02:Hello Again

ジンのセーフハウスは捜査の都合上、現在も立ち入ることは出来ない。空港で赤井達と別れた後二人は必然的に名前のマンションへ向かうこととなった。玄関の扉が閉まると同時に名前はジンに抱き着く。今まで平静を装っていたがすでに限界だった。彼と離れていた間に抱いていた様々な想いや感情が走馬灯のように蘇る。堰を切ったように溢れ出る涙。

「心配掛けたな⋯」

普段のジンからは想像できないほど甘く優しい声がふわりと落とされた。回した腕に力を込めることでそれに応える名前。

もう二度と逢えないと思っていた。
もう二度と声を聴くことさえ叶わないと思っていた。
それが今、またこうして――。

どれくらいそうしていたのだろうか。ジンの胸でしゃくり上げながら泣いていた名前も徐々に落ち着きを取り戻していった。しかしいつまでたっても顔を上げる素振りがない。ジンは様子を窺おうと抱きしめていた腕を解き身体を離そうとした。ところが名前はギュッとしがみついて離れようとしない。

「おい⋯いつまで此処でこうしているつもりだ?」
「だって、今酷いもん」
「何がだ」
「泣きすぎて絶対目腫れてるし⋯」
「クッ⋯」
「笑うことないでしょ」
「笑ってねーよ」
「笑ったもん絶対!っていうか、先に中入るから後ろ向いててくれる?」

顔も洗いたいし、と顔を埋めたままいつもの調子で話し出す名前。もう少しからかって遊んでやっても良いが今日のところは流石に彼女の意向を尊重した。どれだけ名前が己の身を案じてくれていたかジンは痛いほど理解していたから。


ゆっくりしててね、とソファに腰を落ち着けたジンにそう言うと名前はキッチンに立つ。この日の為に初めて彼と食事したホテルで出された紅茶と同じ茶葉を用意していた。丁寧にお湯をティーポットに入れて茶葉を蒸らす。そして出来上がった紅茶をカップに注ぎ、お菓子を添えてリビングへ。ジンはテーブルに置かれたティーカップを相も変わらぬ優雅な仕草で口に運ぶ。レディ・グレイの好い薫りが鼻腔を擽った。

「淹れ方が随分上手くなったな⋯」
「そうでしょ。この日のために何度も練習したんだから」
「これならメイドとしても充分使い物になるぜ」
「もう⋯!帰ってきて早々からかわないで」

むくれる名前の姿にジンは改めて彼女の元へ帰ってこれたのだと実感する。長く離れていた分、こうした何気ない一つ一つの瞬間がとても貴重で大切に思えた。

「まだ夕食まで時間あるし、買い物にでも行こっか?」
「そうだな。このままじゃどうにもならねぇしな⋯」
「ジンの車、地下駐に置いてあるよ」
「ウォッカか?」
「うん。ジンが戻ってくるって話したら一昨日わざわざ持ってきてくれたんだよ」

それにしてもよく押収されなかったね?
名前が半ば感心したように呟くとジンは不敵に笑った。

「組織を抜けた後、ウォッカが上手いことやったんだろうぜ」
「本当ウォッカさんってジン想いだよねー」
「フン⋯どうだかな」

言いつつも、彼は嬉しそうに口角を吊り上げていた。


***


ジンは大型ショッピングモールへ向け車を走らせていた。その隣では名前がウキウキした表情を浮かべている。ジンが捕まる前ですらこんな風に堂々と人が多い場所に出掛けたことはなかった。しかもこんな明るい時間帯に。これからは人目を気にせず、いつでも好きな時に二人で出掛けられるのだと思うと嬉しくて堪らなかった。

「贅沢は無理だけど、ジンの就職先が見つかるまでは金銭面は私が⋯」
「フン。余計な心配してんじゃねーよ」
「へ?」
「金なら当分困らねぇ程度には所持している」
「⋯はい?」
「組織絡みの報酬は全て証拠として押収されちまったが、それとは別に収入源は確保してある」
「もしかして⋯ジンの個人名義で副業を?」
「まぁそんなところだ。真っ当に得た金はあいつらだって手は出せねぇよ」

余裕綽々の態度に名前は呆れと感心がごちゃまぜになったような、複雑な心境。本当に抜け目のない男だ。ほんの少しの間でも自分がジンより優位な立場に立てるかもしれない、と考えていた名前の淡い期待と野望は見事に打ち砕かれた。

ショッピングモール到着後。まずは寝床の確保だとジンと名前は家具を扱う店舗に足を運んだ。ところがベッドを選び始めて早々、恒例の押し問答が始まる。

「こんな大きなベッド無理だって!百歩譲ってダブル!」
「お前のベッドを処分してこいつに二人で寝ればいいだろう」
「我儘言わないで。あそこは私の家なんだから」

さも当然と云わんばかりにキングサイズのベッドを購入しようとしているジンに名前は慌てて待ったを掛ける。これから暫く人の家に厄介になるというのにこの男ときたら⋯。組織が無くなろうがなんだろうが、ジンがジンであることに変わりはないようだ。どこまでも唯我独尊俺様暴君な態度に名前は思わず頭を抱えたくなってしまう。少しは遠慮というものも覚えてもらいたい。

買い物を終える頃、名前は精神的にグッタリと疲れていた。金に糸目を付けないジンの買い物の仕方は見ているだけでヒヤヒヤし、挙句の果てには名前の自宅にあるものまで自分が気に入った物に買い替えようとしたり⋯。この時間で何度「余計な物は買わない!」と叫んだことか。

一方のジンは何食わぬ顔をして「夕飯はどうするんだ?」と呑気に尋ねてくる。名前は更に頭痛が酷くなった様な気がした。しかしこんな事を一々気にしていたら今後共に生活など出来ないと思い直し、彼に気づかれぬよう一度大きく深呼吸をして気持ちを切り替える。

「ジンは外食の方がいいんだろうけど⋯実はもう家に準備してあるの」
「俺はどこでも構わねぇよ」
「本当?万が一、口に合わなくてもクレームは一切受け付けませんので」

それに一度くらいジンにちゃんとした手料理食べてもらいたくて、と若干照れくさそうに付け加えた名前。云われてみれば、これまで一度も名前の作った料理を食べたことがない。珈琲や紅茶といった飲み物の類は何度も口にしたことはあるが。

偶にしか会えない状況で、せめて自分と居るときくらい外で美味いものを食べさせてやりたい⋯と彼女といるときは無意識のうちに人目を気にせず居られる店に連れ出していた。ジンは名前の気持ちに応える様にポンポンと頭に手を添えた。

「家で寛ぐならワインでも買って帰るか」
「ちゃんと私の作ったゴハンも食べてよね」
「心配するな。不味い場合は俺が手を加えてまともな料理にしてやる」
「ちょっと⋯それどういう意味?」

いいから行くぞ、とジンは名前の言葉を無視してさっさと歩き始める。それでも名前が文句を云わなかったのはさりげなく絡められた指の感触のせい。

もう二度とこの手が遠く離れて行きませんように⋯。

next

2014/7/23