体中を覆い尽くす。ようやく頭から離れかけていたのに、またこの男に心を乱されるのか?と。
このまま引き返して外で時間を潰すか否か一瞬思案した。だがそんなことを考えているうちに全身黒ずくめの男が姿を現し、結局それは叶わなかった。
「そんなところで何をしている」
「⋯久しぶりに会った相手にいきなりそんな怖い顔で話しかけないでよ」
「フン⋯まぁいい。さっさと支度しろ、出掛けるぞ」
「は?」
「10分以内だ。済んだら下に降りて来い」
呆気にとられている名前を余所にジンは有無を言わせぬ口調でそう言い放ち、さっさと外へ出て行ってしまった。ようやく我に返った名前は怒りにも似た感情が沸々と湧いてくるのを感じていた。
言いたいことは山ほどある。しかしあの男の言葉は絶対なのだ。彼の指示に従わなければ無事に明日を迎えられないことは容易に想像がつく。最悪の結末を想像し、軽く身震いすると名前は急いで自室へと駆けていった。ところが10分ではメイクをするだけで精一杯で。制服姿のまま下に降りて行けばあからさまに渋い顔をされてしまい⋯。
最終的に着替えをする猶予を与えられ、しっかりと身支度を整えて名前はエントランスへ向かった。外に出ると黒い車に凭れ煙草を吹かすジンの姿が。
「⋯遅い」
「仕方ないでしょ。ジンが着替えて来いって言ったんだし」
私は別に制服のままでも良かったのに、と名前がポツリと呟くとジンは軽い舌打ちをした。
「それで?今日はどうしたの。突然出掛けるぞ、なんて⋯」
「いずれ分かる。とにかく乗れ」
促されて怪訝な顔をしながらも助手席に乗り込む。
ジンも煙草の後始末をすると自身も運転席に座りハンドルを握った。乗車してからどことなく落ち着きのない素振りを見せている名前。
「――ねぇ、これってジンの車なの?」
「ああ」
「そうなんだ。なかなかオシャレな車だね」
「お前にこの車の良さが分かるとは到底思えねぇが」
「そりゃ詳しいことは全然分かんないけど、なんかいいなって」
ジンは鼻で笑ったがその表情は満更でもない様子だ。
やがて到着したのは都内でも有名なハイクラスのホテル。降りろ、とジンが告げた直後ドアマンによって助手席のドアが開かれて慣れない名前は咄嗟にお礼を口にしながら車を降りる。一方のジンはとても慣れた様子で車を預けると彼女の隣に並んだ。
明らかに場違いでは⋯と困惑している名前のことは意に介さずジンは彼女を連れて歩き出す。レセプションを素通りし、エレベーターに乗り込んだ。随分上まで行くんだなぁ、などとぼんやり考えているうちに目的のフロアに到着した。
そこは明らかにセレブな雰囲気が漂っており、名前は挙動不審になりながらジンの後をついていく。そしてとある部屋の前で立ち止まるとジンがドアベルを鳴らす。暫くして扉が開かれると中から一人の女性が姿を現した。
「予定より随分遅かったじゃない」
「⋯⋯」
「まぁ別にいいけど、」
それより例のコは連れてきたの?と女が尋ねるとジンは名前の存在を知らせるべく、少しだけ体を横へずらす。するとようやく名前にも女性の姿が確認できた。想像以上に綺麗な人物だったので名前は何度も瞬きしながら「こ、こんにちは⋯」とぎこちなく挨拶したが、女はそれに応えることなくじっと名前を見つめるとすぐに視線をジンに戻した。
「貴方がプライベートで私に頼み事してくるなんて初めてだし、どれほどのエンジェルを連れてくるのかと思えば⋯」
ただの子どもじゃない、と言い放つ。
しかしジンは全く相手にするつもりはないらしく、素知らぬ顔で言い返す。
「御託はいいからさっさと始めろ」
「はいはい、分かったわよ。報酬分はきっちりやらせてもらうわ」
「済んだら携帯に連絡しろ」
そう言って踵を返すジンに名前は慌てて声を掛ける。
