Red AngelG
ジンによって強引に会場から廊下へと連れ出された名前。途中何を言っても聞く耳を持たず、そのまま彼女の腕を引きながら無言で歩き続ける。暫く行くと名前の身体はドアが開かれた先へと無理やり押し込められた。そこは客人専用のフィッティングルーム。2畳ほどのスペースにハンガーと全身用の鏡が置かれただけの簡素な部屋だ。押された反動で倒れてしまいそうになったが名前は何とか踏みとどまった。
その間、ジンはドアを閉め鍵も掛けるとすぐさま彼女に詰め寄る。いつもの数倍圧力を感じさせる彼の形相に名前は後ずさりするものの⋯やがて背中に壁が当たってしまい、それ以上後ろへ下がることは出来なくなる。名前を壁際に追い詰めたジンは逃げられぬよう片腕を壁に押し付けて上から見下ろした。
「何故お前がこんな所にいる」
「ベ、ベルモットさんに連れて来られて⋯」
「ベルモット⋯?」
「今日家にこのドレスを持ってきてくれたの。そしたら今夜一緒にパーティーに行きましょうって」
云われてみれば、確かに彼女は自分が贈ったあの白いドレスを着ている。ベルモットがまた面白半分に名前を此処へ連れてきたのだろう。何となく状況を察したジンは「余計なことを⋯」と内心苦々しく思ったがそれはもうこの際どうでも良い。
「成る程⋯では次の質問だ。さっきの男とは一体どういう関係だ?」
「さっきの男⋯?」
「お前がバルコニーで一緒に居た男だ」
「どういう関係って、」
ベルモットを待つ間、偶々声を掛けられて少しバルコニーで話をしていただけ。まるで尋問されているかのような雰囲気に若干怯えながらも、名前は嘘偽りなく当時の経緯を説明する。
「フン⋯どうだかな⋯」
「本当だってば⋯!」
「あの男は寶井財閥の子息だ⋯。お前はそれを知って、わざと近づいたんじゃねェのか」
「寶井⋯財閥⋯?」
寶井財閥といえば、あの鈴木財閥と並ぶ大財閥の一角だ。詳細は知らずとも誰でも一度くらいは耳にしたことがある名家。
「金持ちに取り入ってセレブの仲間入りでも果そうって魂胆か?」
「な、なに言って⋯。だいたい彼が寶井財閥の人間だって今初めて知ったんだよ」
「ハッ!だったらお前は見ず知らずの男の前であんな無防備な姿を曝して、一体何を考えている」
より一層厳しくなったジンの表情に思わず息をのむ。それでもやましい気持ちなど皆無だった名前は淡々と事実を述べ続けた。
「目元に睫毛が付いてるからって。あの人はそれを取ってくれようとしただけだもん」
「クッ⋯そんなくだらねぇ戯言を本気で信用したのか」
「戯言って⋯親切にしてくれた彼にそんな言い方失礼だよッ」
「ならもし仮にあのままあの男に襲われでもしたら、お前はどうするつもりだった」
ジンの突拍子もない質問に名前は眉間に皺を寄せた。彼がそんなことをする人間ではないと思っていたし、仮にそういう意図があったとしてもあんな大勢人がいる中でそんな行為に及ぶ筈がない。けれども⋯。
「万が一、そんな状況になったら相手を殴るなり大声出すなりして何とかするよ!」
先程からあの青年を侮辱するような発言ばかりを繰り返すジンに、名前もとうとう我慢ができなくなり怒りを滲ませた口調で叫んだ。するとその直後、あろうことかジンは突然彼女の首を絞めつける。いきなり襲ってきた強烈な圧迫感に名前は苦痛に顔を歪める。
「うぁ⋯!ジ、ン⋯っ⋯なに⋯して⋯ッ!?」
