01:Prologue

組織の存続が危うくなり、捜査の手が自分達にも及び始めた頃――ジンは『あの方』の為に出来る限りのことをし、捜査の目を己に引き付けるかの様にあえて逃亡はせず逮捕される道を選んだ。最後まで兄貴と共にいます!と頑なに言い張るウォッカに対し「これは命令だ」と有無を言わせぬ口調で姿を晦ますよう指示を出した。長い間相棒を務め、慕ってくれていた彼にジンが最後にしてやれることはこれくらいだった。

身柄を確保され数日間拘留された後、日本警察からFBIに引き渡されることとなる。そして長期に及ぶ取り調べが行われた。だが実際のところジンが組織の中で中核を担う存在であるということは揺るぎない事実であっても、これまでの事件に関する物的証拠は何一つ出てきていなかった。

潜入捜査で得た赤井秀一や水無怜奈の証言と唯一ジンと対峙し現在も生存している工藤新一の証言。そしてシェリーこと宮野志保の証言。ジンがこれまで犯してきた罪はあまりに多く情状酌量の余地もないが、実際に事件として立件し法廷で裁くことができるのはごくわずかであろう。法治国家では裁判官を納得させるだけの因果関係と証拠を示さなければどうしようもないのが現実だった。

「司法取引を適用してはどうだろうか」

ジンに対する処遇をどうするかとFBI内で考えあぐねていた時、赤井はこんな提案をした。FBI捜査官として決して私情を挟んではならないと理解しながらも、赤井個人としての様々な感情が自身を取り巻いているのも事実で。
そんな葛藤を常に抱えていた彼にとってそれは苦渋の立案であった。出来ることなら死をもって罪を償ってもらいたい。けれどもジン個人としての能力は相当に高いものがある。法でそれ相応の裁きを下すことが困難であるなら、これから先死ぬまで真っ当な人生を歩ませる。社会に貢献させることで死罪の代わりに別の形で罪の償いをさせようと考えたのだ。

そしてこの取引を提案したことにはもう一つ理由があった。社会悪の彼にも大切に想っている人間がたった一人だけいることを赤井は知ってしまったから。どんな人間かと調べてみれば本当にごくごく平凡な女性だった。彼女と共に居ればあの男も何かが変わっていくかもしれない。少しだけそんな期待も込めながら。

各機関との協議を経て、最終的に赤井の提案した司法取引は成立した。偽名であった「黒澤陣」という名で日本国にて戸籍と自由を与える代わりに、要請時には最優先で各機関に協力すること。当然取引が成立したとはいえ完全に自由の身になれる訳ではない。ジンの体内にはマイクロチップが埋め込まれ、常に何処に居るのか把握できるようになっている。盗聴などのプライバシーを著しく損なうような仕掛けは施されていないが、2泊以上の外泊、加えて県外、もしくは海外に私用で出掛ける際は事前に届け出ること等⋯これ以外にも様々な決まり事を遵守しなければならなかった。けれども間違いなく死刑になるだろうと覚悟していたジンにとって、この程度の規定や規則には何の弊害も感じなかった。

ただ一つだけ、ジンが納得できず彼らに噛み付いたことがあった。それは苗字名前に対するマイクロチップの埋め込み。万が一、ジンが再び犯罪を犯した時に彼女が彼を匿ったり逃亡の手助けをしたりしないように。第一級の犯罪者であるジンと今後共に生活していくのであればこの条件を飲まなければならなかった。自身のために名前がそんな目に遭わなければならないのなら共に居る必要はない、自分は一生塀の中でも構わないのだ、とジンは電話越しに何度も説得を試みたのだが彼女は決して首を縦には振らなかった。


***


全ての条件に同意し、手続きも終えてジンの身柄が釈放される日。アメリカから赤井秀一、ジョディと共に特別機で護送されてきたジン。空港で出迎えた名前は三人の姿が見えると目に涙が滲んだが必死に堪えた。ゲートを潜り三人は彼女の前で立ち止まる。すると名前は赤井とジョディに向かって深々と頭を下げた。正義を掲げる彼らにとってジンを釈放することは当然手放しで喜べることではないだろう。それでもこうして自分と共にいることを許してくれた彼らに名前は感謝の念でいっぱいだった。

「本当にありがとうございます」
「いや。我々は法に則って行動したまでだ」

赤井がそう言うとジョディも同意見だと微笑んで見せた。そして布で覆われていたジンの腕から周りに気づかれぬようそっと手錠を外した。

「おい。ここまでしてくれた彼女を泣かせる様なことだけは絶対にするなよ?」
「フン⋯。そんなことは云われなくても分かっている」
「本人もこう言ってる。まあ、もし何かあればいつでも私に相談するといい」
「赤井⋯」
「もう!たった今自由にして貰ったばかりなんだからその殺人眼力やめてよ」

慌てて宥めにかかる名前にジンは軽く舌打ちをするが、次の瞬間にはその表情は柔らかなものになっていた。この男もこんな顔をするのか⋯とジョディと赤井は内心驚いていた。ジンにとって人間らしくいられる唯一の存在が彼女なのだろうと改めて実感した。

「それじゃあ、私達はここで」
「本当にお世話になりました」

もう一度深々と頭を下げた名前はジンと共に空港の出口へと向かって歩き出した。段々遠ざかっていく背中を見ながら、ジョディがふと口を開く。

「彼女がいればきっと大丈夫ね」
「そうだな」
「あんな優しい顔をするなんて、意外過ぎて腰が抜けるかと思ったわよ!」
「あの男を手玉に取るとはな⋯。なんとも末恐ろしいお嬢さんだ」

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2014/7/18