「ジン⋯?!ちょっと待って、」
「いいから貴女は早く中にお入りなさい!」
腕を掴まれ強引に部屋の中へ引きずり込まれる名前。
勢いよく扉が閉まる音を背中で聞いたジンは僅かに口角を上げた。
***
名前が連れ込まれた部屋は紛れもなくスイートルームだった。広々としたリビングは豪華な家具や調度品で装飾されている。呆気にとられて立ち尽くす名前にすかさず声が掛かる。
「バスルームでシャワーを浴びて、その下手なメイクも落としてらっしゃい」
「あ、あの⋯」
「何?」
「私はどうして此処に連れてこられたんでしょうか⋯?」
「あら、ジンから何も聞いてないの?」
「はい。突然出掛けると言って車に乗せられたので」
「ふーん。まぁいいじゃない、とにかくシャワーを済ませてきなさいよ」
名前はこの人もジンと同じ類の人間か⋯と疲労感にガックリ肩を落とした。
「じゃあ、せめてあなたの名前だけでも教えてください」
「ベルモットよ」
「苗字名前です」
「苗字名前、ね。覚えておくわ」
入浴を終え、バスローブを羽織って再びリビングに戻る。
するとテーブルの上に沢山のメイク道具が並べられていた。
「ドレスが汚れるといけないから先にヘアメイクね」
「⋯⋯???(ドレス?)」
「どんな風に仕上げて欲しいの?」
「いや⋯それよりドレスって何ですか?」
「あぁ、そういえば貴女何も聞いてないんだったわね」
「ベルモットさんはジンに頼まれて私をここへ連れ込んだんですよね?」
「連れ込んだなんて人聞きが悪いわね⋯。貴女は今夜レストランでジンと食事をするの。私はそのためのドレスアップを彼に依頼されただけ」
「ジンとレストランで食事⋯、」
ええぇぇぇーーー?!
突然の絶叫にベルモットは耳を押さえた。
煩いわよ、と睨まれた名前は慌てて口を噤む。
「ど、どうしてそんなことになったんですか⋯?!」
「そんなこと私が知るわけないでしょ」
「⋯⋯」
「ほら、時間ないんだから手早く済ませるわよ。何か希望はないの?」
「普段は日焼け止めにルースパウダーくらいなので⋯」
「なら私の好きなようにしちゃうけどいい?」
「はい。あ、でもあまり濃いメイクはしたくないです」
「ふふ、了解」
ぎこちなかった空気も時間の経過とともに和らいでいき、メイクを施されている間に名前はベルモットと色んな話をした。
自分のこと。
亡くなった両親のこと。
そして――ジンとの出会いとこれまでのこと。
時折相槌をうちながらキチンと名前の話に耳を傾ける。そんなベルモットに名前は初めこそ怖いという印象を抱いていたが、今は全くそんな風に思わなくなっていた。
一通り話し終えて名前が一息つくとベルモットは唐突に問いかけた。
「ねぇ⋯」
「はい?」
「貴女、ジンのことが好きなんでしょう?」
「!?」
「本当に分かり易いわねぇ」
「ベルモットさんは⋯」
「ん?」
「ジンのパートナーなんですか?」
そのニュアンスから相棒ではなく、恋人としての意味合いだとすぐに理解した。
ベルモットは一瞬間を置いてすぐに笑い飛ばす。
「私がジンのパートナー?冗談じゃないわよ」
「じゃあ違うんですか?」
「そうねぇ⋯過去にマティーニを作ったことはあったかもしれないけれど」
「マティーニ?」
「それより貴女こそ、あの男のどこが好きなの?」
「⋯自分でもよく分かりません」
「まぁ、恋愛に理屈なんてあってないようなものだものね」
だけど、彼を好きになっても幸せにはなれないわよ。
ピシャリと言い放ったベルモットに名前は悲しげに目を伏せる。名前自身、重々理解しているだろう現実をベルモットはあえて口にした。平穏に生きる彼女と裏の世界で生きる自分達は決して交わることはできない。彼女の話を聞いているうち、ベルモットは名前の純粋な人柄に好感を抱くようになっていた。だからこそ引き返せなくなる前に普通の倖せを選択するべきだ、と遠回しに示唆したのだ。しかし顔をあげた名前の表情に先程の悲哀は一切感じられなくなっていた。
