Red AngelF

会場内は目映い光の世界。天井には豪華なシャンデリアがいくつも連なっており、キラキラ反射している。参加者の中にはテレビでしか見たことないような著名人もいて、テーブルに並んだ料理も高そうなものばかりで名前は目が点になってしまった。

パーティーが始まると主催者や来賓の挨拶が続き、乾杯の後にようやく自由な時間となり、ベルモットに促されるまま食事を楽しむことに。時折ベルモットに声を掛けてくる人物がいたが基本的に彼女が全て相手をしていたため、名前は軽い会釈と自己紹介程度の絡みで事なきを得ていた。ベルモット曰く「親しい友人の娘」という設定になっているらしい。

これも美味しい、と満面の笑みで名前が皿に盛った料理を堪能しているとベルモットが少しの間席を外す旨を伝えてきた。

「いい?用が済んだらすぐに戻ってくるから、あまりウロウロしては駄目よ」
「はい。判りました」
「OK。それじゃあまた後で」

人混みに紛れ消えていくベルモットの背中を見送り、名前は持っていた料理を全て平らげると入り口付近に移動した。慣れない場所のせいか、一人になった途端に疲労感に苛まれてしまい⋯此処に立っていれば人も疎らでベルモットも気づくだろうと判断した。

少しでも疲れを癒そうと目立たないように背中を壁に凭れさせ、軽い溜息を吐くと名前は改めてふと会場内を見渡す。日常とは掛け離れたもう一つの世界。平凡な自分がこんな所に居るのが不思議で可笑しくて堪らなくなる。自分だけが酷く浮いている存在に思えて居心地の悪さを改めて痛感する。名前は何とも云えない嫌悪感に襲われ、今すぐにでもここを立ち去ってしまいたい衝動に駆られた。

ベルモットさん⋯早く戻ってこないかな⋯。

ぼうっと佇みながら本日何度目かの溜息と共に視線を床に落としたときだった。突然光が遮られ、目の前が影で覆われる。何事かと顔を上げると品の良いスーツを纏った男が視界に入った。

「宜しければどうぞ」

名前の目線に合わせるように少し上体を屈めながら柔らかく微笑み、目の前にいる青年はスッとグラスを差し出した。まさか自分に声を掛けてくる人間がいるなんて予想だにせず、名前は内心焦ったがここで取り乱す訳にはいかないと努めて冷静に振る舞った。

「有難うございます。でも私お酒は、」
「ご心配なく。これはアップルタイザーですから」
「⋯じゃあ、お言葉に甘えて」

ノンアルコールだと説明され、これ以上遠慮するのも相手に失礼かと思いグラスを受け取った。これで立ち去ってくれるだろう⋯と名前は楽観的に考えていたが現実はそうはならなかった。

「パーティーは苦手ですか?」
「え?」
「先程から何度も溜息を吐いていらした様なので」

すみません、と声を掛ける前から彼女を観察していたことを青年は詫びた。「素敵なお嬢さんがいるなと思って、つい⋯」と判り易いキザな台詞も添えて。
それでもその台詞にあまり嫌悪を抱かなかったのは彼が持っている雰囲気のせいだろうか。誰彼かまわず女性に声を掛けている様な軽い感じのタイプには見えないし、何より言葉使いも振る舞いも紳士的で好感が持てる。更に付け足せば、その容姿もとても整っており中性的な顔立ちが印象的だ。そしてキレイな亜麻色の長い髪を後ろで一つに束ねている。

ジン以外にも長髪の似合う男の人っているんだなぁ、とぼんやりそんな事を思った。

「実は僕もこういった華やかな場が苦手なんです」
「そうなんですか?」
「ええ。本当は兄が出席する予定だったんですが、急病で僕が急遽代理に」

少し困ったような笑みを浮かべた青年に名前もつられて緩く笑んだ。

「もし差し支えなければバルコニーに出てみませんか?外の空気を吸えば、また気分も違ってきますよ」
「あの⋯お気持ちは嬉しいんですけど人を待ってるので。それにあまり動き回るな、と」
「では10分だけ僕にお時間を頂けませんか?バルコニーもすぐ側ですから」