なんとかこの状況を打破しようと名前はジンの腕を掴むがビクともせず。一向に力が弱まる気配はなく、それどころか締め付ける力は段々強くなっていく。酸素を求めて苦しそうに名前の唇がわななくが、そんな彼女の姿を目にしながらもジンは焦るどころか口元に笑みさえ浮かべていた。
「如何した?相手を殴って大声を出すんじゃなかったのか」
「は⋯っ、も⋯ゃめ⋯」
「男を甘くみているとどういう目に遭うか⋯」
お前に解らせてやる、とジンは唸るように呟いて首を締め付けている力を少しだけ抜いた。ところが彼女がホッとしたのも束の間。今度は生暖かい感触によって唇を塞がれた。一瞬、自分の身に何が起こったのか名前は分からなかった。だがそんなことを考える余裕もなく、次の瞬間には彼の舌が口腔内に侵入してきていいように弄ばれる。
ジンにキスされている⋯。
そう名前が自覚したのは自身の舌を絡め取られたときだった。力が緩んだとはいえ、首は掴まれたままの状態。酸素不足により名前の意識は朦朧としてくる。徐々に頭の中が真っ白になって意識が遠のき始めた頃に彼女はようやくジンの腕と唇から解放された。
薄ら涙を浮かべながら何度か咳き込み、体は糸が切れてしまった人形の様に崩れ落ちる。未だ呼吸の整わない名前の目は焦点が合っておらず表情も虚ろで⋯。その瞳はすでにジンの姿を捉えてはいなかった。
「これで少しは理解できただろう⋯」
分かったらさっさと消え失せろ。
そう吐き捨ててジンは名前の前から姿を消した。
***
ベルモットが所持していたパーティーの招待状は組織から渡されたものではなく、『クリス・ヴィンヤード』個人に宛てられたものだった。初めは出席するつもりなど毛頭なかったが、ジンが任務でこのパーティーに参加すると知り、もし会場で二人を鉢合わせにしたら彼は一体どんな顔をするのか⋯中々面白い絵になりそうだと踏んだベルモットは早速名前の元へ出向き手筈を整えた。勿論、彼女を喜ばせてあげたいという気持ちも多分にありつつ。
ジンの任務はパーティーに参加している某人物との取引だった。ベルモットはタイミングを見計らい、名前を残して彼を探しに行った。ところが予想以上に人が多く会場内も広い。途中、自分を知る人間から何度も声を掛けられたりと難航する。
あまり長い時間彼女を一人にしておく訳にもいかないと、まだ当の本人を見つけられてはいなかったがベルモットは仕方なく一度名前の元へ戻ることに。当初計画していたサプライズは破綻してしまうが、ジンが来ていることを教えてやるだけでも十分驚愕するだろう。ところが会場に戻ったものの名前が見当たらない。“勝手に動き回るな”という言い付けを彼女が反古にするとも考えにくい。
「レストルームにでも行ったのかしら⋯?」
念のため確認しておこうと会場から廊下に出たとき、左方から此方に向かってくる銀髪の男が目に飛び込んできた。丁度良かった、とジンに気づいたベルモットは事の次第を伝えようとしたのだが⋯歩いてきたジンはいつもに増して近寄りがたいオーラを放っており、現在彼がこの上なく不機嫌な状態であることをベルモットは瞬時に悟った。
「何かあったの?」
鋭い視線で睨みつけられたベルモット。だが彼女は慣れているのか、それに動じた様子はない。結局無言のまま彼女とすれ違ったジンはそのまま会場の中へと消えていった。明らかに普段の彼とは様子が違う。ベルモットは改めてジンが歩いてきた方向を凝視した。すると奥にある部屋のドアが僅かに開いているのが見える。
(まさか・・・!)