「ジンに出会った時に私の命は彼のもの同然になりました。だから幸せになれるとかなれないとか、そんなことは関係ありません。私がいつの間にか勝手に好きになってしまっただけですから」
初めて自分の気持ちを他人の前でハッキリと口に出したせいか、名前はとても晴れやかな顔をしている。それを見てベルモットも僅かに微笑んだ。
「確かに人が人を想うことにタブーなんてないわね。ま、精々頑張りなさい」
名前も、ましてやジン自身も気づいてないかもしれないけれど。ベルモットは名前だけでなくジンも彼女に対して少なからず好意を抱いているのでは⋯と考えていた。
ジンは仕事一辺倒な人間だが、過去の自分も含め気が向けばそれなりに女と戯れる。だが特定の相手と関係を深めるようなことは決して無い。そんな男が抹殺対象である人間を生かし、監視の名目で何度も彼女の自宅を訪ねている。
ドレス、靴、バッグ、アクセサリー⋯仕事以外で関わりたくないであろう自分に依頼してまで彼女を着飾らせ、最上級のレストランで共に食事をしようとまでしている。彼女のために一体どれほどの大枚を叩いたのか。ジンという男を知る者が聞いたら卒倒しそうなこの状況。
ベルモットは自身の想像はあながち間違いではないと判断し名前に気付かれぬよう、うっそりと微笑んだ。
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2014/4/16
加除修正 2023/3/3
自宅に辿り着き鼻歌交じりに鍵を開ける。そしていつものように玄関に足を踏み入れた瞬間、名前はフリーズした。明らかに自分のものではない大きな黒い靴が一足。思い当たる人物は一人しかいなかった。
ずっと会いたいと思っていた筈なのに⋯。
ところがいざこの状況を目の当たりにすると言い知れない感情が体中を覆い尽くす。ようやく頭から離れかけていたのに、またこの男に心を乱されるのか?と。
このまま引き返して外で時間を潰すか否か一瞬思案した。だがそんなことを考えているうちに全身黒ずくめの男が姿を現し、結局それは叶わなかった。
「そんなところで何をしている」
「⋯久しぶりに会った相手にいきなりそんな怖い顔で話しかけないでよ」
「フン⋯まぁいい。さっさと支度しろ、出掛けるぞ」
「は?」
「10分以内だ。済んだら下に降りて来い」
呆気にとられている名前を余所にジンは有無を言わせぬ口調でそう言い放ち、さっさと外へ出て行ってしまった。ようやく我に返った名前は怒りにも似た感情が沸々と湧いてくるのを感じていた。
言いたいことは山ほどある。しかしあの男の言葉は絶対なのだ。彼の指示に従わなければ無事に明日を迎えられないことは容易に想像がつく。最悪の結末を想像し、軽く身震いすると名前は急いで自室へと駆けていった。ところが10分ではメイクをするだけで精一杯で。制服姿のまま下に降りて行けばあからさまに渋い顔をされてしまい⋯。
最終的に着替えをする猶予を与えられ、しっかりと身支度を整えて名前はエントランスへ向かった。外に出ると黒い車に凭れ煙草を吹かすジンの姿が。
「⋯遅い」
「仕方ないでしょ。ジンが着替えて来いって言ったんだし」
私は別に制服のままでも良かったのに、と名前がポツリと呟くとジンは軽い舌打ちをした。
「それで?今日はどうしたの。突然出掛けるぞ、なんて⋯」
「いずれ分かる。とにかく乗れ」
促されて怪訝な顔をしながらも助手席に乗り込む。
ジンも煙草の後始末をすると自身も運転席に座りハンドルを握った。乗車してからどことなく落ち着きのない素振りを見せている名前。