名前に優しく問いかける青年。どうするかと悩んだが、最終的に名前は青年に頷いて見せた。彼の人柄と、何よりこの場から抜け出したいという気持ちが勝った。外の空気を吸って気分をリフレッシュさせるのも悪くないかもしれない。


***


「わぁ〜!すごく綺麗」

バルコニーの手すりに近づくと、そこからは敷地内に創設された庭園が見渡せた。ライトアップされた花々と噴水が昼間とはまた違った美しさを演出している。バルコニーには名前と青年以外の姿は見当たらず、会場内とは違う静かで落ち着いた雰囲気に名前の気持ちも軽くなっていく。

「肌寒くはありませんか?」
「はい!むしろ心地良いくらいです」

初めて見た心からの笑顔。
無邪気に手すりから身を乗り出して庭を覗きこむ姿が青年の瞳に眩しく映る。

「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね」

彼に問わるまま、名前は自らの名を口にした。

「苗字 名前といいます」
「名前さん、ですか。素敵なお名前ですね」

気分の良さも手伝って、流れでうっかり本名を口走ってしまった名前。ベルモットにもしもの時は偽名を使用するよう忠告されていたのだが、今更取り消すことはできないし相手も悪い人間ではなさそうなのでこの場はこれで良しとすることとした。
続いて名前が彼の名を尋ねようとした、そのとき。突如青年がぐっと距離を縮めてきた。開きかけていた口を噤んだせいで言葉はそのまま飲み込まれる。

「名前さん」
「は、はい」
「右の目元に睫毛が付いてます」
「え?!」
「あ、触らないで」

むやみに触るとメイクが崩れてしまう。
彼の言葉にハッとして名前は顔に触れる直前で動きを止めた。

「そ、そうですよね、すみません。ちょっと化粧室に行ってきま⋯」
「大丈夫。僕が取って差し上げますから」

少し目を瞑っててください。そう言って青年はにこやかに笑って名前の顔の方へ腕を伸ばす。彼の行動を静止する暇もなく、徐々に近づいてくる腕の気配に名前は咄嗟に目を瞑った。

「何をしている」

もう少しでその手が届くか否かという瀬戸際に突如独特の低音ボイスが響き渡り、二人は一斉に声がした方を振り向く。そこには想定外の人物が立っていて名前は大きく目を見開いた。
黒のスーツを着こなし、いつもとは少し違った雰囲気のジン。その目はいつになく鋭い眼光を放っており、名前は思わずその身を固くした。驚きで立ち尽くしている彼女を余所にジンは一気に二人との距離を縮める。スッと名前と青年の間に割って入ると、次いで取って付けたような台詞を吐いた。

「私の連れが御無礼を」

あえて此方に非があったという言い回しをしているが、ジンは終始相手を威嚇するようなオーラを放っている。普通の人間ならとてもじゃないが平静を保っていられないだろう。しかし青年は全く動じることなく、先程と変わらず柔らかい物腰で応対した。

「いえ。誘ったのは此方の方ですから」
「そうでしたか。⋯それでは」

失礼、と青年に向け形ばかりの会釈をするとジンは彼女の腕を引きその場を後にする。己の置かれた状況が未だ整理できずにいる名前はされるがまま。だが何の挨拶もできぬままになってしまった青年のことが気にかかり、名前は腕を引かれながらも咄嗟に後ろを振り返った。そんな彼女に「気にするな」と云わんばかりに青年はニコリと微笑んだ。そして名前にだけ伝わるように彼は形の良い唇を声は出さずにそっと動かした。

“またお逢いしましょう”

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2014/7/9
加除修正 2023/4/6