05:好きなままで長く

「『あのね』はもういい。用件を言え」
「ご、ごめん。あのね⋯」
「⋯⋯」

先程から何か言いかけては止めての繰り返し。途中どうでもいい話題などを挟みつつ、結局あやふやにしてまた何か言いたげにジンの名を呼ぶ。名前の動向から見てかなり言い辛いことなのだろうと察しは付くが、最終的に口にせねばならぬことならさっさと吐いて楽になってしまえばいいのだ。

「⋯⋯来ないの」
「来ない?」
「うん」
「何がだ」
「その⋯アレが」
「お前な⋯。『あれ』じゃ分からねぇよ」
「だから⋯お月のモノが来ないの!!」

名前が半ば自棄気味に叫んだ直後、シーーーンと静まり返った空気が流れる。暫しの沈黙のあと、一瞬だけ気難しい顔をしたジン。しかし特段取り乱した様子もなく、その口調は至って冷静である。

「どのくらい遅れてるんだ」
「かれこれ1ヶ月近く⋯」
「今まで月経不順だったことは?」
「ほとんどないの。前後しても1週間程度で」

名前と共同生活を送るようになって以降、情事の際は必ず避妊していた。よって妊娠の可能性は限りなく低いが⋯ゼロではない。スキンによる避妊率は100%ではないからだ。まあ兎にも角にも名前の証言だけではどうしようもない。まずは検査をしてみなければ。

「すぐに戻るから待っていろ」
「どこに行くの?」
「ドラッグストア」
「もしかして、検査薬を⋯?」
「そうだ」

言うが早いか、ジンは上着を羽織ると1人で部屋を出て行ってしまった。


***


「ほら、とっとと行って調べて来い」

ジンに手渡された箱を凝視する名前。一体どんな顔をしてレジに並び商品を購入したのだろうと一瞬想像してしまったが、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。もしも、もしも陽性の反応が出てしまったら⋯彼はどうするつもりなのだろうか。

司法取引が成立し、ジンには戸籍もきちんと与えられているので婚姻自体は可能であった。けれどもそれには彼自身の意思が当然のことながら必要となる。ジンと生活を共にするようになってからそろそろ2ヶ月が経過しようとしているが、名前の方もまさかこんな事態に見舞われるとは全く予想していなかった。勿論“いつかは結婚できればいいな”なんて時々想像することはあったが、それはあくまで名前個人としての将来的な願望に過ぎない。彼が結婚などというものに関心を示す性質ではないことは重々承知していたし、ましてや子どもなんて⋯。

ぐるぐると様々な思考や感情が頭の中を駆け巡る。箱を手にしたまま先程から微動だにしない名前。そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、ジンは些か怪訝な表情を浮かべている。

「どうした。どこか具合でも悪いのか?」
「ジンは⋯」
「?」
「ジンはどういうつもりなの?」
「何がだ」
「もしも本当に赤ちゃん出来てたらどうするの?」
「どうするも何も、お前がどうしたいかだろう」
「な、何それ⋯っ」

まるで“俺には関係ない”と言わんばかりの台詞に名前の目にじわりと涙が浮かぶ。もうお終いだ、と本気で思った。
しかし次に放たれたジンの言葉が彼女の抱いた不安を一掃した。

「お前が産みたいというならそれを尊重する。籍を入れたいというなら今すぐにでもそうしてやる。組織にいた頃には当然できなかった選択だが、今の俺にはそれも可能だ」
「⋯でも、ジンは子ども好きじゃないでしょう?」
「ああ。ガキは苦手だ」
「即答?!」
「仕方ねぇだろ。苦手なモンは苦手なんだ」
「あのねぇ⋯」

だが――
俺とお前とのガキなら悪くねえかもしれねーな。

そう云って少し笑ったジンに名前の心の靄も晴れていく。無責任だと思われた彼の発言は全て自分のことを一番に考えていてくれたものだった、と。


結局、検査薬で調べたところ結果は陰性。念のため産婦人科にも行って調べてもらったが結果は同じく。医師によれば過度なストレスや急激な環境の変化によって一時的に月経が停止してしまうことがあるとのこと。よくよく考えてみれば、この数か月間は怒涛のような毎日が続いていた。ジンが逮捕されてからはずっと彼のことが心配で夜もろくに眠れていなかったし、取引成立後はそんな彼と一緒に生活するようになり⋯思い当たる節は有り過ぎるくらいだ。

「ジンってば、妊娠してなくてホッとしてるでしょう?」
「まぁな」
「やっぱり」
「お前は違うのか?」
「確かにホッとしてるけど、ちょっぴり残念な気持ちもあるかな」
「今はまだその時じゃねえだろう」
「うん。私もそう思う」
「それはそうと、籍は入れておかなくていいのか?」

ジンはニヤリと口角を上げ意地悪く微笑む。顔を赤くしてあたふたするだろうと思いきや、ジンの予想を見事に裏切り名前は意外な反応を見せた。

「ジンが本気でそうしたいって思ってくれるまで気長に待つから大丈夫!」

それに次はもっと素敵なプロポーズを期待してるから。
そう言って無邪気に笑った彼女にジンはまた強く惹かれることとなる。

そんな二人が夫婦になるのはもう少し先のお話。

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2014/8/9