「――ねぇ、これってジンの車なの?」
「ああ」
「そうなんだ。なかなかオシャレな車だね」
「お前にこの車の良さが分かるとは到底思えねぇが」
「そりゃ詳しいことは全然分かんないけど、なんかいいなって」
ジンは鼻で笑ったがその表情は満更でもない様子だ。
やがて到着したのは都内でも有名なハイクラスのホテル。降りろ、とジンが告げた直後ドアマンによって助手席のドアが開かれて慣れない名前は咄嗟にお礼を口にしながら車を降りる。一方のジンはとても慣れた様子で車を預けると彼女の隣に並んだ。
明らかに場違いでは⋯と困惑している名前のことは意に介さずジンは彼女を連れて歩き出す。レセプションを素通りし、エレベーターに乗り込んだ。随分上まで行くんだなぁ、などとぼんやり考えているうちに目的のフロアに到着した。
そこは明らかにセレブな雰囲気が漂っており、名前は挙動不審になりながらジンの後をついていく。そしてとある部屋の前で立ち止まるとジンがドアベルを鳴らす。暫くして扉が開かれると中から一人の女性が姿を現した。
「予定より随分遅かったじゃない」
「⋯⋯」
「まぁ別にいいけど、」
それより例のコは連れてきたの?と女が尋ねるとジンは名前の存在を知らせるべく、少しだけ体を横へずらす。するとようやく名前にも女性の姿が確認できた。想像以上に綺麗な人物だったので名前は何度も瞬きしながら「こ、こんにちは⋯」とぎこちなく挨拶したが、女はそれに応えることなくじっと名前を見つめるとすぐに視線をジンに戻した。
「貴方がプライベートで私に頼み事してくるなんて初めてだし、どれほどのエンジェルを連れてくるのかと思えば⋯」
ただの子どもじゃない、と言い放つ。
しかしジンは全く相手にするつもりはないらしく、素知らぬ顔で言い返す。
「御託はいいからさっさと始めろ」
「はいはい、分かったわよ。報酬分はきっちりやらせてもらうわ」
「済んだら携帯に連絡しろ」
そう言って踵を返すジンに名前は慌てて声を掛ける。
「ジン⋯?!ちょっと待って、」
「いいから貴女は早く中にお入りなさい!」
腕を掴まれ強引に部屋の中へ引きずり込まれる名前。
勢いよく扉が閉まる音を背中で聞いたジンは僅かに口角を上げた。
***
名前が連れ込まれた部屋は紛れもなくスイートルームだった。広々としたリビングは豪華な家具や調度品で装飾されている。呆気にとられて立ち尽くす名前にすかさず声が掛かる。
「バスルームでシャワーを浴びて、その下手なメイクも落としてらっしゃい」
「あ、あの⋯」
「何?」
「私はどうして此処に連れてこられたんでしょうか⋯?」
「あら、ジンから何も聞いてないの?」
「はい。突然出掛けると言って車に乗せられたので」
「ふーん。まぁいいじゃない、とにかくシャワーを済ませてきなさいよ」
名前はこの人もジンと同じ類の人間か⋯と疲労感にガックリ肩を落とした。
「じゃあ、せめてあなたの名前だけでも教えてください」
「ベルモットよ」
「苗字名前です」
「苗字名前、ね。覚えておくわ」
入浴を終え、バスローブを羽織って再びリビングに戻る。
するとテーブルの上に沢山のメイク道具が並べられていた。
「ドレスが汚れるといけないから先にヘアメイクね」
「⋯⋯???(ドレス?)」
「どんな風に仕上げて欲しいの?」
「いや⋯それよりドレスって何ですか?」
「あぁ、そういえば貴女何も聞いてないんだったわね」
「ベルモットさんはジンに頼まれて私をここへ連れ込んだんですよね?」
「連れ込んだなんて人聞きが悪いわね⋯。貴女は今夜レストランでジンと食事をするの。私はそのためのドレスアップを彼に依頼されただけ」
「ジンとレストランで食事⋯、」
ええぇぇぇーーー?!