何となく嫌な予感がしたベルモットは足早に部屋の前までやってきた。ゆっくりとドアを開けてみると、そこには放心状態で床に座り込んでいる名前の姿。
「エンジェル!」
慌てて駆け寄り彼女の顔を覗きこむ。何度か呼びかけているうちに名前はようやく視線をベルモットに向けた。
「ベルモット⋯さん⋯?」
「もう心配いらないわ⋯」
「ぁ⋯私⋯ッ」
縋り付き今にも泣きだしそうな表情で必死に言葉を紡ごうとする名前。その身体は僅かに震えている。ベルモットはそんな彼女を安心させるように微笑むと、首を横に振った。
「今は無理しなくてもいいから。とにかくここを出ましょう」
ベルモットは労わりながら名前を立ち上がらせた。そしてこの時ベルモットは薄らと首を絞められた痕がついている事に気づく。想像したくもないし、否定したいが恐らくこれは―――。
これ以上此処に滞在することは名前を苦しませるだけだと判断した。彼女が肩に纏っていたストールをさりげなく首元に巻き直してやり、ベルモットは建物の外へと連れ出した。
「飲みなさい」
名前はリムジンに乗せられた後、気づけばベルモットの自宅に来ていた。躊躇する彼女を促しベルモットは部屋の中へ招き入れる。ソファに座って待っているとベルモットが温かいココアを用意してくれた。マグカップを受け取ると名前は何度か息を吹きかけてそれを口にした。ほんのりと口内に広がる甘さが混乱している心を徐々に落ち着かせてくれる。安堵したように深く息を吐くと名前は持っていたカップをテーブルに置いた。
「少しは落ち着いた?」
「⋯はい。なんか、色々とごめんなさい」
「貴女が謝ることないわ。パーティーに誘ったのはアタシなんだから」
「ベルモットさんは⋯気づいてますよね?」
あの場でジンと何かあったことを指しているのだと理解したベルモットは、話したくなければ無理に話さなくても良いと云った。だが名前は何度か首を横に振ってポツリポツリと語り始めた。ベルモットを待っている間、バルコニーに突然ジンが現れたこと。そこで話しをしていた相手が偶然大財閥の子息だったこと。最後はジンによって強引に会場から連れ出された後のこと。
全て話し終えるとじわりと名前の瞳に涙が滲む。一粒零れ落ちた後は堰を切ったように次々と涙が頬を伝った。その姿が痛々しくてベルモットは思わず目を背けたくなったが、なんとか慰めてやらねばと黙って彼女の身を自分の方へ引き寄せた。
ひとしきり泣いて幾分落ち着きを取り戻した名前をバスルームへ誘導し、着替え等も貸し与えて今夜はこのまま彼女を泊まらせる運びに。先程までかなり遠慮がちにしていた名前も今はベルモットの隣で安心しきったように寝息を立てている。
芯の強さを感じさせながらも、ふとした瞬間に見え隠れする脆く儚い一面。根底に純粋さを持ち続けながら人間の醜く汚れた部分も理解しているが故のアンバランスさ。再び大切に想う人間を失うことを恐れている反面、深く繋がれる相手を無意識の内に心の何処かで探し求めている。それは保護欲をそそる一方で、残酷に壊してしまいたくなる衝動を掻き立てる。
泣かせて、泣かせて、啼かせて⋯己にのみ縋り付いてくるように思考回路を破壊して。無邪気に羽ばたく羽を少しずつ毟り取り、籠の中で一生飼い殺しに――。今日の彼女を見ていて、同性であるベルモットですら時折そんな気持ちにさせられてしまった。だから、目が離せなくなる。
「これじゃあジンが囚われるのも無理ないわね⋯」
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2014/7/28
加除修正 2023/4/6
その間、ジンはドアを閉め鍵も掛けるとすぐさま彼女に詰め寄る。いつもの数倍圧力を感じさせる彼の形相に名前は後ずさりするものの⋯やがて背中に壁が当たってしまい、それ以上後ろへ下がることは出来なくなる。名前を壁際に追い詰めたジンは逃げられぬよう片腕を壁に押し付けて上から見下ろした。
「何故お前がこんな所にいる」
「ベ、ベルモットさんに連れて来られて⋯」
「ベルモット⋯?」
「今日家にこのドレスを持ってきてくれたの。そしたら今夜一緒にパーティーに行きましょうって」
云われてみれば、確かに彼女は自分が贈ったあの白いドレスを着ている。ベルモットがまた面白半分に名前を此処へ連れてきたのだろう。何となく状況を察したジンは「余計なことを⋯」と内心苦々しく思ったがそれはもうこの際どうでも良い。
「成る程⋯では次の質問だ。さっきの男とは一体どういう関係だ?」
「さっきの男⋯?」
「お前がバルコニーで一緒に居た男だ」
「どういう関係って、」
ベルモットを待つ間、偶々声を掛けられて少しバルコニーで話をしていただけ。まるで尋問されているかのような雰囲気に若干怯えながらも、名前は嘘偽りなく当時の経緯を説明する。
「フン⋯どうだかな⋯」
「本当だってば⋯!」
「あの男は寶井財閥の子息だ⋯。お前はそれを知って、わざと近づいたんじゃねェのか」
「寶井⋯財閥⋯?」
寶井財閥といえば、あの鈴木財閥と並ぶ大財閥の一角だ。詳細は知らずとも誰でも一度くらいは耳にしたことがある名家。
「金持ちに取り入ってセレブの仲間入りでも果そうって魂胆か?」
「な、なに言って⋯。だいたい彼が寶井財閥の人間だって今初めて知ったんだよ」
「ハッ!だったらお前は見ず知らずの男の前であんな無防備な姿を曝して、一体何を考えている」
より一層厳しくなったジンの表情に思わず息をのむ。それでもやましい気持ちなど皆無だった名前は淡々と事実を述べ続けた。
「目元に睫毛が付いてるからって。あの人はそれを取ってくれようとしただけだもん」
「クッ⋯そんなくだらねぇ戯言を本気で信用したのか」
「戯言って⋯親切にしてくれた彼にそんな言い方失礼だよッ」
「ならもし仮にあのままあの男に襲われでもしたら、お前はどうするつもりだった」
ジンの突拍子もない質問に名前は眉間に皺を寄せた。彼がそんなことをする人間ではないと思っていたし、仮にそういう意図があったとしてもあんな大勢人がいる中でそんな行為に及ぶ筈がない。けれども⋯。
「万が一、そんな状況になったら相手を殴るなり大声出すなりして何とかするよ!」
先程からあの青年を侮辱するような発言ばかりを繰り返すジンに、名前もとうとう我慢ができなくなり怒りを滲ませた口調で叫んだ。するとその直後、あろうことかジンは突然彼女の首を絞めつける。いきなり襲ってきた強烈な圧迫感に名前は苦痛に顔を歪める。
「うぁ⋯!ジ、ン⋯っ⋯なに⋯して⋯ッ!?」
なんとかこの状況を打破しようと名前はジンの腕を掴むがビクともせず。一向に力が弱まる気配はなく、それどころか締め付ける力は段々強くなっていく。酸素を求めて苦しそうに名前の唇がわななくが、そんな彼女の姿を目にしながらもジンは焦るどころか口元に笑みさえ浮かべていた。
「如何した?相手を殴って大声を出すんじゃなかったのか」
「は⋯っ、も⋯ゃめ⋯」
「男を甘くみているとどういう目に遭うか⋯」
お前に解らせてやる、とジンは唸るように呟いて首を締め付けている力を少しだけ抜いた。ところが彼女がホッとしたのも束の間。今度は生暖かい感触によって唇を塞がれた。一瞬、自分の身に何が起こったのか名前は分からなかった。だがそんなことを考える余裕もなく、次の瞬間には彼の舌が口腔内に侵入してきていいように弄ばれる。
ジンにキスされている⋯。
そう名前が自覚したのは自身の舌を絡め取られたときだった。力が緩んだとはいえ、首は掴まれたままの状態。酸素不足により名前の意識は朦朧としてくる。徐々に頭の中が真っ白になって意識が遠のき始めた頃に彼女はようやくジンの腕と唇から解放された。
薄ら涙を浮かべながら何度か咳き込み、体は糸が切れてしまった人形の様に崩れ落ちる。未だ呼吸の整わない名前の目は焦点が合っておらず表情も虚ろで⋯。その瞳はすでにジンの姿を捉えてはいなかった。
「これで少しは理解できただろう⋯」
分かったらさっさと消え失せろ。
そう吐き捨ててジンは名前の前から姿を消した。
***
ベルモットが所持していたパーティーの招待状は組織から渡されたものではなく、『クリス・ヴィンヤード』個人に宛てられたものだった。初めは出席するつもりなど毛頭なかったが、ジンが任務でこのパーティーに参加すると知り、もし会場で二人を鉢合わせにしたら彼は一体どんな顔をするのか⋯中々面白い絵になりそうだと踏んだベルモットは早速名前の元へ出向き手筈を整えた。勿論、彼女を喜ばせてあげたいという気持ちも多分にありつつ。
ジンの任務はパーティーに参加している某人物との取引だった。ベルモットはタイミングを見計らい、名前を残して彼を探しに行った。ところが予想以上に人が多く会場内も広い。途中、自分を知る人間から何度も声を掛けられたりと難航する。
あまり長い時間彼女を一人にしておく訳にもいかないと、まだ当の本人を見つけられてはいなかったがベルモットは仕方なく一度名前の元へ戻ることに。当初計画していたサプライズは破綻してしまうが、ジンが来ていることを教えてやるだけでも十分驚愕するだろう。ところが会場に戻ったものの名前が見当たらない。“勝手に動き回るな”という言い付けを彼女が反古にするとも考えにくい。
「レストルームにでも行ったのかしら⋯?」
念のため確認しておこうと会場から廊下に出たとき、左方から此方に向かってくる銀髪の男が目に飛び込んできた。丁度良かった、とジンに気づいたベルモットは事の次第を伝えようとしたのだが⋯歩いてきたジンはいつもに増して近寄りがたいオーラを放っており、現在彼がこの上なく不機嫌な状態であることをベルモットは瞬時に悟った。
「何かあったの?」
鋭い視線で睨みつけられたベルモット。だが彼女は慣れているのか、それに動じた様子はない。結局無言のまま彼女とすれ違ったジンはそのまま会場の中へと消えていった。明らかに普段の彼とは様子が違う。ベルモットは改めてジンが歩いてきた方向を凝視した。すると奥にある部屋のドアが僅かに開いているのが見える。
(まさか・・・!)