突然の絶叫にベルモットは耳を押さえた。
煩いわよ、と睨まれた名前は慌てて口を噤む。
「ど、どうしてそんなことになったんですか⋯?!」
「そんなこと私が知るわけないでしょ」
「⋯⋯」
「ほら、時間ないんだから手早く済ませるわよ。何か希望はないの?」
「普段は日焼け止めにルースパウダーくらいなので⋯」
「なら私の好きなようにしちゃうけどいい?」
「はい。あ、でもあまり濃いメイクはしたくないです」
「ふふ、了解」
ぎこちなかった空気も時間の経過とともに和らいでいき、メイクを施されている間に名前はベルモットと色んな話をした。
自分のこと。
亡くなった両親のこと。
そして――ジンとの出会いとこれまでのこと。
時折相槌をうちながらキチンと名前の話に耳を傾ける。そんなベルモットに名前は初めこそ怖いという印象を抱いていたが、今は全くそんな風に思わなくなっていた。
一通り話し終えて名前が一息つくとベルモットは唐突に問いかけた。
「ねぇ⋯」
「はい?」
「貴女、ジンのことが好きなんでしょう?」
「!?」
「本当に分かり易いわねぇ」
「ベルモットさんは⋯」
「ん?」
「ジンのパートナーなんですか?」
そのニュアンスから相棒ではなく、恋人としての意味合いだとすぐに理解した。
ベルモットは一瞬間を置いてすぐに笑い飛ばす。
「私がジンのパートナー?冗談じゃないわよ」
「じゃあ違うんですか?」
「そうねぇ⋯過去にマティーニを作ったことはあったかもしれないけれど」
「マティーニ?」
「それより貴女こそ、あの男のどこが好きなの?」
「⋯自分でもよく分かりません」
「まぁ、恋愛に理屈なんてあってないようなものだものね」
だけど、彼を好きになっても幸せにはなれないわよ。
ピシャリと言い放ったベルモットに名前は悲しげに目を伏せる。名前自身、重々理解しているだろう現実をベルモットはあえて口にした。平穏に生きる彼女と裏の世界で生きる自分達は決して交わることはできない。彼女の話を聞いているうち、ベルモットは名前の純粋な人柄に好感を抱くようになっていた。だからこそ引き返せなくなる前に普通の倖せを選択するべきだ、と遠回しに示唆したのだ。しかし顔をあげた名前の表情に先程の悲哀は一切感じられなくなっていた。
「ジンに出会った時に私の命は彼のもの同然になりました。だから幸せになれるとかなれないとか、そんなことは関係ありません。私がいつの間にか勝手に好きになってしまっただけですから」
初めて自分の気持ちを他人の前でハッキリと口に出したせいか、名前はとても晴れやかな顔をしている。それを見てベルモットも僅かに微笑んだ。
「確かに人が人を想うことにタブーなんてないわね。ま、精々頑張りなさい」
名前も、ましてやジン自身も気づいてないかもしれないけれど。ベルモットは名前だけでなくジンも彼女に対して少なからず好意を抱いているのでは⋯と考えていた。
ジンは仕事一辺倒な人間だが、過去の自分も含め気が向けばそれなりに女と戯れる。だが特定の相手と関係を深めるようなことは決して無い。そんな男が抹殺対象である人間を生かし、監視の名目で何度も彼女の自宅を訪ねている。
ドレス、靴、バッグ、アクセサリー⋯仕事以外で関わりたくないであろう自分に依頼してまで彼女を着飾らせ、最上級のレストランで共に食事をしようとまでしている。彼女のために一体どれほどの大枚を叩いたのか。ジンという男を知る者が聞いたら卒倒しそうなこの状況。
ベルモットは自身の想像はあながち間違いではないと判断し名前に気付かれぬよう、うっそりと微笑んだ。
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2014/4/16
加除修正 2023/3/3