何となく嫌な予感がしたベルモットは足早に部屋の前までやってきた。ゆっくりとドアを開けてみると、そこには放心状態で床に座り込んでいる名前の姿。
「エンジェル!」
慌てて駆け寄り彼女の顔を覗きこむ。何度か呼びかけているうちに名前はようやく視線をベルモットに向けた。
「ベルモット⋯さん⋯?」
「もう心配いらないわ⋯」
「ぁ⋯私⋯ッ」
縋り付き今にも泣きだしそうな表情で必死に言葉を紡ごうとする名前。その身体は僅かに震えている。ベルモットはそんな彼女を安心させるように微笑むと、首を横に振った。
「今は無理しなくてもいいから。とにかくここを出ましょう」
ベルモットは労わりながら名前を立ち上がらせた。そしてこの時ベルモットは薄らと首を絞められた痕がついている事に気づく。想像したくもないし、否定したいが恐らくこれは―――。
これ以上此処に滞在することは名前を苦しませるだけだと判断した。彼女が肩に纏っていたストールをさりげなく首元に巻き直してやり、ベルモットは建物の外へと連れ出した。
「飲みなさい」
名前はリムジンに乗せられた後、気づけばベルモットの自宅に来ていた。躊躇する彼女を促しベルモットは部屋の中へ招き入れる。ソファに座って待っているとベルモットが温かいココアを用意してくれた。マグカップを受け取ると名前は何度か息を吹きかけてそれを口にした。ほんのりと口内に広がる甘さが混乱している心を徐々に落ち着かせてくれる。安堵したように深く息を吐くと名前は持っていたカップをテーブルに置いた。
「少しは落ち着いた?」
「⋯はい。なんか、色々とごめんなさい」
「貴女が謝ることないわ。パーティーに誘ったのはアタシなんだから」
「ベルモットさんは⋯気づいてますよね?」
あの場でジンと何かあったことを指しているのだと理解したベルモットは、話したくなければ無理に話さなくても良いと云った。だが名前は何度か首を横に振ってポツリポツリと語り始めた。ベルモットを待っている間、バルコニーに突然ジンが現れたこと。そこで話しをしていた相手が偶然大財閥の子息だったこと。最後はジンによって強引に会場から連れ出された後のこと。
全て話し終えるとじわりと名前の瞳に涙が滲む。一粒零れ落ちた後は堰を切ったように次々と涙が頬を伝った。その姿が痛々しくてベルモットは思わず目を背けたくなったが、なんとか慰めてやらねばと黙って彼女の身を自分の方へ引き寄せた。
ひとしきり泣いて幾分落ち着きを取り戻した名前をバスルームへ誘導し、着替え等も貸し与えて今夜はこのまま彼女を泊まらせる運びに。先程までかなり遠慮がちにしていた名前も今はベルモットの隣で安心しきったように寝息を立てている。
芯の強さを感じさせながらも、ふとした瞬間に見え隠れする脆く儚い一面。根底に純粋さを持ち続けながら人間の醜く汚れた部分も理解しているが故のアンバランスさ。再び大切に想う人間を失うことを恐れている反面、深く繋がれる相手を無意識の内に心の何処かで探し求めている。それは保護欲をそそる一方で、残酷に壊してしまいたくなる衝動を掻き立てる。
泣かせて、泣かせて、啼かせて⋯己にのみ縋り付いてくるように思考回路を破壊して。無邪気に羽ばたく羽を少しずつ毟り取り、籠の中で一生飼い殺しに――。今日の彼女を見ていて、同性であるベルモットですら時折そんな気持ちにさせられてしまった。だから、目が離せなくなる。
「これじゃあジンが囚われるのも無理ないわね⋯」
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2014/7/28
加除修正 2023/4/6